第22話 プライバシーⅢ
彼らも強くは思っていたが、それを口にすることはなかった。それを口にしたとき、一樹がどのような表情をするのかを理解していたからだ。
「私は一樹君がこの学園で一位になれると思ったから、この特別クラスへと招き入れた。他に理由はないわよ。でも、一樹君がなんで力を使えないのかは私でも分からないのだから、何かしらの力が眠っていると考えてもいいんじゃないかと思ったの」
「学園長……たったそれだけの理由で俺をこのクラスに入れたんですか?」
「そうだと言ったつもりなんだけど……伝わらなかったかな?」
ミカエルは微笑むように一樹の方へと視線を移すと、一樹の表情は困惑の一言であらわせた。
こんなところに、何も力を持たない俺が居てもいいのだろうか?
そんな不安が襲い掛かってきているのだ。この数日間は、そのことだけは考えないようにしようとしていたのだが、今の一樹の頭の中は、そのことだけでいっぱいになってしまうのだ。
そんな一樹の手を優しく握ってくれる存在が二人いた。
「…………由愛、明日奈」
一樹の手を優しく握ってきた二人の手の温かさが、体の中に染みわたるかのように手から体へと伝ってくる。
「大丈夫なのよ? イッキは、みんなが思ってるような人じゃないのよさ。私はイッキのこと分かってるのよ?」
「イッキが不安なときはこうしてあげるから、感謝しなさいよ! 普段の私ならこんなことしないんだからね……」
下から覗きこんでくるかのように見つめてくる由愛と、隣で多少ぶっきらぼうではあるものの、優しい言葉を掛けてくれる明日奈がいる。
「俺だって昔のお前を知っているから、そんな不安になることはないと思うぞ……」
「憐矢……」
中学から仲がいい三人は、俺へと優しい言葉を掛けてくれた。それがどれだけ嬉しい事なのか……。昔の俺は、そんな言葉を掛けてもらえるような存在じゃなかった。それはこっちが言葉を掛ける側だったのだ。それが、今では逆転してはいるが、とても心が和むものだ。
三人もこんな感じだったのかな?
昔の自分が何で、他の生徒たちから慕われてきていたのか、不思議に思っていたのだが、
なんとなく、今なら分かる気がする。
昔の俺は誰かの支えになっていたのか……?
少しだけだけど、心の中にある不安が消えた気がする。自分は誰かの役に立てていた。それが、今ではなくとも昔に自分が誰かの役に立てていたことに気が付いたのだ。
「私たちは中学の頃からずっと、イッキに見守られてきたし、助けてもらってきた。だから、今度は私たちがイッキを見守る。イッキが辛い時には慰めるし、イッキが悲しい時は、一緒に悲しむ。そんなことしか私たちにはできないけど、それがイッキが私たちにしてきたことなの。だから、私たちも同じことをして、イッキが力を使えるようになるまで一緒に居てあげる、ね?」
「そっか……」
口から出てきたのはそれくらいだった。なんて言葉を返せばいいのか、自分の中からは答えが出てこなかった。なら、自分がすることは決まっているじゃないか……。
ハッと顔を上げれば、そこにはさっきまで不安に押し潰されそうになっていた一樹は消えていた。だが、その代わりにそこにいたのは、
「あと一年、一年で俺が学園一位になってやる。誰よりも強く、誰からも慕われるようなそんな存在に成ってみせるよ」
「戻って来たんだね……」
「やっと戻ってきたのよさ……」
「帰ってくるのが遅いぞ……」
明日奈は顔を逸らしながら、由愛は抱き着いて来て、憐矢は頼もしげな表情をしてそれぞれが一緒に口を揃えて言ったのだ。
「ごめん。これからは、一気に遅れを取り戻すつもりでいくから、よろしくな」
そこに居たのは、三人が慕っていた綺兎部一樹。中学時代のイッキだ。
そんなやり取りを見ていた先輩たちは、「何があったの?」と不思議そうに見てきているが、イッキにはそんなものは関係がない。
「俺が力を使えようが使えまえが関係ない。俺は俺なりの戦い方をするだけだ」
さっきまでの一樹はいない。そこには、みんなから信頼をされる人格を持つ綺兎部一樹がいる。
一樹の変化に先輩たちは戸惑っているようだが、「あれが本当のイッキなんですよ」と、明日奈が言うことで、なんとか納得したようだ。
そんなところにバンっと音を立てて入ってきた女子が一人。
「学園長、失礼します」
毅然とした歩調で学園長のもとへと歩いて行く黒を基調とした制服を着ているその女子を見た由愛が、
「さっちん、どうしてここに来たのよ?」
と、可愛らしい声と笑顔で聞きに行くと、
「ちょっと氷川さんは静かにしててね?」
と軽く流された。彼女は由愛の知り合いらしい。そして、そんな彼女に軽く流された由愛は、俺のもとへと戻ってくるなり、
「さっちんが遊んでくれなかった……グスッ」
と瞳に涙を溜めながら俺へと抱き着いてきたのだった。そんな由愛の頭を優しく撫でってやりながら、今の状況を見つめる。
由愛にさっちんと呼ばれている女子はミカエルのところへと向かうと、
「綺兎部君の力になるために、私をこのクラスに入れてください」
と、一樹とは一度も話したことのない彼女が一樹の為と言って、ミカエルへと頭を下げている。そんな彼女に対してミカエルは、
「貴方の名前は確か、狗龍幸ちゃんでいいのよね?」
本名は狗龍幸っていうんだな、彼女。あの特徴的な癖毛は何とかして直したい。心の中で呟く一樹であった。
「はい、私は一年の狗龍幸です。綺兎部君の力になりたいんです」
「どうして? 貴方は一樹君とは何も関係がないでしょ?」
「関係はないんですけど……でも、少しだけ綺兎部君について調べさせてもらいました。それも奥深くまで……綺兎部君、ごめんなさい。貴方に興味が湧いて出来心で全部調べちゃったの。でも、その代わりに良い情報も手に入ったんです。当人には見せられないんですけど、これを学園長も知っていただけたら理解できるかと……」
そう言うと、狗龍はミカエルの耳元で何かを喋っているが、当然のように俺達には聞こえない。次いで、狗龍と呼ばれた彼女はスカートのポケットから携帯端末を取り出し、何かを見せている。そして、しっかり見ていないと分からない程、微妙ではあるものの、ミカエルの表情は驚愕の色が見えた。
それから数秒経つと、一樹の心からは何かが出てくる。
「君、狗龍さんって言ったよね?」
「……はい」
「どうやって俺のことを調べたの? 個人情報もたくさんあったはずだよ。それを全部見たの?」
「……………はい、全部見ました。出生からここまでの出来事、全部……ごめんなさい」
「あの事故のことも?」
隣では「事故?」と疑問の声が聞こえてきた。
「そうですね……隅から隅まで調べました」
「そんな君がなんで俺の目の前に立ってるんだ?」
俺は当然のように激怒が芽生えてくる。それはそうだろう。自分がひた隠しにしたかった過去を知らない人間に見られたのだ。これまで、ずっと隠してきた、あの事故。俺のことを養子に取ってくれた両親が死んで、数日後の葬式の日。あの日は、学校を風邪と言って休んだ。
誰にも見せたくなかったのだ、自分が泣いている姿を。そして、両親が死んだことは学校には伝えたが、あの三人には伝えていない。あの時の俺は、とにかく三人の前を歩いて行かなければいけなかったから。
そして、それを見ず知らずの同級生である狗龍幸に見られたのだから。
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