第23話 星の降る丘①
街道から西へそれた暗闇に包まれる道なき道は、始めこそ隊列を組むのもままならなかったが、旅慣れたニールの先導、個々の馬術の熟練もあってか次第に纏まり良く進むことが出来てきた。
ニールは辺りの草の背丈の様子や風の匂いを感覚で読み取ると湿地に近づいている事に気付いた。
川縁や湿地の草は水源が近くに在るために良く育つ事を知っていたからだった。
どれもニコの背を軽く越える程の草は、視界を狭め行く手を困難なものに変えた。
そんな中、アンドレアが前方を指差しニコに言った。
「ねえ見て! 空の星が大地にも広がっているわ!」
ニコはすくっと立ち上がり目を凝らすと、その指の差す方向を見た。
背の高い草むらの途切れた先、そこにあったのは、満天の星空を映す広大な水面だった。
地平線と水平線の境がどこにあるかさえわからないその景色はどこまでも雄大に皆の目に映り、風ひとつない事も相まって、もはや眼下に星空が広がっているようにも見えた。
「うわあ、これは凄いや、圧巻だ……ね」
ニコは振り向きながらアンドレアにそう言ったが、彼女は目の前に広がる光景に心を奪われてしまったのか身動きひとつせず、ただただそれに見とれているだけでニコの言葉は耳に届いていない様子だ。
他の者も同様に、誰一人として言葉を発することはなく、目の前に広がる空と大地に広がる星空にのまれていた。
暫くしてからメルが何かを見つけたらしく、指を差しながらニコに問い掛ける。
「ニコ、ありゃなんだい? ほら、あの黒い皿を二つばかりひっくり返したようなの」
ニコは言われるがままにその方向へ首を回すと、突然声を張り上げた。
「ん? んんん? あ、あああ! あれだ、あったよ、あったよニール!!」
ニール以下全員、突然の大声に驚きながらも、はしゃぐニコの視線の先を辿り、水面に浮かんでいる黒き双子の丘を見た。
「なんだなんだ?なにがあったってんだ!?おお!あれか、あそこか!間違いないな?ニコ、やったな」
遂にニコは目的の地である『星の降る丘』へたどり着いたのだった。
「しっかし参ったな。半周まわってもあそこに行けるような地続きの場所がないな。これじゃ、あの丘まで水の中を泳いで渡る事も考えないとだな」
ニールは困った表情を隠さずにニコにそうぼやいた。
しかし、ニコはそんなニールに「ああ」だの「うん」だのと空返事を繰り返し、一人下馬しては馬を引き、随分前から水辺を蹴ったり草を抜いたりと、一見不可解に思えるような行動をしながら進んでいた。
ずっとそんな調子のニコを見て、ニールは溜め息混じりにそのしゃがんでなにやらしている背中へ声を掛ける。
「おいおい、さっきからなにやってんのよ。そりゃお前が泳げないのは知ってるさ。だからってぐずぐずしてても仕方ないだろ。もう半周回って無駄に渡れそうな場所を探すか、ここで決断して水を渡るか、決めねーか?腹括ろうぜ」
決断力のあるニールは、もう泳いで渡るのを決めたかのようにニコに話す。
「いや、ニール泳がなくても良さそうだ。見て、この水草」
ニコは水中に生えていた草を引き抜きニールに渡す。
それを受け取り草をまじまじと見たニールだったが、ニコが何を言いたかったのか解らず首を捻る。
「なんだ? ただの草じゃねーか。これがどうしたってんだ」
「うん。でも良く見て、根腐れしかけてる。ってことはこの草は水草じゃないよね、極最近水没したって考えるのが普通だ。
何日か前の大雨で溜まったのかもしれないし、だとしたらここは大きな水溜まりって事になる。
ニール、水面に顔を近付けて丘の方を見てみて。水面から同じ草が顔を出してるでしょ? きっと水深は浅いはずだよ」
ニコは口元をニヤリと上げニールを見た。
「ほー。大した観察力だこと。感心するわ。じゃぁ俺、念のため確認してくるからお前らここで待ってて。行けそうなら呼ぶから、ゴードン隊長、それでいいか?」
「ああ、そうしてくれ。私達は引続き周囲の警戒をしていよう。それにしても驚きの連続だ。君ら二人は一体何者なのだ。黄月欠石しかり、方位読みしかり、一般人のままにしておくのは勿体無いなあガハハハ」
なぜか上機嫌のゴードンはそう言ってニコとニールの背中をバシンと叩いた。
「ケホッおっさん、力入れすぎだって」
ニールはぼやきながらニコに目をやると、そこに居たはずのニコの姿はなかった。
良く目を凝らして見てみると体の小さなニコは水辺に吹き飛ばされたらしく、頭から水面に突き刺さっていた。
そこそこの距離を進んだ馬に跨がるニールの姿は随分と小さく見えた。
程無くして、松明が左右に大きく振られニールが丘に無事辿り着いた事を知らせる。
我慢の利かぬ男、ソールがその合図に併せ勢い良く飛びだそうとしたとき、ソールよりも早く駆け出した馬がいた。
ニコだ。
「こら! ニコ! 隊列乱すんじゃないよ!」
メルの静止に耳も貸さず、ニコは誰よりも真っ先にニールの元へと突っ走った。
飛ぶように駆ける馬は水に臆することなく水飛沫を上げ、水面に映る星々を拡散させた。
「あれじゃまるで子供だぜ」
先を越されたソールが悔し紛れにそう呟いた。
「まあいいじゃない、あれが等身大の、そのままのニコだもの。それより例のものちゃんと用意してある?」
メルはゴードン等に聞かれぬよう小声でソールに言う。
「ああ、バッチリだ。その時が来たら任せときな! さあ稼ぎのお時間だ」
ソールは目を輝かせ水辺を駆け出した。
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