双子の過去
「………………………」
暁の部屋へと足を踏み入れた俺だが、暁の表情はさっきのような笑顔ではなく、悲しい表情を浮かべたり、憤りを表へと表したりと喜怒哀楽が酷い状況になっていた。
時折、暁の両手は開いたり、閉じたりとしている。だが、手を閉じる時に異常なまでの力を咥えているせいか、手の平は爪が刺さったのだろう。赤々とした液体が手の平から手首へ、そして、そのまま肘へと垂れて行く。
肘へと溜まった血液は暁が履いているジーンズへと垂れれば、底の部分だけが赤黒く変色する。
「聞いたのよね……あんた」
殺意が籠ったような、それでいて、何かを怖がっているかのような感情が混ざった視線が俺へと向けられる。
そして、その時の暁の表情に俺は驚かされた。
暁の表情は怒っているに違いないと思うくらいに怖い。ただ、そんな暁は血液意外にも自分のジーンズへと滴れる液体を流していたのだ。
俺はそれを見た時に、二週間近前にもそれを見たことを想い出した。暁には何とも似合わないそれは、俺は嫌いだ。
昔に散々流したそれとは、今でも関係が経ちきれないでいる。でも、それは俺が生きて居る以上は、断ち切ることが出来ない関係で、仕方がないと考えている。
「私がしたことってダメなのことだったと思う?」
その言葉を口にした時の暁の表情には、さっきまで流していたものは無くなり、普段通りの暁が俺の前にいた。
「…………………良い事か悪いことか……俺にはわからない」
ついさっき下で雪真が口にしたことが、俺の頭の中で反響するように耳に残っている。何重にも響くそれを、俺はどうにかして鎮めようとしても、意識する方が逆に頭に響いてくる。
「私だってあんなことしたくなかったわよ……でも、あの時は仕方がなかったのよ。ああでもしなかったら、私が絶対に後悔してる」
力強く、そしてさっきまでの瞳に宿していた不安などの負の感情は何処へ行ったのやら……。
瞳に力強い光を宿し、自分の意志を真っ直ぐに貫き通そうとする暁の瞳。
「わかってる。でも、それは相手が完全に悪いんだし、逆にその行為が俺としては、暁らしくて真っ直ぐでいいと思うな」
ただ、俺もこの時だけは真剣にそう思った。
普段は暴力を振るうような暁であっても、それは理不尽なわけではない。
俺に対しての暴力は多少なりとも、友達として認めてくれているという理由があると、俺は俺なりの考えでいたりする。
そして、暁が暴力を振るうのは俺以外に誰一人としていない。
「俺はお前が何の理由も無く暴力を振るうような奴じゃないことは知ってる……だから、俺は暁が正しい事をしたんだって信じてる」
俺は暁へと一直線に瞳を向けた。
ただ、俺は普通に視線を向けただけのつもりなのだが、暁はどうも違うらしく。
「……そんなに真面目に言わなくてもいいわよ……あんただったら、私の事……信じてくれるって思ってたから」
ベッドへと腰掛けていた暁はそっぽを向くなり、ベッドへと寝転んでしまった。
スラッと伸びる長い足がベッドの上でバタバタと動いているところを見ていた俺は、普段通りの暁が目の前にいることに心から安息の息を漏らしていた。
一気に力が抜ける感覚って、こんな感じなのかもな……。
心の中で呟く俺はベッドへと寝転んだ暁を横目で見るように体の向きを変える。マジマジと見るのは、流石に不味い。だから、俺は身体を扉側へと向けたのだ。
「……少しだけ入るよ?」
だが、その体を向けたちょうど目の前。その向こう側からは幼い声の雪真がいた。
「雪真は入らないで……絶対に……」
突然、枕へと顔を埋めていた暁が音を立ててベッドから立ち上がると扉へと視線と殺気を向けて言葉を口にした。
次には、ドスドスと足音を立てながら扉の前へと行けば勢いをつけて扉を開き、
「絶対に入らないで……絶対に……学校の初日だけは、ああやって話したけど、雪真とは話したくない」
それだけ言い残して、扉は力強く閉じられる。勢い余って扉が壊れるんじゃないかと思うほどの衝撃と音を出した扉。
「私はあんたみたいな奴とは話したくない……人の事を考えない、あんたとは」
あまりにも濃い殺気は殺意へと変わって行き、行き場のない憤りは暁の心の中で暴れる。
目を血走らせ、今にも何かを壊しそうな暁の表情が見えた。
「知ってたか? 俺達って幼馴染らしいぞ……それも幼稚園の頃からの馴染み」
あの一枚の写真を思い出した俺はとにかく、今の空気を変える為に思い出を口にする。だが、その思い出は俺の記憶にはないものだ。俺が今から口にしようとする言葉は要するに嘘だ。
暁を元に戻すための嘘。たった一つの嘘を俺は暁にする。
「あの時の暁って俺に『将来は櫻坂君のお嫁さんになるっ!!』ってはしゃいでたよな。写真を取る時は、俺の後ろに隠れるくせに」
そして、その言葉を聞いた暁は殺意が表へと出ていた表情を曇らせ、俺へと振り返り、
「…………そうだったの?」
と、恥ずかしい黒歴史を思い出すかのように悲痛な表情をした。
本当に喜怒哀楽が激しいな……暁の奴。
目の前にいる一人の女の子。俺の幼稚園の幼馴染で、これまで彼女の存在すら忘れていた俺。だが、またこうして十年以上も経て再会したことに、暁自体は何かを感じていた。
「……昔の事ねぇ、櫻坂が帰ったら急いで幼稚園の時のビデオ見ないと……」
「何か言ったか?」
「……何も言ってないわよ、馬鹿」
久しぶりに聞いたフレーズだ。
この一週間の間、暁は俺に話し掛けもしないし、話しかけた所で逃げられる。そんな毎日を過ごしてきたが、こうやってまたなんら変わりない状況に戻れてよかった。
ただ、俺の頭に過ったのは……。
――――雪真の彼氏を殺し掛けた。
雪麻自体も目の前で、その光景を見ていたのだ。ただ、それのせいで雪真は彼とは別れ、そして、暁とはいつの間にかこんな状況になっていた。
「俺がどこまでできるんだろう……」
俺は雪真に姉妹の仲を修復する仲介役として、働ける自信がなかった。
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