第3話―ヴァルハラ―
戦いが終わった。結局救難信号は敵の偽装で、レジスタンス側のアディムズハンターをおびき寄せる罠だったと発覚した。
咲奈は機体のバッテリーが切れたと同時に、気を失ってしまっている。
瑛人もケガのせいで貧血を起こし、眠っている。
全員の機体が行動不能で、アッシュギアが迎えに来るのを待つ。
黄泉は瑛人の傷口にテキパキとした手付きで包帯を巻いていく。
その表情はどこか悲しげだ。
「なぁ、黄泉……こいつらはさ、なんでこんなに戦ってるんだ? それに悟志って誰だ? バビロンって、何なんだ? 頼む、俺が知らないこと、全部教えてほしい。もう頭の中がぐちゃぐちゃだよ」
彼女は瑛人の傷の手当てが終わるまでずっと黙っていた。
しかし不安げな颯太の顔を見て、やっと口を開く。
「悟志のこともバビロンのことも、もっと後で教えればいいやと思ってた……キミにはまだ、この世界の本当の敵のことを、知ってほしくなかったから……」
「世界の本当の敵だって? アディムズ、じゃないのか?」
「違うよ、あいつら以上に厄介なのがいる……それが、バビロン。あたしたちと同じ、人間だよ」
颯太はやはりか、と確信めいたように長い息を吐く。
タイタンⅢに乗っていたのは、自分と同じ、人間だったのだ。
改めてそう言われ、彼はそれを実感する。
「バビロンはね、この世界の都市の名前。各地に壁で覆われた小さな街、バビロンがある。けれどその中に入るには、自分が有能だと示さなければならない。要するにテストされるってわけ。そのテストはアディムズを殺せ、だったり、あたしたちみたいなレジスタンスを殺せ、だったり……で、そのテストに合格しないと二度とバビロンには入れない。ううん、命さえなくなってるかもしれない」
「バビロンってのは優秀な人間の集まりってわけか……でもどうしてそんなに危険なテストがあるのにバビロンに入りたがるんだ?」
「その中では力を示し続ければ永遠に遊んで暮らせるだけの地位が手に入る。食べ物も着るものも、住むところも、何もかもが手に入るの。まるでこの世の楽園だ、そう言う人もいる。けれどその見返りは、そう、アディムズやあたしたちを殺すこと」
黄泉はギリリ、と奥歯を噛み締めて吐き捨てるように言う。颯太もそれを聞き胸の奥に苛立ちを覚えた。
「結局弱者を切り捨てて、他人を踏み台にしてのし上がっているってことかよ……アディムズっていうバケモノが人を襲うっていうのに! みんなで力を合わせて戦うんじゃなくて、強い奴だけ集めて弱者は切り捨てるってかよ!」
「えぇ……昔、世界が一つになるには共通の敵が現れた時だって言われてた。けれどゾンビが現れ、それがアディムズに変わっても、世界は一つにならなかった。人は自分たちの利権を考え、弱者を切り捨てた。あたしたちみたいな弱い奴らを、ね……」
黄泉の瞳に寂し気な光が虚ろっている。その光の奥には、大切な人の面影が映りこんでいた。
「あたしたちはみんな、バビロンから拒絶された。あたしたちはたまたま運よくレジスタンスに拾われたから生きている。けれどそうじゃない人もいる。そういう人は今もどこかで身を寄せ合って、小さなキャンプで生活してる……アディムズやバビロンの影に怯えながら……だからあたしはそういう人たちを助けたい。だからレジスタンスに加わって、戦ってる」
「そうだったのか……じゃあ、悟志っていうのは、そのバビロンに殺された奴ってことか?」
「そう……咲奈を庇ってね。咲奈にとっては大好きな兄だった。そんな兄が死んだことが信じられなくなって……普段はどこかに隠れているけど自分がピンチになったら助けに来てくれるって、そう思い込んでるの。だからあの子の中には、死んだ悟志が眠ってるの」
「本当のことを咲奈は知ってるのか?」
「知らないよ……昔一回教えようとしたけど、錯乱して手が付けられなくなった。あたしとしてはあんな凶暴な人格は出てほしくないんだけどね……いつか無茶して死んじゃいそうで……」
咲奈を守るための悟志が、咲奈を殺してしまいかねない。それは先の戦闘を見ていた颯太も思った。
いくら素早く動けて強いからと言っても、あんなに華奢な機体で危険な戦闘を続けていれば死んでしまいかねない。
だがこれは咲奈の問題で、颯太たちがどうこうできるわけがなかった。
「とにかく、キミも気をつけてね。バビロンの連中はいつどこから現れてあたしたちを襲うかわからない……あいつらの機体も日に日に強くなってる気がする……だからあたしたちも、ヴァルハラでちゃんとした整備を受けなくちゃ」
黄泉は機体を見上げた。つられて彼も見上げる。
出撃の時は輝いて見えた機体はもうボロボロだ。それを見て彼の胸はチクチクと痛む。
隣で黄泉が胸元でぎゅっと拳を握り締めていた。彼女も同じ痛みを抱えているのだろう。
これが戦いの現実なのだ、と颯太は感じる。シミュレーターではわからない、痛みなのだ。
「ねぇ、颯太……死なないでくれて、ありがとう」
風が吹けば消えてしまいそうなほどのか細い黄泉の声。しかし颯太の鼓膜はしっかりとそれを聞き取り、脳髄の奥まで染み込ませていた。
あえて返事はしなかった。ただ、隣にいる彼女の手をぎゅっと握りしめる。
自分は確かに生きてここにいる、そう知らせるように。
アッシュギアがたどり着き、動けない機体をドッグへ搬入していく。
そして全て収容し終えると、船体はヴァルハラへ向けて走り出す。
「そうか……あれはバビロンの連中の偽装だったのか……すまない……お前たちを危険な目に合わせて……」
「いいえ、ドクターのせいじゃありませんよ、ね、キミ?」
「あ、あぁ……たぶんあんなの誰も予想できないって」
「慰めんでもよい……わしは機体の応急修理をする。お前たちは休んでいろ」
ドクターの悲しそうな小さな背を見ながら、颯太と黄泉は部屋へ戻った。
瑛人と咲奈は医務室で検査だ。
「じゃあ颯太、今日はゆっくり休んでね。お休み」
お休みと言うにはまだ午後5時だ。早すぎるが、彼もお休み、と言い部屋へ戻る。
部屋に戻るとどっと疲れが湧いたが、それ以上にパイロットスーツの蒸れが気になった。
「これ暑いんだよ! うへぇ……腋の下とかぐっしょり……絶対かゆくなる奴じゃん……てか腋臭とかならないかな?」
なんて独り言でおどけてみせた。でないと色々なショックで心が潰れてしまいそうになったから。
「体もなんかゴムっぽい臭いするし……風呂入るか!」
部屋には備え付けのシャワールームがある。が、バスタブはついておらず、風呂に入るには部屋の外の浴場までいかねばならない。
今日の疲れはシャワーでは流せない、ゆっくりと湯船に浸からねば、と颯太は着替えやタオルをまとめて浴場へ向かう。
そして浴場の扉を勢いよく開ける。使用中、という札がかけられているのも見ないで、だ。
颯爽と服を脱ぎ捨て、いざ風呂場へと足を踏み入れた時だった。
「さっさと風呂入ってさっぱりするに限るぜ! ……え?」
「……は?」
彼は目が合って時間が止まってしまった。真っ裸で、今まさにシャワーを浴びようかという黄泉と。
彼女も颯太と目が合って、その体が止まる。彼女の頭の中ではどうしてが溢れ、思考停止している。
(うわぁ……黄泉、肌キレイだなぁ……すべすべじゃん……胸もぺたんこだと思ってたけど、きれいにぷっくりしてて……なんか手に収まりそうだなぁ……お尻もプルってしてるし……てか俺、死んだな……これは殴り殺される……なら、最後に見ておいて損はないよな)
なんて颯太の思考はやけに冷静だった。
それは自分の死を悟ったゆえの冷静さなのだろうか。何にしろ、颯太はじっと黄泉の裸体を眺める。
そんな視線を浴びていることを次第に理解した彼女は、徐々に顔が赤くなり、リンゴみたく顔が真っ赤になったと同時、ばっと自分の身体を隠すようにうずくまった。
恨めしそうに颯太を睨む黄泉。その瞳にはうっすらと涙が浮かべられていた。
「そ、その……ごめん……俺、悪気はなくて……出ていくから!」
羞恥と困惑と怒りが入り混じった涙を見て、颯太は後ろ手に風呂場の扉を開く。
「待って!」
風呂場から出ていこうとする彼を、黄泉は呼び止めた。
「……どうせなら、一緒に入ろうよ……服、わざわざもう一回着るのも面倒でしょう? それに、あたし、一人だと変な考えが頭をぐるぐるして、たまらないの……」
「えっと、黄泉がいいなら、一緒に入るけど……」
「絶対あたしの方見ないでよ! それが条件! 破ったら、キミの両目、抉るから」
その言葉には驚くほどの重みが込められている。もし彼女を見たら、本当に両目を抉りかねない。
「わ、わかったよ……」
「じゃあ、背中合わせでね……」
黄泉と颯太は背中合わせで湯船に浸かる。
もともと一人用の狭い湯船だ。二人は体育座りで湯に収まった。
ざばぁ、と二人の重みで湯が溢れ出す。じゃぼぼ、と排水溝に湯が吸い込まれる音が浴室に反響してやけに大きく響いた。
「……あったかいな」
「うん、そうだね……」
颯太が感じているのはお湯の温かさではなく、背に感じる黄泉の温もりだ。
背中越しだが彼女の温もりがほっとさせてくれる。
彼女も颯太を感じて、心地よさそうに瞳を閉じている。
「こうして誰かとお風呂に入るのって、あたし久しぶりかも。多分、5~6年はなかったかな」
「俺は……体感では1年ぶりくらい。まぁ実際は60年はたってるんだろうけどさ」
「へぇ……キミは誰と一緒に入ったの? 友達? それとも、恋人、とか?」
「恋人なんていなかったさ、残念ながらね。友達だよ。学校の修学旅行で。大浴場でさ、皆と一緒にバカ話しながら風呂に入ってさ……楽しかったなぁ」
颯太は懐かしそうに言い、瞳を閉じる。今でも瞼の裏に蘇る日常のこと。
「あの頃は毎日に何の刺激もなくって、このままつまんない毎日繰り返して、なんとなく大人になるんだなぁって思ってたのにさ……こんなことになるならもっと楽しめばよかったよ。彼女も作ったりしてさ」
「ふぅん……あたしは学校行ったことないからわかんないな。ヴァルハラにはあるらしいけど、あたしは勉強よりも復讐を選んだから……」
彼女は言い、颯太へ頭を預ける。こつん、と互いの後頭部がぶつかった。
「あたしの日常は毎日生きるか死ぬかだった……だからキミたち昔の人みたいに、何も考えないで大人になれるのが羨ましいよ……」
それに颯太は何も返せなかった。
どんなことを言っても、生まれた時から持っていなかった黄泉を満足させる答えなんて出せはしない。ただの自慢か、何の気休めにもならない慰めになってしまうから。
「キミの家族のこと、教えてよ」
「家族か……正直ぼんやりとしか思い出せていないんだ……両親がいて、妹がいた。名前もまだ思い出せないけど」
彼の頭にはまだ靄がかかっており、家族のことを思い出せていない。
「いつか思い出せるといいね」
「あぁ。だといいんだけどな……」
「ねぇ、颯太……これはあたしの独り言。だから何も答えなくていいし、聞き流してくれてもいい。あたしの、家族のこと」
黄泉は湯船から上がる湯気を目で追いながら、一人話し始めた。
「あたしの両親はあたしが生まれる前からバビロンに拒絶されていた。人殺しなんてできないくらい優しい人だったからさ。だからキャンプでひっそりと生活してた。あたしたちは毎日クワトロエースの残骸とかを拾ってはお金に換えていた。たまに通りかかるレジスタンスの船に物資をもらったりもしてた。でもそんな生活も長く続かなかった」
彼女は一つ、大きく息を吐き、続ける。
「あたしたちのキャンプ地にアディムズの大群がやってきた。いち早くアディムズに気付いた両親はあたしだけを先に逃がした。あたしは必死に逃げて、助けを求めようとした。あたしが逃げた先にバビロンの部隊がいた。あたしは必死に助けを求めたけど、彼らは何もせず、両親を見殺しにした」
彼女はぎゅっと拳を握り締め、水面に叩きつける。ばしゃり、と水が跳ね、パタパタと水滴が床に散らばった。
「あたしは両親を殺したアディムズを許さない。見殺しにしたバビロンも許さない。けど……何より許せないのは無力なあたし自身……あの時何もできなかったあたしを、許せないんだ……」
それ以降彼女はぐっと口をつぐみ、何も言わなかった。
颯太も何も言わない。ただの独り言だ、その彼女の言葉に従って。
慰めることも、励ますことも、同情することもしない。
彼ができることは、ただそこでじっとしていることだけ。
「ふぅ……あたし、のぼせちゃったかも……出るね」
「あ、じゃあ俺も出る」
「キミはまだ浸かってて! じゃないとまた見えちゃうし。あと、着替えも絶対覗かないでよ。あたしがいいって言うまで、キミは出てきちゃだめだからね!」
そう言って黄泉は風呂場から出て行った。
黄泉がいなくなった湯船は、半分くらいしかお湯が残っていなかった。
「……寒いな」
体が半分外に出ているせいもあるが、背中に感じる熱も無くなったためだ。
「黄泉、お前は、どれだけ重いものを背負ってるんだよ……」
湯船から上がったときの黄泉の顔、背を向けていたため颯太にはわからなかった。
だが彼女が一体どんな顔をしていたのか、声音で分かる。
悲しい顔だ。
彼女にそんな顔は似合わない。
冷えていく身体をぎゅっと抱きしめながら、颯太はそんなことを思っていた。
バビロンとの戦いから2日がたったころだ。
アッシュギアはようやくヴァルハラへと辿り着いた。
「颯太、あれがヴァルハラよ。人類の最後の拠り所」
「あれがヴァルハラか……」
颯太たちはアッシュギアの甲板に上がり、目の前にそびえ立つ巨大な壁を見上げる。
「あの壁は1辺50キロもあるの。その壁で四方を囲んで中に住む人たちはアディムズの脅威から安心して生活できている。あの中では農耕もされてて食料も賄えてる」
「それはすごいな。さすがレジスタンスの本拠地でもある」
「今も各地でレジスタンスがヴァルハラを増設しようと頑張ってる。人同士支えあって生きていけるようにね」
そんなことを話している間にもアッシュギアはヴァルハラの入口である巨大な門の前へ辿り着いていた。
門の前には6機のクワトロエース、さらに壁の上から見張るように4機のクワトロエース、それに銃座が設置されている。
見渡すと壁を守るように等間隔でクワトロエースや銃座が配置されている。
門の前の1機がアッシュギアに近寄り、操縦席の朽木と話し、門を開けた。
「わしはアッシュギアを止めてから整備に入る。お前たちは先に降りて遊んでおいで」
朽木の言葉で彼らはアッシュギアから降り、門をくぐる。
「うわぁ……すごいな……本当に街みたいだ」
中へ入ると、街の喧騒を肌で実感できた。
中世のような街並みで、人々が楽しそうに生活している。
露店で服や野菜を売る女たち、新たな家を建てる男たち、街中を楽しそうに走り回る子供たち、世界にはまだこれだけの人が生き残っていたのか、と颯太は驚いた。
「こんなに人がいて、みんなが普通に生活してる……これがヴァルハラか」
「そうよ。まぁこういう生活ができるようになったのも、ハングドマンの創設者の
「楓……」
その名を聞いた時、彼の脳裏にずきり、とした痛みが走る。
その痛みはやがて激しい熱を発したかのように彼の脳内を蝕み、かすれていた記憶を呼び起こした。
「そうだ……俺の妹の名前……楓だ……」
「キミの妹の名前?」
「あぁ、そうだよ……これって、何かの偶然なのか……?」
懐かしさを感じるその響きを、彼はもう一度呟いた。
「楓……なぁ、黄泉。その人にはどこに行けば会えるんだ?」
「街の中心に王宮みたいなのがあるでしょ? あれがハングドマンのえらい人たちが住んでる場所でヴァルハラの心臓部。あそこでヴァルハラの設営計画だったり、アディムズの討伐作戦を考えるの。でもあの人には会えないと思うけど」
そんな黄泉の言葉を最後まで聞かずに颯太は颯爽と王宮へと向かった。
「はぁはぁ……くそ! 遠い……! 見えてるのに、全然近付いてる気がしない!」
だがどれだけ走っても王宮に近づかない。
3分ぐらい走ると、息切れと乳酸のせいで足が止まりそうになる。しかし彼は足に鞭打ち、無理に動かす。
しかしそれも限界に近かった。
彼はどさり、とその場に崩れ落ち、はぁはぁ、と荒い息を吐く。
と、そんな彼の元へ一台のバイクが近づいてきた。バイクは彼の前へ止まり、運転手がヘルメットを脱ぐ。
「はぁ……走っていくなんてバカでしょ、キミ。ほら、乗ってよ」
バイクに乗っていたのは黄泉だった。彼女は颯太に向かって、ひょい、とヘルメットを投げる。
彼はとっさにそれを受け取ったが、疲労のせいでうまく事態が飲み込めずにいた。
「この街は人の足で回るには広すぎるよ。だからバイクの貸し出しがあるの。どうしたのよ、呆けてさ。行くんでしょ、王宮?」
「あ、あぁ、そうだな……」
ようやく今の状況を理解し、彼はバイクにまたがった。
「それじゃ行くよ、掴まっててね」
颯太は黄泉の細い腰に腕を回しギュっと掴まった。その時ふと香ってくる黄泉の匂い。
石鹸だろうか、優しくて少し甘い香り。それが鼻孔をくすぐった。
「颯太、ヘルメットしなよ。危ないよ」
「あ、そうだな……」
フルフェイスのヘルメットをすればもちろん彼女の匂いは感じなくなる。少し残念に思いながらも、それは王宮に逸る気持ちに上書きされ消え去った。
彼女の背で風を感じている。それさえも今の彼に楽しむ余裕はなくなっていた。
「はい、到着」
10分ほどで王宮に辿り着く。
遠くから見てはっきりとわかるほどの大きさの建物だ。近くで見ると余計にその壮大さを感じてしまう。
まるでこちらが圧迫されているかのような存在感だ。
彼はバイクから転がり下りて、王宮の門へ走り寄った。
「頼む! 楓って人に会わせてくれ!」
「ダメだ。許可がある者以外通すわけにはいかない」
しかし屈強な番兵の男が立ちふさがり、颯太を遮った。
「お願いだ! 俺の記憶に関わる人なのかもしれない! 頼むから会わせてくれ!」
「許可がないとだめだ」
「許可ってなんだよ!? 何がいる!?」
「まずは身分証だ。それから通行証」
「そんなもの持ってねぇよ!」
「ならば通すわけにはいかない。帰るんだな」
番兵が冷たく彼を突き飛ばした。どしり、としりもちをついてしまった颯太は、とうとう堪忍袋の緒が切れる。
彼は番兵に掴みかかったのだ。しかしそれもすぐにあしらわれ、彼は堅い地面に投げ飛ばされてしまう。
「ねぇ、颯太、もうやめようよ。ちゃんと許可取ってからまた来よう、ね?」
「ダメだ! 俺は今会いたい! 俺はこいつを倒してでも中に入る!」
颯太は番兵に殴りかかるが、またも地面に叩きつけられる結果に。
「俺は楓様に門を守ることを任されたのだ。この門は楓様との誓いにかけて絶対に通らせない。俺がいる限りな」
「うるせぇ! さっさと通らせろってんだ!」
番兵と争っていると、門の奥から長髪の男が現れた。
「騒がしいですね、何事ですか?」
すらりとした高身長が纏った軍服を際立たせている。年齢は30代そこそこだろう。表情に大人特有の深みがあった。
その男を見ると番兵はびしっと気をつけをし、よく通る大声で言った。
「この若者が楓様に会わせろと騒がしいのです! ですので追い返していたところであります!」
「そうかそうか……すまないが楓様に会うことは……」
男は颯太を見た瞬間、言葉を途中で止め、かっと目を見開いた。
プルプルと肩を震わせ、ぱちぱちと目をしばたかせる。
まるで幽霊でも見たかのような反応だ。
「あんた、なんなんだよ、人の顔見てその反応」
「楓様……」
「は?」
「楓様だ! あぁ、お美しい!」
そう言って男は颯太の元へ跪いた。だが颯太にとってこの男は知らない存在だ。
知らない、ましてや大の男からこんなことをされては、彼の全身に鳥肌が立つのは明白だった。
「楓様! 出会ったあの頃を思い出す美しさ! 私のために若返って現れてくれたのですね!」
「な、なぁ、兵士さん……この人、いつもこんな感じなのか?」
「い、いえ……奏多様は普段は厳格でマジメな方……な、はずです」
「おい、気持ち悪いから離れろ。あと俺は男だ。目を覚ませ」
颯太は奏多と呼ばれた男を思いきり蹴り上げる。だが奏多は颯太の足を寸でのところで飛び退き避けたのだ。
「なっ……!?」
「ふぅ……私としたことが……つい理性を失いかけてしまいました……あまりにも楓様にそっくりだったもので……」
彼はふぅ、と軽く息を吐き、先ほど避けた時に付着した砂を払い落とす。
「なぁ、黄泉。俺って楓って人に似てるのか?」
「う~ん……あたし、写真でしか見たことないからあんまり覚えてないんだけど……似てないと思うけどなぁ」
「兵士さんはどう思うよ?」
「いや、楓様とは全く似ていませんな。楓様はもっと慈悲深く、お美しい顔をしている。お前みたいなバカ面ではない」
颯太と番兵はまた睨み合うが、その間に奏多が割って入った。
「申し遅れました。私は
奏多の身体から圧が染み出してくるのがわかる。彼は相当な力を持っている、颯太にはすぐに実感できた。
だが颯太はここで退くわけにはいかなかった。楓という人物が自分の記憶のカギを握っているかもしれないのだから。
「頼む、奏多さん……俺を楓って人に会わせてくれ」
しかし奏多は黙って首を横に振るのみ。
「颯太、今日は諦めようよ。日を改めてきてみようよ。奏多さん、あたしは百瀬黄泉、こっちは秦野颯太。あたしたちはホワイトフォックスって名前のアディムズハンター部隊に所属してる。もしも楓さんに会えるってなったら、連絡してほしい。当分はこっちにいるだろうから」
黄泉は奏多に頭を下げ、颯太の手を引き戻ろうとした。
だが奏多の声がそれを遮る。
「待ってほしい! 今、彼の名前を何と言ったのです?」
「秦野颯太、だけど」
「秦野颯太……わかりました。お二人とも、中へお通しします。楓様に会わせてあげましょう、私についてきてください」
颯太と黄泉は互いに顔を見合わせる。まさか名乗っただけで入れてしまうとは思わなかったため、思考が追い付けないのだ。
「ま、まぁなんかよくわかんねぇけど、入ってみるか」
「そ、そうだね……」
どういうことかは入ってみればわかることだ。彼らは奏多に着いて王宮へ入った。
王宮の廊下は病院みたく一面真っ白だ。
「なんだか思ってた雰囲気と違うね。もっとこう華やかっていうか厳かっていうか、そんな感じがしてた」
「派手なのは外観だけですよ。一応トップが住んでいるわけですから、それなりの見た目でないと示しがつきません。けれど中は簡素でシンプルなつくりなんですよ。中を派手に作る資源があるならば、外の人たちが安心して暮らせるよう壁を強固にしたり新たなヴァルハラ建設に回します」
「へぇ……そうなんだ。やっぱり外の人たちのことを一番に考えてくれてるんですね」
「なぁ、奏多さん。そんなことより、なんで俺たちはここに入れたんだ?」
「それは楓様に会えばわかります」
そうしてしばらく歩き、一際大きな扉の前で奏多は立ち止まる。
「楓様、入ります」
奏多はそう言って扉を開けた。
扉の中はがらんとした殺風景な部屋だった。部屋の中央にポツン、とベッドが置かれている。
そこに老婆が横になっていた。
「あの人が、楓さん……?」
颯太は一歩、また一歩とベッドに近づいていく。そのたびにドクン、ドクン、と大きく心臓が高鳴った。
自分の記憶を揺さぶる楓という名前。彼はベッドで眠るその顔を覗き見た。
しわが多いが、顔立ちははっきりしているし血色もいい。老婆と呼ぶには凛々しく、キレイな顔立ちだ。
横たわる老婆が瞳を開き颯太を見つめ、二人の視線が絡まった。
その時だ。老婆が優しく微笑み、その瞳に涙が浮かび上がる。
そしてゆっくりと、懐かしむような声音で言う。
「兄さん……会いたかった……」
しわがれた声が颯太の鼓膜を揺さぶり、記憶を湧き上がらせる。
どんなに老いていてもわかる。
「楓……俺の、妹だ……」
「やっぱり、兄さんだった……兄さんは、何も変わらない。昔と一緒だ」
「楓は、変わりすぎだよ……どれだけ年取ってるんだよ……それに、前はお兄ちゃんって呼んでくれてたのによ」
「もう70近いのに、お兄ちゃんなんて呼べないわよ……」
「ははっ、そうだな……」
颯太の瞳にも涙が溢れ、年老いた妹の頬にぽつり、と零れ落ちた。
自分が眠っていた間に世界は知らないものになっていた、そう思っていた。
しかし自分を知る人間がいた、家族がいた。それだけで颯太は嬉しくなり、涙が溢れだしたのだ。
「ごめんな、楓……お前は辛い思いしてただろうに、ずっと眠ってて」
「私こそ、ごめんなさい……兄さんを見つけられなくて……あぁ、これは奇跡だ……また、兄さんに会えるなんて……」
そう言って楓はゆっくりと瞳を閉じた。
「お、おい、楓? なぁ、どうしたんだよ?」
眠る身体を颯太は揺さぶろうとしたが、それを奏多が止めた。
「颯太さん。楓様はお休みの時間です。こちらに」
そうして奏多に別室に通される。
「やはり楓様のお兄さんでしたか。あの人はずっとあなたのことを言っていましたよ。昔冷凍睡眠で生き別れてしまったお兄さんがいる、と」
「そうだったのか……で、楓は大丈夫なのか? 急に眠ったけど」
「楓様はゾンビパニックが発生した時から、人のために戦い続けました。人を助け、ヴァルハラを築き上げ、それでもなお前線で戦い続けた。そのせいで体にガタが来てしまって……一日のほとんどを眠って過ごすようになってしまったのです」
「……そんな」
「ですが医者が言うには今は力を蓄えている、とのことです。もしかしたら楓様はこの先何か大きな戦いが起こることを予見して眠り続けているのではないか、と。まぁ戦いが起きないに越したことはないのですが……」
奏多は自嘲気味に笑い、言う。
「今なおバビロンは拡大を続け、我々を潰そうとしています。私たちは戦えない者たちを守るために戦う。あなたたちも同じですよね? どうか、頑張ってください。私たちはそのためなら助力を惜しみませんから」
颯太たちはその後、街をぶらりと見て回ってからアッシュギアへと戻った。
「もぅ、颯太くん、黄泉ちゃん! なんでボクを連れて行ってくれなかったの!? お留守番なんて寂しいよ!」
と、ぶすぅ、とした表情を浮かべた咲奈が突っ込んでくる。その勢いはさながら猛牛だ。
躱しきれなかった颯太の鳩尾に彼女の頭がめり込む。
「ぐはぁっ!?」
「なんで二人だけで行っちゃうの!? デートなの!?」
「で、デートって……」
颯太はそこで初めて意識してしまう。こちらの世界で目覚めてから、やけに黄泉と二人きりになることが多い。
この前は二人でお風呂に入ったし、今日だってバイクで二人乗りをし、そのあと街を見て回った。
これはデートなのか、黄泉の反応を窺おうとするが、もし彼女が嫌そうな顔を浮かべていたら、なんて思ってしまうと見れたものではなかった。
「そ、そうだ! ほら、お土産買ってきたんだ! おいしそうなコロッケだろ? アツアツのうちに食べようぜ」
だから彼はとっさに話を逸らすことに。
コロッケにつられた咲奈はそれ以上二人の関係を掘り下げることはなかった。
「って、咲奈はまだ大人しくしてないといけないんじゃなかったの?」
ハフハフとコロッケを頬張りながら咲奈は言う。
「ふぉふふぁーがふぉとであふぉんでふぉいっふぇ」
「何言ってるかわからないわよ。女の子なんだからちゃんと行儀よくね。食べるか喋るかどっちかにしなさい」
ふぁーい、と咲奈は口の中のものを食べ終え、また話し始める。
「ドクターが外で遊んで来いって。その方が気分転換にもなるでしょって言ってた」
瑛人はケガでまだ療養中、ドクターも機体の整備で忙しく、遊び相手がいなかったのだ。
颯太はしまったな、と思う。
咲奈は前の戦いで少し取り乱してしまった。
彼女はまだ子供だ、狭い病室にいるより外で遊んだほうが心にもいいはずだ。それに気付けなかった自分を少し恥じる。
「ごめんな。また今度一緒に遊びに行こうな。で、ドクターはどこにいるかわかるか? 用事があるんだけど」
「ドクターなら研究室にいるよ。颯太くん、約束だからね。絶対一緒に遊びに行こうね!」
あぁ、と頷き彼はドクターのいる研究室へ。
要件はただ一つ、王宮から去り際、奏多から与えられた任務を伝えることだ。
「ドクター、いるか? 相談があるんだけど……奏多って人、知ってるか?」
「あぁ。王宮の警備主任じゃろ? あいつが小さい時から知ってるが、どうかしたのか?」
「いや、あの人から任務をもらってさ。何でもこの近くでバビロンの連中がうろついているらしいんだ。それもただうろついてるんじゃなくて、資材を運んだりしてるらしい。もしかしたら新しくバビロンを作ろうとしてるんじゃないかって」
「ほぅ……それを止めろというんじゃな」
あぁ、と颯太は頷いた。
しかしドクターはうむむ、と唸り首を捻る。
「じゃがまだ機体の整備はすべて終わっておらん……瑛人もケガが酷くて戦えんぞ」
「どれくらいの完成度なんだ? 奏多さんは追い払うだけでいいって言っていた。だからちょっとでも戦えればいいはず」
「重兵衛はもう修理済みじゃ。パージした装甲を付けるだけじゃからな。チェインソー・ガンマンもじき修理が終わる。問題なのはジェット・スナイパーじゃ。変形機はデリケートじゃからの、整備も時間がかかるのじゃ。ジェットモードになれないとはいえ、一応戦いはできる。しかし照準がうまく定まらないかもしれないがな」
「そうか……」
前衛機だけで戦うのは少し不安だ。ジェット・スナイパーがいてくれれば頼りになるというのに。
「なぁ、颯太よ。修理が終わっていない機体を駆りだしてまでやる任務なのか?」
「これがうまくいけば好きなだけ機材を使ってもいいって」
その瞬間ドクターの目の色が変わった。ギラリ、と輝き、かかっ、と小さく笑う。
「よし、颯太。必ず成功させろよ。明日までにはジェット・スナイパーを戦えるようにセッティングしておく」
「さっすがドクターだ」
颯太はドクターと握手を交わし、研究室から出て行った。
彼にはドクターにもう一つの報酬を話していない。
「これが成功すれば、いつでも楓に会えるんだ……」
奏多曰く、たとえ楓の家族といえ一般人を王宮に頻繁に入れるのは問題になる、とのこと。
故に颯太にはバビロン討伐の任務を与え、ハングドマンにとって有益な人物だとアピールする必要がある。
力を認めさせることができれば自由に王宮への出入りを許す。奏多はそう言っていた。
「待ってろよ、楓……この任務、絶対に成功させてやるからな」
翌日、ドクターは言葉通りジェット・スナイパーを戦えるように整備した。
颯太は黄泉と咲奈とともに、バビロンの機体が出没するという地点へと向かう。
『ほんとに咲奈を連れてきてよかったの?』
「黄泉が出撃してくれるなら咲奈は待っててくれてもよかったんだけど……どうしてもって」
『また二人でボクを置いてきぼりにするつもりだったんでしょ!? ボクだって戦えるよ!』
「ってさ」
機体のインカムで颯太たちは話す。
結局咲奈を置いてくることもできず、こうして連れて来てしまったというわけだ。
3機は砂埃を上げながら道なき道を走っていく。
『そろそろ機体を下りたほうがいいんじゃない? 奏多さんが言ってたのってこの辺りでしょう?』
「なんでだ? 戦いになるかもしれないだろ?」
『かもしれないけど、そもそも敵の数がどれだけかわからないじゃない。相手の戦力もわからず戦いに行くのは無謀よ』
『ボクもそう思うよ。颯太くん、焦っちゃ死んじゃうよ。ゆっくり観察しないと』
咲奈にも言われてしまえば彼は反論もできない。
ちょうどいい大きさの廃ビルの陰に機体を隠し、彼らは歩く。
「こうして外の世界を歩くのって初めてかも。いつもクワトロエースとかアッシュギアに乗ってたし」
かつて繁華街だったであろう地面を踏みしめながら、颯太は辺りを見渡した。
朽ちた建物の看板や、ぐちゃぐちゃに壊れた何かのお店、傾いたビル、そしてクワトロエースの死骸たち。
人が楽しげに行きかっていた街も今では見る影もない。用途を無くした信号機や今なおそびえ立つ廃ビルが墓標のように見える。
ここはまさに、墓場だ。
「改めて見ると、本当にすごいな……こんなことになってるなんて。俺の知ってる地球じゃないみたいだ。違う惑星かアニメの中にでも入った気分」
「あたしたちにはこれが常識だからね。キミの言う昔の世界のほうが興味深いけどね」
「街にはいっぱい人がいたんでしょ? ヴァルハラよりいっぱい人がいたんだって? 想像するだけで気持ち悪いなぁ……」
「気持ち悪い、か……でもみんな他人に無関心さ。黄泉たちみたいに弱者を助けようなんて人はいなかった。誰もが何かに急かされているみたいに自分たちのことで精一杯、命を脅かすバケモノもいないくせにさ。俺もその中の一人だったけど、今となっては何に急かされてたかわかんないけどもな」
颯太は昔を思い出す。誰もが、ということはなかったけれどほとんどの人が他人に無関心だった世界。
自分が生きるために、幸せになるために、必死だった世界。
思えばバビロンに生きる人も昔の考えのままなのかもしれない。自分たちが幸せになるために他者のことをどうとも思わない連中。
そうなればヴァルハラの人々が新しい考えの人間ということになる。
「ふぅん……あたしにはわかんないな。死にそうでもないのに焦るなんてさ。ま、あたしたちには安全な日なんて一日もないからだろうけどね」
「そうだよな……俺もわかってきたよ、生きることの大変さが。明日を迎えられるのって、こんなに難しいことだったんだよな」
生きるためには戦わなければならない、強くなければ明日を拝めない。
彼はこの世界で学んだのだ。
そして彼はクワトロエースの死骸を見る。かつて明日を望んで戦い、死んでいったモノたちを。
「少し思ったんだけどさ、クワトロエースの残骸はそこら中に転がってるのに、アディムズの死骸はないよな。なんでだ?」
「それは」
「アディムズは死んだら溶けちゃうんだよ!」
答えようとした黄泉を遮って咲奈が言った。自慢するかのように。
「アディムズはもともと死体で、それをウイルスが無理やり、生きてぇ、ってくっつけてるの! だから死んでウイルスの活動が止まっちゃうと、腐って地面に溶けちゃうんです!」
「えらいね、咲奈は」
咲奈は黄泉に頭を撫でられ、嬉しそうだ。
「なるほどな……ちゃんと死んで地面に還るのか」
颯太は踏みしめた足元を見る。この下にアディムズと化した人たちの血肉も染み込んでいる。
それならばなおさら墓場ではないか。彼はそう思った。
話しながら10分は歩いた時だ、地響きが聞こえ、彼らはとっさにガレキの山に身を隠す。
「バビロンの奴らだな」
その地響きの主はタイタンⅢだ。それが5機、何やら材木やら鉄筋などを持ち歩いていた。
「あれでバビロンを作る気ね。手作業で運搬なんてずいぶん古典的だけど」
「でもいっぱい積み重なってるよ? ここ、ガレキが多いしそれも使えば作れるんじゃないかな?」
「確かに咲奈の言うとおりね。もしここにバビロンが作られればヴァルハラとの距離も近いしよくないことが起こる……対処したほうがいいわね」
颯太たちは機体を取りにその場を離れることに。
だがその時だ、敵の機体のコックピットが開き、中からパイロットが下りてきた。
「休憩するみたいね……何か情報が得られるかも。戻るのはその後でもいいよね」
と、黄泉の提案で敵の話を盗み聞くことに。
彼らはさらに敵に近づき、聞き耳を立てた。
「これだけの資材がそろえばバビロン建設も可能ですね!」
「ようやく建設かぁ。楽しくなりそう」
「あれは下っ端ね……緑色の軍服着てるでしょう? バビロンの人は服の色で階級が分かれてるの。緑の次が青で、その次が赤、一番偉いのが黒」
バビロンの4人は緑の軍服を着ている。だが、最後に機体から降りたパイロットは、赤い軍服を着ていた。
茶髪がかった髪をさらりとなびかせたすらりとした若い男だ。細長い瞳と尖った顎先がキツネを思わせる。
「ようやくこれで俺の王国ができるな! マサキングの王国、マサキングダムだ!」
「さすがです、
「マサキングと呼べ、バカ!」
「で、でもちょっと恥ずかしいです……」
「恥ずかしがってばかりじゃ昇進できないよ? ほら、リピートアフターミー! マサキング!」
「マ、マサ……キング……」
「よくできました、褒めてあげましょう!」
「なんだ、あいつら……バカっぽいな」
「でも赤い服着てるのがいるよ。多分あいつ、相当強いと思う」
赤い軍服の正樹と呼ばれた男はへらへらと笑っている。その笑顔の下にはどんな凶悪な一面を持っているのか、颯太には測れない。
「俺が王様になったら、国民は全員俺好みのマッチョ男だけにする! それで毎夜毎夜酒池肉林を楽しむ!」
「さすがマサキング様です! 夢が大きい!」
「それで俺のハーレム部隊を作って、ヴァルハラを潰すんだ! そしたら俺のバビロンが一番強いって証明できる! マサキング様が本物のキングだって証明できるんだ! やったね!」
「あいつら、本気で言ってるのか?」
颯太の問いに黄泉は肩をすくめてみせた。咲奈でさえ呆れ顔だ。
「でも、ヴァルハラを潰すって言ってるし、ここで止めてた方がいいのは確かかもね」
「そうだな。バレてない今のうちに」
そう言って振り返った颯太は身動きが取れなくなってしまう。自身に突き付けられた銃口のせいだ。
鈍く輝く銃口が、彼らのおでこに突き付けられる。
「動くな。殺すぞ」
正樹の別動隊がいたのだ。
颯太たちはゆっくりと手を上げて投降の意志を示す。
「マサキング様! 不審なガキどもを捕まえました! 多分ヴァルハラの連中です!」
「よし、よくやった! サンドタイガーに連れて行け! どこかにクワトロエースを隠してるはずだから聞き出せ! 隠してたクワトロエースもサンドタイガーに持って行け! やっぱり俺ってツイてるなぁ。もうキングの風格が出てきたって感じ?」
「了解しました! さぁ、歩け」
銃口を突きつけられていては反撃もできない。
颯太たちはおとなしく兵士に従い歩いた。
そうして連れてこられたのはアッシュギアよりも巨大な戦艦だった。
正樹が言っていたサンドタイガーだ。名前の通り黄色と黒の縞模様の奇抜な艦。
「……だせぇ」
「そうだよね……ちょっと趣味悪いかも」
「アッシュギアのほうがかっこいいよね」
「勝手に喋るんじゃない! 黙って歩け!」
そして彼らは戦艦内の牢屋に入れられてしまった。
「すぐに尋問が始まる! 覚悟しておけよ!」
颯太たちは互いを見合わせ、頷いた。
「痛いのは嫌だから今すぐ喋るよ」
「早く地図を持ってきて」
「急いで!」
驚くほどの速さでクワトロエースの隠し場所を話した颯太たち。
しかしそれも作戦のうちだ。
「わざわざ俺たちをこんなところに連れてきて、クワトロエースも持ってきてもらえるんだもんな」
「やっぱりあいつらバカよ」
「あとはボクたちがここから出られれば、逃げられるよね」
そう、この場に運ばれた自分たちの機体を奪って逃げる算段を彼らは立てていたのだ。
その方法もすでに考えている。
「つか俺たちの身体検査もしないとか、ザルすぎるだろ」
「あのマサキングって奴、バカで自信家みたいな感じだったし、絶対逃げられないとか思ってるんでしょ?」
後は奴らがクワトロエースを持ってくるだけだ。
「おい、お前たち!」
と、突如声がかかり正樹が現れた。彼はなぜか上半身裸で王様みたいな赤いマントという奇妙な出で立ちだ。
それを自分で選んでやっているというならば、裸の王様も真っ青だろう。
「クワトロエースの隠し場所をすんなりと吐くとは! さては俺のマサキングダムの軍門に下りたいのだな! いい心掛けだ!」
ビシッと颯太たちに指をさす正樹だが、彼らは呆れがちに溜め息を吐くのみ。
しかしそんなことを目にも留めず、正樹は話す。
「だが残念だ! 俺の王国には俺にふさわしい男しかいらない! 俺と愛し合うことができる屈強な男のみだ! 女はいらん!」
正樹はギラリ、とした瞳で颯太を睨む。その目は獲物を狙う猛禽類だ。
颯太の背筋にはぞわぞわとした寒気が走り、お尻が貞操の危機にキュッとすぼまった気がした。
「お前はなよっとしていてタイプではないが……たまにはそう言う奴を味わうのもいいかもな。そう、味変というやつよ!」
ペロリ、正樹は舌なめずり一つ、颯太に近寄った。
牢屋の檻でこちら側には近づけない、そうわかっていても颯太はざっと後退ってしまう。
「な、なぁ、黄泉、助けてくれよ……咲奈も、どうにかしてくれ……」
震え声で言う颯太だが、彼女たちは黙って首を横に振るのみだ。
そんな彼女たちは必死に笑みをこらえている様子。
「もしかしてお前ら楽しんでないか!?」
「そ、そんなこと……ぷふっ……」
「ぼ、ボクは笑ってなんて……フフッ……」
「やっぱり笑ってるじゃないか!」
「あはは! もう無理! 我慢できない! あはは! 颯太、諦めてお尻差し出しなよ!」
「そ、そんなぁ……」
仲間は頼りにならない。颯太はさっと手でお尻を隠す。
それを見た正樹はさらに興奮気味で言うのだ。
「大丈夫だよ。お前は俺のお尻に入れるだけでいいから。お前みたいな童貞を男にしてやるというのも一興だからな。たまにはそういう楽しみも欲しい。何、そう恥ずかしがらなくてもいい。気持ちいいぞぉ」
「ははは! だって、颯太! お尻は無事らしいよ!」
「そもそもこいつとするのが嫌なの!」
迫ってくる正樹を拒絶すること早10分。精神の疲労からか颯太の顔はげっそりと覇気がなくなってしまっていた。
「もうやめてくれぇ……それ以上聞きたくない……」
「ならば早く俺のお尻を満たしてくれ!」
「颯太、諦めちゃいなよ」
「諦めたら俺、いろんな意味で死ぬって……」
「大丈夫だよ、ボクは颯太くんのこと、嫌いにならないから……たぶん」
「たぶんってなんだよ……」
そんな時だった、正樹の部下がやってきて報告する。
「マサキング様! こいつらのクワトロエースを収容しました!」
「ちっ……いいところだったのになぁ……お前、降格! 仕方ない、今回はお預けだ。俺は今から機体の性能チェックをする! お楽しみはそのあとで、な」
正樹はそう言ってウインクをしてみせた。
その瞬間、颯太の怒りは臨界に達する。
「その後なんて……ねぇよ、ホモ野郎!」
颯太はポケットからスマホを取り出した。旧式の見た目だが、朽木の改良品だ。
慣れた手つきで操作してアプリを立ち上げると、ずずぅん、と船内が大きく揺れる。
「な、なんだ!? 地震か!? アディムズか!?」
「違うよ……わざわざここまで機体を持ってきてくれてありがとな。そのお礼に、ここをぶっ壊してやるよ!」
そのアプリは、クワトロエースの遠隔操作ができるものであった。
黄泉たちもアプリを立ち上げ、自身のクワトロエースを呼び出す。
「まぁまずはあたしたちがここから逃げないと、ね」
黄泉がそう言うと牢屋の床に大きな穴が開いた。
ジェット・スナイパーの射撃が床に穴を開けたのだ。
「じゃあね、おバカな王様! なかなか面白いもの、見せてもらったわ」
「残念だけど、ボクたちはバビロンの人を絶対許さないから。ここで殺すね」
「バビロンには絶対屈しないし、ましてやお前の軍門も尻穴も興味ないんでね!」
彼らは次々と穴から飛び降りる。穴の下には機体が待機しており、そのコックピットにすっぽりと収まった。
「じゃあチャチャっと終わらせて帰りましょうか」
「そうだな……楓、今度は絶対に離れないからな」
彼らは船内で大暴れし、機器を破壊していく。
突然の出来事だったので正樹たちは対応できず、やられっぱなし。
「えぇい! タイタンを動かせ! あのガキどもを止めろ!」
「できません! クワトロエースの格納庫の扉が壊されています! これじゃ中に入れません!」
「なら銃でも爆弾でも何でも持って来い! あいつらを止めろ!」
「それもダメです! 武器庫に火がついて爆発、ケガ人多数です!」
ものの5分で船内は再起不能なまでにめちゃくちゃになり、颯太たちはさっさと離脱した。
「お前たちは俺を怒らせた! 必ず、報復してやるからな! 待ってろよぉ!」
去り際、正樹のそんな叫び声が聞こえた。そんな彼の怒りが空に届いたのか、暗雲が青いカンバスの上で膨張し始めていた。
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