未来へ繋がる道
教室に戻った俺達は自分たちの席へと座れば、ホームルームを受ける。
「えぇっと、だ。女子には大変な出来事が学校周辺で起こったわけだが、心して聞くように」
枢木がホームルームで何やら残念そうな表情で教卓の前に立つと、
「あれだ、不審者が出た。女子は気を付けるように。彼氏がいる奴は彼氏にでも守って貰って、彼氏がいない奴は友達同士で帰れ……うん、それだけ。じゃあ、ホームルーム終了」
「…………………………」
今の光景に教室にいる全生徒が驚愕した。
たったそれだけで終わらせますか……普通。
普通ならもう少し長くホームルームをすると思うんだが、何とも端的に言葉にする面倒くさがりの教師である枢木はそれだけ言い残して、教室から出て行く。
ホームルームが始まってから終わるまでの時間……。
それはたったの三十秒。
この学校はホームルームの時間が十分とある。ただ、そのうちの三十秒しか枢木は使わない。普段はホームルーム事態を面倒くさがってやらないが、こういう事態が起こった時だけはする。ただ、それも極端に短い。
他のクラスからは、
「不審者ってお前の事だろっ!?」
なんて声が廊下まで響いて笑っていたりするのだが、このクラスだけは違う。
「……………………………」
静寂だった。
ただ、そのおかげで残ったホームルームは自由に使うことができることが唯一の良い所だ。
「なら、授業の準備でもしようかな」
俺は、この静かな教室の中でただ一つの音を出す。椅子を引く音はその中で響き、そして、地味に大きい。
ただ、一人目が動けば他の生徒達も一斉に動き出す。
動いた時の視線が一番多いのが一番目だが、何故だか不思議と視線が嫌ではなかった。自分でもなんでなのかは分からない。ただ、自然と立ち上がった時に向けられた視線が昔みたいな痛々しいものではなかった。
「櫻坂……次の授業ってなんだっけ……」
自分のロッカーに教科書を取りに来ていた俺に話しかけてきたのは、口調から少なからず小鳥遊ではないことは確かだ。
「暁……そろそろ授業の曜日とか覚えろよ」
俺の後ろで佇んでいる女子。
眼つきが少しだけ悪く、そして態度も少し悪い。そしてもう一つ……、
「そんなの分かるわけないじゃないのよっ!」
「――ッ!」
すぐに手が出る。
今も実際に頭を叩かれた。それもスナップをつけているせいで鋭い痛みだ。
俺が頭を擦りながら振り返れば、そこには怒っているからか顔を赤く染め上げている暁がいて、
「俺ってそんな悪いことしたっけ?」
と思わず聞いてしまう。
俺はただ単に、覚えろって言っただけでそれで殴られる義理は無いのだが……。
「うるさいわねっ! そんなことは良いから、早く今日の授業が何なのかを教えなさいよっ! じゃないと、もう一発殴るわよ……」
振り上げてくる拳が妙に鋭く見える。
空手をしているせいか、暁の殴り方には空手が混ざってくる。それも型に綺麗に嵌まった正拳突きやら何やらが……。
「知ってるか? 有段者は空手を習っていない一般人には空手を持っての武力行為はいけないんだぞ?」
「知ってるわよ、そのくらい。私だって空手やってるんだから常識よ」
「なら、なんでお前は毎回、俺を殴る時に型を嵌めてから殴って来るんだよ……結構痛いんだぞ」
「…………そうだっけ?」
「そうだよ……自覚なしか」
呆れるように暁へと視線を向ければ、その時には何故だか拳が降って来ていた。
「いいのよっ! あんただったら、空手を使おうが関係ないっ!」
あまりにも理不尽すぎる言い分に反抗しようとしても、反抗しきれない。
鋭く飛んで来る拳は綺麗に空気を割いて、俺の顔へと飛んで来ているのだ。ただ、そんな攻撃を毎日のように受けていれば少しずつだが、軌道も読めるようになってきた。
俺って意外とセンスあるのかも……。
そんな関心を抱きながら、飛んで来る拳を顔に掠めながら避ければ、
「言った傍から手を出す……暴力女ってあだ名をつけてやりたい位だ」
そう言いつつも、俺の顔は笑顔であった。
自分では気が付かなかったが、俺はこの時、自然と笑えていた。それも昔のように何も考えることなく普通に笑えていた。
「殴られたのにヘラヘラして……変な奴よね、あんたって」
頬を赤く、そして握っていた手は力を抜いて、暁は俺のところへと近寄ってくれば、
「あんたが辛い時は絶対に話しとか聞いてあげるから。何か嫌な事とかあったら、まず初めに私に言うのよ? 絶対だからね」
ただ、その時の暁の声が震えていたのが、俺にとって驚きだった。
ついさっきはいろいろとあって暁の事を泣かせてしまったが、こうして暁が本当に俺の事を思ってくれているところを思うと、少しだけ照れくさくなる。
「………………さっきはありがとう。なんか救われた感じがしたから」
「…………そんなことないわよ……こっちもいろいろとお世話になってるわけだし、お互い様よ」
そんな言葉を掛けてくれた暁。その時の笑顔は思わず固唾を飲むほどだった。
いつものようなキツい眼つきではなく、少しだけ潤んだ瞳に微笑むように上がった赤い頬。そして、艶やかな唇。
そんな彼女の顔に俺は見とれていたのだ。
そして、最後に彼女は一言、
「少しくらいは友達を信じなさいよ?」
それだけ言い残して行けば、暁は教科書を持って自分の席へと戻って行く。
ただ、俺はそんな彼女の後ろ姿を見つめながら小さく、約束事を口にした。
―――――――信じてみるよ
それからと言えば、俺も自分の席へと戻って授業を受けたのであった。
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