見えるものⅡ

「櫻坂……どうしたのかな……」


 私はさっきの慌てようと嫌なものを思い出すような表情を浮かべていた幸が心配になっていた。

 初めて出来た男友達。

 そんな最初で記念とも言える幸は帝島にとっては特別な存在だ。

 それは決して、恋愛感情が向けられるような存在ではないが、人生初の男の友達。

 これまでは得意の空手を知らず知らずのうちに使って殴り飛ばしていたりと、いろんなことを仕出かしていた私だから、こうして櫻坂が辛そうな表情を浮かべているのが心配になる。


「せっかく友達になったんだから……少しくらい話してくれたっていいじゃない……」


 暁も暁なりに幸の事を心配しながらも、チャイムが鳴ったことで授業に集中し始める。

 それと同時に幸も授業に集中し始めたが、やはり表情はどこか苦しそうだ。

 暁が幸の方へと顔を向けると、口を動かして何かを幸が言っているようだが、それは少し遠い席に座っている暁には聞き取れない。

 だが、そんな時。


「櫻坂君……どうかしたの?」


 幸へと話し掛ける誰かの姿を暁は見た。

 それは地味な女子で、個性と言えるような特徴を持ち合わせていないように見える。

 そんな考えをしている暁は普通に彼女に対して酷い考えを持っているが、彼女に話しかけられた幸はと言えば、


「なんでもないんだよ……ただ、疲れてるだけで……」


 眼鏡を掛けている女子に対して、無理に笑みを浮かべた幸。だが、そんな居た堪れない幸の笑顔を見た彼女は、優しく微笑みかけ、


「櫻坂君……無理して笑顔なんか作っちゃダメだよ……。辛い時は辛いって言ったほうが楽だよ……私だって、あんなお姉ちゃんを持ってると辛いって思う時が沢山あるんだから」


 優しい微笑みだ。

 私なんかは絶対にあんな優しい微笑みなんかできない。

 あれは多分、本当に優しい心を持っている人にしか作れない微笑みだ。


「……まあ、いろいろと昔に遭ってね……それをまだ引きずってるだけだよ、ただそれだけ……」


 そんな幸は眼鏡の彼女へと少しだけ、ほんの少しだけ嫌なことがあったと口にしただけだが、そのしただけが本当は凄い事なんだと暁には分かる。


「私が聞こうとしたら絶対にあんな風に話してくれない……逆に私の手が出てくる……」


 私は櫻坂にあんな風に話し掛けた眼鏡の女子が気になった。

 もしかしたら、私にとって敵になるかもしれない……。

 自分にとっての敵がどんな敵なのかが、いまいち掴めていない暁だがそれでも眼鏡の女子を睨んだ。


「――ひっ!」


 私の視線を感じたのか、彼女は背筋を伸ばして私の方へと視線を向けてきた。


「……………………」


「………………ごめんなさい」


「小鳥遊、どうかしたのか?」


 肩を縮めて謝った彼女にさっきまで辛そうな表情を浮かべていた櫻坂は少しだけ楽になったような表情を彼女に向けていて、私は何でか知らないけど、そんな光景が非常にムカつく。


「後でぶっ飛ばすっ!」


 シャーペンを握っていた右手に力が籠められ、そしてシャーペンはギシャリと折れる。

 バラバラと落ちるシャーペンの残骸を見つめながら、


「どうしちゃったんだろうなぁ……私……」


 と、机の上から残骸を地面へと落とす暁だった。

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