第18話 影②


「隊長さん!鈍器あります? もしあるなら投げ入れてくださーい」


 ニコを除く皆は口をポカーンと開け、場の雰囲気を一切無視したニコの発言に対して呆気にとられた。


 絶望的なこの状況下で誰もが不安を抱え戸惑う中、ニコだけはそれに飲まれることなく普段と代わり映えしない表情で、一人なにやら行動を起こす様子だった。


「すまない青年よ。あいにく今は持ち合わせておらんのだ、しかし鈍器など何に使うのかね?」


 ゴードンからの返事は残念なものだったがニコはすぐさま鈍器の変わりとなるものに目をつける。その後、ゴードンに返事をした。


「わかりました、変わりになるもの見つけたから大丈夫です! それから僕の合図があったらこっちを見ないでくださいね!」


「わ、わかった。が、一体何をすると言うのだね?」


「今は説明してる暇はありません、無事この場を離脱することができたならばその時に!」


 そう言いながらニコは腕にはめていたバングルから黄欠月石をナイフでこじると器用に外した。次いでメルに短刀を自分に渡すよう要求した。


 メルは直ぐ様それに応じ、腰当てから短刀を引き抜くとニコに向かって柔らかく放り投げた。


 それを受け取ったニコは短刀の刃とは逆の峰の部分を指でなぞり、厚みと重さを確認する。「これならいけるかな」と独り言をいった。


 皆は其々に思いを巡らした。


 これからニコがする事に対して大まかな察しはついたのだが、それが今この場で何を意味するのかまでは考えが及ばなかった。


 そこでついにニールがニコに尋ねることになる。


「な、なあ。お前こんなときに何しようってんだ? 水を指すつもりは微塵もないけどよ、意味があってのことなんだよな? そうなんだろ」


「うん、勿論さ! 今から皆に説明しようとしたの。じゃ手短にいくからね。途中、疑問に思うことがあったとしても、それはここから無事に抜けられたら説明するから、今は僕の話に集中して」


 そう念を押してからニコは皆の顔をぐるりと一通り見回した後、軽く頷き再び説明をはじめた。


「まず、僕の合図があったら皆は目をつぶるなり、手で覆うなりしてとにかく僕の方を見ないで欲しいんだ。

 きっと目が眩む程の光が辺りに拡散するからね。

 まともに見たら失明するかもわかんない、だから見たら駄目なんだ。

 あ、そうそう、馬の目も隠してあげてね。

 影が退いたのに馬が走れなかったら意味ないものね。

 チャンスはたったの一瞬だけだ。

 だから僕の合図の後、二つ数えたら一斉に隊長さんの元へ駆け出して。

 僕も同じタイミングで飛び出すから。

 いいね」


 皆は一斉に頷きニコの作戦に乗った。逆を言えば、この状況下において、それに乗るしか無いともいえた。皆はすぐさま個々の役割を決めることとなった。


 始めに口を開いたのは兵士だった。


「私が先陣をきろう。兵士たるもの影などに臆することのないことを証明してみせよう。皆はそれでよろしいか」


 するとソールが兵士の足元をすくうように軽口を叩いた。


「さっすがだね、いやあ立派なこった。さっきまでは随分と動揺してたみたいだけどなあ? あいたたっ! なんで叩くんだよ、本当の事だろが」


 メルが無言でソールの頭に鉄槌を下した後、心配そうにニールに視線を移した。


「すまないが俺はさっき落馬したときに肩を痛めちまったみたいだ。だから今は何の役にもたてなそうだな。メルの後ろに乗らせて貰おう。それからお嬢さんはどうすんだ? 馬なんか操れそうにないもんな」


 と言いながらニールはニコに視線を向けた。


「ああ、勿論アンドレアの事は僕にまかせて。ね、アンドレア君は目を瞑りながら馬の目を抑えているだけでいい。大丈夫、そんな不安そうな顔をしないで。僕を信じて」


 馬上で涙ぐみながらも、アンドレアはニコの言葉に応えるよう強く頷いた。


 馬は影と対峙するように一列に隙間なく並びニコの合図を待った。


 ニコは平たい手頃な石の上に黄月欠石を置くと、腰に着けたバッグから小瓶を取り出した。小瓶は青く怪しげな、弱い光を放っている。それを二三度軽く振ると、光は若干ながら強みを増した。


 ニコはコルクの栓を抜き、中身の青く光る物を黄月欠石に降りかけた。サラサラと小瓶から注がれるそれは、粒子の細やかな砂のようであり、麦を挽いた粉のようでもあった。


 欠石は淡い緑色に輝きだす。


 それを確認したニコは一呼吸して短刀を大きく振りかぶる。


「今だ!!」


 ニコは強く目をつぶり、黄月欠石目掛けて力一杯、短刀の峰を降り下ろした。


 高い金属音が鳴り響く中、影を消し去るほどの白く眩い強い光が辺りに拡散する。


 それにあわせて兵士が先陣を切りゴードンの方へ駆け出すと、メルとソールも後に続いた。


 ニコは手際よく馬に飛び乗り、アンドレアを覆いながら、うっすらと姿を現しだした影の中を突風の如く抜けた。



 その時だった。


 薄い影の胴体を突き抜けたニコは、刹那の中にあって、不思議な声を聞くこととなる。



『……忘レルナ……サン…レネ、約束……ハタセ……チカイ……』



「なに!? わからないよ、なんて言ったの? 誰、誰なんだ、君たちは一体なんなのさ……」


 夢の中かどうかすら定かではない中で、ニコは可能な限りの声を張り上げた。声の主が影だと目星をつけたニコは、影達と意思の疎通を瞬時に図っていた。

 しかし、影を抜けてしまった後は、再びその声が響く事はなかった。


 急に夢から醒めたような、実に奇妙な感覚が体にまとわりつき、なんとも言えない気だるさがニコを覆う。


 駆け抜けた直後ニコは直ぐ様振り返ると、遠ざかっていく影の一族をいつまでも見続けた。


 影を捉えて外さない視線はどこか虚ろに、しかし、強く何かを欲するようなものだった。

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