第11話顔あわせⅤ
他の学生たちは、何があった? と言った感じに視線を向けてくるが、俺がそっちに視線を向ければ何も見ていないようなふりをして、授業が行われる場所へと歩いて行く。
そして、俺は目の前にいる明日奈を見れば、驚きと恐怖が交じったような表情を浮かべた明日奈がいた。その頬に一粒の水滴が流れているのを見れば、さっきまでの激情が嘘のように頭の中から消えていく。
「……イッキがそんな風に思ってたなんて知らなかった」
口を押えながら涙を溢れさせてくる明日奈は、一樹の記憶の中では、こんな姿を見たことがない。それは、一樹自身に大きな後悔を覚えさせる。
「ごめんね……ごめんね、イッキ……」
中学の時のように、俺のことをイッキと呼んでいる彼女が一樹の目の前で涙を流している。そして、その口からは謝罪の言葉が幾度となく口にされているのに。
何で俺は明日奈のことを泣かしてるんだ……。
自分の行動が彼女を泣かせてしまった。そう自覚すると、急いで謝らなきゃと思う。彼女を泣かせてしまったのだから、謝らないといけない。なのに、口を動かそうとしても思うように動かないのだ。
そして、出てきた言葉は謝罪なんかではなく、
「お前なんか知らねぇ」
本当だったら、謝るはずの言葉がより彼女を傷つけてしまう言葉を口にしていたのだ。
俺の言葉を聞いてしまった明日奈は、その場で崩れ落ち、泣きじゃくりだす。もう、俺にはどうしようもできなくなってしまった。
廊下へと崩れ落ちてしまった明日奈を置いて、俺は一人で戦術の授業へと足を運ぶ。
結局は、明日奈に言われた通り、俺は戦術を考えた方がいいのかもしれない。俺には、銃を扱うことは愚か、力を使うことすらできないのだ。なら、他のことで埋めなければならない。
「明日奈に言われた通りに授業を受けに行くなんてな……やっぱり、俺ってもう救いようがないんだな。昔みたいにはならないのか」
授業が始まる数分前に大講堂に着き、何百とある座席の最後尾へと腰を掛けて、数分間もの時間を何もせずに潰す。その数分間がどれだけ長かったことか……。
時計の秒針が一分進むのに、俺の体では一分が十分に感じられた。それ程、時間が長く感じてしまうようになったのだ。
「もう、自分が何をしたいのか分からなくなったよ……」
誰に話すわけでもなく、ただ独り言のように呟くのだ。周りには、一樹と関わろうとする者は誰もいない。こんな辛気臭い空気を周りに放っている奴に話しかけるような奴は誰もいない。そんなの当たり前のことだ。
「謝らなきゃいけないのに、あんな言葉を掛けてから授業受けるってどんな奴だよ……」
もう、片言のようにブツブツと口にしている。周りからは、不気味と思われても仕方がない程だ。
でも、そんな俺に話しかけてくる奴が一人だけいた。
「お前……明日奈のこと泣かしたらしいな……」
俺の目の前に陣取った誰かは、後ろへ振り向き話しかけてくる。その声は、普段からよく聞くような声で、こんな授業にも出るんだなと多少なりとも驚いた。
「………………憐矢」
俺の目の前には、これでもかと目を細めて睨んでいるようには見えないが、睨んでいるらしい、その眼光で見てきていた。
「一樹、お前が明日奈を泣かすなんてな……正直、驚いた……。これまでの一樹ならそんなことは一度もしなかったのに、いきなりどうした……?」
「……何も。俺はただ単に明日奈を泣かしただけだ……。それも、全部あいつが俺にあんなことを言うから……」
「どうせ、普通に呼んでほしいって言われたんだろ?」
「……よくわかったな」
「そりゃ、中学からの誼よしみだ。それくらい考えなくてもわかる……。で、お前は明日奈にそう言われて、激情したわけだな……」
憐矢が言っていることは推測に過ぎない筈なのに、全部が全部言われた通りのことだ。
なぜそこまで分かるのか……。本当に、推測で言っているのだろうか?
一樹は、明日奈に怒鳴った時のように疑心暗鬼になり始める。疑心暗鬼から抜けようと心の中で努力をしても、抜けられない。
「一樹、お前はバカだ……。大馬鹿だよ。本当の大馬鹿だ。何度も言うが、お前はバカの中の馬鹿だ。どれだけ馬鹿だと言っても言い切れない。それ程までの大バカなんだよ、お前は……」
「なっ……憐矢、俺のことが馬鹿だって言えるほどの頭は無いだろ。なのに、俺にバカだなんてよく言えるな」
「そうやって、言い返すところがすでに馬鹿だと言うのに何で理解できない。お前は俺達よりかは頭がいい。それは認める……だが、お前は俺と明日奈よりももっと馬鹿なんだよ」
何度も馬鹿だと言われると、さっきまでの激情が頭の奥底から舞い戻ってくる。
「憐矢まで俺にそんなこと言うのかよ! お前たちはそうやって俺に憐れんだり、馬鹿にしたりするけどな、俺にはもうそれが耐えられない。これまで二人には何度もそういうことを言われてきたけど、我慢してきた。それが事実だったから……。でも、流石の俺にも限界があるさ。お前たちに馬鹿にされたりすることにはもう、ウンザリなんだよ」
どうしてこうも信じてきた二人に、俺は馬鹿にされているんだ。俺が二人に何かしたのか? そんなことは一切してきていない。
なのに、どうして俺は明日奈や憐矢に哀れに扱われるんだ。そんなのは、金輪際やめてほしい。もう、どうせなら中学の頃の戻ってやり直したい。こんな学校を選ぶんじゃなかった。
後悔先に立たずとはよく言ったもんだ。本当に後悔しても取り返しがつかないところまで来てしまった。
「本当だったら、俺だって力を使えてるはずなのに……何故だか、この学園で俺だけが力を使えない。これがどれだけ辛いのかお前は分からない。分からないくせに、分かった振りをして、俺に同情の目を向けてくる。お前たちは、ただ単に自己満足がしたいエゴイストなんだよ!」
まただ、もう悔やんでも悔やみきれないところまで来てしまった。自分が言った言葉はどうやっても変えることはできない。
こんな言葉は本当は出したくない。出したくないのに、憐れみの目を想像してしまうと、どうしても感情的になる。
「……そうだな。俺達にはお前の気持ちなんて分からない。それは、俺たちはお前じゃないんだ。お前の気持ちなんて知ろうとしたって、結局は本当の意味では理解なんてできるはずがない。それでも、友達を悲しませたくないって気持ちをお前は理解できるか? 今のお前の状態で、理解できるのか?」
憐矢は力強く言葉を紡ぐと、一直線に俺の胸倉を引っ張る。
「お前はな、ただ単に逃げてるんだ……自分にはできない、無理だって言って現実から逃げようとしてるんだ……そんな奴を、俺と明日奈は元に戻してやろうと頑張っていることにも気づかずに、逆にその気持ちを踏みにじるお前はなんなんだ」
「………………」
俺は言葉が出ない。
目の前にいる憐矢が、目を見開いて俺にガンを飛ばしてきている。中学からの付き合いでも、初めて見る憐矢の激情は驚くものだ。普段は、目を細めている憐矢の表情は一切変わることなく、無表情と言ってもいいくらいだった。それが今はどうだ?
俺を睨みつける為に普段は細めている両目を見開き、その瞳の奥ではメラメラと燃えている炎が見える。その炎は俺に対しての怒りが極まったから見えているのだろう。
そこまでの威圧感を放っている憐矢に俺は怖気づいてしまったのだ。
これまで優しかった憐矢が、本気で俺に怒っている。それが、俺の為だと言っていた。
それでも理解が出来ない俺には、どんな反応を見せればいいのかと言う確実な答えは持ち合わせていない。
「中学の時のお前はそんなんじゃなかった。あの時のお前は、誰の上に立っても皆が称えるような奴だったのに、今じゃ、クソみたいなやつに成り下がりやがった。力が使えないから情けない? そんなのは違うだろ。お前が努力をしていれば、必ずそれを見てくれている奴が必ずいる。お前の努力を見てくれていた奴が、他の学生にそれを話す。それが木の根のように広がっていけば、お前はどんな奴だろうと皆から慕われる様な存在に成れるんだ……」
どこか昔を懐かしむような言動が憐矢から口に出されて、一樹の脳裏には昔の光景が映像のように再生され始める。
懐かしい校舎、懐かしい友人たち。そんな数か月前まで一緒に中学を過ごした仲間たちや、自分たちが通った学び舎が浮かんできたのだ。
そんな中、一樹には周りの人が自ら集まって来ていた。それは何故か……。そんな疑問が浮かんできたが、結局のところは答えなんて見つけられるはずがない。
一樹にとって、自分の周りに人が寄ってくることが当然のことで、それを不思議だと思ったことは一度もないのだ。そんな人間が、なんで自分の周りに人が集まってくるかなんてものの答えなんて導き出せるはずがない。
「そんなの知らねぇよ……それよりも、憐矢。いい加減、手を離せよ」
胸倉を憐矢の力で引っ張られることで、学校指定の制服はヨレヨレになり、次の授業の時に指摘されてしまうかもしれない。
これ以上、俺のプライドを汚すことは許さない……。
たった一日で豹変してしまった一樹の身体からはドス黒いものが身体の一部から煙のように流れ始める。その光景が憐矢の手を引かせた。
昔の自分に戻りたいなんて思ったから、こんなことになっちまったんだ……。
昨日の賭けで、自分が昔に持っていたプライドが一気に蘇った。それは、ここ数カ月の間に、一樹の頭の中から削除されてしまったプログラム。それを、誰かが再起動させてしまったのだ。
そのきっかけを作ったのが……。
「テス、テス。あーあー。聞こえてる? 学校の方からも聞こえるから、みんなにも聞こえてるみたいね。これから、この学園を管理している学園長であり、天使でもある私、ミカエルから学生の諸君に言い渡すことがありまーす」
そう、今まさにスピーカーから学校全体へと響いているこの声の主。
学園長であるミカエルがその元凶でもあった。
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