バトル?
「………………………」
俺は今の感覚を最大限の記憶力を使って頭の中にインプットしていく。こんなことは、これから一生のうちにどれくらいあるだろう。今この瞬間を感じておかないと、あとで後悔するのは自分だ……そう、頭の中で考えた俺は全力で、今の状況を体に覚えさせていく。
「ねぇ……どうなのよ。早く答えなさいよ」
さらに言い寄ってくる帝島の体が俺の体へと少しずつ密着していき、俺の右腕には彼女の柔らかい二つの物体が押し付けられているのだ。
そう、俺の右腕には帝島の胸が押し当てられているのだ。男子たる者、この瞬間を体に覚えさせないでなんとするっ! 俺の頭の中で、誰かがそう叫んでいるのを感じて、俺は全力で感覚を味わっているんだ。
「………………………………」
「いい加減に答えなさいよっ! なんで私がこんなに待たなくちゃいけないのよっ!」
「…………………(ニヤリ)」
どうにか無言を貫けていた俺なのだが、最後の方、帝島が一気に近づいて来たことでより柔らかな感触が俺の腕に触れて、その感触が全神経を伝って行き、顔がニヤけてしまった……。
まずい……ニヤけたぞ、俺……。
そして、俺の顔をガン見していた帝島はどうして俺がニヤけているのかを確認するように自分の立ち位置を確認すれば、顔を朱色へと染めては俺の顔面に拳を放ってくる。帝島が放ってきた拳。その拳は無駄のない研ぎ澄まされた拳で、それを諸に顔面で受け止めてしまったら大変なことが起こるのは、何故だか分かる。
「私の胸を触ったっ! 許さないっ」
自分から押し付けておいて、何で俺のせいになるの!?
そんな目の前に飛んでくる拳がゆっくりに見える中で、何で帝島が男子の友達ができないのかを悟った……。
こいつに関わった奴、全員がこうやって殴られてきたわけか……。大変だっただろうなぁ。こいつと同じ中学校だった奴がご愁傷様すぎる……。
ほんの一瞬の出来事なのにも関わらず、そこまでの事を考え着いてしまっている自分を褒めてやりたいのだけど、今はそんなところではない。
俺達は新入生が下校している昇降口前でこんな恥ずかしいことをしているせいで、あまりにも多い視線が一直線に向けられていたのだ。
そして、そんな視線の中から一直線に走ってくる一つの影が、俺と帝島の間に入ってくれば、
「暁あきらっ、入学初日から問題を起こさないで! お願いだから、これから学校生活が始まろうって言うのに、そんなことしてたら彼氏なんかできないよっ!」
俺と帝島の間に割り込んできたのは、二つに結わいだ髪が特徴的で、それで尚且つ身長が低い女の子。俺は、この小さな女の子を覚えている。
教壇の前で話してた女の子だ……。
「うるさいっ! 私には彼氏なんかいらないわよ。私が最初に欲しいのは彼氏なんかよりも男子の友達なのっ! だから、私の邪魔しないでくれる?」
「だから、その友達の作り方がダメなんだって言ってるのっ! いい加減、学習してくれないと困るのは暁なのよっ!」
「うっ……………………」
押し黙るようにして背中を丸める帝島を見ていると、俺は少しだけ可愛いと思ってしまった。
だって、殆ど同一人物みたいに同じ顔つきの女の子が二人もいるんだ。そのうち、ちいさな帝島が大きな帝島を言いくるめているんだ。それで背中を丸めてしまっている帝島(大)が可愛らしく見えてしまうわけだ。
だからだろうか? 俺は知らないうちに、
「……こんな俺でいいなら……友達になってもいいぞ?」
「「えっ…………?」」
「だから……俺でいいなら友達になってやるって言ってるんだけど?」
「……………えっ、ええぇぇええええ!!」
「ちょっと暁、驚き過ぎだからっ! でも、私もええぇぇぇぇェえええ!!」
俺の目の前には、同じ顔つきの二人が驚きのあまりに声を上げてしまっている。それに対して俺はなんで、そこまで驚いているのだろうか、と考えてしまう。
「そこまで驚く事でもないだろ…………そんなに驚くなら、やめたっていいんだけど?」
「いやいや、お願いっ!! 暁の友達になってあげてくれないかな? 暁ったら、昔から男子に恥ずかしさのあまりに、空手を使っちゃうの。だから、お願いっ。お姉ちゃんの友達になってあげてくれないかな?」
「ちょっ、ちょっと雪真せつま!! そうやって、人の昔の事を簡単に暴露しないでっ!! そんな事ばっかりするから、私は雪真のことが嫌いになるのよ」
「それで……俺はどうすればいいのかな? このまま普通に帰ってもいいか?」
そんな質問をしても目の前では大小の帝島が口論をしているため、俺はそのまま踵を返してそのまま帰る。
普通ならここで呼び止められるかな……なんて思っては見たが、そんなものは幻想でしかなかったようだ。そのまま帰路へと着いている俺は、一度だけ振り返れば、未だに口論をしている二人を見て、
「今日はもう帰るか……家事も勉強もあるんだからな……」
少しだけ賑やかだった空気が突然無くなってしまったことに、自分で後悔してしまった俺は溜息をした後に、自分の家への帰路へと着実に就いたのだった。
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