第20話 街道脇の新月草
夜空に悪戯にばら蒔かれたような星々が、遠く山の峰にゆっくりと幾つも沈んでいった頃、街道の幅も徐々に狭まっていく。
辺りの景色も人里からは離れたことを物語るよう、直線で組み上げられたものは皆無となり、曲線で織り成すものだけで風景が彩られていた。
遠くに見える黒い森や、背の高い茂みは、星の微かな明かりに照されて、どことなく心細く見えなくもない。
ソールは移動の最中、暇さえあれば誰かと無駄口を叩いていた。そんなソールがニコのそばまでやって来ると、前を向きながら独り言のように話し始めた。
「不思議なもんだよなあ、人の多いところには影はやたらうじゃうじゃ湧いて出るくせに、そこからはなれりゃ一つも出てこなくなるんだもんなあ。なあニコ」
やっとの思いで振り切った事をぶり返されたニコはやや苛立ちを覚えたのだが、確かに言われてみるとソールの言っている事は正しく思えた。
ニコは彼の振った話題に乗り、逆にソールの考えを聞いてみたくなった。
「本当だ、何故だろう。何か関係があるのかな? ソールはどう思うの?」
「ああ? 俺がどう思うか? そんなの分かるわけねーだろ。知りたけりゃあいつらに聞いてみりゃいーんだ。ま、言葉を話すことができて、なおかつあいつらが人を飲み込もうとしなけりゃあな、ハハ、無理に決まってらー」
ソールの言うことは、影を知るものならば誰もが分かる当たり前のことだった。今、改めてそれを考え直してみるとその当たり前のことを証明するために誰か挑んだ者がいただろうか。
影の一族の事を真っ正面から研究したものが今までに居たのだろうか、という素朴な疑問に辿り着いた。
ニコはそんなことを頭に巡らせながらソールに返す。
「ねえソール、影の一族を詳しく知る人って居るのかな」
「まーた、ニコは何で影に拘るのかね、あいつらの事は謎なのよ。謎を暴いたってなんもないの。わかる? 謎のヴェールを剥いだら大抵はつまらないもんなんだぜ? 試しにメルの服を剥ぎ取ってみろよ、何処にでもあるつまらないもんが見れるぜっ!んが!? あ痛っ!」
いつの間にかソールの真横に来ていたメルが目を吊り上げながら、ソールの頭に短刀の鞘で一発お見舞いした。
「ああん? 誰の何がつまらないものだってんだい? こら! 待ちなソール!」
先程までの張り詰めた緊張感が嘘のように消え去り、おどけながら逃げ回るソールを楽しそうに追いかけるメルを見て、アンドレアはクスクスと笑った。
ニコもそのアンドレアの屈託のない笑顔を見て一緒になって笑った。
が、やはり心の何処かに引っ掛かりを残したままだった。
それからしばらく進んだとき、ニールはゴードンに掛け合い、現在地の確認のために一行を一旦止めるように頼んだ。
ゴードンはそれを承諾し「全体止まれ」と指示する。
「これより暫し休息をとる、我が兵は馬に水をやるのを忘れるな、四方には松明を。まだ影がでてくるやもしれん、警戒を怠るな。
それから諸氏、承知の事と思うが街道脇の
ゴードンの号令により全員馬から下馬し、各々が束の間の休息に入る。
皆は移動や影との遭遇もあり、多少の疲れを感じているせいか、あまり口を開くことなく休息をとっていた。
下馬したアンドレアはニコのすぐ真横に腰を下ろした。
「うふふ。地べたに座っちゃった」
「あ、ごめん。ハンカチならあったのに、ちょっと立って。下に敷いてあげるから」
「いいのよ、いいの。気にしないで。嬉しいの、地べたに座れるのが」
ニコは色々と思うところがあったが「そっか」と一言笑顔でこたえた。
「ねえニコ聞いていい?さっき隊長さんが草には触れては駄目だと言っていたけれど、どの草に触れては駄目なのかしら」
「ああ、ほら、あの青白く街道を照らすあの草だよ。新月草っていうんだ。確かに毒があるから気を付けてね」
「ええわかったわ、ありがとう。それにしてもなんだか不自然な気がするわ。だって街道は人が作ったものでしょう?
なのにそれに沿うようにその草だけが自生するかしら、ねえニコ何か知ってる?」
ニコは感心しながらも、新月草を見つめる青白い光に照らし出されたアンドレアの美しい横顔に目をやった。
「良くそれに気付いたね。そうなんだ、この新月草にはね、人の手が加わっているんだよ。悲しい話と共にね」
「あら、やっぱりそうなのね。ところでその悲しい話しってどのような話しかしら。気になるわ」
ニコは街道を何処までも暗闇に浮かび上がらせるその物悲しい光を眺めながら
『哀しくなったら 道を見ろ 照らす光は故郷に続く 閉じた瞳のその先に 見える姿は霊峰カノン』
「リングランドが建国された当時、国王の言った一言「道は即ち、血の管なり」の号令のもと国策として大規模な街道の整備がなされたんだ」
「ええ、勿論私も知っているわ。偉大な王、フェリパ一世の有名な言葉ね」
「うん。国王の先見の目がよほど優れていたのか、それからすぐに航海時代が幕を開けて近隣諸国との交易が盛んに行われ、リングランドは瞬く間に大国にのしあがった。
ここまでは誰もが知る当たり前の有名な話だよね、でもやっぱりどこでも同じ、この世の常かな。
光の当たらない、歴史の表舞台には決して出てこない影の部分が同時に生まれていたんだ」
アンドレアは濡れるような大きな瞳を見開き、食い入るように黙ってニコの話を聞いた。
「霊峰カノン、ノースランド公国よりも更に北にある小国リリアを抱えるとても大きな山だね。
その貧弱な大地は極寒で、人が暮らすには厳しすぎる環境。
毎年雪の降る季節には国の男衆は険しい山道を下り南方へ出稼ぎに来ていたんだ。
リリアの特産品である新月草を抱えてね。
時期を同じくして、国王は完成した街道の活用として交易に力を注いだ。四方に伸びた街道からは人と物が頻繁に往来し、国はどんどん栄えていった。
暫くして交易商人達が国王にかけより交易をもっと盛んに行えるようにして欲しいと懇願してね、それを国王が快諾したんだ」
ニコはゆったりとした口調で、まるで自分がその事柄を経験したかのように語る。
アンドレアはニコの紡ぐ言葉の波に小舟を浮かべると、身を任せ、ただただ揺られるだけとなる。
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