一人の家

「萌笑先輩のせいで俺の弁当喰えてないんだけど……」


 教室に戻った俺は自分の席に座りながら突っ伏していた。

 昼飯を一緒に食べようと言った由美姉ちゃんからは少しだけ弁当を分けて貰えたが、俺の弁当を殆ど食った萌笑先輩は、


「美味しかったよぉ、ありがとうねぇ~」


 と満面の笑みを俺の方へと向けて屋上を後にして行ったのだ。

 これからまだ二時限とある時間を飯なしで潰さないといけない俺は流石にキツイ。昼飯を食わなくても死ぬことはないが、空腹が限界まで達した時のあの感覚。気持ち悪くて体はそんなことを受け付けなく、時々来る食欲がストレスを溜めさせる。


「なるべく萌笑先輩には気をつけないといけないなぁ……また昼飯持って行かれるの嫌だし」


 自分で朝早く起きて作った弁当。

 自分の努力の結晶と言える弁当があんなにもすんなりと持って行かれると精神的に萎える。

 それに由美姉ちゃんが注意したって多分、あの人はそんなことは聞かずに弁当を盗みにくる。

 頭の中ではそんな光景がいとも簡単に想像できてしまっていて、俺はこれから静かに弁当を食おうと思う。


「あんた、どこに行ってたのよ。私が起きた時にはあんたがいなかったから一人でお昼食べる羽目になったじゃない」


 突っ伏している頭を横へと向けた俺の視界に入ってきたのは、スラッっとした足に武術をしているからだろうか、一切無駄な脂肪が無い足。

 そして、高校生の平均よりも少しだけ大きな胸を持っている帝島は俺を睨んできている。


「俺は屋上で昼飯食べてたけど……全部食べられた……」


 俺の腹はその言葉を待っていたかのように高く鳴り響き、隣に座っている彼女は睨むような表情を少しだけ緩ませて微笑んでいる。


「笑うことはないだろ……先輩に全部持って行かれたんだよ……」


「あんた早速、先輩の餌食になってるの? 弱いの? あんたは」


「違うよ、幼馴染の先輩の友達が俺の弁当がうまいって言って全部食べたんだ。だから、俺はほとんど弁当を食べれなかった、ただそれだけだよ」


「それじゃあ、お腹減ってるんだ」


 俺が返事をしようとする前に俺の腹はもう一度、大きく音を出して「欲しい」と返事をしていた。

 その音はさっきの音よりも大きかったせいで、近くにいた他のクラスメイトがこっちに視線を飛ばしてきた。


 また視線だよ……嫌いだ。


 話をしている人以外の視線は極端に嫌う俺としては、ああやって横から見られるのが物凄く腹が立つ。

 視線を向けるくらいなら話しかけてくれ。話しかけないなら、視線を向けるな。

 そうやって文句を言ってやりたい。だけど、文句を言えばそれはそれで視線の的になるかもしれない。そういう心配があるから文句も言えない。

 そんな俺を横から睨むように見ていた帝島は一度、席から立ち上がって自分の席へと戻って行けば鞄から何かを取り出している。


「何やってるんだろう……あいつ」


 それからすぐに戻ってきた帝島の手には小さな袋がある。それも中には食料となるものを。


「ほら、お腹空いてるならこれあげるから食べなさいよ」


 俺の顔へと押し付けるように渡してきたのはクリームパンだ。普通のクリームパンよりも少しだけ大きなクリームパン。

 メーカーも書かれていない袋に入っているクリームパンを俺に突き出してきた帝島はそっぽを向くなり、


「早く食べなさいよ……」


 と口にした。

 このお腹が減っている俺に不器用だけど、優しくしてくれる帝島。

 俺はそんな彼女から受け取ったパンを袋から取り出しては、ゆっくりと口の中へ入れる。


「…………うまい」


 口に入れたクリームパンからは濃厚なクリームに元から少しだけ味がついているパン生地が口いっぱいに広がった。

 これまでに食べたクリームパンの中でおそらく一番うまい。

 俺はそれだけ確信できれば


「帝島……ありがとう。これで何とか授業を受けられるよ」


 俺も不器用ながら彼女へと誠意を込めて微笑む。

 俺は少しだけ笑顔が苦手だ。

昔に由美姉ちゃんと一緒にいた時はよく笑っていたが、それはもう昔の事。

今の俺には笑う事や微笑むことは難しい。


「――っ。そんなに素直に言われると恥ずかしいじゃない……」


 帝島はそんな俺の微笑みを見たところでもう一度そっぽを向いて何かを呟いていた。だが何を呟いていたのか、俺の耳では聞き取れなかった。


「そのパン私が朝、焼いたの。結構自信あるパンだったから喜んでもらえてよかった」


 それだけ言い残して帝島は自分の席に戻っては突っ伏してしまった。

 だけど、そんな彼女の耳は普段よりもほんのりと赤く染まっていた。


「帝島が自分で焼いたのか? 性格は大雑把の癖に?」


 そんな彼女には失礼なことを口にする俺だが、手に持っているクリームパンはどんどん小さくなっていき、そして手の中から無くなった。

 それからといえば、帝島から貰ったパンのおかげで午前のように眠ることなく、俺は授業に集中して出席できた。

 そんな俺とは対照的に、帝島は依然として机に突っ伏したまま午後の授業を全部過ごしていた。

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