間奏


「それからどうなったんだ?」


 一旦、そこを区切りに暁は喋るのを止めた。


 そこにどんな意味が籠められているのか……。


 俺には分からないことだけど、少しでも暁の力になりたい……そう思っているのは確かだ。

 食事を済ませた直後だから、俺は飲み物を冷蔵庫から取り出して暁に渡せば、


「ありがとう……櫻坂」


「どういたしまして。もう少しだけ休んだら話してくれるか?」


「うん……わかってる。もう少しだけ休ませて貰うね……本当、ごめんね」


 普段なら謝ったりするはずのない暁が目の前で謝っているのを見ると、何かが不自然に思える。暁は俺にとって大切な友達だ。だから、暁には暁らしい自分で居て欲しい。

 そんな願いがあったとしても、それは今だけは無理だろうな……。


「あんたが優しいのは分かってる……でも、今の私にはその優しさが辛いよ。少しだけ……ほんの少しの間だけでいいから、優しくしないで……」


「………………」


 そんなことを言われたら、どうすればいいんだよ……。


 俺はただ普通に接しているだけだ。なのに、それを優しさだと感じているのはお前達だけだよ。


 目の前にいる暁が涙目で訴えてくる。本当に辛そうに……。


「私と暁がそこまでは仲が良かったのは分かってくれた?」


「……うん」


「だけど、ここからが問題だったのよ。私たちにとっては衝撃だったのよ……三城屋が雪真にラブレターを送って来たことが……」


 瞳に溜まった涙は滴ることなく、そのまま瞳に留まっている。だけど、その瞳の奥……、そこには暁自身は分かってなかっただろう。


 いつになく殺気が凄いな……暁の奴。


 まるで俺のことも殺しそうなくらいの殺気が目の前にいる暁から向けられていて、俺は少なからず足が震えそうになった。

 それくらいに強い殺気が暁から出てきていたんだ。

 普段は抑えていた殺気を今の暁は制御しきれていないような、どこからにぶつけないと危ないくらいの暴力的な殺気。


「私は自分も許せないわよ……あの時にちゃんと雪真を説得すればよかったって……。裏でどんなことがあったのか、知ってた私は雪真を止める責任があった。なのに、雪真が好きな人と付き合うなら、それでいいって勝手に思い込んで……」


 その時、俺の耳にはポタッ、という音が聞こえた。それも暁の方からだ。気になって暁の足元を見てみれば一滴に赤い液体がある。


「暁……左手を俺の出して。すぐに消毒するから」


「いいわよ……これくらいは慣れてるから」


「でも、ダメだ。いいから俺に手を出して……今すぐに、ね」


「うっ……わかったわよ……はい」


 俺は微笑みかけると、暁は少しだけ顔を赤くして手を机の上に置いてくれた。

 差し出された手の平には、爪がめり込んだようで四か所から血が流れ出て来ている。見ていると痛々しく思えてしまう。


「早く消毒してよ……あんたが言い出したことよ?」


「わかってるから……ちょっと染みるぞ?」


「いつでもいいわよ……ッ!!」


 消毒を直接、傷口へと掛けると暁の表情は一瞬だけ苦痛に歪んだ。


「……悪い、痛かったか?」


「多少は痛いわよ、そりゃ……」


「でも、お前はもっと痛い思いをしたよな? 胸の奥で」


「…………」


「俺はお前の為なら多少の犠牲なんか屁でもない。友達が辛い思いをしてるなら、俺は友達を助ける。お前達が俺にしてくれたように、今度は俺がお前たちに恩返しする……。だから、少しだけ俺に時間をくれないか?」


「……どういうこと?」


「まぁ……それは追々分かるよ。それよりも話の続きを教えてくれないか? お前も少しは落ち着いただろう?」


「……うん」


 この時の俺も少しだけだが可笑しかったかもしれないな。


 たった少しの言葉で俺は大きな覚悟をしたんだから……。


 ただ、それは俺にとっては自己満足にしかならないかもしれない。だけど、それでも彼女達を助けたい。

 俺はそれだけを考えて、目の前にいる彼女……帝島暁へと視線を向けた。

 その時の視線はどんなものだったのだろう?

 ただ、暁は少しだけ頬を赤く染めていたので、怖いものではなかったはずだ。

 そして、話は暁の口から再び紡がれた。

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