双子の過去Ⅷ
噂を聞いてから、数日。
最近、雪真の様子が変わって来ていた。なんと言えばいいのか、周りをキョロキョロと落ち着きがなくなったように見まわして、安堵の息を吐く。
「雪真、最近変だけど、何かあったの?」
「ううん、何もないけど? どうしたの、そんなこと聞いて来て」
「いや、何かに怯えてるみたいな行動ばっかりしてるから、なにか変な事に捲き込まれてるんじゃないかなって」
「なにもないよー、心配し過ぎだってば!!」
「……ごめん」
「……………」
確実に何かに捲き込まれてることは、私でも理解できた。
雪真が変に頑固なのは知ってるし、頼れないような出来事は愚痴も出さず、ずっと心に閉じ込めたまま、ずっと隠すのも知ってる。
だから、分かった。
リビングから自分の部屋へと駆けて行った雪真の後ろ姿を確認しながら、
「…………私が守らないとダメだ」
力強く握った右手からは血が出て、歯軋りをしたせいで、ガリッという音と一緒
に歯が少し欠けた。
翌日から私は、雪真の行動を随時、監視するようになった。
学校から帰る時は、必ず尾行するように歩くようにして、周りに誰かがいないかを確認する。家に着けば、雪真がお風呂に入っている間に部屋を物色した。嫌な気分だったけど、しないと私が不安で仕方がなかった。
そんな生活が続けば、雪真に必ずバレて来てしまう。
結局、その行動も全部バレて少し険悪になった。
少しずつ、少しずつ確実に雪真に嫌われてきていた。そんな頃に、学校で新しい噂が経ち始めた。
雪真が二股をしている……。
信じられない噂だ。
私が知っている雪真が、二股をするはずがない。雪真は友達に優しくて、何よりも絆とかを大切にするんだ。
少しずつ嫌われていたとしても、私は雪真のことが大切で、姉妹として好きだから。だから、そんなことは信じられないし、信じたくない。
ただ、その噂のせいか、雪真の友達だった人たちは離れて行った。
「………………」
胸の中で、何かが煮え滾っているのが分かる。熱くて、ドロッとして、触れたらいけないような感じが漂う感情。
「…………壊してやる」
口元は歪んで、犬歯を剥き出しに、私は憤怒した。噂を立てた人物を探し出す。心のどこかで、この状況を作りだした元凶。そいつを引きずり出して、殴り飛ばさないと気が済まない。
心の底から煮えくり出していた感情は、少しずつ私の事も変えてきた。
友達と言えた男子からは距離を取り、そして、孤独にもずっと雪真を監視するように、見守り続けた。
と、突然その時が訪れた。
「………十伊か」
雪真と一緒に帰り始めた十伊は嬉しそうに口元を緩ませ、笑顔でいる。そんな隣にいる雪真も嬉しそうに笑顔でいた。
「順調に仲は良くなってるんだ……よかった」
ホッと胸を撫で下ろす様に安堵の息を吐いて、帰路に就こうとした時だ。
「順調順調……そのまま、右の家に行け、十伊」
なんて言葉がどこからか聞こえてきた。
近くなのは分かる。空耳かもしれない。周りには誰もいない。あるのは、電柱と家の塀だけ。ただ、その声はどこかで聞き覚えのある声であったのは確かだ。
「……………………」
少しだけ不安を残しながら、私は家へと帰る。そして、もう一度振り返った時、事は起こっていた。
「…………いない」
視線の先にいたはずの二人がいなくなっていた。今いるのは住宅街のど真ん中。家が多く、一軒家が大量にある街中。そして、隠れるような場所が少ない場所でもあった。
突然、消えた二人を探す様に周りを見ながら走り回った。当然、敷地の中に入れるわけがないから、そこらへんは見ないが、路地なんかは必ず見ていく。
だから、見落とした。
一軒家の中に見知った名前と、さっきの声と一致する表札が一つ。
『三城屋……』
知っている名前。そして、三城屋の部活が無い日は今日という事も、事前に調べておいたこともあって、いろいろな可能性が頭の中に過る。
最悪の状況……それが頭の中に映像として流れてきた時、私の体は勝手に敷地へと足を踏み入れていた。
怖かった……第一の印象はそうだった。だけど、それと裏腹に、心の中でどよめく感情が恐怖を塗りつぶした。
震えていた体は自然の力むことも無く、まるで空手の試合でもするかのような心持ち。
そして、聞こえてきた。
『うっ、嫌だ……嫌だよ……助けて、暁……』
雪真の泣き声だ。
その瞬間、私の中にあった何かが弾けた。
そこから先の記憶はない。ただ、最後に覚えているのは、服を脱がされたのか、服のあちこちに皺がより、胸元の下着が露出している雪真。
そして……。
「……なに、これ」
両手の拳に付着している粘性のある赤い液体。視線の先にあるベッドの上には、見知った顔。ただ、その顔は大きく腫れ上がり、少なからず見分けるのに時間が掛かった。
そして、私の足元にも人がいる。ただ、そいつは肘が反対方向に折れ曲がり、苦悶の声と涙を流してる。
「…………暁」
雪真が私の名前を呼んだ時、私はそこで気が付いた。
「……私がやったんだ……ね」
怯えた表情を浮かべ、逃げるように階段を降りて行く雪真。
目の前にある現実。そして、大切な人は、私に恐怖の視線を向けながら逃げて行った。
「あぁ……あぁ……あああああああああああああああああああああああ!!」
どうすればいいか、分からない。
頭の中で、この事態にどう対処すべきなのか……。
考えるような許容量を超えた現実に、私も逃げた。雪真が私に怯えるように、私も私から逃げたくなって、自分のしてしまったことから逃げ出した。
私は嫌われる。雪真からも、他の人からも……。
『自分からも……ね』
最後に聞こえた声に、私は怯えた。
嫌われる、嫌われる。
そして、雪真に嫌われた。
私の中で、雪真に嫌われたことは確実になって、遠からず話をすることも無くなる。
もう、自分からは話さない。話し掛けられても、返事はしない。
私は嫌われたから……。
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