08 青春のラストページ
気づけば最終下校時刻の十三時を過ぎている。しかし、私の大切な青春を終わらせたくなくて、小柄で何度も相談にのってもらった先生の隣から離れられなかった。苦痛で投げ出したかった生徒会も、階段が遠くて不便な校舎も、近くにいるのが当たり前な先生や後輩も。全てが大好きだったことに気づかされた。言葉にしたら涙もこぼれそうで、ただひたすらに頷くことしかできなかった。
そんな中、いつものリュックを背負った
自分のリュックを手に取って杏ちゃんの方へ走っていた。無意識だった。右腕を掴んだのに、ダウンジャケットがフワフワしていて気づいていないみたい。
「うわぁびっくりした!」
「ふふっ、ごめん(笑)。」
離れたくなくて、腕を組むように更にくっついて歩いた。
「杏ちゃん進路って決まった?」
「決まったよ~」
「じゃああっちか。いつ帰るの?」
「今日!」
「えっ、こんなに残ってたのに……?」
「夜のフライトだから大丈夫。」
「そっか……会えなくなるの寂しいな……。」
「え、でも大阪でしょ? ここより近いじゃん(笑)。 一人でも頑張って!」
「うん、杏ちゃんもね。お互い頑張ろう! なんて言ってみるけど、杏ちゃんがいないと自分がダメになりそう……。あ~涙が止まらない~。」
ここまで正直に話した恥ずかしさと気軽に会えない寂しさを埋めるように、そっと抱きしめた。このままどこにも行ってほしくなかったし、時間を止めてしまいたかった。
「じゃあな泣き虫!」
私達を気にすることなく杏ちゃんに話しかけるお調子者。さすがの私でも気遣いはできる。少し離れて邪魔しないようにした。
「うん、じゃあね!」
杏ちゃんがそう答えると、私達は迎えが待っている駐車場に向けてゆっくりと歩き出した。
「杏ちゃん大好きなのに、気軽に会えなくなっちゃうの辛い……。」
「また会えるよ。ほら、同窓会もあるし。」
「そっか。でもまたチキって話しかけに行けなかったらどうしよう……?」
「そのときは話しかけに行くよ。」
なんと返すのが正解だったのか分からず、聞こえていないであろう声量で「ありがとう」と呟いた。
「あっ、あのね、横顔を見るのが好きだったからさ、杏ちゃんが一番前の席のとき、すっごく幸せだったの。」
「うーん、いつだっけ?」
「リモートのときかな。あと、夏のジャージ登校も。」
「あー、分かった。」
「一番努力してたのになんで大学決まらないんだろうって不思議で。でも無事に決まって良かった。」
「これも何かの縁かな(笑)。」
辛かったはずなのに笑って答えるなんて。かっこよすぎるよ。
「今日が終わってほしくなかったなぁ。いろいろあったけど高校生活が一番楽しかったよ。ついさっき一階で整列してそわそわしてたのにな……。」
外側を文字にする証書の閉じ方とか、私のスカートに付いた糸くずとか。入場が隣同士なだけで緊張していた私とは対照的に、それに気づかない杏ちゃんはくだらない話や優しさで私の心をかき乱していった。そんな大切な記憶で心を満たされ、また涙が浮かんだ。
「だね。でもサプライズ成功してよかった。担任の先生泣いてくれなかったけど。」
「きっと明日とかに空っぽの教室見て泣いてるよ。」
「にしても号泣してる先生いたね。」
「僕泣かないもん、みたいで可愛かったなぁ(笑)。」
話が途切れて無言になった時間も心地よくて、大切に噛みしめた。
車がちらほらと残っている駐車場に着いて、別れのときが来たのだと察した。
「そっか、
「うん、そうそう。」
杏ちゃんの前を通って左側へ。顔を上げてまっすぐに見つめた。
「お互い頑張ろうね。」
「うん、頑張ろ!」
杏ちゃんが握りこぶしを差し出した。根頭が熱くなったのをごまかすように、笑顔で強めのグータッチで返した。
「またね!」
「本当にありがとう。じゃあね!」
お互いに手を振りながら、それぞれの道へと歩み始めた。太陽が夕日になるにはまだ早い、粉雪が降る日に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます