第4話学園生活Ⅲ

「お前たちは何でこうも俺にストレスを溜めさせるんだ……このままだと、確実に次は頭を撃ち抜きそうだ。少しは、俺の言うことを聞け」


「嫌ですよ。先生の授業って聞いてても意味が分からないこととか多いし、正直言って、狙撃は慣れなんじゃないかなって俺の中では考えてるんです。だから、俺は俺なりのやり方でやってるだけです」


「俺はまぁ、そこそこできるから枢木先生の話を聞いていなくてもできるので……」


「私に命令するなんていい度胸じゃない……もし次、私に命令でもしたら、四肢に撃ち込むわよ?」


「ったく、なんで毎年のように俺のところにはこんな自由気ままな馬鹿たちが集まってくるんだ。あの野郎が仕掛けてるんじゃないだろうな……」


 一樹たちを呆れ顔で見ている教師こと、枢木葬鬼。

 身長・百七十五、体重・六十四キログラムの二十四歳。その体つきは、無駄なものを削り落としたかのような体つきで、その体つきは他の教師から見ても無駄が無いと言われる程だ。

そんな枢木先生は口々にこの学園の管理をしている天使への悪口を言っているが、それを聞いている一樹たち以外の生徒たちは、そんなこと言っていていいのだろうか? と心の中で考える。


「教師が天使の悪口とか言っていいの?」


 そして、一樹が他の生徒の代弁でもしているかのように口にするが、


「そんなもん知らん。毎年こんなバカな野郎を俺のところに押し付ける天使なんざ俺は知らん」


「そんな酷いこと言われてたのね、私って……意外にショックがデカいわ。信頼していた人間に言われるとなると……」


「ショックがデカいねぇ……俺に毎年こんな問題児を押し付ける天使になんか俺は何もしたくなくなるな」


「じゃぁ、来年からは変えてあげるわね」


「そうしてくれるとありがたい……ってミカエルがなんでこんなところに来てるんだよ」


 いつからいたのか、それすら分からない程、存在感を消して近づいていた女の人。ミカエルと呼ばれた赤髪の女性はこの森林の中へと悠然と歩きながら近づいてくる。その姿はラフな格好で、赤色のワンピースは膝下まで伸びている。そして、豊満と実っているその胸を強調するように、ワンピースの上からでも窮屈そうに見えてしまう。そんな彼女はこの森林の中では目立ちに目立ちまくっていて、もしここが戦地だったとしたら、一瞬で撃ち抜かれてしまいかねない程だ。


「失礼ね……私だって時々は生徒たちの授業風景ぐらい見に来るわよ。それと少しは敬語を使いなさいよ。私は貴方たちの上に立っている学園長でもあるのよ?」


「そんなことは知るか。昔は間接的にだが、俺に悪戯してきた天使なんかに敬語なんか使えるかっ!」


「ミカエル学園長……なんで私たちの授業を見に来たんですか?」


 意外なことに、明日奈が他人に敬語を使っている。少しだけだけど、俺は驚いた。


「そんなに畏かしこまらなくてもいいわよ、天野さん。私がこの授業を見に来たのは気まぐれとも言えるし、少しだけ観察したい子がいるからちょっとだけ見に来させてもらっただけよ?」


「そうなんですか……。その、観察したい子って言うのは誰の事なんですか? 学園長が気になる学生はこのクラスには居ないと思うんですけど……」


 明日奈に言われるのは癪だけれど、確かに俺たちのクラスには学園長が気にするような学生はいない。俺は学園の底辺である意味で観察されなければならない学生だけれど、他のクラスメイト達は、普通の学生。多少、学園ランキングの上位がいるぐらいしか目張りするような人はいない。


「まぁ、それは秘密にして置くわよ。そんなこと言ってその子が特別扱いされてるとでも思われたら、可愛そうでしょ? いじめられたりでもしたら、よりね」


「そうですか……」


「そんなことより、枢木先生……早く授業を始めて。さっきみたいに本音を口にしないように、ね? 次にあんなこと言ってたら減給するからね。覚悟しておきなさいよ?」


「ミカエル、それはないだろ……」


「そうならないためにもさっさと授業を始めるの。分かったら昔みたいに返事は?」


「はいはい……」


「昔はそうじゃなかったのにね……まぁ、授業を見れるならいいかな?」


 そういうと、ミカエルは近くにあった木に寄り掛かるようにして授業風景を見始めた。


「お前たち、ミカエルがいるが気にせずにいつも通り授業を受けるように。もしも変な行動を起こした奴には、いつも通り弾が飛んで行くから気を引き締めろよ」


 そして授業は始まり、まず初めに二キロほど走り込む。速度的にはランニングと同じくらいなのだが、それは意外にも過酷なものになっている。

 一樹たちの背中には重さ十キロ以上の武器弾薬が入ったバックを背負いながら走るのだ。そして、一樹たちが走る場所は森林。緩急が激しい山道を登っては降りてを繰り返す。途中で脱落する生徒もチラホラと見受けられるが、一樹たち三人はそれを難なくこなす。憐矢や明日奈が難なくこなすのは分かるのだが、一樹が難なくこなしているのは見ていて違和感を覚えさせる。


「一樹がちゃんと走るなんて珍しいわね? なにかあったの?」


「確かに一樹が走っているのは珍しいな……。嵐でも来るんじゃないか?」


 息を切らさずに山道を走っている二人と同じペースで走っている一樹も息を切らしていない。


「学園長が見に来てるんだ。そりゃ、真面目にやらなきゃだめだろ?」


 平然とそんなことを口にしている一樹が、二人にはやれやれといった感じに呆れてしまっている。


「それにしても、普段は適当に走って体力が無いと思ってたのに意外とあるみたいね。そこは私としても見直したわよ、一樹」


「明日奈が素直にそんなことを口にするなんて珍しいね。そんなこと言われたら俺、もっと真面目にやってた方がいいのかな? 褒められれば伸びるタイプだし」


「調子に乗るんじゃないわよ。あんたが珍しく真面目に授業を受けているから褒めてあげただけで、それが日常的になれば褒めるなんてしないわよ」


「じゃぁ、今日だけ真面目にやるよ。俺たちのことを見に来てる学園長の前だけ」


「でも、少しは真面目にやりなさいよ?」


「結局、明日奈はどっちなんだよ、言ってることが矛盾してるし……」


 言っていることに矛盾がある明日奈に矛盾をしていることを指摘すると、


「とにかく真面目に授業を受けないさい!」


 顔を赤く染めて怒ってきた明日奈である。

そんな会話をしているうちに、目標である二キロはあっという間に走り終わり、次は憐矢お得意のスナイプが始まる。


「今日はどの銃にするか……迷いどころだ」


 顎に手を当てて並べられている銃を見つめている憐矢の目は、いつもよりも少しだけだが大きく開かれている。憐矢は銃を選ぶときだけ目が少し大きく開く。

 ちょっと前に「なんで銃を選ぶときだけ目が開くの?」などと聞いてみた一樹。そして、憐矢から返ってきた言葉は、


「その日の命中精度は選んだ銃で変わるから……」


 だそうで、そこだけは集中して選ぶようにしているらしい。


「私はこれにしようかな? いつもみたいにゴツイ銃ばっかり使ってるとそれにしか慣れてなくてそれ以外は使いません、なんて言えないしね。一樹はどれにするの? さっきの賭けのルールが決まってなかったから適当に選んじゃったけど、同じ銃にするなら同じ銃にするけど」


「賭けをするなら本気なんだから、自分の実力が全部出しきれるものにしたいよ。俺はいつも通り、このお気に入りの銃にするよ」


 一樹が手にしたのは、授業でいつも使い慣れている銃だった。その銃は、誰も使いたがらないことで有名だったのだが、一樹はその銃を自ら選んでは使い始めた。そして、一樹はその誰も使いたがらない銃を殆ど自分の物のように扱い、使い慣れてしまっている。


「あんたよくそれを使う気になるわね……。誰も使いたくないって有名の銃よ、それ」


「そんなこというなよ。俺と同じようにみんなから省かれた者同士は引き付け合うんだよ。それでこの銃も俺の言うことは聞いてくれるようになったし」


「……あんたがそこまで言うなら、それで構わないけど。それで負けたからって銃のせいにするんじゃないわよ、いい?」


「そんなことするもんか! こいつは俺と一心同体なんだ」


「はい、はい……憐矢の今日の銃は決まったの?」


 私と一樹が話をしている間も、憐矢はずっと顎に手を当てて銃選びをしていたのだが、


「今日は良い銃がないな……。この中で一番使い勝手がいい平凡な銃にするさ」


 そう言って、憐矢は近くに落ちていた一番数が多い銃を手に取り、薬室を確認し始める。


「それじゃぁ、私たちは早速賭けをしに行くわよ」


「負けたくないなぁ……」


「自分から言い出したことなんだから逃げ出さないでよ?」


「分かってるよ、俺だってそこまで卑怯な奴じゃない」


「なら、とっとと終わらせるわよ。私も他に試したいことがあるんだから」


 一樹たちはそのまま狙撃訓練をするために、すでに狙撃対象が設けられている場所から距離として一キロは離れることにする。他の学生たちも同様に一キロ以上は離れている。一人一つずつ設けられている狙撃対象は、小さなアルミ缶。一キロと離れれば、小さなアルミ缶はスコープで覗かない限り、肉眼では捉えることが難しい。


「一樹、どっちが先に撃つか決めるわよ」


「それなら先に明日奈からやってくれると、俺としてはありがたいんだけど……」


「なんで私からが良いのよ? ここは公平に決めるべきじゃない」


「明日奈、お願いだから。明日奈からやってくれると俺としても助かるんだよ。お願いだから明日奈からやって欲しいな」


「何よ、それ……。そんなに一樹が言うならしょうがないわね。私からやってあげるわよ」


 明日奈は一樹に疑問を持ったものの、先にやろうが、後にやろうが明日奈には関係のない事だ。明日奈自身は、スナイプが得意な方ではあるが、そこまで上手いと言うわけでもない。憐矢なんかと比べようものなら、明日奈は憐矢に一発でスナイプ勝負に負ける。

 明日奈は一樹だからこそ、この勝負を受けたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る