第20話プライバシー

 学園の中はある話題で、授業中すら静かになることはなかった。

 それもそうだろう。この赤城学園の一般生徒たちは、彼らの存在を知った時、驚愕が心を覆いつくしたのだ。普通の制服ではなく、真っ赤なデザインの制服を着た彼らは、堂々とした態度で学園を闊歩し、どこで授業を受けているのかも分からない。

 そんな不思議な生徒たちに興味を持たない生徒たちはいない。全校生徒のほとんどが、彼らの存在に注目していたのだ。

 そんな中、たった一人だけ、彼らの存在意義を知っている生徒が一人いた。

 そう、彼らがどうして学園長に呼ばれ、そして、新しいクラスと言うものを作ったのか、それを知っているのは、狗龍幸。一樹が学園長室に行く前に、盗聴器を張り付けた甲斐あって、実情を知ることが出来たのだ。

 そんな彼女は、自身の部屋にあるパソコンを使い、彼らの情報という情報をかき集めたのだ。


「三年、勾坂優斗。性格は穏やかで学生の殆どが、彼の存在を知っている。赤城学園の第二位に位置するほどの実力者で、家庭内の仲も良いと……」


 彼女は何台も設置された空中ディスプレイへと何回も視線を巡らせ、情報の処理を始める。三年の勾坂から始まり、栖偽、二年の斬時と揮移。そして、一年の氷川、鷹野目、と、この六人までは普通の家庭で何も目を配るようなところはない。だが、天野明日奈という女子だけはありとあらゆる方法を使っても、彼女の情報は手に入らなかった。

 疑問に思った幸だが、そんなイレギュラーよりも、今現在、幸が気になる人間の情報を取り出す。

数秒も掛からないうちに、あらゆる情報が詰まった政府のバンクからディスプレイに引き出された綺兎部一樹についての情報へと目を通す。


「一年、綺兎部一樹。中学までは好成績を残し、多くの部活動の大会などでも全国優勝という快挙を成し遂げた。が、赤城学園に来てからと言うもの、学園で必須の天使の力を使うことが出来ずに、その成績に終止符が打たれたわけね……。昔までは天才と言われてたのが、いきなり何の役にも立たない存在になるって結構つらいのかもね……。だから、中学までは真面目だった性格が、今みたいな適当でいい、みたいなダメ人間になった……」


 そうして、彼女は一樹の家庭内情報へと目を通す。


「…………綺兎部君って養子なんだ」


 ディスプレイの上に掛かれた情報の中では、彼はどこで生まれ、誰の子なのかは分からない。生まれた年も実際のところ分からないのだ。


「そして、そんな綺兎部君を引き取ったのが、綺兎部夫妻。ごく一般の人で、妊娠できない身体のせいで養子を取ることにしたみたい」


 それからは何とも普通としか言いようのない情報ばかりだ。ただ、気になったのが……。


「綺兎部君が発見されたとき、彼を守るように漆黒の羽根が囲っていた……ね」


 その時の画像を探そうとしたら、いつの間にか二時間も掛かってしまった。


「意外とセキュリティーが堅かったから時間が掛かっちゃった。でも、頑張った甲斐があったわ……。こんな写真が見つかるなんて予想もしなかったからね」


 ディスプレイに映し出されているアイコンをクリックすると、その写真は画面一杯に広がる。


「……………………」


 終始、私は無言になった。ディスプレイに出されている写真を見れば、驚くほかないと思う。


「こんなことってあるの?」


 まず初めに出てくるのは、そんな一言だ。


「これって凄く見ちゃいけないものを私は見ちゃったんじゃないかな……」


 もし、これが本当の事なら世界的にも珍しく、また、世界からしたら大変なものになる。


「これは見なかったことにしとこう……」


 ディスプレイに張り出されていた写真を削除するなり、次の情報へと目を移す。

 正直言って、これ以上は調べてもいいのか? と思うものなのだけど、一度調べたら調べ終わるまでは終われない。

 もう一度、ディスプレイに一樹の情報を映し出すと、


「二○二四年、今から丁度一年前ね。綺兎部夫妻と一緒に旅行に出ていた先で、交通事故に逢い、綺兎部夫妻は死亡。そんな中、綺兎部君だけが無傷で助かった。普通車に乗っていた綺兎部君は、ダンプカーに衝突したのに関わらず、彼だけが生き残った……」


 意外にも壮絶な過去がある一樹に対して、幸は普段とは違う感情が心の中に芽生えた。

 人のことを苛めることで快楽を得ようとしていた彼女に、そんな感情は無縁のはず。なのに、そんな彼女に芽生えたのは、人に同情をするという憐れみから来るものだった。

 彼女自身、人に同情をすることは失礼だと思っている。

 同情されたくて生きている人間なんてこの世にはいない方が多い。少なからず、そういう輩もいるが、そんなのは別だ。だから、これまで同情をしないと決めていた幸に、一樹の過去は、同情してはいけないと分かっていてもそういう視線で見てしまうようなものなのだ。


「もう、これ以上は調べなくていいね……これ以上知ったら、もっと酷いことが在りそうだから」


 幸は少しだけ後悔した。こんな気持ちになるなら、調べるんじゃなかったと。

 一樹は中学までは優秀で家族もいい人間だったのだろう。でも、そんな彼には、そんな両親の死と言うものを目の前で見せられ、学園に入学してからというもの、天使の力もろくに使えないでいるのだから。

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