第12話顔あわせⅥ
「突然のことだけど、これから呼ぶ生徒は至急、学園長室に来るように。これは絶対に守ってもらわないと私としても困るし、呼ばれた学生自身にも多大な損が生じることにもなりまーす。これを逃すものなら、逃してみればいいよ。でも、後悔は必ずするから」
学園長自ら生徒を呼ぶ……。
これは、この赤城学園史上初の事だ。何年も前に建てられたこの学園ではあるものの、ミカエルのような天使たちは、生徒を呼ぶような行為は断じてしていない。それは他の学園も同様で、天使が生徒を呼ぶことは、その生徒は特別扱いと認定されてしまう。そんなことは、この学園の中ではあってはいけない。
学園の生徒たちは、自らの実力で上へと登り詰めていく。その努力は、どれだけの物なのかは図りしえない程のものだ。
だが、そこにミカエルのような天使が他の学生へと手を差し伸べることで、その生徒たちには、裏切りと消失感を植え付けてしまう。だからこそ、天使たちは授業には口出しをしても、生徒自身には手を出さなかった。
だが、それは今、この瞬間からその常識から突き放されてしまったのだ。
「じゃぁ、生徒の名前を呼ぶよ? 三年の勾坂優斗こうさかゆうと、同じく三年の栖偽南斗すぎなんと、続いて二年、斬時燿平ざんじようへい、揮移狩亜きいかりあ、一年、氷川由愛ひかわゆめ、鷹野目憐矢、天野明日奈。そして、最後に……」
最後にと言ったミカエルは、数秒の間を空ける。学園中が静寂に見舞われる中、目の前にいる憐矢の表情は驚きで満ちている。こんな静かな学園の中で、彼は天使に名前を呼ばれた。それがどれだけ羨ましく、妬ましい事なのか……。他の学生たちからは殺気が籠った視線が向けられているが、そんなことはどうでもいいといった感じに、
「なんで、俺の名前が呼ばれたんだ……」
目の前では本当に驚いている憐矢が、口々に世迷言のように自分が選ばれたことに驚愕している。
そして、その驚愕をより大きくする言葉が、ミカエルの口から紡がれる……。
「一年最後の一人は綺兎部一樹。この八名は至急、学園長室へと走ってくるように。わかったなら、二十分以内にね」
そこで放送が終わった。のだが、全校のスピーカーへと繋がっているマイクの電源を切り忘れたのだろうミカエルは、「なんであんな口調で話さなきゃいけないんだろ? 普通にもっと気楽に話したっていいじゃんよ、枢木葬鬼先生?」
「フルネームで俺の名前を呼ぶな、気色悪い。お前も一応は、この学園の最高幹部でもあるんだ。少しくらいは、我慢したっていいだろうが」
「嫌だ、いやだ~。私は気楽にやるのが一番なのよ。少し位いいじゃない」
「ったく……これだからお転婆な天使は嫌いなんだ……。ちょっと待てよ?」
「どうかしたの?」
「お前……マイクの電源切ったか?」
「……………」
「……………」
スピーカーを通しても、学園長と枢木先生との間に、寒々とした空気が流れたのは、生徒たち全員が理解した。
「…………消し忘れちゃった。てへっ」
「てへっ、じゃねぇんだよ。ミカエル!」
「枢木ちゃんが怒ったぁ~」
等という会話が聞こえてきたのを最後に、ブツッとマイクの電源が切れた音が校内に響いたのだった。
「一樹、お前の名前も呼ばれたぞ……」
「……そうだな」
「学園長室に行くけど、俺と一緒に行くか?」
「……そうだな」
「明日奈のことが好きか?」
「……そうだな」
「本当か?」
「……そうだな」
「ダメだな、こいつ……」
一樹の返事が一つにまとめられていて、もうどうしようも無くなっている。
「ほらっ、行くぞ」
さっきまでの喧嘩は何処へやら……。
喧嘩なんかしているよりも、より大きな問題を抱えてしまった二人。
そんな二人はゆっくりとした足取りで、戦術の授業が行われるはずの大講堂から扉を開いて、より力強い歩みで学園長が待っている教員棟の最上階、学園全体を一望できる学園長室へと足を運ぶのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます