死になさい
「おはよう、暁」
昨日の墓参りから翌日。
俺はいつも通り、朝早くから学校へと来ていた。そして、俺の視線の先にいるのは昨日と同様、帝島暁だった。
俺はそんな暁に普段通りの俺で話しかける。自分がどんなものを抱えているのかを見せようとせず、それを弱みだと思い込みながら。
「あんた……なんでそんなヘラヘラしてられるの? 昨日はあんなに辛そうだったのに……」
ただ、元気よく話し掛けた俺を見つめてくる暁の表情は心配しながら、怒っているように俺には見えた。
俺はひとまず鞄を机の横へと掛ければ、暁の席へと歩き出す。
何から話そうかな……そうだ、昨日の勉強で分からないところがあったんだった。
頭の中で考え抜いた会話。
昨日はろくに勉強に集中できなかったから、暁と一緒に復習も兼ねて勉強しよう。そう考えた俺は、もう一度自分の席へと戻っては鞄から教科書を持って暁の元へと歩いた。
「なあ、暁。昨日の授業で分からない場所があるんだけど……聞いてもいいか?」
「……………………」
「…………暁?」
俺は不思議に思って暁の顔を横から窺った。ただ、間が悪かったのだろう。
「ウザいッ!」
の一言を口にした暁は俺にキレのある正拳突きを鳩尾に入れてきやがる。
咄嗟のことで避けることなんて不可能に近かったことで、正拳突きは見事に俺の鳩尾へと入り、呼吸をするのも辛い状況になってしまった。
なんでこんなことをするのか……俺は不思議で仕方がないが、暁の方は違った。
「…………辛いことがあるなら、辛いって言えばいいじゃん……」
小声で口にした暁の声は俺には届かなかった。
ただ、その表情は怒っているわけでもなかった。
「暁……なんで泣いてるの?」
「えっ…………」
呆けるほうに目を見開いた暁は自分の両手で頬に触れる。そして、そこに流れているのが自分の涙だという事に気が付くと、
「なんで泣いてるのよ……わたし……」
次々に溢れてくる涙を手で拭っても、拭いきれていない暁の涙は教室の床へとポタポタと落ちる。
「暁……?」
「近寄らないでっ!」
心配になった俺は暁に近づこうとした瞬間に声を張り上げられた。でも、俺は暁の事が心配になって仕方がなくなった。
なんで心配になったのか、それは簡単な理由だ。
「友達になったんだから、悩みならいつでも聞くよ?」
そう、俺は暁と友達になったんだ。それも一週間も前に。なら、友達として俺がしてやれることは何だ?
そんな考えを抱いたからこそ、俺は口にしたのだ。
でも、そんな一言を聞いた暁はもっと涙を流し始めた。
「えっ……なんでそんなに泣くんだよ」
凛としていて、強気な表情を浮かべているのが常の暁がこうも女の子らしく涙を流しているのが俺には信じられなかった。
たった一週間と短い時間だったが、こいつはそんな一週間で俺に授業中もメールを送ってきたり、移動教室も一緒に移動したり、飯も時々一緒に食べたり……それだけでも、十二分に暁がどんな女の子なのかは理解できていた。
だから、こうも泣いている彼女を見た俺としては信じられないのだ。
「うるさいっ! もう、あんたなんかどっか行ってよっ! いっその事、あんたなんて車に轢かれて死んじゃえばいいのよっ!」
「…………………………」
俺は暁に言われた言葉に動揺し、そして苦しくなった。
中学の時にはよく言われた……ただ、言ってきたのが友達でもなんでもない知らない奴だったから、何も感じなかった。
でも、今の言葉を口にしたのは数少ない友人であって、信頼もしていた。
だから、こうやって動揺しているんだ……。
車に轢かれて死んじゃえばいいのよっ!
俺の頭の中ではその言葉が反響するように響いてくる。
思い出したくない物を思い出させる言葉。
なんでそんなピンポイントで言ってくるんだよ……こいつは。天性のドSなのか?
そんなことを考えているのも束の間、頭の中では鮮明に出てくる映像と言う記憶。
そして、そこは道路だ。また、俺の目の前には大型トラックが地面にスリップ痕を残して停止していた。
だが、そのトラックの前部。そこはおかしかった、そして道路も。
だって、赤黒い液体が道路を染めているんだから……。
ただ、そんな中で俺の目の前で倒れている人がいる。
まその人はまだ呼吸をしていた。
だけど、俺はその人の事を良く知っていて、トラックよりも前にあるもう一人の男の人の事も良く知っていた。
「幸が無事でよかった……」
それは俺にとって呪いにしか聞こえなかった。
だって、目の前にいるのは俺の母親なのだ。そして、こんな状況を作ってしまったのは俺だ。
トラックの先に倒れているのは俺の父親。その体は動かないでいたのだ。
それはもう……悲惨だった。
俺は見たのだ、目の前で両親がトラックに轢かれる瞬間を。
信号を渡って、振り返った瞬間にこっちに走って来ていた二人が轢かれる瞬間を……。
『幸が無事でよかった……』
その時の母親の顔が俺には憎んでいるようにしか見えなかった。俺の目の前で死にかけているというのに、俺の事を第一に考えている母親が自分の憎んでいるようにしか……。
笑顔の裏では、絶対に俺の事を憎んでる……殺したいって絶対に思ってる。
そんな思考でいたせいで、次に聞こえてきた。
『幸も死になさい……』って……
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