第24話 星の降る丘②


 丘に近付くにつれニコは奇妙な感覚を覚える。


 こちらが近付いているはずなのに、何故か丘が此方へ来るような不思議な感覚を感じ取ったのだ。


 僕が狂っているのかな? などと妙な想像を膨らませ、そんなことありっこないよね。と自らの考えを否定しせせら笑った。


 念のためにアンドレアの様子を伺おうと振り返ると自然と目が合った。


「な、なにかしら」


 なんの前触れもなく振り向いたニコの顔を見てアンドレアは戸惑いながらもそう言った。


「なんでもないよ、アンドレアの顔が見たかっただけだから」


 アンドレアに奇妙な感覚の事を尋ねようとしたが、彼女のキョトンとした表情を見て自らの馬鹿げた感覚を何かの勘違いと捉え、つい説明を怠った言葉をはき出してしまった。


 勘違いされても仕方のない先の発言を訂正しようと、改めてアンドレアの顔を伺うと、そこには耳まで真っ赤に染め、うつむく彼女の姿があった。


「ごめん、僕はいつも言葉が足らないね」


 気恥ずかしさを誤魔化し、ニコは前を向きながらアンドレアに言葉を付け足した。


 するとアンドレアは実に澄んだ声で素直な気持ちを返してきた。


「ううん、いいの。そんなニコ、私は好きよ」


 揺れる馬上、ニコの意識は夜空に昇華した。




 その丘は何か違和感を感じざるを得ない異様なものだった。


 遠くから眺めた黒き双子は上陸してもなお黒々としていた。


 黒さの所以は、竜の髭と呼ばれる細長く伸びた黒い植物の葉で覆われているからなのだが、ニコはその草がここまで群生している場所を他に知らない。それ程希少な植物なのだ。


 植物や鉱石に特に詳しいニコでなくとも、その光景は異様なものとして映るに違いなかった。


 案の定、ニコに遅れて追い付いた者達も、目の前の黒い丘を見て口々に気味悪がる発言をしている。


「なんだこりゃなんか薄気味悪ぃーな、悪寒がはしりそうだ。おい、メル、お先にどうぞ」


「男の癖にだらしないね、ソール、あんたのぶら下げてるのは飾りかい? あ、でもほら私なんかより兵士さん達に先を譲るわ、どうぞ」


「わ、私達は隊長を差し置いて先に行く訳には参りません。さ、隊長、どうぞお進み下さい」


「お! 私か? 私かぁ…… うーむ」



 四人がそんな事をしていると先に上陸をしていたニールまでもが不安げな表情で四人に寄ってきた。


「な、なんだよ。どうしてみんな上がってこないのよ。お、おい。まさか化け物が居るとか言うなよ。メル、ソール、知ってるとは思うが俺は化け物の類い…… てんで駄目だ」


 そんな誰もが萎縮して、その場を動くことなくあれこれ話し合っている最中、またしてもこの男だけは、その場に漂う不穏な空気に巻かれることなくズサズサと草を踏み鳴らし少女の手を引きながら丘の頂上目指して足を進ませた。


 ニコだ。


 一同は、影に囲まれた時同様、口をポカーンと開け目の前を颯爽と通りすぎるニコとアンドレアを見送る形となった。


「お、おーい待てって! 置いてくなってーの」


 ニールは苦笑いしながらニコの後を追った。


「オホンッ。さて我々は周囲の探索、警戒にあたるとしよう。まずは丘の周囲の現状を把握するとしようか、二人とも着いてくるのだぞ、よいな」


「「は!」」


 ゴードンと兵士等は、そう名目をつけ、黒き丘を時計回りに回り始めた。


 アンドレアの手を引きながらニコは頂上を目指した。少し後ろにはそれを追ってニールがオロオロしながら着いてきている。


 アンドレアがふと見たニコの横顔はとても生き生きとしていて、まるで探検を楽しむ少年の様に見えた。


 緩やかな傾斜が終わりを見せようとしたとき、それは突如として現れたように見えた。


 黒い石柱に、崩落したと思われる梁の一部、ニコの知らない神を象る雨風に侵食されたレリーフ、朽ちて所々崩れた壁。


「神殿?」


 思わずそうこぼしたニコにニールが続く。


「まあそう見て間違いないな。にしてはちょっとこじんまりしてるけど」


「エルフェミニオ、マラドクモガナ、バニコムロスト……。ここに描かれているのものは、どれも戦いに敗れ、歴史から葬られた神々だわ」


 屈んでレリーフを見ていたアンドレアが、まるで聞いたこともない神々の名を次々と挙げていく。


 それを聞いたニールはアンドレアを茶化すように言った。


「へー。凄いのな、お嬢様ってのは。あんた考古学師かなんかになるのかい?」


 ニールの何の気なしに言った一言を挑発と捉えたアンドレアは膨れっ面になりながら強い口調で反論する。


「ニール、あなたやっぱり失礼な人だわ! んもう、さっき話したじゃない。リングランド近代史、中世史、古代史、創世記、嫌々ながらも私、きちんと勉強して知識としてもっているのよ」


 不穏な空気をすぐに察知したニコは、いがみ合いが大嵐になる前に、慌てて二人の間に割って入り、互いの目から放たれる激しい火花を断ち切った。


「ほらほら、二人とも落ち着いて落ち着いて。ニールはすぐ人にちょっかいださないの! アンドレアは軽い挑発ぐらい受け流さなきゃ。ね。ところでアンドレア。さっきの話、かいつまんででもいいから話せる?」


「もちろんいいわよ。そのレリーフに刻まれた神々はリングランド建国以前にこの地域で崇拝されていた神様の姿。それぞれ太陽、月、星を司っているの。ほら見て、手の甲に小さなそれぞれの紋様があるわ。そして、リングランド建国の際、フェリパ一世の信仰していた今の神にとって変わられているわ」


「なるほど、じゃあさっき言ってた戦いに敗れたってのはどういう事?」


「簡潔に言えばリングランドを建国するときに宗教間の争いがあったみたい。そしてそれにフェリパ一世が勝った。そんな所かしら」


「それでここは歴史に葬られた神殿になった……か。そんな話、僕は全然知らなかったよ」

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