双子
俺の一件から早くも二週間と時間が経った。あれからの二週間は俺にとっていろいろと面白い二週間であったが、今はここで話す必要はないだろう。
そして、今は放課後だ。
何故だか、暁や由美姉ちゃん、そして小鳥遊まで一緒に帰るようになっていたのだ。
確かにこの二週間で俺たちはより仲良くなったと思う。俺が辛くなった時に支えてくれたこの三人には、正直なところ感謝しきれない部分があったりするからだ。
ただ、帰り道は俺にとって、とても大変なものだ。
俺の目の前に信号がある。そして、俺はその信号を見る度に一瞬だけど、立ち止まる。
「…………………」
信号は俺の記憶ではいらないもの。そんな信号が目の前にある。ただ、それを渡らないと俺は帰れない。
だから、昔までは我慢して帰っていた。思い出さない様に無心で渡っていたのだが……今はどうにも違う意味で我慢していた。
「………………………少し離れない?」
「なんで? 幸ちゃんって信号が嫌なんでしょ?」
「櫻坂は信号が嫌いなんだから、こうやってれば信号なんて気にならないでしょ?」
「…………まぁ、確かにそうなんだけど、さ。でも、周りからの視線がどうも気になって……」
今の俺の状況は他の人たちから見たら幸福と思われるんだろう……。ただ、それの当事者となった俺は分かる。
これは辛い……正直に言わせてほしい……辛いです……。
両手に花とはよく言った。この言葉を考えてくれた人には本当に感謝する。ただ、今の俺の場合は、
「両手に毒……だね、櫻坂君……」
と、俺の考えていた言葉を口にした小鳥遊だ。
苦笑しながら俺の状況を見つめる視線は、同情しているように見える。
そう、俺の今の状況は両手に由美姉ちゃんと暁が抱き着いて歩いているのだ。ただ、それは信号だから……と言うわけではない。
校門を出た辺りから、ずっとこの状況なんだ。
ずっと抱き着かれていると、俺の心臓が持たない。
「頼むからさ、二人とも離れてくれない? 流石に歩きづらいよ……」
俺がそうやってお願いをしたところで結局のところは、
「嫌よ、あんたがまた辛いことを思い出すのなんか見たくないし」
「私は幸ちゃんに抱き着いていたいし」
「自分たちの欲望丸出しだね……お姉ちゃんたち……」
溜息を吐きながら二人を見つめる小鳥遊は顔に手を当てて呆れている。ただ、そんな所に聞き慣れない声が入ってきた。
「お姉ちゃんってば、本当はその人の事が好きになったんじゃないのぉ?」
その声は道路の先から聞こえてきた。
小さな女の子だ。それもツインテールで俺に抱き着いている暁を小さくしたような子供だ。
「ちょっ! 雪真は変な事、言わないでよっ! この馬鹿が変な勘違いしたら大変じゃないっ!」
「……この馬鹿がって、お前の方が実際馬鹿だろ?」
「うるさいっ!」
「―――っ!」
軽く馬鹿扱いされたから、事実を口にしてやったら横っ腹へと拳が入ってきた。予想もしていなかったから簡単に拳が入って来て物凄い痛みが身体に走る。
「暁っ! そうやってすぐに暴力を振らないっ!」
小さな体をしながらも、その威圧感は暁と同等の物を持っている帝島雪真みかどじませつま。
俺が彼女と話したのは入学式直後の事だったから、正直なところ名前を忘れてた。だけど、暁が名前を言ってくれたことでようやく思い出せた。
「雪真も櫻坂と同じくらい五月蠅いわよね……こいつってば、毎日私に変な事言って来たりするから、すぐ殴っちゃうのよ……なんていうの? 癖、かな」
俺の顔を見つめながら言ってくる暁に「……癖って、おい」と呟く事しかできない俺。ただ、そんな俺のもう片方の腕に抱き着いていた由美姉ちゃんは会話に参加できないせいか、力いっぱい俺の腕に抱き着いてくる。そして、抱き着いてくるのは良いんだが、その時に押し潰されるものが、物凄く脈打たせるもので困っている。
「はい、お姉ちゃんは一度離れようねー」
そんな俺の気持ちを理解してくれたのか、小鳥遊は由美姉ちゃんの体を引っ張って剥がしてくれた。
…………ありがとう。
ただ、由美姉ちゃんは不満があるようで小鳥遊に抗議をしていたりする。
また、それをあしらうように小鳥遊が説教を始めて、由美姉ちゃんが肩を竦すくめるしかなかったりもする。
「それで雪真は私に何か用でもあるわけ? 普段なら学校で話そうともしないあんたが……珍しいじゃない」
ただ、この一瞬だけだが腕に抱き着いて来ていた暁から殺意のようなものが滲み出たのを俺は感じた。それが少しだけオーラみたいに一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見えたのだ。
「私だって暁とは話はそこまでしたくないわ……ただ、暁をここまで変えたお友達に少しだけ話が聞きたくなっただけ」
雪真も険しい表情を浮かべて暁へと言った後に、にこやかな表情で俺の事を見つめてくる。
小さい身体に暁の悪い目つきとかが無くなった感じだよな……。もう少し、身長があったら凄くモテるんだろうな、この子。
実際、少しずつ近づいて行くと分かるが、この子は本当に身長が低い。おそらくだが、見た感想を言えば、中学一年生。身長が百四十五センチあるかないか位だ。
そんな彼女が俺へと向けた微笑みは、一瞬だが天使のように見えた。
純粋無垢な瞳で一心に見つめられれば、少しはそういう感じに陥ったとしても不思議ではないだろ。
「それで雪真さんって呼べばいいのかな? 俺に何か用でもあるの?」
暁は俺の腕から離れれば後ろへと隠れ、殺気を放ちながら睨んでいる。
だが、そんな殺気を諸ともしない雪真はにこやかに笑顔を俺へと向けていれば、
「そうでした……今度ですね、私の家に少し来てくれますか? いろいろと長い話をしますので、お時間とかを窺うかがいに来ました」
何とも礼儀正しい妹だ。
俺の後ろにいる姉がこんな感じだから妹がこんな風になるのかな。
俺は後ろに隠れている暁を横目でチラッと見ると、未だに睨んでいる暁が今度は俺の事を睨んできた。
「…………マジか」
後ろから睨まれるのは、気にしないんだけど……その視線に籠っている殺意が俺は苦手なんだ。
中学校の時の視線は殺意とは違ったが、イジメをする時の好奇心的な視線。それと殺意は少しだけ類似するものがある。
だから、俺は暁の方へと一度振り返り、
「暁はここから少し離れてくれ……怖いから……」
と、一度離れてもらった。ただ、その時の視線も殺意が滲み出ていて殺されるかと思った。
「日にちを合わせるなら、アドレスでも交換しておこうか……その方が簡単に連絡できることだし」
「わかりました……なら、これが私のアドレスと番号です……ここにいると暁に殺されるかもしれないので、そろそろお暇いとまさせてもらいますね」
メモに書かれたアドレスを確認すれば、雪真は俺たちの前からスタスタと歩いて消えていく。
ただ、姿が見えなくなるまでの間は、暁がずっと雪真の事を睨んでいて怖かった。
「それじゃあ、そろそろ俺の家に行こうか?」
そして、俺は彼女達と約束したことを口にする。
俺はあの一件にまだちゃんとした感謝を仕切れていない。言葉だけでも彼女たちは良いと言ってくれたが、俺はそれだけじゃいけない気がして、こうして彼女達を自分の家へと招くことにしたのだ。
そして、俺は自分の料理を食べてもらおうと心に決めていた。
「今日は皆の為に俺の最高の料理を作ってみせるからさ」
その時の俺は笑顔でいた。そして、そんな俺と同じように、さっきまで不満を言っていた由美姉ちゃんや説教をしていた小鳥遊。そして、殺気が滲み出ていた暁が普段通りの表情へと戻るなり、
「不味かったら許さないわよっ!」
「幸ちゃんのご飯……それって新婚さんだよねぇ……やったっ!」
「料理が下手だから、隣でお手本でも見せてもらおっと」
三人が三人、違うことを言いながらも俺の後を着いてくる。
そして、彼女達はこのあと、俺の家へと来る。ただ、その時に感じておけばよかったと、俺は後悔していた。
なんで彼女があそこまで殺気立っていたのかを……。
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