少女たちは

多分、母さんは本当は他の事を言っていたかもしれない。

 ただ、俺の耳にはそう聞こえてしまったんだ。死になさいって。


「……………………………」


 フラッシュバックがそこで終わった。

 ただ、その時間がどれだけのものだったのかは分からない。そして、俺の目には光が無くなった。

 それは生気が無くなったと言えるのかもしれない。

 それから、俺は教室の床へと体から倒れる。全体重を体に打ちつかせるように、ドンッ、という音を立てて床へと倒れた。


「櫻坂っ!? ねぇ、どうしたのよっ!?」


 俺の耳にはさっきまで泣いていた暁が駆け寄って来たのが分かった。だけど、俺の意志とは無関係に意識が飛んで行くのだ。


「幸ちゃんにおはようのキスをしに……きたんだけど……どういうこと?」


 朝早いと言うのに、由美は幸に会うために教室へと来た。だが、目の前で起こっている事態に頭が追い付けていなかった。


「ねぇ、櫻坂っ! 起きなさいよ……」

「暁さんっ! 櫻坂君がどうかしたんですか!?」


 教室の扉で突っ立っている由美とは対照的に、小鳥遊は教室に足を入れると同時に事態が芳かんばしくないことをすぐに理解した。


「櫻坂が急に倒れたのよっ!? もう、私……どうしたらいいのよ……」


 急な状況に取り乱している暁は、両手で目を覆ってしゃくりあげながら涙を流していると、


「泣いてる暇があるなら、先生たちを呼んで来てっ! 私は櫻坂君を保健室に連れて行くからっ!」


 暁は小鳥遊に命令された。普段ならここですかさずに文句を言う暁だが、この時は一切の文句を言わずに全力で職員室へと駆け込んでいく。


「脈はあるし、呼吸もちゃんと一定間隔でしてる……なら、保健室に運んでも大丈夫」


 目の前で倒れている幸に小鳥遊は冷静に状況判断をした。


「お姉ちゃんもそんなところで立ってないで、櫻坂君を保健室に運ぶの手伝って!」


 教室の扉で佇むことしか出来なかった由美に小鳥遊が幸の手を自分の肩へと掛けながら口にすれば、由美はすかさず幸の手を自分の肩へと回して歩き出す。


「幸ちゃん……どうして倒れたんだろう」


「それは私には分からないよ……でも、保健室に行けば教えてもらえるかもね」


 二人はそれから急いで幸の事を保健室へと運び込んでベッドへと寝かせると、それと同時に保健室のドアが大きな音を立てながら開かれ、


「櫻坂の様子はどうなのっ!?」


 と、声を大きくして入ってきた暁がいた。そして、そんな彼女の後ろには保険医の女教員も同伴で、すぐに幸が寝ているベッドへと歩けば、


「先に貴方たちに言わないといけないことがあるから、そこに座ってくれる?」


 保険医の教員は保健室にある椅子へと三人を座らせるなり、


「本当は彼に許可を取らないといけないんだけどね……もう、事が起こっちゃったから伝えておかないといけないの」


「「「………………………」」」


 この時の由美の表情は真剣そのものだ。

 普段のおちゃらけた雰囲気なんか一切感じない、真剣な表情。

 それと同じように暁と小鳥遊も真剣な眼差しでいた。


「彼はね……心に障害を持ってるのよ。心的外傷後ストレス障害っていう病気」


「私……その病気知ってます。事故とか災害にあった人がなる病気ですよね……」


 反応を見せたのは小鳥遊だ。


「彼の場合は……四年前の丁度、昨日ね……両親が目の前でトラックに轢かれたって書いてあるの。だから、その時の事を連想させるような言葉とかは言っちゃいけないのよ……」


「………………ごめんなさい」


 頭を下げた暁に保険医も同情するような視線を送ると、


「彼自身は他人にそんなところを見せられなかったみたいなのよ……中学校の時にそれが原因で苛められたとかで……」


「苛められてた……?」


 今度は由美が驚いたような表情を浮かべて幸が眠っているベッドへと顔を向ける。


「そんな風には見えなかった……昔よりは元気なかったけどそんな風には……」


「彼も彼なりに頑張って隠してたのよ……」


「―――――ッ!」


 由美は悔しそうに表情を歪ませ、暁は涙を流していた。


「私が悪いんだ……櫻坂に轢かれて死んじゃえって言ったから……私が悪いんだぁ」


 そうして暁は机に突っ伏して泣いた。

 そんな横では小鳥遊が暁の背中をさすりながら優しく声を掛けていた。


「幸ちゃん……そんなに辛い事、ずっと一人で背負ってたなんて……なんで言ってくれなかったの……?」


 幸が眠るベッドに向けられた顔には一筋の涙が流れ、そしてそれは膝に置いていた手の甲へと落ちた。

 そしてこの時、ここにいる三人はなんで幸が昨日、あれだけ苦しそうな表情をしていたのかをやっと理解したのであった。

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