間話 セリスの思惑
私は妹のソフィアが昔から大っ嫌いだった。
いつもいつも大人から褒められて、それで良い気になっているあの娘が。
それでも私は我慢していた。
まだ貴族という身分の尊さを分かっていない子供だから。
大人が褒めるのは、まだ幼い彼女を平民の様に御するため。
成長すればすぐに私の様に貴族の子女らしい身の振り方が出来る様になる。
自分が見下されている事に気づける様になる。
そう思っていた。
でも妹は愚かだった。
彼女は平民の様に愚かなばかりか、血迷った事を口にする様になった。
▷
あれは忘れもしない、10年前のこと。
2人で孤児院に顔を見せる様に父上に言われた私達は、王都の端の穢らわしいゴミの掃き溜めの様な場所に向かわされた。
とんでもない場所だったがそれだけでは無かった。
孤児などという底辺の中の底辺の存在が、私をその泥の様に不浄な目で見ていた。
全身を悪寒が走った。
耐えられない。
そう思った私はソフィアを連れて早く帰る事にした。
しかし彼女は留まり、こう言った。
「お姉様。子供たちがかわいそうよ。もっとみんなの事を知って、父上に相談するべきよ」
私には意味がわからなかった。
ゴミを拾ってそれを大事に世話する貴族がどこの国にいると言うのだ。
やはり彼女は愚かなのだ。
私は軽蔑の目で彼女を見た。
だが他の者達は違った。
警備の兵達はソフィアの言葉を称賛していた。
孤児院の院長は涙を流して喜んでいた。
あぁまただ。このままでは妹が愚かな貴族として操られてしまう。
生きる価値も無い者に何を構う必要がある。
この愚かな妹にモノを教えてやらねば。
「ダメよソフィア!所詮この者達は下賤な者!王国に資するでもなく、ただただ穀を潰すだけの穢らわしい虫共なのよ!こんな汚らしい場所にいては公爵家の名が廃るわ!行くわよ!」
そう言って私はソフィアを連れ帰った。
▷
「なんて事をしてくれたんだ!」
その晩、私は父上に頬を打たれた。
理解できなかった。
私が何をしたという。
ソフィアが血迷った事を言い出したのを止めたのだ。あそこで止めなければ公爵家の娘が孤児に気があるなんて噂が立ってしまう。
褒められこそすれ、どうして叩かれなければいけないのか。
「お前は貴族というものがどうあるべきかを分かっているのか!?」
分かっている。
貴族とは文字通り貴きもの。
下賤な民を支配し、従わせるもの。
何が間違っているというの?
しかしそれを口にしたその日以降、父上は私に構わなくなった。
▷
父上は何を考えているのか、ソフィアの間違った考えを正す事はなかった。
いや、違う。
父上が私に構わなくなったという事は、私は既に貴族としての心構えが立派にできていると認められたという事だ。
私は歓喜した。
あぁ!やはり私は間違えていなかった!
頬を打たれたのは父上が妹の言葉を私が発したと勘違いしたからなのだろう。
だって私が父上の問いかけに答えた時、父上は驚いた顔をしていたのだから。
私のあまりにも貴族として立派な心構えを見て、早熟な娘に驚いたに違い無い。
だから私はソフィアを矯正する事にした。
彼女が平民から何かを受け取るたびにそれを壊した。
孤児院の虫ケラどもが作ったぬいぐるみも彼女の目の前で燃やした。
貴族としてのあるべき心構えを叩き込んだりもした。
だが彼女は変わらなかった。
それどころか彼女はますます多くの民衆や貴族に
それではいけない。
ソフィア、あなたは見下されているのよ。
御し易く愚かで都合の良い公爵家の令嬢として。
そう思った私はある日彼女の部屋に行った時、それを聞いてしまった。
「お前は間違えていない。お前は間違えていないんだ。だがセリスは貴族として狂ってしまった」
「良いのです父上。お姉様のお相手は私が致します。だからどうか、もう泣かないでくださいませ」
私が、
狂っている?
いいや違う。
狂っているのはソフィアだ。
父上もそれに惑わされている。
目を覚まさせて差し上げなければ。
私は妹に失望した。
彼女は貴族として失格であり、公爵家の害だ。
まずはソフィアを貴族の立場から追い出さなければ。
辺境伯家の次期当主との縁談なんか成立させるものですか。
私が子爵家如きの相手をするというのに、どうしてあの娘は辺境伯家なのか。
許せない。
平民の様に御し易いあなたには平民の立場がお似合いよ。
辺境伯家との縁談は私が代わるわ。
どんな男も私の体にあっという間に籠絡されるはずよ。
子爵家なんか知ったことじゃない。
私が辺境伯家に嫁いだ後は、あなたに次の縁談が行かない様にあなたの普段の行いを言いふらしてやるわ。
あなたの普段の貴族として誤った言動を、貴族社会にリークするのよ。
きっと皆驚くわ。
貴族として余りにも相応しくないあなたの行動を知って、皆あなたに失望するはず。
そして私とあなたの貴族としての格の違いを見せつけて、あなたを平民に堕としてやるわ。
私は何も間違っていない。
私は公爵家の長女なのだから。
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