懐かしきもの・懐かしき写真Ⅱ
彼女の今の表情は、さっきも言ったように笑顔ではなく、難しい表情でいるのだ。
「暁の事って、そんなに暗くなるようなことがあるか?」
俺は率直に聞いてみた。
これまで接してきて、暁の事で暗くなるような出来事は一切ないし、逆に一緒にいると楽しいと思えている。
そんな暁の事で、ここまで暗くなるとは俺にはあり得なかった。
だが、ここから先は俺の知らない暁を知る場所となる。
その事を聞いた俺は、多少なりともそういう事があっても仕方がないかな? 程度で聞いていたが、少しずつ話を聞いていけばそう簡単な事でもなかった。
少しずつ表に出てくる暁の断片。ただ、ここだけの話、そんなことがあったことは暁自身から聞きたかった。
他人から聞いたものは、多少なりとも尾ひれがつくかもしれないから。
だが、この時の言葉には尾ひれなんかが付いていないことは、少なからず分かる。それは暁なら絶対にそうすると思っていたからだ。
彼女の性格を考えれば、そういうことがあるのが当然と思えるくらいに俺は暁と話をするようになった。それに、今の会話と今の暁の状況とは何の関係もない。
写真に昔の暁、そして雪真と今のところ、何も関係ない事だけが俺の頭の中へと流れてくる。
「……暁だから私たちは、しょうがないと思ってるんです。暁自身も、私達にそう思われていることを理解してますから。ただ、もう少しだけ……もう少しだけ、私は昔に戻りたいって思ってるんです」
何かを期待するかのような光を宿した眼差しが俺へと注がれれば、
「あんなに人の事を嫌っていた暁が、ここまで人と話すようになったのも全部、櫻坂くんのおかげだって分かってる。だから、もう一度だけ力を貸してほしいの。私達が元通りになるために」
ソファに座っている雪真は俺へと体を寄せると優しく頬へと唇を触れさせると、
「前金だと思ってくださいね?」
と、今度は小悪魔のような妖艶な笑みを浮かべて俺へと笑顔を向けてきた。
たった今、聞かされた出来事と今の暁。
たった十メートルと離れていない、この距離を縮めることにどれだけの時間が掛かるのか……。
ただ、雪真が俺の頬へとキスをした時に感じた温もりは確実なもので、俺は無理やりと言うべきか……暁と雪真の仲を取り繕う仲介役として、そして姉妹の関係を元通りに戻すための手助けをすることが決まった。
「雪真って意外と強引だよな……」
たった数時間と話しただけだが、雪真の性格が良くわかった。
雪真は物事を強引に人に押し付けることが得意だ。それも、必ず仕事を熟すように仕向けることにも長けている。
「私は人に強制させたことなんて一度も無いですよ? ただ、私は普通にお願いをしているだけです」
それだけ言い残すと雪真はソファの前の机へと手を伸ばして、紅茶が入っているティーカップを口元へと持って行く。
そんな姿を一度だけ見た俺は、ソファから立ち上げれば、
「一回、暁と話してくる」
と言って、俺と雪真がいたリビングから廊下へと出て、二階へと繋がる階段を上がって行く。
高級感溢れる絵画が数枚、壁に掛けられているのを見ていれば、目の前に暁と書かれた部屋へと着いた。
扉は閉ざされ、中からは何の音もしない。
「暁……少しだけ話さないか?」
俺はドアをノックするなり、静かに声を張る。一瞬だけ響くような声で中にいる暁へと話し掛ける。
そして、数分と経っても扉が開く気配は一切なく、俺は最低だとは思いつつも最後の手段を使うことにする。
「俺の家族はさ、仲が良かったよ」
俺の家族の昔話だ。
少なくとも、これで暁は動揺すると俺は思った。だから、こうやって少しだけ自分を苛めるようだが、過去の事を思い出す。
だけど、次に俺が言葉を口にしようとすれば、
「ちょっと待ったぁぁああ!!」
と、元気よく扉を開いてくれた暁が俺の横にいた。
なんで横にいるのか、だって? それはだな……。
「暁……潰れてる。潰れてるから……俺」
勢いよく開かれた扉に、俺はそのまま壁まで扉と一緒に動かされて、非常に強い力で壁へと押し潰されていたのだった。
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