人殺し
四月十二日の昼休みの屋上。そこには一人で寝転んでいる俺がいた。
流れる雲の数を黄昏たそがれるように数え、そして飽きれば今度は昼休みの校庭で遊んでいる先輩たちを見つめる。
誰にも関わろうとは思わなかった。
今日だけは誰にも会いたくなかった。自分が抱えているものを誰にも見せたくないから。俺はそれだけが心配だった。
自分の弱みは見せたくない……見せたらそこに付け込まれるかもしれない。
それを考え始めたのは中学の時だった。
ほんの些細な事だった。たった一つの言葉が周りから苛められるような対象になった。そして、苛めることをしないクラスメイトたちは俺へと傍観するような視線で見てきたのだ。だから、俺は視線が嫌いなのだ。目立ちたくない、誰にも見られずただ静かに過ごしていたい。
静かに高校生活を楽しむ。
それを目標にしていたのだ。だけど、それは自分が寝坊をすることで諦めることにはなったが、仕方がないと割り切ってはいる。
「今日の放課後には行かないと……」
携帯を片手に見つめると、画面にあるメモにはこう書かれていた。
――――墓参り。
これを見るだけでも辛かった。でも、これに行かないといけない。これは絶対にだ。
どんなに辛かろうが行かないといけない。
それだけを考える幸は無意識に溜息をついた。
昼休みの屋上は普段なら誰かが居るはずなのに、今日だけは誰も来なかった。
まるで俺を一人にしてくれているかのように、誰も来なかった。
普通なら由美姉ちゃんが俺のところへと来るはずだが、それも来なかった。
それから自然と校舎から流れてきたチャイムを聞くなり、俺は静かに屋上のベンチから立ち上がり、自分の教室へと戻って行く。
「今日なんて無くなればいいのに……」
無理なことを口にする俺だが、それは心からの願いでもあった。
それからと言うもの、授業は聞くだけで頭には入れない。入れたところで、今の自分の頭に残るはずが無い。だから、明日の朝にでも復習すればいい。
俺はそんな考えで放課後を迎えた。
帝島は朝の一件以来、俺に関わろうとしてこない。それよりも、そんな帝島は俺に視線を飛ばすのではなく、近くに座っている小鳥遊たかなしに向けていた。
それも殺意が籠っているような視線で。
そして、そんな帝島の視線にビクビクしながら授業を受けている小鳥遊は小鳥遊で可哀想だった。
この一週間、席が近いからそれなりに見てきたが授業は真面目に受けていて、先生からも既にお気に入りにされていた。
それとは反対に、帝島は先生たちから何故か怖がられていた。
多分だけど、眼つきのせいかもしれない。そんな考えが俺の頭の中ではあった。
「放課後になったし……行こうか……」
俺は誰にも話されない様にそそくさと教室から出て行く。だけど、そんな俺の事を追いかけてくるかのように、後ろからは足音が聞こえてきた。
俺と同じテンポで歩いているそいつは、俺が先に下駄箱から靴を取って学校を抜けても追いかけて来た。
何故だか、そいつが誰だかは俺には予想が出来た。
ここまでしつこく追いかけてくるような奴に俺は一人しか思い当たる節がない。
俺は信号を渡るのを躊躇ためらってから後ろを振り向く。
「帝島は何で俺の事を追いかけてくるのかな……?」
振り返ってそう口にした俺の予想は的中して、追いかけて来ていたのはキリッとした眼つきと、高校一年にしては少しだけ大人びた身体つきだ。
そんな彼女は追ってきていたことがバレたからか、少しだけ不機嫌そうな顔を作るが、それはすぐに消え、
「あんたがいつもみたいに元気がないから心配してやってんのよ」
と、なんとも直球な言葉が飛んできた。
「今日はそっとしておいてっていたんだけどな……」
「いいじゃない、友達なんだし……心配くらいさせなさいよ。それと、私の事は暁って呼んでくれない? 雪真と間違えられたら嫌だから」
立ち止まっていた俺の横へと着いた暁はやっぱり不機嫌になっていた。
ただ、途中まで俺の事を心配してくれていたことには少しだけ驚いたりはしたけど。
「明日は元気に学校に行くんだからいいだろ? 今日くらいそっとすることは出来ないのかな、暁は……」
「ちょっ、いきなり暁とか呼ぶんじゃないわよっ! 驚くじゃない」
「じゃあ、帝島」
「帝島って呼ばないでっ!」
「なら、なんて呼べばいいんだよ……」
矛盾してる……。
この目の前にいる女子は矛盾しすぎている。名前で呼べば切れるし、名字で言えば切れる。なんて理不尽……。
「それで櫻坂は今からどこに行くつもりなの?」
「それ、私も気になってたんだよねぇ~。幸ちゃんはどこに行くつもりなの?」
「「うわっ!」」
突然、会話に加わってきたのは、どこから湧いて出てきたのか由美姉ちゃんだ。
いきなり横から出てきたから暁と一緒になって驚いてしまった。
「人をお化けみたいに……私も流石に今の傷ついたよ?」
「お姉ちゃんが迷惑かけてごめんね……」
そして、由美姉ちゃんに付き添うようにいる小鳥遊が俺に頭を下げてきた。
「いやっ、小鳥遊。頭とか下げないで? 俺も対応に困るからさ」
「でも、お姉ちゃんが迷惑かけてるのは本当の事だから、謝っておかないと」
いやぁ、由美姉ちゃんとは性格が真逆だなぁ……ほんと。大雑把な姉に丁寧な妹……妹の小鳥遊が大変そうだ……。
「それで幸ちゃんはどこに行こうとしてたの?」
昼は教室に来なかった由美姉ちゃんはここぞとばかりに近寄ってきた。
「ごめんね……今日の昼前にちゃんとお姉ちゃんには櫻坂君のことはそっとしておいた方がいいよってメール送ったんだけど……どうしても我慢できないって聞かなくて……」
「先輩って櫻坂の事が好きなんですか……?」
鋭い視線を由美姉ちゃんへと送っている暁が由美姉ちゃんへと聞いていた。しかもその質問に由美姉ちゃんと言えば、満面の笑みで、
「大好きだけど……それがどうかしたの?」
と、あっさり答えてしまっていて、俺としては困った。
面と向かって言われたのはこれで二回目だけど、それでもこういう雰囲気でもドキッとさせられてしまうのは、由美姉ちゃんの魅力なのだろうか……。
「なっ!」
「お姉ちゃん……大胆すぎるよ……」
意表を突かれた暁に頭を抱える小鳥遊。そして、反応に困る俺に由美姉ちゃんは腕を俺と組んできて、
「幸ちゃんが内緒にしてたことって今から行くところに答えがあるんでしょ……」
耳元で囁く由美姉ちゃん。ただ、その声音はさっきみたいな楽しそうなものではなく真剣なものだ。
「………………まぁ、そうだね」
俺ははぐらかすことをせずに、正直にそれだけ伝えた。
由美姉ちゃんが俺の事を変わったと思ってるはず。確かに、俺は変わった。
昔は今よりもたくさん笑っていた。由美姉ちゃんが一緒にいるときはずっと笑っていたと思うくらい。
「なら、私もそこに連れて行って……幸ちゃんが一人で何を抱えているのか知らないけど、少しは私も同じものを背負わせえて……幸ちゃんの事、大好きなんだから」
「…………………………ごめん、それでも連れていけない」
どんなに優しい由美姉ちゃんだとしても、あそこにだけは連れていけない。
連れて行けば、多分弱みを見せる。
もう、誰にも弱みは見せられない。
その時、俺は自分がどんな表情をしていたのか分からなかった。正直、知りたくもない。
ただ、そんな俺の表情を見ていた由美姉ちゃんに暁は悲しそうにしていた。
「……わかったよ。今日はついて行かない。でも、来年は連れて行って貰うからね」
「櫻坂っ! 私も来年は連れて行って貰うからっ!」
「お姉ちゃんが変なことしないか、私も一応ついて行きますね」
女子三人はそれだけを口にするなり、亮人を追う事は止めた。
「来年……ね。連れて行けたら連れて行くよ」
微妙な答えを残して俺は家の近所にある墓地へと足を運んだ。
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