双子の過去Ⅱ
昨日が過ぎて、今は今日となった。
学校への通学路では毎日のように道を塞ぐ生徒。そして、そんな中の一人となっている俺は珍しく登校が遅くなっていた。
普段の俺は朝早くから家を出て、学校へと向かう。
そんな毎日を送るようになっていたのだが、何故だか今日の足取りは非常に重く、前へと足を進ませようとすれば、なかなか進んではくれない。
「暁と雪真かぁ……どうすればいいんだ?」
昨日の夜から今日の朝に掛けて、ベッドへと横になりながら口にしていた言葉。それがこんな人が多い通学路でも平然と出ていたことに俺は気が付かなかった。
独り言はよくある方なのかもしれないが、今の言葉は無意識のうちから出てきた言葉で、それを小耳に挟んだ生徒が一人、俺の方へと顔を向けた。だが、そんな生徒に俺が気付くはずもなく、そのままスタスタと生徒の波に呑まれながら、教室まで歩いて行ったのだ。
昼休み、俺は暁と昼ご飯を食べようと暁の元へと近づいて行くと、
「幸ちゃーんっ!! 屋上に行くよぉ」
と、俺がいる教室の前側の扉。そこから笑顔を覗かせ手を振ってくる由美姉ちゃんがいた。ただ、今日の由美姉ちゃんは何所か雰囲気が違う。
見た目は変わっていないように見えるが、それでも何かが普段と違って見えた。
暁へと近づこうとしていた俺は、足が向いている先。そこにいる暁へと一瞬だが視線を向ければ、
「……………………はぁ」
由美姉ちゃんを見て溜息を吐いている暁がいた。
暁が俺の家へと来て一週間は、十分に一度は溜息を吐いていたのが、今では二時間に一度あるか、ないか位にまで戻っていた。
「由美姉ちゃん、ごめん。今日は暁と昼ご飯食べるから萌笑先輩と食べてくれないかな?」
溜息を吐いている暁を横目に俺は由美姉ちゃんへと謝罪をする。
そして、そんな俺の視線の方向にいる、溜息をしている暁を見た由美姉ちゃんは、
「はーい、今日は萌笑と一緒に食べてくるね。明日は一緒に食べよう?」
「うん、明日は一緒に食べるから、ごめん」
俺へと微笑みかけてきた由美姉ちゃんは最後に、握り拳に親指を立てて、グッ! とエールを送ってくれた。
暁の事を察してくれた、そう思うと、やっぱり由美姉ちゃんは優しい人だって再認識させられる。
普段なら無理やりにでも、昼ご飯を一緒に食べる由美姉ちゃんであるが、こういった何かがある時は空気を察して、自重してくれる。
それも必要な時に察してくれるから、正直に助かったりしたりする。
「暁、昼ご飯食べないか?」
暁の目の前にある空席へと腰を掛ければ、暁と向かい合う形で持参の弁当を広げる俺。ただ、何故だか暁は弁当を出すどころか、鞄にも触れずに俺の事を睨みつけるように見つめてくる。
その視線には殺気とは少し違う何かがあって、俺はどうやって話を切り出せばいいのか分からなくなった。
「…………何よ」
そんな時に暁が俺へと口を開いた。
昨日までは、少しは元気でいたはずの暁だが、今日の朝からこんな風にふくれっ面と言えばいいのだろうか、それとも少しだけ我儘を通そうとする子供のような表情と言えばいいのか、いまいちな表情でいる暁。
そして、そんな暁に対して口にした俺の言葉は、
「…………何も?」
俺は未だにどうやって二人の仲を元に戻すことが出来るのかを模索していた。事実、この件については姉妹である暁と雪真の二人で解決しないといけないと思うのだが、暁が雪真に抱いている感情があまりにも強い。だから、雪真は俺に相談してきたんだと思う。
暁を変えた友達……か。
雪真が俺に発した言葉。ただ、俺が暁を変えたんじゃないと思う。暁自身も少しは変わりたい、そう思っていたから変わったんだと俺は思う。
入学式の日。
俺は暁に目を付けられた。それもほんの些細な事で、だ。だけど、その後に会話に加わった雪真と話をしている暁の姿は、ほんの少しだが楽しそうに見えた。
この前のような怒りを露わにしたような物ではなく、普通に仲のいい姉妹に見えたのだ。
例えるなら、そう……由美姉ちゃんと小鳥遊のように。
あの二人は二人なりの自己がありながらも、重要なところではお互いが譲り合いをしている。それだから、あの二人は仲がいいんだろう。
だが、目の前にいる双子の姉は譲ることを少しばかり知らないでいる。自分さえ良ければいい、そんな空気を漂わせながら話をしている彼女とは真逆に、人に譲ることを心掛けているような優しい一面ばかりの雪真。互いが真逆過ぎるが故に、衝突をして元に戻れない。仕方がない事なのかも知れない。ただ、そんな仕方がない事でも取り戻せる仲と言うのも必ずある。
「そう……早くご飯食べるわよ? 先週の宿題やるの忘れてたから、昼休み中に終わらせないと……答え見せなさいよ?」
「嫌だ。すぐに人の答えを写そうとするのは悪いと思うぞ。俺は毎日コツコツと宿題をやってるんだ。その努力を何も努力しようとしない奴には見せるつもりはない」
「へぇ……そうやってまた言葉で勝とうとするのね。なら、私にも考えがあるわよ……」
そう口にすると、おもむろにスカートのポケットから携帯を取り出し、
「もしもし、由美先輩? 櫻坂がですね、さっき目の前で由美姉ちゃんってしつこいよなぁって言ってたんですよ? 酷くないですか?」
「…………………」
暁の口から流れる警告音のような言葉。
由美姉ちゃんの感情を逆撫でするような言葉が俺の目の前にいる暁が次々と紡いでいけば、廊下からは何かが物凄い勢いで近づいて来る気配を感じる。
そして、次の瞬間には扉を豪快に開ける音と共に入って来る由美姉ちゃんの姿が一つ。その表情は涙を浮かべて、だが、そんな表情とは裏腹にもう一つの感情が表へと出てきていて、
「幸ちゃんなんて大っ嫌いっ!!」
近づいて来て頬を思いっきり叩はたかれるなんてことも起こったりする。
「由美姉ちゃんっ!! 違うって、俺はそんな事言ってないっ!!」
俺が真剣に由美姉ちゃんに訴えると、平手打ちをしようとしていた右手を振りかぶるのを止めて、下から覗きこむように、
「…………本当に?」
潤ませた瞳を向けてくる。
だから、俺は由美姉ちゃんを安心させるためにも、
「俺は由美姉ちゃんの事を鬱陶しいとか、そんな酷い事を考えたことは一度もないよ。これは絶対に誓えるぐらいに本当の事」
俺は由美姉ちゃんの手を優しく握った。
彼女には、これまでいろいろと世話になった。それに心配も掛けてきた。だから、俺は由美姉ちゃんをこれ以上心配させることは出来ない。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、由美姉ちゃんは、
「幸ちゃんがそう言うなら、私は信じるから」
そして、笑顔を振り撒きながら由美姉ちゃんは教室から出て行った。
教室にいるクラスメイト達からはいろんな視線を向けられているが、それよりも俺は後ろで弁当を黙々と食べている暁に話をしないといけない。
「暁、なんでそんなことするんだよ……いろいろと大変だったぞ」
「私に宿題を見せてくれないから………………少しくらい私にも優しくしてよ……」
最後の言葉は俺に聞こえない程の声量で聞き取れなかった。ただ、そんな彼女の瞳には普段のような活気が溢れるような力強い意志が無くなっていた。
鋭い目つきに、覇気のある雰囲気。そんなものが全て無くなった暁は一人の女の子の姿で一人寂しく、心の中で昔の事を思い出す。
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