周囲からの視線

 何で私を見るの……?

 自己紹介が始まって私の番が回って来ると、一人の男子が私のことを一直線に見つめてきた。それも、眠たそうな虚ろな目で私の事を見てきていたから、私の事を見ているのかな? と思うほどだった。でも、その視線は私の自己紹介が終わってからも少しの間、私の方へと向いていたことに私は恥ずかしかった。

 これまでの人生で、あそこまで私のことを見てきた男子なんて一人もいなかった。だから、私があんな風に見つめられた時は顔が赤くなって俯いてしまって、その視線から逃げてしまった。

 教室では未だに知らない人たちが自己紹介をしていて、あと十人くらいで例の彼の自己紹介が始まる。

 枢木先生というロリ教師、もとい女教師が遅刻してきた罰として一度はやらせたのだが、その自己紹介がお気に召さなかったらしく、彼は二度目の自己紹介をする羽目になってしまった。

 私はまだ顔が赤いことが分かり、机に突っ伏しながら皆の自己紹介を聞いている。私の後ろの方の女子だけは顔を上げてみることになったんだけど。


「私の名前は帝島暁みかどじまあきら。好きなことは空手。嫌いなものは妹です。これから一年間よろしくお願いします……」


 女子にしては趣味が珍しいことで、それに嫌いなものが『妹』っていうのもインパクトがあって、私はそんな彼女を見入ってしまったわけで。

 でも、それは私だけじゃなくて他の生徒も一緒だったんですけどね。

 だって、自己紹介をした彼女はこのクラスで一際、輝いているのだから。

 この学園は普通、全生徒が同じ制服を着ることが義務付けられているのだけれど、そんな校則を守ることなく、彼女は紺色を基調とした学校の制服ではなく、本当に黒色の光陽学園と型が同じ制服を着て学校に来ている。

 今日の新入生の言葉で話をしていた女の子の双子で、見た目は彼女よりも体の発育がよくて、空手をやっているという事もあって後ろ髪が肩よりも少し上くらいまでの短さ。そして、何より彼女の醸し出しいる近寄り難い雰囲気に心の隅でビクビクしてしまっている私がいる。

 そして、そんな校則を守っていない彼女に枢木先生から何かしらの指導をするかと思いきや、先生は何も言わずに『次の奴、早く自己紹介しちゃえ』とスルーしたのだ。

 教師の枢木先生が無視する彼女はどんな娘なのか、物凄く気になる部分になったわけ。

 そして、一人の男子を除いてすべての生徒が自己紹介を終わらせれば枢木先生は、


「それじゃあ、最後だから気を引き締めて自己紹介してね。真面目に自己紹介しないと評価下げるから気を付けて?」


 彼にだけはきつく当たる先生に苦笑いで誤魔化してる彼は、本当だったら私よりも早く自己紹介をしているはずなのに、先生の命令によって最後に回されてしまっていた。


「何で俺が二回も……」


 愚痴る彼だけれど、早く終わらせないと枢木先生に何を言われるのか分かったものじゃない。彼はそのまま一度、深呼吸をすればゆっくりと口を開いて、


「二回目の自己紹介をします。僕の名前は櫻坂幸さくらざかこうです。僕の昔までの趣味は、クラッシックを聞くことでした。そして、ここに来る前にもクラッシックが学校中に流れていたと思いましたが、あれは僕の思い出の曲です。そして、それを弾いていたのも僕の知っている人でした。そして、なんで過去形なのかと言うのにもいろいろと理由があるんですけど、それはあえて伏せさせてもらいます。それと、僕の嫌いなものは視線です。とにかく人に見られることが極端に嫌いです。今もこうして皆さんに見られているだけでも凄く嫌です。以上が二回目の自己紹介です」


 そして、彼は自分の自己紹介を済ませてドスッと自分の席へと体重を全部任せるように座った。

 とても疲れたような表情を浮かべる彼の後ろ姿。穏やかな空気を醸し出しながら座っている彼はそのまま机へと突っ伏して、ホームルームが終わるまでの間、眠りに就いた。

 椅子を少し後ろにずらして自分の腕を枕と使っている彼は一定の速度で呼吸をしていて、息をするたびに少しだけ膨らむ背中を見つめる。


「どんな人なんだろう……」


 私自身も不思議な雰囲気を醸し出している彼に興味が出てきた。少なからず、このクラスにいる男子とは全く違った空気の持ち主である櫻坂君を、私は知らず知らずのうちに目で追っていた。それは、櫻坂君が私に送っていた視線と似た視線だと思う。もしかしたら彼もこの気持ちに近い何かを感じて、私の事を見つめてきたのかもしれない。


「本当……不思議な人……」


 眠りに就いている彼を見つめながら、私は枢木先生の言葉に耳を傾け、今日のロングホームルームを終えたのであった。

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