第21話プライバシーⅡ
天使の力は、この学園では生命線。それがないなら役には立たないとまで言われる。
そんな彼は、どれだけ苦しんでいるのだろうか……。
見た目は楽しそうに笑顔を見せているが、そんな彼の深層心理の中では、どれだけの暗闇があるのだろう。考えているだけでも、身震いをしてしまう。深いより深い闇に彼は囚われてしまっている。そんなイメージが出来てしまうのだ。
「綺兎部君が辛い思いをしてるって思うと、なんだか私まで辛くなってきちゃった……」
赤の他人なのに、話したことだってないのに、どうしてか心が締め付けられるようなそんな気分になる。
「この気分を直すには綺兎部君の手伝いをすればいいのかな? そうすれば治るのかもしれないし……」
今までにない感情が芽生えてきた狗龍は、自分でもなんでこんなことをするのだろうか? と思ってしまうが、決めたのだ。
「綺兎部君の力になろう……それで、この変な気持ちをどうにかしよう」
幸しかいない部屋で、彼女は決意の表れなのだろう。自分の持っていた他人の情報を削除したのだ。これまで、自分が培ってきた努力を一瞬にして捨てた。それもこれも、一樹の為に。
「私は、綺兎部君の力になる!」
そう口にしたなら、幸は即行動を起こすのだ。
「まずは学園長室に行かなきゃ!」
部屋を走って出て行き、学園長室のある教員棟へと猛ダッシュしていった。
そんな幸の存在など知らない一樹たちは、学園長の授業を受けていた。
「この属性は大切なの。私の力が炎なら、弱点は水。だから、青城学園の天使であるガブリエルは私にとっては天敵みたいなものなの。それは日本にある学園全体の能力を知っていう上で、一番重要とも言えること」
この数日間、この新しいクラスで天使であるミカエルから毎日のように授業を受けている一樹たちは、ソファに腰掛けながら電子ノートにも書かずに聞いているだけだ。
ミカエルもそれについては了承しており、楽をしながら授業を受けることが出来ている現状。こんなことでエンジェルクラスである一樹たちが世界一の国にすることが出来るのかと、不安に駆られるが、実情はそれでも十分だった。
ミカエルはノートに書かないと言った直後に、
「私が直接、みんなの頭の中に書き込むから大丈夫よ」
と意味不明なことを言って、授業は始まったのだ。
それで、一樹たちはノートにも書かず、ただ単に聞いているだけでいい。ミカエルが言った通り、ミカエルの言った言葉が勝手に頭の中に焼きこまれるかのように記憶されていくのが、自分たちでも分かった。多少、頭の中が熱くなる感じがあったからだ。
「イッキ、私たちって聞いているだけで本当にいいのかな?」
一樹の隣に陣取って座っていた明日奈が、囁くような声で聞いてくる。
確かに、こんなことでいいのだろうかという心配はある。だが、これだけでも知識は頭の中に入ってきているのだから、心配という心配はいらない。
「学園長が大丈夫って言ってたんから大丈夫だろ。確かに、これまでずっとノートに書いていたりしたから違和感はあるけど、これだけでも知識が入って記憶されるんだ。画期的だと思うぞ」
「でも……」
「まぁ、学園長を信じてみよう。天使なんだからさ」
「イッキがそう言うならいいけど……」
こうして明日奈と会話をしている最中でも、ミカエルが教えてくる知識は確実に脳へと刻まれていく。
「天野ちゃんに、一樹君。私語はなるべく喋らないようにね?」
ミカエルは自分の椅子に座りながら視線をこっちに向けてくると、俺たちに私語を慎むように言ってきた。その時の瞳の色が赤く燃え上がっているのを見ると、少し怖い。
「それで続きだけど、この日本にいる九人の天使たちは、天使の中でも上位の存在なのにも関わらず、これまでの戦績がまったくもって悪いの。だからね、私も少しだけ意地悪なことしちゃったんだけど……」
なぜか改まって、一樹たちの方へと立ち上がると、
「他の天使にも自分たちのクラスを請け負ってみたらって言っちゃったの……その方が、力がより確実に付くと思って」
「…………………………………」
「そしたら、他のみんなも「それ、いい考えだね」って賛同してくれてね、日本にある学園九校に対して、必ず一つは私たちみたいなクラスが作ることになったの」
「…………………………………」
「だから、三か月後にある日本一を決める代理戦争は凄く大変なことになるけど頑張ってね」
その言葉を最後に、ミカエルは高級そうな椅子へと腰を降ろすと同時に、一樹たちは力いっぱい口にする。
「「「「ふざけるなっ!」」」」
「やっぱり怒られたぁ~」
一樹たちは今の言葉に衝撃を与えられた。
それもそうだろう。一樹たちは、世界で一位を取るために作られたクラスで、それも他の天使は一度もしたことがなかったのだ。それを、一樹たちの目の前にいる天使と来たら、そのことを簡単に日本にいる他の天使達に話して、より過酷な戦争へと自分たちを送り込もうとしているのだ。それは怒鳴りたくなる。
「ミカエル、私は世界を平和にしたいとか、幸せな世界を作りたいって言うから手伝ってあげようとしてるのに、なんでそれを無下にするわけ?」
この前、ミカエルへと喧嘩を吹っ掛けた揮移狩亜が、無表情の中に赤く燃え上がるのが見えた気がする。
この前はミカエルと喧嘩をしそうになって説明はされなかったが、彼女はこの学園のナンバーワン。第一位の強さを誇る二年生なのだ。その特徴と言えば、
「ミカエルが学園長だと思うだけで嫌気が指すわね……」
その直後に起こった炎の海。彼女はこの学園で唯一、能力を完全に操れる人間なのだ。
「そう怒らないでよ。この国が一位になれば、結果的には大丈夫なんだし、それに貴方たちは最終的にも世界戦にも出てもらうんだから」
「世界戦って……私たちがですか?」
荒ぶれる揮移とは打って変わって、冷静に物事を聞いている明日奈が疑問を口にした。
「そうよ? 私が選んだ学生たち、また、他の天使が選んだクラスの子たちは各学園で五人から十人。その学生たちは、無条件で学園戦争にも出るし、同時に世界戦にも出ることも決まってるの」
「俺達はそんなに重要な存在なのか……?」
さらに、明日奈よりも冷静沈着な憐矢が口を挟むと、
「貴方たちが選ばれたのにもいろいろと理由があるのよ? でも、それがなんで選ばれたのかは教えられないけどね」
一番重要とも言える部分はひた隠しにするつもりらしいミカエルは、そのまま続けて、
「それにみんなも疑問に思ってると思うけど、なんで一樹君がこのクラスに選ばれたのか、分かる?」
「えっ、俺ですか?」
「そう、一樹君がなんでこのクラスに選ばれたのか……。貴方たちに理由が分かる?」
なんで俺の名前が出されるんだ?
確かに、俺が選ばれる様な要素は皆無に等しいのだが、ミカエルはそれでも一樹をこのクラスに入れた。
学園の底辺の男が、この最上級クラスへと入っている時点で疑問が湧きあがってくる。
八人のクラスメイトたちは、無言で固まっている。それはある意味で、答えを出していた。
―――おかしい、と。
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