第3話学園生活Ⅱ

「憐矢……俺、明日奈に喧嘩吹っ掛けたよ……どうすればいい?」


 一樹は迷彩柄の服に腕を通しながら、深く長い溜息を吐きながら口にする。


「一樹も、もう少しは考えろ。少しは自分の実力を弁えてからものを口に出すべきだと俺は思うぞ。お前のランクがこの学園の中で下から一番目だとわかっているはずだ。なのに、あんな勝負に出たことを今頃悔やんでも意味がない。男なら口にしたことは……必ずやり通す。それなりの覚悟が無いなら、そんな約束をするな。分かったか?」


「…………………わかったよ」


 ものすごく冷たい態度ではあるものの、その態度は俺のことを考えてしてくれているというのは、昔から知っている。

憐矢とはもう三年ぐらいの付き合いになるのだろうか。中学に入った頃から一緒につるんでいて、そのついでに、明日奈も一緒にいたわけだ。


「昔が懐かしいなぁ……」


「……そうだな」


 素っ気なく返されてしまったが、憐矢もそれはそれなりにちゃんと返してくれている。中学の時は、あぁ。うん、だけで会話を成立させようとしていたから。そう考えると、今は凄くおしゃべりなんじゃないか? さっきだって、自分から勝負に混ぜてくれって言っていたのだから。


「一樹、もう着替え終わったなら早く行くぞ。授業だってすぐに始まるんだ。……それと、なんでお前は俺の方を見てニタニタ笑ってるんだ?」


「いやぁ、何でもないよ。何でも……」


「ならいいけど……」


 笑顔が絶え間なく出て来てしまう一樹と、それを訝しげに見ている憐矢は着替えを終わらせ、入ってきた方の扉ではなく、そのまま一直線上にある、もう一つの扉へと向かう。


「ここに来ると本当に嫌になるよ……」


 俺たちの目の前には木々が生い茂る森が漠然と広がっている。そして、そんな扉の目の前に、


「あんたたち遅いわよ! 何してたのよ」


 と俺たちに文句を垂れてきた明日奈がいるのだ。


「ちょっといろいろと話をしてたら遅れただけだよ」


「一樹が変だったんだ……」


「一樹が変なのは元からよ、憐矢」


「そんなことを本人を目の前に堂々と言わないでくれます? それやられると意外に心に傷が入るんだよ?」


「そんなことより、銃の種類は同じものを使うの? それに、能力もあるけど、それは使ってもいいのかしら?」


「人の話をスルーしないでくれないかな? 結構ムカつくんで止めてくれます? まぁ、良いけど、それよりも能力は考えてなかったなぁ……」


―――能力。


それが意味することは、この学園にいる生徒なら全校生徒が理解していること。

能力とは、この赤城学園のイメージカラーである赤、これが関係してくる。

この学校の管理をしているのは、世界から戦争を無くした大きな存在。その存在は、日本には九人しかいない。要するに、代理戦争学園の数と同じ。


「天使の力を使うかって言うと……それは流石にひどくないか? 一樹はまだ使えないんだぞ?」


「そうだったっけ? 一樹も早く能力使えるようになると私たちとも同じくらいになれるはずなんだけどね。どうして能力使えないんだろうね?」


「そんなの俺が知るわけないだろ!? 俺だって早く使いたいよ……そのせいで、学園のランクが最下位なんだから」


――――天使


世界に現れた天使の数は百何十といった数。天使である彼女たちがこの世の中に現れたことで世界から戦争が無くなったのだ。

彼女たちが持っている個々の能力を人間に付与することによって超常的な力が使える。物を一瞬で凍らせたり、何もないところから火を突然起こしたりと、超常的な力を使える天使たちの力。世界はそれを正しい方向で力を行使したのだ。

彼女たちの力を借りることによって、紛争地帯となっている地域にはたった一日で平和な日常を手に入れることができた。どれだけの時間が経っても平和という二文字を手に入れるのに時間が掛かったものを、たったの一日。二十四時間で紛争地域には平和が訪れるようになった。

それに反抗するかのように、テロリストたちも応戦をしたが、結局のところは一瞬にしてその抵抗は無に帰することになった。

そうして世界には戦争が無くなり、その代わりとして代理戦争というものが出来たわけだ。

それと同時に百何十といる天使たちを多くの国に滞在させ、学校を開いたのだ。

それが代理戦争専門学園。

そう、この学園もそのうちの一人である天使によって管理されている学園なのだ。

そして、イメージカラーはその天使が使う能力の色。赤城学園の場合は、赤なので炎となるわけで。その力を銃とかにも付与することが出来る。撃った弾丸が着弾したところから一気に燃え広がったり、弾薬自体を爆弾として扱うことも可能になる。


「俺以外の人たちはみんな能力使えるのに、なんで俺だけがまだ使えないんだろう……」


そう、学園にいる学生たちは誰でも能力を使うことが出来る。それに対して一樹だけが唯一、この学園の中で能力を使うことが出来ない人間なのだ。学園側もこの異常な出来事には最初の頃は驚いてはいたが、入学してから早くも二ヶ月も経つ今となっては、なんの驚きも無くなり、逆に一樹に対しての扱いも酷いものになっている。


「そんなの私たちが知っているわけないじゃない。もしかしたら、このまま一生使えないかもね? もし、そんなことになったらこの学園に居られるのかしら?」


「なんでいちいちそんなこと言うんだよ! ……ここから出て行って、俺に居場所なんてあるわけないだろ!」


「それなら、私の家の手伝いでもしてくれればいいわよ? そうすれば、私の家は少しでも楽になるし、お母さんたちも少しは休みが取れるし」


 明日奈の実家は意外にもIT関連の会社を経営している。それも、テレビのCMにも出るような会社だ。そして、その娘である明日奈は所謂いわゆるお嬢様。


「俺が行ったって何の役にも立たないよ。仕事なんて覚えられないんだから」


「それもそうね……憐矢だったら、うちの仕事も難なくこなしそうよね?」


「そんなことはない……それに、お前の家の仕事なんかしたくない……」


 意外にもサラッと酷いことを言っている憐矢は、これ以上目を細めることが出来ないと言えるほど目を細め、狙撃場である森林の方へと視線を向けている。

 憐矢が何を見ているのかは、俺達には分からないけど何かを警戒するようなそんな雰囲気を醸し出している。そして、そんな憐矢の雰囲気を感じ取ったのだろう明日奈が、


「……憐矢、どうかしたの?」


 と聞くが、そんな質問を無視して森林の方へと視線を向けていた憐矢が一言、


「伏せろ!」


 突然の言葉と緊迫感を感じさせる声を憐矢が口にした後に、一樹と明日奈がその場に一瞬で伏せた。そして、次の瞬間、


 ドンッ!


 と音がどこからともなく鳴り響いた瞬間に、さっきまで立っていたところを肉眼では捉えられない程の速さで何かが飛んでくるのが音で分かる。

 飛んできたものは、そのままさっきまで一樹の頭があった場所を飛び去り、そして、待合室の扉が留められている金具に当たり、燃え上がる。


「また、あの教師が俺たちのこと撃ってきたな……」


「だから俺はこの授業が嫌なんだ……何もしてないのに撃ってくるあの先生がいるから……」


「それにしても憐矢、よく私たちが狙われてるってわかったわね? やっぱりお得意の集中力とか能力系統使ったの?」


「いや……狙われてるのは分かっていたけど、能力とかは使っていない。ただ、殺気を感じたと言うべきか?」


「私たちにはそんなとんでも芸当できないわよ」


「でも、おかげで痛い思いしないで済んだからよかったよ。ありがとう、憐矢」


「礼を言われる様な事はしていない……」


「それにしてもよくも俺たちのことを撃ってくれたな、枢木先生……そんなに俺の事が嫌いなのか」


 俺たちの狙撃授業を受け持っている教師の名前は枢木葬鬼くるるぎそうき。

 生徒に容赦なく銃を発砲してくる狂った教師。でも、スナイプのレベルは高く、日本でも指折りの人間だ。

 そんな枢木教師は、一樹のことを人一倍嫌っている。理由は簡単……授業に集中をしないからだ。どれだけ話をしていても、それを聞いている雰囲気すら醸し出さず、ただ単に銃を握って撃つだけ。そんな一樹のことが気に食わないらしい枢木教師は、一樹が授業に来るたびに発砲してくる。


「そこの三人。早く狙撃場の集合場所に来い。これから授業をするぞ」


 近くにあるスピーカーから流れてきたのは、一樹が嫌っている教師の声。その渋い声をスピーカーから森林の方へと響かせると、もう一度発砲音が聞こえてくる。


「俺もあの教師は少し苦手だ……」


「私は嫌いね。一樹よりもムカつくわ」


「俺よりもムカつく人なんているんだな……」


 一樹は明日奈に自分が一番ムカつく奴だと言われたことがあるので、それを覆されたことで少しだけ嬉しい気持ちが心に芽生えていたが、


「でも、二番目には一樹がムカつくけどね」


「……やっぱりそうなるんだ」


「当たり前でしょ?」


「……でも、よかった」


 そう言った明日奈が一樹の方へと満面の笑みで、皮肉なことを口にする。

 なんて嫌な女子なんだ、明日奈の奴。でも、昔に比べれば……。

 喉元まで出かかった言葉を押し殺した一樹は、三人で集合場所へと森の中を駆け抜けて行く。

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