第21話 語り継ぐ者

 そこまで話したところで、聞き耳をたてていたソールが興味を持ったのか、ニコとアンドレアの前にドカッと腰をおろす。


「なんだなんだ、いちゃついてんのかと思って聞き耳立ててりゃ随分と真面目な話じゃないか、ちょいと俺も交ぜてくれ」


 飄々ひょうひょうとした男であるソールがいつになく真剣な顔を見せたのでニコは不思議に感じたが、それに構うことなく話を続けた。


「うん、じゃ続けるよ。


 国王は昼夜問わず商人が街道を行き来できる方法を考えた。


 正確には国王の側近の右大臣、フェメローだと言われていてね、確かに随分と頭の切れる人だったみたいで、後世に残る有名な書物を沢山産み出しているね。


 それで、初めは街道に街路灯を設置しようとしたけれど、それじゃ採算が会わない。


 どうしたものかと考え抜いた末に採用されたのが新月草だったんだ。


 それから安い賃金で雇える出稼ぎの男達とのセットで。


 新月草の栽培や扱いに長けてるのも一役買ったのかもね。


 その事業は始めこそ上手く回っていたんだ。だけど年を重ねるごとに、徐々に歯車が狂い始めた。


 微弱な毒の存在は男等も承知していたんだ、それから身を守る術も知っていた。


 だけれど長時間それに触れ続けた結果、蓄積された毒が体を蝕んでいったんだ……」



 そこでアンドレアが一言挟んだ。


「なぜ出稼ぎの人達は逃げ出さなかったの? 死んでしまったら何にもならないじゃない」


「確かにそうだね、男達は分かっていたよ、自身の体が蝕まれている事。きっと逃げたしたかったに違いない。故郷に残した家族に会いたかったに違いない。でも踏みとどまり仕事を黙々とこなしたんだ」


 突然ソールがかぶりを振ってニコに詰め寄り声を荒げた。


「だからなんで逃げなかったんだ! お嬢も言ったが死んだら元も子もねーだろが!!」


 突然の大声を聞き付けたメルがソールの元に歩みより、冷静になれと言わんばかりに肩を押さえ付ける。


「あんた馬鹿ね、昔の話になに熱くなってんの。それにちょっと考えればわかるでしょ? 自分の身を削ってでも守るものがあるか、押さえつけられていたかの二択よ、ほら座んなさい」


「ケッうるせーケツでかババアめ」


 ソールはメルに聞こえないよう極めて小さな声で皮肉を言い、再び腰を下ろす。


「あん!? 何か言ったかい?」


 メルが目を尖らせソールを睨む。


 ソールは目を泳がせながら手のひらを見せ「べ、別に」と言ってそれをはぐらかした後、ニコに話の続きを促した。


「悪かったな、つい熱くなっちまった。さ、続けてくれ」


 ニコは一部始終をあっけにとられながら見ていたが、気を取り直し話を続けた。


「残念だけど、メルの二択というのは間違いなんだ。正解は両方さ。酷い話しかもしれないけれどね、家族を人質に捕られそして、事業を成し遂げなければ国を滅ぼすぞと嘘までつかれてね。今じゃ考えられないね、そんなの……」


「やだ、酷い…」


 アンドレアは思わずそう声を漏らし、今にも泣き出しそうな顔をして口を押さえた。


 共に話を聞いていたソールの顔はみるみる赤くなり、腕を捲し立てて立ち上がると、怒りに任せて叫んだ。


「なんだそりゃ! どこのどいつだそんな酷でーことすんのはっ! おいニコ、そいつの居場所教えろ! 今からいってぶん殴ってやる!」


 殴られたのはソールだった。


「何度も言わせるんじゃないよ。昔の話だって言ってるじゃないか、いちいち話の腰を折るんじゃないよ、このうすら馬鹿!」


 メルはソールの頭を殴り付けた後、ソールの背後にピタリと付くと腕組みをして、ニコに話をつづけるよう目配せをした。



「え、えーと、大国に成りつつあるリングランドは小国に対して傲慢になっていたんだ。


 周辺国とのいざこざもこの頃から急激に増えてるね。


 さて、話を戻すと、男達は何年もの月日を掛け四本の大街道全てに新月草を植え終えた。


 これで故郷に帰れると喜んだんだ。


 そして、約束通りリングランドから解放され北へ延びるイーリス街道から帰路についた……」


「なんだ、みんな帰れたんじゃねーか。よかったなあ、なあメル」


 ソールはまたも話を自分のタイミングで切ると、安堵の表情で後ろへ振り返りメルの顔を見た。


 まだ話は終わってないよと言いたげに、メルは無言のままソールの頭を片手で鷲掴み、ニコの方へグイッと頭を戻した。


「男達はほぼ全員、故郷の土を踏むことなく死んでしまったんだよ。


 帰路の途中、次々と倒れていったんだ。きっと蓄積された毒に体が耐えられなくなってしまったんだろうね。


 北のイーリス街道には転々と名も無き石碑が建ってるんだ、それは彼らがそこで命を落とした証。


 今じゃその存在を語る者もいないけれどね…」


 まつ毛を濡らすアンドレアは、口を開く事無く手を柔らかく組むと、天を仰ぎながら祈りを捧げた。


 ソールはおもむろに立ち上がるとニコの肩に手を置き新月草を眺めながら言った。


「ありがとよニコ、俺はなんにも知らずにいたんだな。故郷に帰ったらおふくろに聞いてみるわその話し。悔しかっただろうなあ。でも立派だったんだなあ…… 俺の先祖は」



 一同はその言葉を聞くと、はっとした表情でソールに目をやった。


 僅かな間をおいて、ニコは複雑な表情のままソールの手をとると、とても強い眼差しでソールの銀色に輝く瞳を見据え、固く手を握り頷いた。


「光に照らされた歴史の影はいつの時代も必ずあるんだ。語りきれない数々の物語は陽の目を見ぬままに埋もれていってしまう。だから吟遊のしらべでも、観劇でもいい、歌姫の歌でもなんだっていい、語り継ぐことが大事なんだ」


「ああ、俺にも子供ができたなら、必ずするさ、今の話しを。それはそうとなんでニコはこの話に詳しかったんだ? 俺ですら知らなかった話なのにさ。お前が歴史を好きそうにも思えないんだがなあ」


 ソールがそう思うのは決して不自然なことではなかった。


 歴史に埋もれ、誰もが語り継ぐことのなかった物語をなぜニコだけが知り得たのか。


 皆がそう疑問に思っていたことをソールは丘を抜ける風を背中で受けながらニコに尋ねた。


「僕と新月草を繋いだのは、フェメローだ」


「おお、さっきの悪徳大臣か」


「うん。さっきは悪い印象をみんなに与えてしまったかもしれないけれど、後世に残る偉大な発明や発見をいくつも残した人でもあるんだ。例えば普段みんなが当たり前の様によく使う文字なんかもフェメローが今の形にしたって言われてるね」


「ああ、俺は読み書きできないがな」


「別に変な意味で言ったんじゃないよ、気を悪くしないでね。他にも挙げればきりがないけど彼は植物の生態にも関心があったみたいで、名著をいくつも残しているんだ。『ポルトラス植物典』もその一つだね。知る人ぞ知る凄い本なんだ。リングランドの街道が整備されてから様々な物が集まって来て……」


 その時、話を遮るようにニールが離れた所からニコを呼んだ。


「話の途中、悪いけどニコ、こっち来れるか? 確認したいことがあるんだ。ソール悪いな、ニコ借りるぞ」


 ソールは手を挙げそれに応じ「また続き頼むわ」と言って自分の馬へと戻って行った。


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