第13話顔あわせⅦ

「鷹野目憐矢、天野明日奈」


 学校中に響き渡っている声を大講堂で聞いている女子が一人。机へと肘をつけ、頬杖をしながら放送を聞いている。癖毛のせいで跳ね上がっている髪を何度も撫でるように触っている彼女は、自分の名前が呼ばれるのではないかという淡い期待を心に抱きながら、スピーカーから流れてくる声を聞いている。


「そして、一年最後の一人は綺兎部一樹。この八名は至急、学園長室へと走ってくるように。わかったら、二十分以内にね」


 その声が学校中に轟いた後、スピーカーの向こう側からは枢木教師と、天使であるミカエル学園長の話し声が思いっ切り聞こえてきていた。

 だが、彼女はそんな会話になんか興味は一切ない。興味があるとしたら……。


「なんで学園最下位が学園長に呼び出しを貰えたのか……」


 代理戦争専門学園、前代未聞の天使からの呼び出し。その中に、学園最下位である学生が含まれていることに興味がそそられる。さっきまでは、自分が呼ばれるのでは? と期待していたものの、目の前で起きた出来事が彼女の心にあったはずの憎悪を消していたのだ。


「綺兎部一樹……観察対象としては打ってつけなんじゃないかな……?」


 大講堂はさっきの放送によって静止された世界が訪れている。そんな中で彼女は、動いていたのだ。それがどれだけの勇気がいるのか。他のものでは真似できないことだ。

 だが、そんな彼女には勇気など関係ない。


 面白そう……。


 ただ、それだけの理由があれば、彼女はどんなことでもしてしまう。彼女の趣味嗜好は自分の周りで楽しい出来事が起これば、徹底的に調べ上げ、それは自分の調査書に記録すること。相手の個人情報はもちろん、家族構成だって調べ上げる程だ。

 そんな彼女が、一樹を興味の対象として見ている。それが意味することは、一樹の個人情報はもちろん、これまでの人生に置ける出来事という出来事を調べ上げ、それを相手へと突き詰め、反応を楽しむ。

 そんな趣味趣向がこの学園では役に立ち、彼女の得意分野は情報処理と地味ではあるが、戦場では必須の力を手に入れていた。

 なんてサディストなのだろうか。相手の表情が強張る、その一瞬、一瞬を脳内に刻み付けて、思い出すたびに笑みが溢れる。


「ここ最近、面白いことなかったから、綺兎部君でも調べようかな? それなら、まず何から調べようか……」


 顎に手を当てながら、後ろ側の扉から出て行く一樹と憐矢の姿を見つめながら思考を巡らせる。


 私にとって、面白い物だったら全部調べちゃおう!


 それが彼女の結論だった。これでは、一樹にもうプライバシーと呼べるプライバシーは無くなる。彼女が本気を出せば、情報と言う情報は形を変えて、彼女のもとへと集まる。

 時間が止まったこの学園の中で、講堂の前方を陣取っていた彼女は席を立ちあがり、一樹たちの後ろを付けていく。そして、スカートの中から小型の銃を取り出し……。

 ピュン――と、集中していないと聞こえない程の銃声が小さく鳴り、それは一樹の襟元へと被弾する。だが、それはゴム銃なんかではなかった。


「これでいつでも情報は聞かせて貰える……。どんな会話が出てくるのかな、凄く楽しみ」


 口元が吊り上り、満面の笑みが彼女の顔にはあった。

 彼女がもたらす情報は、一樹にとって気に食わないものしか手に入れない。相手の表情が歪むのを楽しむのが、彼女の快楽なのだから。


「それじゃぁ、私は授業を受けに行こうかな?」


 一樹たちの後ろを付けていた彼女は、踵を返して大講堂へと歩みを戻す。その足取りは、見ている側としては軽快なステップを踏んでいると思えるものでもある。

 彼女は気分がいいのか、鼻歌を混ぜながらステップを踏む。そして、大講堂の方へと戻って行く途中にも、名前を呼ばれた人がもう一人現れた。

 彼女は、その人物を確認するなり舌打ちをする。


 さっきまでの気分が台無しになったわ……。


 彼女の前から歩いてくるのは、茶髪の子供。子供と言っても彼女も列記とした学生であり、今年の五月に十六歳となった少女だ。その小柄な姿を見ているだけでも小学生と思わせる体の小ささが妙にストレスを生み出す。そして、前から歩いてくる小学生のような女子は、彼女にとってはライバルと言えるような存在だ。

 確か学園長が呼んだ名前の中に、彼女の名前もあったのね……。

 殺意が籠ったその視線を、あの小柄な女子へと向けられる。でも、そんな視線を感じたあの女子は、私の名前を口にしながら手を振ってくる。

 なんでそんなに馴れ馴れしいの。私のこの視線が分からないの?

 殺伐とした視線を受けてもなお、それに気づいていないような雰囲気で近づいてきた彼女は、私の目の前で立ち止まり、


「どうしてさっちんがこんなところにいるの?」


 本当だったら名前を伏せておきたかったのだが、目の前にいる彼女のせいで自己紹介をしないといけないみたいだ。

 私の名前は狗龍幸くりゅうさち。この赤城学園の一年であり、学園内のランクも二桁の女子生徒である。また、目の前にいる小学生のような女子も一年であり、私と同じように彼女もランクは二桁の女子。

 そう、彼女の名前は。


「氷川由愛ひかわゆめ……何で貴方が学園長に呼ばれたのかしらね。それと、さっちんって呼ばないでくれる? そこまで仲良くなったつもりはないよ」


 私にとっての最大のライバルであり、憎むべき相手。


「さっちんでいいじゃん、さっちんで。 その方が絶対いいのよ? 呼びやすいし、仲良くなれそうな呼び方なのよ」


「私はやめてほしいけど……。それより貴方、学園長に呼ばれてるんでしょ?」


「あっ! そうだった、急がないと! イッキたちも呼ばれてるから、久しぶりに話が出来そうなのよ!?」


 妙に語尾を高くする癖がある彼女は、その小学生とも言える体と同じように、小学生のような無邪気な笑顔が似合っている。そんな姿を見ているだけで苛立ちが募り始める。


「呼ばれたなら、早く行きなよ。学園長が遅れたら後悔するとか言ってたけど、遅刻するつもり?」


「そうだった、そうだった。急がなくちゃいけないんだったの。注意してくれてありがとうなのよさ、さっちん。また、授業で会ったらよろしくなの」


「嫌よ。あなたとなんか授業で会いたくないわ」


「そう言わないでよ~。私はそれじゃあ、学園長室に行ってくるのよさ。またね」


 そう言って、氷川由愛は私の目の前を走って学園長室へと向かった。

走ると転ぶよ。

 そんな言葉を掛けようとしたところに、氷川は廊下でこけてしまった。


 言おうと思ったんだけど……。


 ちょっと言うのが遅れてしまったことで、本当に転んでしまうとは……。

 廊下でこけてしまった氷川のもとへと歩いて行くと、地面に突っ伏したままの氷川が顔を上げた。


「…………痛いよぉ」


 その顔には涙が流れていて、見ているだけで子供っぽくてイラついてしまう。実際、彼女の心自体が、まだ幼すぎるのだ。何故、こんなにも幼いかはもう一度調べ直す必要があるかもしれないけれど、今は目の前に倒れている彼女を起こしてやらなきゃいけない。


「ほら、起こしてあげるから……」


 手を差し伸べながら、内心では「なんで手を出しているのだろう?」と自分でも意味が分からない行動に疑問を持っている。

 そんな狗龍に差し伸べられた手を、氷川のひ弱な手が力なく握ったのだ。彼女の体を一気に引っ張り上げ、廊下に立たせるなり、


「廊下で走るからそうなるの。これからは廊下で走らないこと、いい?」


「……うん、これからはそうするの……ありがとうなのよ、さっちん」


「どういたしまして。ほら、急がないと遅れるよ。早く行ってきな」


「うん!!」


 この無邪気な笑顔を見ると、苛立ちが募る。それと同時に、凄く心の中が満たされる気がするのはなんでだろうか。

 狗龍は自分でも分からない、この感情に苛立ちをより大きくしながらも、あの小さな彼女の背中を見守っている。まるで、その姿は我が子を学校に行かせるような母親のように見えた。

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