第14話顔あわせⅧ

「失礼します」


 学園長室へと繋がる高級そうな扉へとノックをしたあと、俺と憐矢は扉を開いて一歩目前へと踏み出した。

 生徒が学園長室に入ることすら珍しいので、一樹たちは目の前にある学園長室を一望するなり、驚きが心を支配した。


「凄いな……この部屋」


「そうだな……まるで高級ホテルみたいだ……」


 一樹と憐矢が口々にすると、


「そんな御大層なものじゃないわよ? 実際、私にとってはこれが普通だから。それよりも、早く中に入りなさい。他の生徒はまだ来てないから」


 扉の真正面奥、学園全体を一望できてしまうその巨大な窓の前にある、これまた高級そうな机に陣取っている女性が一人。髪や服装、瞳の色までも全て赤一色に染められた女性は、この世の物とは思えない優しそうな表情を浮かべながら一樹たちを見ていた。

 そして、その隣では学園を眺めている枢木先生が立っていた。だが、そんな枢木先生は何も喋らずに外をじっと見つめていた。


「学園長……なんで俺たちは呼び出しをされたんですか?」


 一樹は頭の中で溢れかけている疑問を一気に吐き出すように、その疑問を口にする。

 でも、その疑問には答えてもらえるはずもなく、


「それはまた生徒が全員来たら教えてあげる。だから、今はそこのソファに座ってて。もうちょっとしたら全員来るから、ね?」


「……はぁ」


「わかりました……一樹、ソファに座るぞ」


「……わかった」


 ミカエルに促されるように、太陽の陽によって黒く光を反射しているソファへと腰を掛ける。腰を掛けたソファは、これまで座ったことのあるソファの中で多分、一番座り心地がいいかもしれない。いや、一番いい。そんなソファに座って、他の生徒を待っている一樹たちは、無言で座り続ける。そして、数分後、


「失礼します」


 と扉をノックした後に、学生が三人、学園長室へと足を踏み入れてきた。


「三年の勾坂と栖偽。二年の斬時か。久しぶりに会ったな」


「お久しぶりです、枢木先生。どうですか、今年の一年生は?」


「昔のお前たちよりも質が悪いぞ。そこにいる二人もその生徒だ」


 さっきまでの無言が嘘のように口にした枢木が言うと、三人の先輩たちは一樹たちを見つめてくる。その表情は、昔のことを思い出しているかのようなそんな懐かしんでいる表情だ。


「噂は常々聞いているよ。君が綺兎部一樹君だね? 君のような生徒がここに呼ばれているのは驚きだけど、俺達と同じような生徒なら仲良くなれそうだ。よろしく頼むよ」


 三人のうち一番、表情が優しそうな先輩が近づいて来て手を伸ばしてくる。それに合わせて一樹も手を突き出して握手する。


「どうも、よろしくお願いします……だけど、すいません。俺、先輩たちのことよく知らないんで、誰が誰だか分からないです」


「それはそうだ。学年だって違うんだ、知らない方が当たり前だよ。それじゃぁ、一人ずつ自己紹介するから聞いててくれるかな?」


 そういうと、彼の後ろに立っていた生徒が横一列に並び、自己紹介を始める。流石に一年の一樹たちが座っているのも悪いので立ち上がり、自己紹介を受ける。最初は一樹に話しかけてきた爽やかな先輩からだ。


「まずは、僕からだね。僕の名前は勾坂優斗こうさかゆうと。この赤城学園の三年だよ。趣味は、アサルトライフルの射撃精度を上げることだね。他には、読書が好きかな?」


 そう言って、勾坂は次の人へと自己紹介を促す。


「俺の名前は栖偽南斗すぎなんとだ。俺が得意とすることは操縦だ。ヘリの操縦、爆撃機の操縦なら俺は誰にも負けることはない。それと、お前が噂の綺兎部なのか?」


 自己紹介中に突然疑問を吹きかけられた一樹は、一瞬だが動揺した。

 なぜ、動揺をしたのかは目の前にいる栖偽を見ていれば分かる。彼の体から放たれている独特の雰囲気は、これまで感じたことのないものなのだ。身体に直接伝わってくる、その威圧感が一樹の体を押し潰してしまうのではないかと思うほどのプレッシャーなのだ。


「……はい。俺が綺兎部ですけど、それがどうかしたんですか?」


 恐る恐る質問を投げ返せば、栖偽は一樹に歩み寄り右肩に手を置かれ、


「努力すればなんとでもなる、頑張れ」


 と、いきなり励まされたのだ。これには一樹も驚いた。こんな威圧感が半端じゃない先輩に励まされたのだ。驚く意外に何もリアクションはできない。

 栖偽に励まされた一樹は、どうしていいのか分からなかったが、そのままコクリと頭を縦に振り、返事を返すことしかできなかった。


「それで、最後にこの中で唯一の二年生である斬時君に自己紹介をしてもらおうかな?」


 勾坂先輩に自己紹介を促された憐矢と同じような目の細さの斬時先輩という人は、ゆっくりとした口調で自己紹介を始める。


「…………………………………………………………」


 自己紹介は始まっているはずなのは分かる。多少だけど、口は動いているから。でも、何も聞こえない。


「勾坂さん、斬時先輩は喋ってるのか?」


 隣にいる憐矢が改まって、この無言の先輩が何かを喋っているのか聞けば、


「今は喋ってるんだけど……やっぱり声が小っちゃいんだよね。斬時君って恥ずかしがり屋じゃないんだけど、普段から無口だから喋っても声が小さいんだよ」


「そうなんですか……」


 なぜか、隣の憐矢は少し残念そうにしながら俯いてしまったが、そんなことは今はどうでもいい。


「それじゃぁ、僕が代わりに斬時君の自己紹介をするね。彼の名前は斬時燿平ざんじようへい。無口無表情が売りの二年生。その無口さから、他の生徒とはコミュニケーションがそこまで取れてはいないけど、僕たち三年とは仲が良くてね。こうして三人で一緒に来るような仲なんだよ。それと、彼が得意としていることはスナイプ。その冷静さを生かした特技だね」


 勾坂によって、一樹たちはこの三人がどんな人なのかは分かった。そして、そんな自己紹介に追加でもするかのように、枢木先生が、


「そこの三人は、この学園の中のランクの中でも最高ランクの三人だ。勾坂が二位、斬時が三位で、栖偽が四位だ。それぞれ役職は違うが、他の事でも上位の上級生だ」


「そんな、枢木先生。僕たちは普通に授業を受けていただけで、そんなランクなんてどうでもいいですよ」


「よくそんなことが言えるな……。俺の授業を受けていた頃に、お前が何をしたのか忘れてたとは言わせないぞ……」


「ははは……」


 仲がよさそうに話をしている二人は、学園長室の隅の方へと場所を移し、そこでまたもや世間話のような会話を始めたようだ。


「ほら、そこの二人もソファに座ってて。後、三人来るから」


 ミカエルからソファに座るように言い渡された栖偽と斬時は顔を見合わせながら、ゆっくりとした歩調でソファへと向かい、腰を降ろした。


「俺達一年からも、自己紹介をさせてもらってもいいか……?」


 一樹の隣に座っていた憐矢は、先輩に対していつもの口調で話しかけ、憐矢なりの自己紹介が始まった。


「俺の名前は、鷹野目憐矢。俺の隣に座ってる一樹とは中学の時から一緒だ。そして、俺は斬時先輩と同じ、スナイプを得意としている」


 そう言って、憐矢はソファへと座る。


「それじゃぁ、俺の番かな? さっきも先輩たちに噂のとか聞かれたけど、その噂の綺兎部一樹です。この学園の底辺で能力すら使うことができないです。こんな俺が、なんでここに呼ばれたのかは、よくわからないです」


 そう言って、一樹たちの自己紹介は終わった。


「やっぱり使えないのか……」


 目の前に対峙するように座っていた、あの威圧感が半端じゃない栖偽先輩の顔が悲しみに歪んでいた。そんな目尻からは、突然涙まで流れ始めたのだ。


「……………………気にすることじゃない」


 そんな栖偽の隣に座っていた、物静かな斬時が口を開いて声を出したのだ。その声は少し高音のイケメンボイス。一瞬しか聞けなかったけど、聞いていて凄くかっこいいと思った。


 なんか個性が独特な人たちだなぁ……。


 観想的にはそんなものになった。

 そしてまた数分が経ち、またも扉がノックされ、二人の女子が入ってくる。


「すいません、遅れました……」


「遅れちゃったぁ~。ごめんね、ミカエル先生」


 学園長室の扉から入ってきたのは、今は会いたくなかった女子だったが、もう片方の女子には、ここ数か月会っていなかったので懐かしいと思う。


「天野明日奈に氷川由愛か。本当に独特な生徒が呼ばれたんだな」


 隅で勾坂と話をしていた枢木が彼女たちの名前を口にした。


「明日奈ちゃんに由愛ちゃん。こっちに座ってちょっと自己紹介していてくれるかな? あと、二年の揮移狩亜ちゃんが来るのを待つだけだから」


「学園長、なんで私にちゃんづけしてるんですか……」


 ちゃんづけされたのが気に障ったのか、明日奈がミカエルへと殺気を込めた言葉を投げれば、


「可愛いから……ダメ?」


「ダメですから。ちゃん、とか私に合わないし」


「そんなことないよぉ~。明日奈はちゃんづけされてもそのままなのよ? 凄く可愛くなっちゃって、私にちゃんづけしても本当にそのままなんだから。私なんか、こんな身長だから、違和感なさ過ぎて嫌になっちゃうのよ」


 明日奈の隣に立っている子供が羨ましそうに口にしていると、その光景は親子のように見えてしまう。


 あいつ、あれから身長伸びてないな……。


 そんなことを考えていると、そのお子様が一樹のところまで走って来ては、


「イッキがいるぅ~」


 等と嬉しそうに言ってくる。それを見ていると、このちょっとした鬱が晴れた気がする。

それ程、愛でたくなる容姿を持っている同級生であり、中学も一緒のこのちんちくりんの友人は一樹ところまで近づいてくると、一樹の膝の上へと陣取った。


「由愛は相変わらず俺の膝の上に座るよなぁ。お前だって年頃の女子なんだから恥じらいくらいは持っとけよ」


「そんなのいらなぁい」


 一言で拒否された一樹は、項垂れながらもしょうがなく膝の上に座らせておく。こうしてなくては、由愛は暴れ始めるからだ。


「由愛っ! 一樹の膝の上に乗らないの!」


「嫌っ!」


 明日奈に俺の上から退くように言われた由愛は、駄々を懇る子供のように体をジタバタさせる。その際に、由愛が振るっている手が顔面へと当たり、結構な衝撃が頭へと伝わるわけで。隣で座っている憐矢はというと、由愛から飛んでくる華奢な腕を華麗に避けた。

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