第14話
「どうだ?娘の居所は掴めたか?」
「ダメです。怪しげな通信は全て傍受しているのですが」
「全ての通信か?」
「ほぼ全てです」
「よく探せ。日本政府の動きが怪しい。こちらとの取引を前に余計な真似をさせるなよ」
忍びの郷。弾は通信室に張り詰めている傭兵達に発破をかけていた。もう間も無く最初の貨物船が港を出る。日本政府が拒めばそのまま公海で待機している国外勢力に売り付ける算段は立てているが、その第一歩目で躓けば何もかもがオジャンだ。
ここからが正念場。今日の取引が例え相手が日本政府では無くても成功さえすれば全て終わる。忍びの郷は役目を終え、弾の2MCがその役目を引き継ぐことになる。まだ確保させて貰っているが、最終的には協力してくれそうな忍者も見つけた。新型忍者ガジェットの開発に瑠璃子さんが協力してくれれば御の字だが、彼女の性格を考えれば難しい。まぁここの忍者だけでも充分だろう。
「こんな素人共頼るのかよ。俺にはチャンスをくれないくせに」
通信室を出れば、影が不満げに俯きながら壁に背を持たれていた。
「お前には婆さんの面倒を頼んだつもりだった」
「やだよ。婆ちゃん怖いし」
余りにも素直に答える影に弾は少し笑ってしまった。影は笑われた事に少し腹を立てた顔だったが、そうやって自分の弱点を口に出来る辺り少しは自分を客観視出来るようになったと言った所か。
「お前の出番は、取引が終わった後だ。新しい忍者のライフスタイルの手本になってもらわないとな」
「へえ?それってどんな?」
「少なくともこんな狭い郷に閉じ込めたりはしないさ。東京に一つか二つ、忍者の支部を作る。お前はそこのエースとして働いてもらう」
「マジか!ならさ、非番の日とかは何処に行っても良いのか!?ニューヨークとか、ロンドンとか、パリとか!!」
東京と言う単語に目を輝かせる影。もっと、もっと広い世界を見たいと影は常日頃から口煩く呟いていたらしい。
郷長の孫なら便宜を図ってやる事も出来ただろうに、それをしてやらなかった辺り忍の郷長としての使命感と自制心に内心では感服する。が、それがこうして巡り巡って首を締めるとは思いもしなかっただろうに。
「好きにしろ。だが、この事態が終わるまでは一先ず待機していてくれ」
分かったよ、と明るく言い残し影が走り去っていく。その背中を眺めてふと思い出すのは実の息子。
取引が全て終われば少しは息もつける。難しいだろうが、螺厭の奴とも話し合う時間も作れる筈だ。もう一度改めて忍者の事、母さんの事、そして今俺がやり遂げた事を全て教える。アイツは未亜に似て潔癖な所があるから、こんな卑怯な真似をした俺を許さないだろう。どんな罵倒が飛んで来るか分かったもんじゃ無い。だがそれくらいの罰は甘んじて受け入れるより他無い。
(せめて、お前は正しい道を進んでくれ。螺厭…)
「さて、まずはどこから吹っ飛ばす?ここからならどこだって狙えるぞ?」
「気軽に物騒な事言わないでよ。大体、手を汚さないアンタが良くそんな事言えるわね」
「失礼な。温室育ちで殺しを経験した事の無いお嬢様忍者の代わりに、今すぐあの船にこの爆破ジェルクリームを固めたのを投げ込んでも良いんだけどなぁ…ってジョークジョーク。だからクナイの先っぽ突きつけないでくれ」
ヘラヘラと笑い瑠璃子さんが作ってくれた新型忍者ガジェット、爆破ジェルクリーム(フローラルの香り)の入った瓶を弄ぶ螺厭の喉仏を抉り出そうとクナイを突きつける。螺厭はそれなりに必死に紅の手を掴んで抵抗していた。
通常設置型の爆弾はそれなりに大きな装置で目立たない様な場所に仕掛ける必要がある。だが瑠璃子さんの作った新型忍者ガジェットの爆破ジェルクリームは、タイマー機能こそ無いが市販のハンドクリームの様にどろりとしたクリーム状で、爆破したい場所に塗り付けるだけで設置完了だ。匂いで用途を分けて区別していて、螺厭が持つフローラルの香りは扉などの発破に使う。対して紅が持つミントの香りは陽動作戦に使う、大きな音と爆炎が広範囲に広がるタイプだ。
港を見渡せる少し離れた位置にある灯台のコントロールルーム。後ろには気絶した見張りが超電子ロープで縛り上げてあって、意識レベルが通常に戻りかけると電気ショックが流れるので紅が解除しない限りは見張りは目覚めない。
「ジョークが通じないんだからもう…例の隠蓑マントで潜入して、そのジェルクリームで持ち出された忍者ガジェットと忍鋼を吹っ飛ばす。簡単そうだが、君の見立ては?」
「警備そのものは楽勝よ。でも、サポートがアンタなのが不安材料」
灯台の窓を開けて忍び装束の上から隠蓑マントを羽織る。この忍び装束も瑠璃子さんが作ってくれた新型で、自動でその場にあった迷彩に色が変わる優れ物だ。ただ肩や太ももの露出が前よりちょっと増えた気がするのは気になっていた。
「こっから飛ぶのか?大丈夫?」
「私は忍者よ。心配要らないわ」
頼りにならなさそうだの、お嬢様忍者だの、散々から失礼な事を言ってきた螺厭。吠え面の一つでもかかせてやりたい紅は窓枠を乗り越えて、何の躊躇もなく飛び降りた。
冷たい潮の混じった風を全身に浴びながら体勢を整えると自動落下を検出した隠蓑マントが布状から翼の形に変化し、風に乗って紅は港の灯り目掛けて滑空して行った。
「本当にガッチャマンだな。いや、どっちか言うとバットマン?どっちでも良いか」
思わず呟く螺厭の視線の先で、紅の姿は隠蓑マントと新型忍び装束のステルス迷彩が起動したのか一瞬にして見えなくなる。それを見届けた螺厭はタブレット端末のアプリを起動し、耳に入れたイヤホンに風を切る音が聞こえてきたのを確認した。
「あーあー、本日はついさっきまで晴天なり。聞こえますかどーぞ」
『そう言うの要らない。とりあえず、上からの映像送るから索敵宜しく』
「了解了解っと」
紅が空中で投げ捨てた竹トンボは自在に回転して高度を維持しつつ反回転するカメラで港の映像をリアルタイムで螺厭のタブレットに転送してくる。
新型忍者ガジェット、ライブタイム竹トンボ。事前に見せてくれた時に、まんまV3ホッパーじゃないかと興奮を抑えきれない螺厭を紅は冷たい眼差しで呆れていたのは僅か一時間ほど前の話だ。
暗視カメラや赤外線スコープ。ボタンタッチひとつで画面が切り替わり、警備員達の人数は愚か装備すら把握できる。隙間というほどでは無かったが、南のコンテナとコンテナの間に見張りが一人で死角がある事を告げると、紅は体勢を切り替えその場所の上空にたどり着く。
暗視ゴーグル付きのヘルメットを装備した警備員がライフルを構えながら周囲を警戒していた。幸い真上には注意は向いていない。
紅は滑空しながら隠蓑マントのスイッチを切り、飛び降りながら敵の背中に飛びかかり敵の意識を奪いつつ身体をクッションにして落下音を殺す。
『潜入した』
念のために手甲の電気ショックでもう二、三時間は眠ってもらう事にしつつ辺りを見渡す。コンテナに囲まれていて周囲は見えないが、作業の真っ只中にある中央部からタンカー船にかけて灯りで照らされているのは分かった。
「そのコンテナに忍者ガジェットや忍鋼は無さそうだ。この警備の厳重さ、君の潜入も予測されているみたいだね」
『その程度、問題無いわ。一番近い敵の場所と数を教えて』
「そのコンテナ挟んだ向こう側に二人。武器はライフル。コンテナの端から君のいる側を見張っている。隠蓑マントを使うか?」
『こいつの着けてるスコープ、隠蓑マント対策ね。多分私たちの技術を使ってるのよ。100%バレる訳じゃ無いけど、潜入するんなら隠蓑マント以外の方が確実ね』
「スニーキングミッション?メタルギアは好きだ」
『バカ、ゲームじゃ無い。敵の場所と数、リアルタイムで教えて』
「分かってるさ。三秒後に援護する。ぴったり五秒間コンテナの上を走れるか?」
『出来るわ』
螺厭はタブレット端末を操作し、V3ホッパーから囮の照明弾を発射。発射した本体がバレない様に三秒時間を置いてから小さめの光がピカッと光り、未知の光源を確認した傭兵達の動きが僅かに慌ただしくなる。
紅はその隙にコンテナの上に飛び上がりぴったり五秒全力疾走する。コンテナとコンテナの間を飛び越え、クレーン車のタイヤの影に滑り込むと爆破ジェルクリームをガソリンタンクの近くに塗り付ける。
にわかに慌ただしくなる傭兵達。流石に照明弾を撃っておいて何も無しなんてある訳が無かった。が、既に内部にまで入り込んだ以上はこっちのもの。螺厭の情報を聞きながら傭兵達や作業員の目をすり抜けて走る。途中爆破ジェルクリームをコンテナやトラックに塗りつけて行く中で、螺厭はタブレット端末で準備が整っていくのを確認していた。
「港のコンテナで忍者ガジェットや忍鋼はもう入ってないな」
『もう?少な過ぎない?』
「こっちの予想以上に船に積み込まれてる。ま、でも問題無いさ。予定通り船に乗り込んでくれ。こっから先は手荒になるが、そっちの準備は整ってるか?」
『ええ。援護宜しく。裏切ったら承知しないからね。絶対アンタを殺しに戻って来てやるから』
「そりゃ楽しみ」
二度目の照明弾が夜空を照らし、再び傭兵達の視線が上を向く。そして同時にサーチライトと特殊センサーがステルス迷彩を施したV3ホッパーを捕らえる。そしてそれと同時に紅が電磁クナイをタンカー船の甲板に投げ、不可視のワイヤーを巻き上げて一気に船へと飛び込んでいく。
「作戦第二段階、開始」
タブレットを操作し、V3ホッパーから射出されたデコイが派手に大爆発。現場は一気に阿鼻叫喚の大騒ぎだ。
「敵だ!!忍者の娘が来たぞ!!」
「上は陽動だ!!船を見張れ!!」
V3ホッパーが傍受した敵の無線を聴きながら、まずは最初に紅が侵入した南のエリアのコンテナに仕掛けられた爆破ジェルクリームを起動。灯台からでも見えるくらいの大きな火柱が立ち現場は更なる混乱に陥っていく。
「搬入前のガジェットが!!女の仕業だな!!」
傭兵達の声がした南のエリアの手前。螺厭はタブレットの操作で爆破モードを切り替え、タッチパネルをタッチする。タブレットからの信号を受信した小型の忍者ガジェットが起動し、薄暗い港の一角にわずかにぼんやりとした紅の姿が投影された。
「何をしている!女が船に乗り込んでいるかもしれないんだぞ!最悪ガジェットの一部は捨てて構わんから、船の警護に回…」
「見つけたぞ!女だ!」
「なに!?」
想定外に見つかった紅の姿に一切に群がる傭兵達。しかし次の瞬間螺厭のタブレットからの信号を受信した爆破ジェルクリームが起爆し、傭兵達は次々と吹き飛ばされていった。
「これが分身の術か。なんと言うか、改めて凄いな忍者って」
『でしょ?映像の空間投影技術は世界中どこ探したって私たち忍者だけが持つ技術よ。独り占めしてる事は確かに気が引けなくも無いけど』
「ああ、本当に惜しいよ。また一つ、スタートレックの世界に現実が追いついてるって言うのに」
『アンタは口を開けばそう言うのばっかね、ホント…』
「ロマンの話さ。それこそ、口寄せの術はテレポート装置だったりするのか?」
『企業秘密』
螺厭のブーイングを聞き流しつつ、そう言えばお父さんが忍者ガジェットの開発関係に勤めている友達が正に口寄せの術と言う開発コードでテレポート装置の開発を進めているって聞いた事があったのを思い出す。まぁまだ未完成だし、下手に夢を見せられるよりかは良いか。
微かに波に揺れるタンカー船の内部。これまでのマグネット足袋に加えて忍び装束の方にも強力な指向性磁気が仕込まれていて、天井を這う様にして進んでいく。この光景を見たら螺厭は今度は大喜びでスパイダーマンだの、スパイダーグウェンだの言い出すんだろうな、と顔布と一体化しているマフラーの下で少し笑う。
『こっちは予定通り。港の連中はあちこちに現れた君の分身と、突然爆発するコンテナに大慌てさ。忍者ガジェットも忍鋼も跡形無く吹っ飛ばしてる真っ最中。そっちの状況は?V3ホッパーから君が見えないと寂しいよ』
「心にも無い事言わないの。それと、V3ホッパーじゃないライブタイム竹トンボ」
『似てるんだよ。それにライブタイムって言いづらいし』
「知らないわよそんなの。とりあえず、今コンテナが保管してある所よ。ここを吹っ飛ばせば取引は不可能ね。そうすれば…」
その時紅は不意の殺気を感じ取って磁気を切り天井から飛び降りる。するとついさっきまで紅が張り付いていた所を手裏剣が貫き、更に自由落下の真っ最中の紅目掛けて飛びかかって来た。
素人の手裏剣捌きじゃ無い。咄嗟に自分も手裏剣を投げ、弾き返しながら体勢を整えフワリと音を立てずにコンテナの上に着地する。
「ほおう。甲賀山ぁ、学校指定の忍び装束を着ていないな?」
「げっ…!!この声…」
『知り合いと遭遇したか?』
背中に絡み付いてくる、螺厭とは別ベクトルで鳥肌が立つ嫌味ったらしい声。
「未成年の癖に外泊許可も無く郷の外を彷徨き、挙げ句の果てに未認可の忍者ガジェットを振り回すとは不届き千万。忍者訓練学校の教官として、これはたっぷりお仕置きが必要だ」
病的にほっそりとした身体、爬虫類じみた鋭い眼光、両手の手甲から見え隠れする罪禍の刻印。顔の半分を顔布で隠しながらも、そいつが誰だか紅にはすぐに分かった。
「貴方は、御角大蛇(みかどたいじゃ)…!!テロリストに着いたのね、この変態!!」
「教官にそんな口の聞き方、許されんぞ。マイナス十点だ」
『誰さん?』
「去年時代遅れの房中術訓練とか言い張って、先輩を強姦して去勢された元教官でしょうが」
『いや、知らない』
目の前の大蛇元教官が顔布越しにも分かるくらい顔を歪ませる。しかしそれとは正反対にのんびりとツッコミを入れて来る螺厭に紅は頭が痛い気がして来た。アンタと通信してるってバレたくないのよ。それくらい分かってったら。まぁ螺厭の性格から考えて分かっていてやってる可能性も大いにあったが。
「何が罰だ。房中術も歴とした忍者の務め。そこから視線を逸らし、何が忍びよ。時代の変化なんぞ戯言に過ぎん。房中術訓練が嫌だと言い張る軟弱なくノ一の意見に流された忍びの郷の腑抜け加減にはもううんざり」
「こっちはもっとうんざりよ。そんなにセクハラしたかったの?」
「セクハラじゃない。それも分からんお前の様な甘ったれが忍びの歴史を汚したのだ」
「汚れはアンタよ」
脳波コントロールで自在手裏剣を再起動。一切の前兆も予感させず背後に迫った手裏剣を、大蛇は振り向きざまのクナイで一閃。派手な金属音と火花を散らし、手裏剣がコンテナに突き刺さる。
紅はすかさず最高速で飛びかかってクナイを突き出す。が、大蛇は横に飛んで紅のクナイを回避する。紅の足元にはまきびしが。咄嗟に飛び上がりまきびしを回避した紅がマフラーの下で顔を歪める。
動きも、反応も速い。見れば紅が飛んだ先に既に大蛇は先回りしていて、紅はクナイをコンテナに投げ付け超電子ワイヤーを起動。実体こそないが、それ故に絶対に切れないワイヤーに身体を任せて軌道を変え、壁に垂直に着地する。
「よく逃げるな。見覚えの無いガジェットを使っていると思ったが、新型か。どこで調達した?」
「アンタに話す事なんて無い。忍者の務めが実践の中にしか無いって言うなら、アンタは身体で新型ガジェットの性能を確かめなさい」
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