希望という輝き
「……保健室?」
俺が目を覚ました場所。そこは普段は使うようなことが無い場所だ。
なんで俺がこんな場所で目を覚ましたのか……それを思い出そうとした時だ。
「幸ちゃんっ……幸ちゃんっ……」
泣きじゃくりながら俺に抱き着いて来た由美姉ちゃんが視界に入ってきた。ただ、そんな俺の視界の隅には他にも暁や小鳥遊が椅子に座っているのが見えた。
だけど、そんな二人の様子も俺に抱き着いて来た由美姉ちゃん同様に少しだけおかしい。
暁に至っては俺を見るなり俯いて、そして小鳥遊は同情するような眼差しで俺の事を見てくるのだ。
「櫻坂君……君には悪いと思ったけど、ここにいる三人には君の過去を話させて貰ったわ……」
俺に話しかけてきたのは一人の白衣を着た女性だ。
ただ、俺はこの人には入学前に一度だけ会ったことがあった。
俺がここに入学するに当たって、精神状態が安定しているか……そして、学校に適性を持っているか……そんなことを知るための質問を幾つとしたのが、この保健室を請け負っている彼女。
「如月きさらぎ先生、約束はちゃんとしたはずなんですけど……早速、破ったんですね、意外と酷い保険医なんですね……」
普段の口調は消え、俺の秘密を勝手に彼女達へとバラした彼女を冷ややかな視線と言葉をぶつける。
その視線を見ていた小鳥遊は驚くような表情を浮かべたが、それはすぐに無くなって、ただ傍観するような目で、この風景を見つめていた。
そして、俺の声音が突然変わったことに驚いたのは由美姉ちゃんだ。
「……幸ちゃん?」
抱き着いて来ていた由美姉ちゃんを俺は体から剥がせばベッドから立ち上がり、如月先生のところへと歩いて行く。
でも、その時の雰囲気は入学式や彼女たちと話していた時のような面影は一切ない。まるで暗い一面が表へと出てきているように小鳥遊や由美からは見えた。
「あんた……人の秘密を勝手に話すなんて最低だな」
「だけど、友達が出来たのに悩みを話さないのもどうかと私は思うわよ? 彼女たちはそれで悩んでいたんだから」
「……………………」
俺は如月先生に言われた言葉を聞いた時、後ろを振り向いた。
そしてその視線の先にいる暁と由美の瞳は虚ろに揺らいでいるように見えた。
なんでそんな風に見つめて来るんだ……? 俺は皆の前では普通だろ?
でも、そんな風に考えていようが普段を知っている彼女たちの前では、この時の俺は普通じゃなかった。
楽しそうに毎日を過ごす俺の顔と、今の俺の表情はそれほどにまで違っていたらしい。
「幸ちゃん……お願いだから、私達を頼って? 私たちは幸ちゃんの友達なんだよ……」
真っ先に言葉を放ってきたのは由美姉ちゃんだった。
その瞳に涙を浮かばせながらも俺を見つめてくる、その表情はいつもの輝きが失っていて、それと入れ替わるように悲しげなものが多く表情に出てた。
「私……あんたに、もう酷いこと言わないから……だから私にも悩み聞かせてよ。あんたさっき言ったわよね……友達になったんだから、いつでも相談に乗るよって……なら、私にも相談しなさいよ……自分だけ例外みたいに扱うんじゃないわよ……」
俯きながら口にした暁は依然と涙を流しているが、その言葉に込められた感情はとても彼女らしい不器用でいて、それで優しい物だった。
「私は相談に乗るくらいしか出来ないけど……それでもいいなら、私にも相談してくれると嬉しいな」
そして、小鳥遊は微笑みながら俺へと言葉を口にした。
ここにいる三人に俺は物凄く心配をさせていたみたいだ。
昨日はそこまで心配してないだろうと思っていたけど、今の状況は予想以上だったこおとでそう思えた。
「櫻坂君……あなた、中学の時は弱みを見せたから苛められたって言ってたけど、彼女達になら弱みぐらい見せてもいいんじゃない? 心から心配してくれてる人がいるんだから、頼らないのは彼女たちに申し訳ないと私は思うけど」
机に頬杖を突きながら俺を見つめてくる如月は細く微笑み、そして悪ふざけのような一言を漏らした。
「私が思うに……この中には二人の乙女が恋心を抱いてると見た……」
「―――――ッ!」
「はいはいっ! それ、私のことだよっ!」
なんとも一人だけ堂々と宣言している人が俺の目の前にいる。
まあ、昔にも言われたから知ってたし、今も言われるかも……なんてことを思っていたから驚きはしないけど……もう一人って誰?
如月先生の言ったのは二人だ。
一人は俺に抱き着いて来た由美姉ちゃんだという事は、言わずとも分かる。でも、もう一人が分からない。
そんないつの間にか、さっきのシリアスな雰囲気から楽しそうな雰囲気へと場を和ませた如月先生は椅子から立ち上がると、
「もうそろそろチャイムなるから、教室に戻りなさいよ?」
と言って、俺達を保健室から追い出したのだ。
「ちょっ、もう一人って誰っ!」
訳が分からないことを言い残されて、それが気になる俺は先生へと近寄ろうとしたがバンッ! という金属の扉を閉める音と同時に鍵を閉める音が聞こえて諦めざる負えなかった。
「私は幸ちゃんの事が大好きだよ! 昔からずっと好きだったよ?」
何とも輝かしい笑みを俺に向けてくる由美姉ちゃんに、そんな彼女を宥めるかのように小鳥遊が、
「お姉ちゃん……ここ、廊下だから。そんなこと言ってると大変なことになるから……ちょっと静かにしよう?」
「えぇーー」
「お願いだから……櫻坂君が困ってもいいの?」
まるで最後の言葉は脅しに聞こえたのは俺だけか?
小鳥遊は無意識で言ったのではあろうが、俺が困るってどういう事だ……なんで俺に害が及ぶ……。
目の前にいる由美姉ちゃんを見つめると、
「そんなに見つめられたら……恥ずかしいよ、幸ちゃん……」
と、頬を赤く染めている由美姉ちゃんがいた。
「はぁぁ……」
もう、溜息を吐くしかなかった。
ただ、そんな俺とは裏腹に、保健室の扉の前で佇んでいた暁がボソボソと何かを呟いているのが、少しだけ気になる。
「暁……なに言ってるんだ?」
「私は惚れてるんじゃないわよ……ただ、こいつが初めての男友達だからこうやって優しくしてるだけで、そんなんじゃないわよ……絶対……」
何とも痛い光景だ。
俺の声なんか届いてもいない。
俺がどれだけ「おーい」と声を掛けても気付きもしないんだ。
「櫻坂君、そろそろ教室に戻らないと」
小鳥遊が指を指した方向、そこには時計がある。ただ、その針が差している時刻は何とホームルーム二分前だ。
保健室から教室まで歩けば二分とちょっとだ。
少しだけ早歩きをしないといけなくなった。
「教室に戻ろうか……暁もいい加減に教室に戻るぞ」
暁の肩をポンと叩くと、そこでやっと正気に戻った暁が俺の方向を向いてくれた。ただ、向いてくれたのは良かったんだが、その時に暁が取り乱したように、
「私はあんたなんか大っ嫌いよっ!」
と、いきなり声を大にして言葉を言い残すと全力で教室へと走って行った。
「なんなんだ……あいつ」
「…………鈍感な男の子って嫌われると思うよ?」
「何か言った? 小鳥遊」
「何も言ってないよ。ほらっ、もうすぐチャイムが鳴っちゃうから早く戻ろう?」
小鳥遊は俺に微笑みながら呟くと、何故だか俺の手を握って教室へと走り出した。
俺達が走っている場所は廊下だ。遅刻ギリギリの生徒達が廊下を急いで歩いているところを俺と小鳥遊は手を繋ぎながら教室へと走っていた。
ただ俺はこの時、小鳥遊に手を握られていることに気が付かなかった。
だって、俺の目の前で走っている彼女は俺に微笑んでいたのだ。普段は特徴が無いと思われがちな小鳥遊だが、この時の小鳥遊は由美姉ちゃんと同じくらいに輝いて見えた。
そして、俺はこの時は気が付かなかった。
俺が無意識のうちに昨日の事を忘れていたことを……。
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