第2話―絶望に立ち向かう子供たち―

 2080年、この世界には文明と呼べるものがほとんどなかった。

 かつて栄えたであろう町並みは草木や砂粒に沈み、今やその面影はない。

 沈んだ文明の上に新たな文明が築かれることもなく、ただただ世界は荒廃していった。

 その世界をかつて文明に生きた颯太が、巨大なロボットに乗せられ進んでいる。

 そして颯太はロボットを操縦する少女、黄泉に尋ねる。

「なぁ、黄泉。そろそろさ、教えてくれないか? このロボットも、ゾンビも、アディムズって言ってたバケモノのことも。俺には何もわからないんだ」

「教えてあげるよ。でもここでじゃない。あたしじゃなくてもっと適任がいるからね」

「ここでじゃない? 適任?」

「そう。えっと、そろそろ……あぁ、見えてきた」

 彼女は言い、遠い先を指さした。

 そこには、廃れた大地の上を走る巨大な、そう、30~40メートルはあろうかという船があった。その体は仄暗い怪しい輝きを放っている。

 キャタピラで砂煙を巻き上げながら船体が近づいてくる。

 戦艦のように銃器を装備した船はこちらを見つけると、船尾の扉が開く。

「ここがあたしたちの家、アッシュギア」

「アッシュギア……すごい……こんな大きな船、やっぱりアニメみたいだ」

 アッシュギアと呼ばれた船の中に乗り込む機体。

 船内は開発ドックのようになっており、他にも2体の機体がそこに収容されていた。

「あれは!? めっちゃかっこいいロボット!」

 一体は黒と白のまだら模様で腕が6本もある機体だ。両肩にバルカン砲まで搭載されている。

「腕が6本もあって、どういう戦い方をするんだ? すげぇ気になる! でもこっちのも……」

 もう一体は青白く輝く甲冑を身に纏った侍のような機体。とても重そうな甲冑に、背負う機体以上の身長もある太刀だ。

「こんなに重そうな装備でいったいどう戦うんだ!? 重量級にもほどがあるっての!」

 黄泉と共に機体を下りた颯太は、瞳を輝かせ整備中の彼らを眺める。

 そんな颯太を無理やり引っ張るように黄泉は奥へ向かった。

 奥は真っ白な廊下になっており、いくつもの扉がある。

「ここよ。研究室、ここでキミを待ってる人がいる」

 そう言って部屋に通される。

 その部屋は暗く、闇を照らすのは数多のモニターの光のみ。そんな不健康な光に照らされ、一人の姿がぼぉっと浮かび上がる。

「ほぅ……お前が長い眠りから覚めた颯太という男か……どうじゃ、この時代は? と言っても、最悪じゃがのぅ」

 老爺の低い声が颯太の鼓膜を震わせた。

 彼はゆっくりと颯太の前に歩み寄る。白衣を着た老人だ。

 顔はしわがれているが、はつらつとした強気な笑みを浮かべている。瞳にも意思の炎が宿っており、ギラギラと輝いていた。

「いや、お前はそうは思っておらんようだな。まるでゲームでもしているような……まぁよい。そっちの方が利用価値があるってものだ」

「利用価値、だと?」

 睨む颯太。しかしそれを老爺はへらへらと笑いかわした。

「わしはドクター朽木くちき。お前の気になっていることに全て答えてやる。だがお前がそれを知れば後には引けぬ。それでも聞くか?」

「もし聞かないって言ったら?」

 朽木はいやらしく笑って見せた。口元から黄ばんだ歯が覗く。

「その時は、野垂れ死ぬのみじゃ」

「だよなぁ……ならそういう質問するなっての。俺はあんたの話を聞くよ」

 朽木は頷き、話し始める。

 この世界に何が起こったのかを。


「まずは2020年、お前が眠った時代だ。その時代、ハイコロナという奇病が流行った。咳が止まらなくなり、呼吸器官がやられ、呼吸困難に陥り死に至るという病だ。その治療薬はなく、グリズリー製薬という企業が冷凍睡眠を提案した」

「それで俺が冷凍睡眠されたってわけか……でも誤診だったかもしれないって」

「そう、当時の診察は杜撰でな……少しでも疑いがあれば隔離やらなんやらで……まぁよい。その1年後、ワクチンは完成した。ハイコロナを食い殺す菌の発見によってな。人々はそれをこぞって打ち、ハイコロナブームは終了した」

「は? じゃあ俺が眠った意味はないってことか? それに終息したならその時起こしてくれればいいのに」

「いや、眠っていたお前は運がいい。そのワクチンの中身はイーターコンビネイションウイルスと後に名付けられるものじゃった。その名の通り、食い、結合する。そのウイルスが食うのはハイコロナウイルスだけではなかった。人間の脳も食い、ウイルスと結合してしまったのじゃ」

「脳とウイルスが結合したら、どうなるんだ?」

「脳がウイルスに支配され、食べることしか考えられなくなる。脳がウイルスに支配されているため心臓が止まろうと死にはしない、ゾンビの誕生じゃ。そしてそこから2年後のことじゃ、人々を食い尽くしたゾンビはゾンビ同士結合を始めた。それがお前が見たバケモノじゃ」

 颯太は思い出す。無数の目や腕があるバケモノの姿を。

 あれはゾンビが複数結合して生まれたものだったのだ。

「わしらはあれをAggregate結合する dead man、それぞれのイニシャル、そしてゾンビのZを付け加えADMZアディムズと名付けた。そこからはアディムズとわしらの総力戦じゃ。はじめは戦車などの兵器で倒せていたのじゃが、アディムズはゾンビを食らうたびに巨大化し、脳の数も増えて死ににくくなる。いつの間にか兵器も効かなくなっていたのじゃ」

「それであのロボットか」

 朽木はこくり、頷いた。

Anti ADMZアディムズ Assault強襲 Armer装甲、そのイニシャルの4つのAからクワトロエースと呼んでおる。20年前に開発されたそれにより、奴らとの戦いは優位に立つことができた。しかし奴らを完全にこの世から消すにはまだまだじゃがな……」

 朽木は遠い目でそう言い、げほげほ、と大きく咳をした。

 すかさず黄泉がペットボトルの水を差し出すが、朽木はその手を払いのけた。

「わしはもう長くないじゃろう……わしの命がなくなる前に、わしの最高傑作を完成させたかったのじゃ……お前が見つけてくれた、チェインソー・ガンマン・改を」

「チェインソー・ガンマン・改……それがあいつの名前か。かっこいいな!」

「じゃろう? チェインソー・ガンマンは初期に開発されたクワトロエースの一つじゃ。わしの最後にそのリメイクを作って見せたのじゃが、試運転中にアディムズに襲われ、信号も途切れ、見つけることができなかったのじゃ」

 颯太は黄泉の顔を見た。彼女は彼の言いたいことを察し、頷いた。

「それじゃあ本当は、輝樹ってやつがそのパイロットになるはずだったんだな……」

「あぁ……じゃが今はお前のものじゃ。あいつの分まで、使ってやれ。アディムズを屠り、無念を晴らしてやってくれ」

「俺がチェインソー・ガンマン・改のパイロット……あぁ、わかったぜ、爺さん! 俺が輝樹の無念を晴らす! それに、アディムズだって全滅させてやる!」

 それを見て朽木は、ほほほ、と笑い、黄泉は呆れ気味に溜め息を吐いてみせた。

「キミねぇ……みんなアディムズを全滅させたいって思ってる。でもこの20年、奴らを殺し続けてもそれが成し遂げられることはなかった……簡単にはいかないよ」

「それでもだ……こんなアニメみたいな世界に起きちまったら、アニメの主人公っぽいことしてみたいよなぁ!」

「はぁ……これだから男の子って嫌なのよ、バカだから」


「颯太、キミは明日からシミュレーションでの訓練よ。キミはこれからホワイトフォックスの一員なんだから、簡単に死なれちゃあたしたちの名前に傷がつくの」

「ホワイトフォックス……?」

「えぇ、あたしたちの部隊名よ。あたしたちみたいに武装船で移動しながらアディムズを狩っている人がいる。その中でもあたしたちはそこそこ知名度はあるんじゃないかしら。まぁそんなことはどうでもいいわ。今日は疲れたし、休みましょう」

 颯太が黄泉と共に廊下を歩いていた時だった。目の前から二人の子供がやってくる。

 一人は少年、もう一人は少女、見た目は中学生くらいだろうか。

「へぇ、こいつが新入りか。なんか弱そうだな。俺たちの足だけは引っ張るなよ。くたばる時は一人で勝手に死にな」

 と、少年はタカのような鋭い瞳で颯太を睨みつけた。

 中華系の血が混じっているのか、日本人とは少し異なる顔付きだった。

「は? いきなりなんだよ。年下だろ、お前。敬語使えよ」

「この時代じゃ歳の差なんて関係ないよ。どれだけアディムズをぶっ殺したかでえらいかどうか決まるんだ」

「生意気なガキだな……」

「ま、まぁまぁ……ケンカしちゃだめだよ、瑛人君……えっと……」

 少女のほうが颯太を見上げ、困惑気に眉尻を下げる。

 とても低い身長、なのに胸だけは大人の女以上だ。黄泉なんてそれに比べればまな板同然である。

「なんか変なこと考えてるようだけど、今はいいわ。この子たちの前だし、許してあげる。この人は秦野颯太、今日からあたしたちの仲間になるんだから、仲良くしてよね」

「よろしくね、颯太君。ボクは榊原咲奈さかきばらさなだよ。こっちは瑛人えいと君。瑛人君、こんなこと言ってるけどほんとはいい子だから、ボクと一緒に仲良くしてね」

「咲奈! 余計なこと言うな! こいつはそう言ってるけど、俺はあんたと仲良くする気はないからな!」

 それだけ言うと瑛人はずかずかと去って行ってしまった。

「はぁ……瑛人は今反抗期なの。14だし、仕方ないわよ」

「じゃあ咲奈はいくつなんだ?」

「ボクは13だよ。先週誕生日だったんだぁ」

 何とも間延びした声で嬉しそうに彼女は言う。

「なぁ、黄泉? もしかしてこの子たち……」

 黄泉はその問いに、苦虫でも噛み潰したように顔を歪め、頷いた。

「そうよ……この子たちは、クワトロエースのパイロット……」

「こんな、子供たちが……」

「でも仕方ないの、生きるためには、戦うしかないから……それに、この子たちはまだましよ」

 黄泉はそれだけ言うと口を閉ざしてしまった。

「ねぇねぇ、颯太君! ボクと遊ぼうよ! ゲームしよ、ゲーム!」

「咲奈。颯太は今疲れてるから、また明日ね」

 黄泉は咲奈を優しく追い返すと、颯太の方を向いた。

「キミは、死なないでよね」

 その言葉に込められた重みに、今の彼は気付くことができなかった。


 その日颯太は泥沼に沈むかのように眠りへと落ちていった。

 今日だけでいったいどれだけのことが起こり、脳への負担が大きかったのか、それは語らずもだ。

 夢を見たかどうかすら、覚えてないくらいの熟睡だ。

 次に目を覚ましたのは翌日の昼前だった。

 船内の部屋には窓がなく日差しが届かない。彼は時計を見て慌てて飛び起きる。

「やべぇ……こんなに寝てるって知られたら何言われるかわかんねぇって」

 彼は慌てて寝間着を脱ぎ捨て、支給された新品の洋服を着る。

 寝癖を整える時間もなく、部屋を飛び出した。

「明日の朝10時、トレーニングルームに来て。練習始めるから」

 昨夜、黄泉に言われた言葉が脳裏をぐるぐると回っている。

 時刻は指定されたときからすでに1時間半も過ぎていた。

 颯太は息を切らし、トレーニングルームに滑り込んだ。

 それと同時、彼の頭上から拳が降り注ぐ。

 重い一撃。彼は痛む頭を抱え、見る、一撃を加えた黄泉の姿を。

「痛い……本気で殴らなくてもいいだろう!?」

「1時間以上遅刻したってのに、ずいぶんな物言いね? もう一発きついのが必要かな?」

「あ、それは、その……ごめんなさい」

 にっこりと笑い、拳をぱきぽきと鳴らす黄泉。そんな彼女の姿を見れば、颯太は謝るしかない。

「ま、今日は許してあげるわ。キミも長い眠りから目覚めたばっかりだし。でも次は無いから」

「わかったよ。で、訓練って何をするんだ?」

 彼は部屋をぐるりと見回した。

 トレーニングルームと言っても、鍛えるような器具はない。

 あるのは卵型の大きなカプセルが4台のみ。

 あとはそれに繋がるコードや電子機器だけ。

「あれを使うのよ。ま、この部屋にはあれしかないけどね。クワトロエースのシミュレーターよ」

「シミュレーターって言うと……ゲームみたいなものか?」

 黄泉は頷いて、シミュレーターのほうを向いた。

 その時、それがパカッと開き、中から小柄な少女、咲奈が姿を現した。

「ふぅ……今日も絶好調! スコア更新! あ、颯太君だ! ねぇねぇ颯太君! 一緒にゲームしよ!」

 彼女は颯太を見つけると、太陽みたいな笑みを浮かべて走り寄ってきた。

 彼女が走るたび、胸元の柔らかな果実が揺れ、颯太はついついそちらに目が行ってしまう。

 黄泉のジトっとした目線を感じ、颯太は咳払い一つ、泣く泣く咲奈の胸元から視線を外す。

「ねぇねぇ黄泉ちゃん! 颯太君、今からゲームするんだよね! 一緒にやっていい?」

「う~ん……咲奈と一緒にやると颯太のためにならないんだけどなぁ……」

「そう言うなよ。一緒に遊んでやろうぜ」

「でも咲奈、シミュレーションやりこんでるよ? スコアトップ10、全部咲奈だし」

 そう言われ、咲奈はふふん、と胸をそらして見せた。

 また揺れている、颯太は下がる視線をぐっと我慢し、シミュレーションへと向かった。

「咲奈、まずは俺だけでやらしてくれ。お前のスコア、絶対抜いてやるからな! ゲーセンじゃ常にランカーだったんだ! 俺の本気、見せてやるぜ!」

「はぁ……やっぱり男の子ってバカだよね……颯太、まずはイージーからね、それで機体の操作やアディムズの特性を掴んで」

「いいや、一番難易度が高いのに設定してくれ。イージーからなんてそんなちまちまやってられるかよ!」

「そんなに言うならやってみなよ。自分がどれだけ無力なのか、知ったほうがいいから」

「はっ! お前こそ俺の実力知って腰抜かすなよ!」

 颯太は黄泉にピシっと指をさして、シミュレーション筐体に入り込む。

 それを確認すると黄泉がコンソールを操作していく。

「機体はチェインソー・ガンマンね、キミが乗った改の1つ前のバージョンだけど。武器は両腕のチェインソーと、ホルスターにショットガンが2丁。機動性と耐久力、両方に長けた近接タイプの機体よ。その特性を活かして戦って」

「わかってるよ、始めてくれ!」

 彼はコックピットそのままの筐体内で叫ぶ。それを聞き届け、黄泉は開始のスイッチを押した。

 そこから5分もしないうちに、颯太は筐体から飛び出した。怒りで顔を真っ赤にさせながら。

「なんだよこのクソゲー! 全然勝てないじゃないか! もう10回は死んでるってのに!」

 怒りを振りまく颯太に、黄泉は頭を抱えて言う。

「これは本物の戦いに近いの。キミがやってきたゲームとは違う。気を抜いたら死ぬ、そういう戦いなの」

「だからってさぁ、いろいろおかしいって! なんでアディムズ殺すと爆発するんだよ! 急に空からアディムズ降ってきて死んだし! 電気吐き出してきた奴もいたぞ!? おまけに車みたいな形の奴も出てきたし! 初見殺しだっての!」

 完全に怒りでヒートアップしている颯太の頬を、黄泉は強く叩いた。

 いきなりの痛みで、彼の自我は少し戻ってきたようだ。口を閉ざし、悔し気な眼差しで黄泉を見つめる。

「颯太、キミは実戦でもそんなことを言うのかい? あんな奴は見たことない、あんな攻撃するなんて知らない、そんなこと、戦いじゃ常にあることだよ? 昨日の戦いは本当に運がよかっただけなんだ。今のキミが戦場に出ちゃ、すぐに死ぬ」

「俺は……」

「キミの気持ち、わかるよ。悔しいよね? あたしも初めはそうだったもの。ジェット・スナイパーをもらった時、両親を殺したアディムズに復讐できるって舞い上がってた。けれど、戦いに出てあたしは一体もアディムズを殺すことができなかった。それどころかあたしのせいで仲間が死にかけた……だから、キミにはあたしと同じこと、してほしくない。キミはちゃんと強くなって、戦いに出て、生き残ってほしい」

 黄泉のまっすぐな瞳が颯太を捉えた。大きく黒い双眸に見つめられた彼は、まるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。

 喉が異様に乾き、背に冷たい汗が流れた。

 彼女の言うように、もしこれが本当の戦いだったならば、自分は死んでしまっていただろう。それを実感したからだ。

「わかった……ごめん、黄泉……俺、強くなるよ……だから、教えてほしい! 生き残る方法を!」

「そうよ、それでいいの。咲奈、颯太と一緒にシミュレーションやってあげて。あたしは画面見ながら颯太に色々教えるから」

「うん! 颯太君と一緒にゲーム、嬉しいなぁ!」

 颯太と咲奈は筐体に入り、準備万端だ。

「颯太、咲奈の機体の説明をしておくわね」

「あ! ボクがやりたい!」

「じゃあ咲奈、代わりにどうぞ」

「ボクのクワトロエースはね、重兵衛って言うの!」

「重兵衛……あの鎧武者みたいなのか?」

「うん!」

 颯太は昨日見た機体を思い出す。重装備に身を包んだ侍のような機体、それをこんなに可愛らしい咲奈が操っているとは。

 ギャップでくらっとしてしまう。

「ボクの重兵衛はとっても重いの! 硬い鎧はアディムズの攻撃なんて効かないし、おっきい刀はどんなアディムズだってぶった斬る! でも重すぎて移動が遅いから、颯太君はそこをカバーしてほしいな」

「颯太、あともう一つ。アディムズはイーターコンビネイションウイルスによって生まれたって言ったよね? そのウイルスは基本的に人を食うように設計されている。けれどたまに変異種で人以外を食い、それを力にしているアディムズがいるの。キミが文句言ってた爆発する奴や電気を吐く奴もそう。そういう普通じゃないアディムズには気をつけて!」

「わかった! それじゃあ、始めてくれ!」

 こうして颯太はもう一度シミュレーションを始めた。


 1時間も訓練を続ければ、颯太の動きもなかなか様になってきていた。

「颯太くん! そっちの膨れてるのはガディムズだよ! ボクが倒してあげるから、足止めをお願い!」

 丸々と風船みたいに膨れ、全身が脂でテカテカとぬめっているのはガソリンやオイルを食べたアディムズ、通称ガディムズだ。

 脂でぬめった足で地面をすべるように動くため、見た目の割に素早いのだ。

 それに銃火器で攻撃すると爆発するという特徴を持っている。

「くっ……やっぱり脂で刃が奥まで食い込まない、滑る……! 咲奈、早くしてくれ!」

 チェインソーでガディムズの動きを止めようとするが、油で滑りうまく捉えられない。

 機体の手で押さえつけようにも滑り、長くはもたない。

「えぇい!」

 が、何とか重兵衛の巨大な太刀がガディムズの身体を切断した。重く、大きな刀には脂など関係ない。

 ただ力任せに断ち切るだけだ。

「こっちのアディムズは全部倒したよ! あとはハーディムズだけ!」

 ハーディムズ、鉱石を食べて体が岩のように硬くなったアディムズだ。

 颯太が初めて戦った岩のようなバケモノの正体も、このハーディムズだ。

 あの時はジェット・スナイパーのビームライフルがあったから表面を削り取ることができた。

「くそっ! やっぱりショットガンも効かないか!」

 しかしチェインソー・ガンマンのショットガンでは表面に焦げ目を作るのみ。

「ボクの刃もあいつを貫けない! だから……」

 そう言って咲奈は重兵衛の刀をハーディムズに思い切り突き立てる。

「あいつは貫くんじゃなくて、沈めて倒す! 颯太くん!」

「わかったよ、咲奈! ジェット全開だ!」

 チェインソー・ガンマンも重兵衛の刀を持ち、背のジェットを全力で噴かせた。

 背から溢れる青白い炎。

 ずずぅん、と地面に跡を残しながら押されていくハーディムズ。その背には、大きな池がある。

『行けぇ!』

 二人の全力が、ハーディムズを押し切った。ハーディムズは池の中へと転がり落ち、二度と這い上がってくることはなかった。

 ハーディムズの弱点、それは重いが故水中に落とせば二度と浮上しないところだ。

「お疲れ様、二人とも。そろそろ休憩にしましょうか」

 黄泉の声で二人は筐体から降りる。

「どう、颯太くん? 強くなれた?」

「あぁ、強くなれたと思う。それにチェインソー・ガンマンの特徴も掴めてきた」

「へぇ。教えてよ」

 黄泉がペットボトルのジュースを差し出しながらそう言う。

 颯太はゴクリ、とそれを一口飲み、答える。

「こいつは高い攻撃力があるし、耐久力もある。それにジェットで機動性も申し分ない。走攻守三拍子そろったいい機体だ。けど、攻撃が単調になりがちだと思う。チェインソーを振り回すか、ショットガンをぶっ放すしかない。シンプルで一撃加えれば並大抵の敵は倒せるが、トリッキーさには欠けるな」

「ふぅん……でもね、こうも考えられない? シンプルだからこそ、どんな機体にも合わせられるって」

「なるほどな……確かにさっきも咲奈の重兵衛との連携がうまくいっていた。動きづらい咲奈の代わりに相手を抑えたり、翻弄したり……昨日の黄泉とも連携がうまくいった」

 颯太は昨日の戦いを思い出し、合点がいったように頷いた。

「そう。チェインソー・ガンマンは潤滑油みたいな機体なの。どの機体にもうまく連携できるように設計された。初めて生み出されたクワトロエースの一つだからってこともあるけど、それ以外にもドクター朽木の願いが込められている。この機体で誰もが連携してアディムズに立ち向かおう、っていうね」

「そうだったのか……こいつは、そんな大事な機体だったのか……」

「颯太……キミならもう一度、この機体でみんなを繋げられるかもしれないね……」

 ぽつり、つぶやいた黄泉の声は颯太の耳には届いていなかった。


 そこから1週間、颯太はシミュレーターでがっつりと訓練を積んだ。

 はじめのころと比べると十分なほどに実力をつけた彼は、今日この日、戦場に立つ。

 船内の廊下を黄泉と歩く颯太。

「なぁ、黄泉。このパイロットスーツ、ぴっちりしすぎて蒸れないか? なんか気持ち悪いって」

 彼は初めて着るパイロットスーツに違和を感じていた。しかし黄泉はそれを、慣れるよ、とだけ言って笑い飛ばす。

「それよりも、今日の依頼のおさらいよ」

 依頼、それはアディムズハンター部隊に寄せられる各地からの救助要請だ。

 アディムズの群れを倒したり、物資の輸送の護衛をしたり、内容は様々だ。

 依頼をこなした報酬でアディムズハンターは生活している。

「あたしたちの進む先にレジスタンスの本拠地、ヴァルハラがある。けれどその途中、資源採掘のレジスタンス部隊がアディムズに襲われ、孤立してしまった」

「えっと……レジスタンスって確か……ハングドマンって言ったか?」

 ハングドマン。ヴァルハラという拠点を作り、そこで戦えない人を匿いながらアディムズと戦っている組織だ。

 組織の規模は数千人、ヴァルハラで匿っている人々をいれれば2~3万人となる。

「ハングドマンの人たちも拠点の防衛で人員が割けないみたい……ヴァルハラでの補給も兼ねて、あたしたちが動くってわけ」

「オッケー、了解だ」

「まずはアディムズの数を減らす。奴らに隙ができたら瑛人とあたしが孤立した人たちを護衛しながらヴァルハラを目指す。咲奈とキミはしんがりよ」

「あぁ、任せておけ」

 シミュレーターで咲奈との連携もばっちりだ。心強いくらいに。

 開発ドッグに辿り着いた二人を真っ先に朽木が出迎えた。

「颯太、お前の機体が完成したぞ! お前のシミュレーターでのデータも組み込んだ、お前だけの機体じゃ! 型式名CG―Z1、チェインソー・ガンマン・ゼータじゃ!」

 朽木はそう叫び、背後の機体を指さした。それを見て颯太は驚愕に目を見開いた。

 それは確かに颯太が乗ったチェインソー・ガンマンだ。しかし色が違う。

 前まで白を基調に赤のアクセントがあった機体が、漆黒に染められていたのだ。チェインソーも、水平二連ショットガンも闇に紛れる黒だ。

メタリックさを残した漆黒は、ドッグの光に照らされぎらぎらと冷たい輝きを放っている。

 それに他にも目を引くのは、まるでカウボーイみたいなマントとテンガロンハットだ。

 それもわざわざ布で作られている。

「ドクター朽木……なんで色が変わってるんだ?」

 颯太は肩を震わせながら朽木に尋ねる。

「あの頃は主人公機を意識して白や赤を使っていたのじゃが……戦闘では目立つじゃろう? だから黒にした。それに、かっこいいじゃろ?」

「じゃああのマントと帽子は? 何か意味が? 戦闘に役に立つとか?」

「ガンマンを意識してみたんじゃ。戦闘には役に立たん、まったくの飾りじゃ。けれど、かっこいいじゃろ?」

「ゼータの意味は?」

「チェインソー・ガンマン最後の改良ということで、アルファベットの最後、Zをつけたんじゃ。かっこいいじゃろ?」

 何を当然のことを尋ねるのか、そんな態度の朽木。颯太は今まで我慢していたようにばっと腕を上げ、老いた彼の手をぎゅっと握った。

「めっちゃかっこいいじゃん! 俺、こういうの大好き!」

「ほっほっほっ! やはりそうか! お前はわかってくれると思っていたぞ!」

「はい! めっちゃわかります! 機体は性能も大事ですけど、見た目のカッコよさも大事ですよね!」

「そうじゃぞ! 話が分かるお前には一つ、秘密を教えてやろう! チェインソー・ガンマンがどうしてチェインソーとショットガンを装備しているのかじゃ。別に装備は刀やライフルでもよかったのじゃが、あえてチェインソーとショットガンを装備したのはなぜか……」

「俺はわかってますよ、ドクター朽木……古今東西、ゾンビを倒す最強の武器はチェインソーとショットガンって決まってるからでしょう? それに……」

『かっこいいから!』

 二人は声を合わせて叫び、笑いあう。

「ほんと、男の子ってバカ……かっこよさが何よ……」

 それを見て黄泉は、いつものように額に手を当てて溜め息を吐くのだった。


「それじゃ出撃準備よ」

 瑛人も咲奈もドッグに集まり、とうとう出撃の時間となった。

 颯太はぐるりと周囲を見渡し、尋ねる。

「黄泉の機体はどこだ? それに瑛人の機体も見当たらない……」

 黄泉のジェット・スナイパーも瑛人が乗るであろう6本腕の機体も見当たらない。

「お前、まだ俺たちの機体を知らないのか? あれだよ、俺のクワトロエース、ワン・蜘蛛チィーツゥーは」

 そう言って瑛人が指さしたのは、黒と白のまだら模様のある巨大な蜘蛛型の機体だった。

 蜘蛛の背にはガトリングが2つ取り付けられていることから、あの6本腕の機体だとわかる。

「変形するんだよ、俺のはな。特注なんだよ」

「変形……すげぇかっこいいじゃん!」

「ま、まぁな……俺の王蜘蛛はかっこいいだけじゃなく強いんだぜ。その強さ見て驚くんじゃねぇぞ」

 自分の機体を誉められて、嬉しそうに、それでいて少し恥ずかしそうに瑛人は言う。

 こういうところは年相応の可愛げがある。颯太は思ったがそれを悟られぬよう顔を背ける。

 こんなことを思っていればまた何を言われるか、想像に容易いからだ。

「じゃあ黄泉の機体は……あのジェット機みたいな奴か?」

 颯太の視線の先にはオレンジ色のジェット機が。

「そうよ。あたしの機体も変形するの」

「いいなぁ、変形機能……咲奈もあるのか?」

「ボクは変形っていうより……ううん、颯太くんにはびっくりしてほしいから今は秘密ね」

「なぁ、ドクター。チェインソー・ガンマン・ゼータには変形機能ないのか?」

 朽木は少し考えて、答える。あまり言いたくないみたいだったが。

「あるにはある。操縦席の横にZと書かれたボタンがそれじゃ。が、バッテリーの消費が激しくてな。最終奥義として使うのじゃぞ」

 クワトロエースは電気で動いている。バッテリーを満タンにしていれば3時間は動ける。

外にいる間は太陽光発電をし、常に充電しながら動けるためさらに2~3時間は持つ。

だがそれも普通に戦っていれば、だ。

激しい動きを繰り返したり、この前の黄泉のようにハイブーストバスターを繰り返せばバッテリーの消費は早くなってしまう。

パイロットはそれを頭にいれながら戦わねばならないのだ。

「キミはわかってると思うけど、もし戦闘中にバッテリーが切れたってなったら、死を覚悟した方がいいからね……」

「あぁ、わかってる……むやみに変形なんてしないよ」

「それならよかった……ドクター、ハッチを開けて。みんな、出撃よ!」

 黄泉の合図で皆、機体に乗り込んだ。

 それを確認した朽木がコンソールを操作し、天井が開いた。

 眩い日差しが差し込み、それぞれの機体がギラリと輝く。それはまるで獲物を狙うオオカミの瞳のよう。

「まずはジェット・スナイパーと王蜘蛛からじゃ」

 ジェット機モードのジェット・スナイパーが浮上し、その腹に王蜘蛛がくっついた。

 それを確認したジェット・スナイパーは一気に上昇、そして青白い炎を吐き出したかと思うと一瞬のうちに見えなくなってしまう。

「早いなぁ……」

「感心している場合じゃないぞ。次はチェインソー・ガンマン・ゼータじゃ」

 颯太の機体の背に、巨大な赤い翼のようなジェットが取り付けられた。

「ドクター、これは?」

「お前専用のジェットじゃ。さらに機動力を増し、空中での戦いも可能となる」

「へぇ……かっこいいじゃん」

 コックピットのモニターガジェットの取り付けが完了したことを知らせる。

 彼はギュッと操縦桿を握りなおし、ぐっと大きく息を吸い込んだ。

 今から戦いに出る、その覚悟を決めたのだ。

「颯太、いつでも出撃できるぞ」

「あぁ、わかってるよ……颯太、行きまーす!」

 背のジェットが火を噴き、チェインソー・ガンマン・ゼータが浮上する。

「これが……空を飛んでる感覚か!」

 普段の視線より断然高いその景色に、颯太は目を輝かせた。

 辺りはビルの残骸や信号機だったものがごろごろと転がっており、それに草木が絡みついている。一種のジャングルみたいだ。

 颯太が景色に感動している間に、アッシュギアからハシゴのようなものが突き出してきた。

 それがバチバチと放電し、やがてそこから咲奈の機体、重兵衛が射出された。

「れ、レールガンで出撃!? かっこよすぎだろ……」

『颯太! キミが一番遅れてるよ! 早く着いてきて!』

『初めての出撃でビビってるのか? やっぱりお前に戦いは向いてないよ』

「うっせぇ、瑛人! 今行くよ!」

 颯太は操縦桿を勢いよく倒し、機体を加速させた。

 辺りの景色が高速に過ぎ去っていく。

「これが、この時代なのか……もう俺が知っている景色は、この世界にはないのか」

 荒廃した世界をモニター越しに眺めながら、彼は呟いた。

 学校も、デパートも、駅も、コンビニも、ゲームセンターも、変わらないと思っていたいつもの光景はそこにはない。

 世界は変わらない、そう感じていた自分が過去に取り残されたみたいに、胸の奥が痛む。

かつての世界がもう戻ってこないことを彼の心は穴が開いた痛みで実感するのだった。


『救難信号はこの先から発信されてるわ』

 黄泉の言うとおり、モニターには救難信号までの距離が表示されていた。この先5キロの地点、クワトロエースで行けばあっという間だ。

 しかし目下にはアディムズどもがうろついている。ざっと見ても30はいる。

 今モニターで捉えているだけでもこの数なので、まだ確認できていないだけで倍はいるかもしれない。

「どうする? このまま奴らを躱して救助するか?」

『お前はバカか? 脳みそつるっつるだな、絶対』

「は? どういうことだよ、瑛人」

『奴らを倒さず救助したとして、救助者を無事に安全地帯にまで運べるか? 普通に戦うよりも何かを守りながらのほうが戦いづらい。それぐらいわかれよ』

 瑛人の物言いに、颯太はギリリ、と歯噛みする。

 言い返したかったが、瑛人の言うことはもっともだ。それゆえ言い返すことができず、ただただ悔しそうに歯ぎしりするしかなかった。

『はぁ……二人とも、仲良くしろとまではいわないけど、戦いに支障がない程度にはね』

『颯太がもっと賢くなったら考えてやるよ』

「口が減らねぇ奴だな……」

『っと、バカに構ってる暇はないな。俺が一番乗りで手柄を立ててやる』

 瑛人の機体がジェット・スナイパーの腹から地面に降下する。

 8本足の関節を曲げてクッションのように衝撃を和らげ、すぐさまアディムズの群れに突撃していく。

 その速度はまさに蜘蛛そのものだ。アディムズどもの間を縫うようにかさかさと動き回り、背負ったガトリングで奴らを次々と撃ち抜いていく。

 さらに王蜘蛛のすごいのは低い姿勢というところだ。

 地を這うように動き回る王蜘蛛を攻撃するには、巨大な奴らは一度かがまなければならない。それが隙を生むのだ。

 その隙を狙い、ガトリングを雨のように奴らに叩き込む。それが王蜘蛛の戦い方だ。

『ボクも行くよ! 颯太くん、ぼぉーっとしてちゃダメだよ! いっぱい倒さないと、晩御飯抜きになっちゃうからね!』

 そう言って重兵衛も降下して戦闘を始める。

「そ、そんなの聞いてないっての!」

『冗談でも何でもないよ。この世界は討伐数がものを言うの。だから多く倒さないと、本当にキミのご飯は抜きになるし、瑛人にも舐められっぱなしになるよ?』

「あのガキだけには負けてたまるかよ……! 俺も下りる! 行くぞ、チェインソー・ガンマン・ゼータ!」

 颯太は操縦桿を倒し、機体を降下させる。

 地面に降り立つと、獲物がやってきたとばかりにアディムズが襲い掛かってきた。

「俺の晩飯のために、もう一回死んでくれよ!」

 ぎゅいんっ! とチェインソーが唸りを上げ、回転を始める。

 ものの1秒足らずで回転速度がマックスに達した刃がアディムズの柔らかな肉体に食い込んだ。

 ぎゅるるるるるっ!

 そして血肉を巻き散らしながら、腐った体を両断する。下半身はその場に崩れ落ち、上半身は宙を舞った。

「おまけにもう一発!」

 チェインソーを振るった勢いのままショットガンを振り抜き、宙の上半身へ向けてぶっ放した。

 ぎゅばんっ! コックピットにいても鼓膜をびりりと振るわせる破裂音に、思わず颯太は身震い一つ。

 だが彼の表情には、笑みが浮かんでいた。

銃撃により飛び散る肉片。自分がこの手でアディムズを倒した、自分でもやれる、そう実感して、だ。

颯太の元へまたアディムズが襲い掛かる。だがそのまま彼はショットガンを突きつけ、引き金を引いた。

高威力のレーザー散弾がアディムズの身体をずたぼろに抉り屠る。

 彼は操縦桿を巧みに操りショットガンをぱきっと折ると、空になったバッテリーマガジンが飛び出した。

 ずずん、とそれが地面に落ちると同時、バッテリーマガジンをリロードしもう一度ショットガンを構え間髪入れずにアディムズを屠ってみせた。

「シミュレーションのおかげで戦い方はわかった。それにこいつ、まるで手足を動かすみたいに馴染む! ドクターが言ってた調整ってのはこのことだったのか」

 チェインソーを振るう腕も、ショットガンを操る手も、地を駆ける足も、何もかもが自分の手足の延長線のように感じるほど操縦しやすい。

 そのおかげで颯太はどんどんと討伐数を伸ばしていく。

 戦場に降り立ち、もう7体は屠っていた。

「どうだ、瑛人! これで俺にでかい口は叩けまい!」

『ハッ! あいにく俺はまだ本気出してないんでね! 王蜘蛛、武神形態だ!』

 そう叫ぶと王蜘蛛は宙を飛んだ。そして宙で機体を変形させ、王蜘蛛を初めて見た時の6本腕の機体となったのだ。

 それにその腕には上右腕から青龍刀・薙刀・小盾、上左腕から鎌・槍・大盾と装備されている。

『これが王蜘蛛の真の姿だ! さぁ、戦場を蹂躙するぞ!』

 王蜘蛛は巧みに腕の武器を使い分け、アディムズを屠っていく。

 その姿は演舞のように華麗で美しい。武神が舞い降り、踊っている、颯太にはそう感じた。

「あんなの見せられて、負けてられるかよ!」

『はぁ……男の子って単純だよね。ほんとそういうとこバカだよ。ねぇ、咲奈?』

『う~ん……でもあんなに楽しそうでちょっと羨ましいかも』

 颯太と瑛人の二人のおかげで辺りのアディムズはほとんど討伐された。

 討伐数は颯太が10体、瑛人が15体。初戦にしては颯太は肉薄したほうだ。

「くっそー……負けた……」

『あのね、本来の目的忘れてないかな、キミたち? あたしたちは救助に来てるんだからね。ちゃんと最後まで守り切れる分のバッテリー、残してるんでしょうね?』

 颯太は言われ、思い出す。自分の本来の目的を。

 この辺りにはもうアディムズの反応は無い。あとはレジスタンスを助け、安全な場所へ届けるだけだ。


『救難信号はあそこから出ているわね』

「壊れたクワトロエースか? ひどい有り様だな……機体がめちゃくちゃじゃないか」

『奴らは機体の中に人間がいると知っている。だからどんな手段を使ってでも中の人間を食らおうとする』

 颯太の目の前には手足がもがれ、身体のパーツもぐちゃぐちゃに壊れてしまっているクワトロエースが3機。

 その機体たちから救難信号が出されているが、はたしてパイロットは無事なのか、怪しいものである。

『あたしと瑛人が下りてコックピットを確認する。颯太と咲奈はアディムズが近づいてこないか見張ってて』

 黄泉と瑛人は機体のコックピットから下り、壊れた機体へ歩み寄る。その手にはハンドガンが握られていた。

 もしもパイロットがゾンビとなっていたら、すぐに処理できるようにだ。

「咲奈、もしもパイロットが全滅してたらさ、報酬はどうなるんだ?」

『アディムズをあれだけ殺したんだからもらえるはずだよ』

「そうか……」

『どうしたの、颯太くん? そんなこと聞いてさ』

「いや、何か嫌な予感がするかもって……だいたいアニメとかだとこういう場合はさ」

 彼のそのセリフは最後まで紡がれることはなかった。コックピットに鳴り響いたけたたましいアラートによって、だ。

 彼は素早く機体を駆り、その場から離れる。その直後だった、彼がいた場所に青白いレーザー砲が駆け抜けていったのだ。

 ほんの一瞬でも対応が遅れていたら、コックピットが貫かれていたかもしれない。

「咲奈! レーザー砲を撃ってくるアディムズなんているのか!? シミュレーションでは見たことないタイプだ! 新手か!?」

『違うよ! あいつらはクワトロエースを食べない! 食べられないの! 機体の表面にウイルスが嫌う成分をコーティングしてあるから!』

 ならばどういうことだ、思考を巡らせる颯太。しかしそんな彼の思考を遮るようにコックピットに黄泉の声が響き渡った。

『颯太、咲奈! 撤退よ! 罠だった! 救難信号は、あたしたちレジスタンス側のハンターを呼びたすための罠だったの!』

『バビロンの連中だ! ちくしょぅ!』

「ば、バビロン? なんだ、それは?」

『颯太くん! そんなことは後回しだよ! また敵の攻撃が来る! 黄泉ちゃんたちの機体を』

 守らないと、そう言いかけた咲奈の言葉が爆発音で掻き消えた。

 何が爆発したのか、颯太は見渡す。と、そこにはコックピットから黒い煙を吐き出すジェット・スナイパーがいた。

 レーザー砲にコックピットを撃ち抜かれたのだ。もしも黄泉がそこにいれば、彼は考えて背筋に寒気を覚える。

『ぼさっとするな、颯太! 黄泉を守れ! 咲奈は俺と一緒に行くぞ!』

 颯太はすぐさまコックピットに黄泉を乗せる。

 その間に王蜘蛛はまた蜘蛛形態になり、レーザー砲が撃ち込まれた方へ突撃する。

「キミも行くの! 瑛人の機体は機動力は高いけど、耐久性はあまりないの! 咲奈の機体は動きが遅いから瑛人を守れない!」

「あいつを守る、か……」

 彼は瑛人のことを思い出す。生意気な口を利くが、今思い返せば甘かった自分を叱責していたのかもしれない。

 言葉は選んだ方がよかったが。

「よし、行くぞ! 大事な仲間を助けに行くんだ!」

 颯太はジェットを噴かせ、王蜘蛛の後を追った。

 だが機動力の高い王蜘蛛には追い付けない。途中で咲奈の重兵衛とすれ違い、彼がもっと先へ行ってしまったことを知る。

「おかしいわね……レーザーの射程を考えるとこの辺に潜伏しているのが妥当……もしかすると、あたしたち、奴らの罠にまたはまったのかも」

「それってどういう……」

「颯太、あれ! 王蜘蛛よ!」

 黄泉が指さした先に王蜘蛛はいた。遠くでよく見えないが、武神形態の独特のシルエットはそれが王蜘蛛と示している。

「待ってろよ、瑛人!」

 さらにジェットを噴かせ、全速力で王蜘蛛の元へ。

 王蜘蛛の姿がはっきり見えてきた、その時だった。

『来るな!』

 瑛人の声がコックピットに響く。その声音には怒りと、少しの焦りが見え隠れしていた。

『お前たちは来るな! 咲奈を連れて帰れ! 俺だけで何とかなる!』

 そう叫んだ瑛人。しかし次の瞬間には、左の腕が下から二本、地面に落ちた。

 明らかに劣勢だ。彼は今、何と戦っているのか、彼を助けなければ、と颯太は操縦桿を強く傾ける。

 黄泉も頷き、颯太の行動を後押しする。

 ようやく敵の姿が見えた。その姿を見て颯太は思わず操縦桿から手を離してしまった。

「あ、あれは……クワトロエース……?」

 それは4体の巨大な機体だった。四角くて無骨なゴツゴツとした見た目の黄土色の機体だ。その手には巨大な斧が握られている。

 地面には2体の、四角い機体とは逆で細身の機体が転がっている。瑛人が屠ったのだろう。

 倒された機体はレーザー銃を持っており、そいつが狙撃したとわかる。

「どうしてクワトロエース同士戦うんだ!? 敵はアディムズだろう!?」

「颯太! 今はそんなこと考えないで! 敵を倒すことだけを」

『やめろと言ってるだろう! お前たちは逃げろ!』

 その声に颯太は王蜘蛛の姿を見た。コックピットが半分抉れ、瑛人の姿が見えてしまっている。

 彼は頭から血を流し、鬼気迫る表情で4体のクワトロエースを睨む。

『タイタンⅢは全部俺が片付ける……だから、逃げろ!』

 敵のタイタンⅢのうちの2体が動いた。背のジェットを噴かせ、巨体に似つかわしくない素早い動きで王蜘蛛に迫る。

「こんな量産型に、俺の王蜘蛛が負けるかよ!」

 王蜘蛛は残った武器で応戦するも、敵の装甲を破壊するまでには至らない。

 何とか敵のジェットパックを破壊したものの、それも残された左腕と右下腕を犠牲にしてだ。

「瑛人! お前じゃ無理だ! お前こそ逃げろ! 俺が引き受ける!」

「俺が……逃げられるわけないだろう! こいつは、父さんたちを殺した奴の仲間だ! こいつらを皆殺しにするまで、俺は逃げない、俺は死なない!」

 高らかに叫んでみせた瑛人だが、身体は限界のようだ。大きく咳き込み、吐血してしまっている。

 これ以上痛ましい姿を見ていられない。颯太は王蜘蛛の前に立ち塞がった。

「何をする! これは俺の復讐の戦いだ! お前が出る幕はない!」

「……仲間の復讐は、俺の復讐でもある! 仲間がボコボコにされて、黙っていられるか!」

 颯太は啖呵を切り、敵に突っ込んでいく。

「颯太、タイタンⅢの装甲は堅いよ。けれど関節部は脆い。だから狙うのは腕と足の付け根よ! それと顔の部分がモニターになってるから、ショットガンでそこを狙うの! そしたら相手は動けなくなる!」

「わかった、やってみる!」

 颯太は応戦するが、4体1では分が悪すぎる。

 攻撃しようとしても他の機体が邪魔をしたり庇ったりしてうまく関節を狙えない。

 それどころか攻撃を失敗した隙を狙われ、機体には何度も斧のダメージが入る。

「一人じゃ無理だ、颯太! 俺も戦う!」

「瑛人、お前は下がってろ! そんな状態で戦われても足手まといだ!」

 なんてかっこつけてみても劣勢は変わらない。

「くっそー! 沈めよ、おら!」

「だめ! 颯太!」

 勢いに任せてショットガンを抜くが、それは敵の攻撃で手中から離れ、地面に転がってしまう。

 その隙にまた攻撃され、右腕の関節部分が外れかかってしまった。

「咲奈がいれば……咲奈、何してるんだよ!」

『〝オレ様〟を呼んだかぁ!?』

 通信機越しに響いた声、その声音は明らかに咲奈のものだった。

 だが言葉遣いがあまりにも荒々しい。普段の彼女とは真逆だ。

「咲奈、なのか……?」

『オレ様は咲奈であって咲奈じゃない……さとだぜぇ! そこんとこ間違えんじゃねぇぞぉ!』

「さ、悟志……?」

『オレ様の可愛い妹を泣かせる奴は、誰一人として生きて帰さねぇ! ぜってぇころぉす!』

 その瞬間、颯太の機体の上空を何かが飛び越えた。

 それはクワトロエースだ。まるでガイコツみたいなひょろっとした体の機体。真っ赤な身体がまるで皮膚を剥がれた人体のように見える。

 少しでも攻撃されれば壊れてしまいそうな機体が、重兵衛が持っていた巨大な太刀を片手で難なく振り回し、敵へ突っ込んでいったのだ。

『ひゃっははぁ! 兄ちゃんが全部全部ぶっ壊してやるからなぁ! 俺様の可愛いシモベ、〝十兵衛〟でよぉ!』

「重兵衛!? あれが!?」

「えぇ。あれが咲奈の重兵衛の変形、いいえ、変形じゃなくて装甲キャス開放トオフと言ったほうがいいわね」

「キャストオフ!? じゃああの重そうな鎧の下に、こんな奴が隠れてたってことか?」

「今の重兵衛はバッテリーを全消費して最大10分しか戦えない、十兵衛に変わったのよ」

 颯太は改めて十兵衛を見た。

 王蜘蛛を素早いと感じていたが、十兵衛はその何倍も早い。言葉にするなら、神速だ。

 敵もその姿を追うことができず、あっさりと十兵衛に背後を取られている。

 だがそれ以上にすさまじいのはその獰猛性だ。

 背後を取ったにも関わらず、神速の太刀捌きで手足を切断し、胴体を空中に蹴り上げ、宙のままでコックピットを両断したのだ。

 さらに機体の爆発に身を任せ、次の敵へと飛んで行き、あっという間にバラバラに壊してしまう。

『さぁさぁさぁ! 咲奈を泣かせた奴は全員しけぇ! しけぇだ、しけぇ!』

 十兵衛はあっという間に4体のタイタンⅢを細切れにしてしまった。

 そしてバッテリーが切れたのか、残骸の山の上に刃を突き立て、動かなくなってしまう。

『咲奈ぁ……兄ちゃんが守ってやったからなぁ……だからお前は……ずっと笑顔でいろよぉ……』

 その声を最後に、悟志が出てくることはなかった。


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