一枚の傷
信号で雪真と出会ってから、ものの十分程で俺たちは家へと着いていた。
「幸ちゃんの家って初めて来たけど……結構、大きいんだね」
家を見上げるように見つめている由美姉ちゃんは、家の全体を眺めるように見つめている。それと同時に、暁は俺と家を交互に見つめていると、
「櫻坂って……意外とお金持ちだったりする?」
何かを期待するかのような視線を俺へと向けている暁の目は、何故だか物凄くキラキラと輝きを放っていて、見ているこっちとしては、
何を期待しているんだろう……このお馬鹿さんは……。
という、状況だ。
「殺風景な家だけど、入りたいなら入ってどうぞ?」
突然の疑問形の俺だが、そんな俺に笑顔を向けてくる三人の女子は楽しそうに、
「「「お邪魔しまーす!!!」」」
合わせるかのように口にした三人は俺が開いた玄関を通って家の中へと入れば、普通にリビングへと歩いて行く。だが、やはりと言うべきか……。
「なんで由美姉ちゃんは二階に行こうとしてるのかな?」
玄関先にある俺の部屋へと続く階段。そこに足を掛けている由美姉ちゃんが一度、こっちへと振り向いたと思えば、
「…………………」
と、無言の状態。
「だから、由美姉ちゃんは今からどこに行こうとしてるの?」
俺が一歩前へと足を踏み入れながら口にした途端、由美姉ちゃんは顔を二階の方へと向けて猛ダッシュで階段を駆け上がり始めた。それも、楽しそうな笑い声を上げながら……。
「ちょっ!! 何でそう勝手に人の家を漁ろうとするのっ!!」
由美姉ちゃんが階段を上がるのと同時に、由美姉ちゃんを追い始める俺。
ただ、そんな二人の行動を先にリビングに入っていた暁と小鳥遊が感じてか、
「私達も上に行ってみない?」
「行ってもいいけど……部屋とか、漁ったりしちゃダメだよ?」
「分かってるってるわよ、そんなこと……へへ」
「…………はぁ、ダメだよ」
そんな二人もリビングから二階へと続く階段を音を立てない様に上がって行き、慌ただしい声が聞こえない方の扉を開いて足を踏み入れていく。
「先に言っとくね……櫻坂君、ごめんなさい……」
小鳥遊が謝罪をするとは裏腹に、暁はそのまま扉を開いて、
「早速、櫻坂の部屋を荒すわよ……」
と、漁るではなく荒し始めるのであった。
「由美姉ちゃん……リビングに戻ろう?」
二階に上がった由美姉ちゃんは、俺の部屋とは別の扉へと入って行ってくれた。
正直、俺の部屋に入ったとしても楽しめるような物もないし、部屋を漁っても何も出てこないのは明白だ。だから、こうやって追いかけるのも無駄なんだろうけど、楽しむためには必要な事をする。
そんな思考でいた俺に、由美姉ちゃんは笑顔で笑っているだけで何も言葉を発しない。
「……由美姉ちゃん?」
そんな由美姉ちゃんを訝しげな視線を向けながら近づいていくと、
「幸ちゃんの負け……」
と、身体を少しずつ移動させていた。
――何が負けなんだ?
負けという言葉の意味が理解できずにそのまま由美姉ちゃんへと近づいて行く。ただ、その時の由美姉ちゃんの視線は俺に向いている訳でもなく、開いている扉の向こう。俺の部屋の方向。
そして、由美姉ちゃんの視線の先にはチラリと小鳥遊と暁の姿が目に入ったのだ。
由美姉ちゃんの視線の先には俺の部屋へと入って行った二人の姿を、俺の視線の先には、何処かを見ている由美姉ちゃんを。
俺が近づいて行くにつれて、由美姉ちゃんは何かを決断したかのように、
「とりゃっ!!」
と、身体を俺へと飛びついてくる。
ただ、その行動が突然だったことで俺は由美姉ちゃんに押し潰されるような形で床へと押し倒される。
背中にちょっとした痛みが走ったが、そんなのを気にする余裕は今の俺には無かった。
「―――――――っ!!」
俺を押し倒した由美姉ちゃんは、その体を俺に覆い被せるように倒れた。それで、俺の顔面には水枕のように柔らかく、そして凄く優しい何かが覆っているのだ。
制服越しからでもわかる程の柔らかさと大きさ。そして、何故だか温かさまで伝わってくるそれは、顔を動かそうとすると、一緒になってそれも動いてくる。
逃げ切れないそれは、逆に逃げようとすればより強調するように顔を押し潰してくるのだ。
「こっ、幸ちゃんっ!? 暴れちゃダメだよっ!!」
俺が顔をそれから抜こうとすると、由美姉ちゃんは少しだけ色っぽい声音で声を上げ、それには熱が籠っている気がした。
だけど、この状況は俺の理性を潰しに来ているとしか思えない。
さっきから、それそれと口にしているけど、そろそろ口にしていいかもしれない。
俺の顔に覆い被さっているもの……。
それは……
「幸ちゃんっ!! そうやって、胸を動かしたらダメだってっ!!」
そう、由美姉ちゃんの大きくも凄く柔らかな胸だ。
風の噂によると、由美姉ちゃんの胸はDとのこと……。ただ、この情報源は由美姉ちゃんの親友でもある萌笑先輩からだ。おそらく、間違っているということはないだろう……。
そして、そんな大きめの柔らかいものを顔中に押し付けられている俺は、この状況を打開するためにも大きく手を振り上げて、床を力強く叩く。
それも腕が痛くなるほどの威力で何度も叩き付ける。
ただ、これをやればおそらく一人の女子は俺の所に駆けつけてくれると信じていたからだ。
「お姉ちゃん……櫻坂君から一度だけ退こうか。そのままだと櫻坂君、窒息死しちゃうよ?」
多少、殺気を孕んだ言葉を放ったのは、この状況を打開できる人物。
「優……そんな怖い顔で見ないでよ……これも部屋を漁る為で……」
「人が嫌がることをしちゃダメだって、お母さんに言われなかった?」
「……言われました、でもっ!」
「……でも?」
未だに由美姉ちゃんが覆い被さっている状況で、小鳥遊がどんな表情をしているのかが分からないが、恐らく相当怖い表情で由美姉ちゃんを睨んでいるんだろうなぁ。
ここまで由美姉ちゃんが食い下がるようなところは見たことも無い。
「……分かったから、もう退くから怖い顔しないで……」
「お姉ちゃんが櫻坂君から退いたら、やめてあげる……」
声は優しい物だが、その声の裏には相当の殺気が籠められていた。
徐々に俺から退いて行く由美姉ちゃんは、名残惜しそうに、
「このままでも良かったのになぁ……」
と、少しだけ頬を赤く染め上げながら俺から退いてくれた。
ただ、退いてくれたのは良いが……退いた一瞬の間に俺は見てしまった……。
「…………怖い」
俺は小さく呟いた。
何が怖かったか? そんなの決まってるだろ……。
今は普通に戻っている彼女の表情を見つめれば、彼女も俺の事を見ては微笑んでくれている。
「大丈夫だった? 櫻坂君」
手を差し伸べてくれている彼女。小鳥遊優は、怒ると物凄く怖い人物であることを、俺は初めて知った。
あの時の怒った表情……見ているだけで泣きそうになった俺がいるくらい。
そんな小さくも大きな出来事が起こった俺は二人を一階へと連れて行けば、そのままリビングで過ごした。
ただ、そんな時だ。
「櫻坂……」
力が抜けたような声と共に近づいて来る一つの足音が俺の後ろから響いてきた。ただ、その声の主は、これまでにこんな声を出したところを俺は聞いたことがない。
「どうして……どうして……あんたが」
一歩踏み出すのに一つの覚悟を決めるかのような重みを感じる。重たい……重たい何かを見つけたかのような……そんな重みを背負いながら近づいて来る彼女。
そして、そんな彼女を見ているのは俺だけじゃない。呆気に取られたような由美姉ちゃんに、心配しているような小鳥遊。そして、その視線の先にいるのは何かを手にしている暁だ。
ただ、その手にしている物は小さな一枚の写真のようだ。
そして、そのままもう一歩踏み出した暁は顔を俺の方へと向けるのと同時に、
「なんであんたが雪真と一緒に写真に写ってるのよ……」
瞳から涙を流しながら俺の事を見つめて来ていたのだ。
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