第14話 アヴェリノア小劇場

 外城壁に併設された広報台は人一人の高さほど。両隣にトーチを置き、その真ん中にニールは立った。


 観客は髭面の熊のような木箱に座る大男ただ一人。役職はリングランド王国第三門兵団団長。


「コホン」咳払いを一つ。ニールは星空に両腕を上げ静かに語りだす。


「いつかの詩人は月に静かに語りかける。人の身分とは悲しきかな、目には見えぬ壁。しかし、壁が屈強であればあるほど、高ければ高いほど、燃え上がるものがある。そう、それは恋の炎。


 少女は高貴な白百合だった。高嶺の花であった。魔を寄せ付けず、穢れることを知らない。


 青年は野草であった。地を誰よりも知っていた。その手から生み出す物は虹色に、人の心を魅了した。


 生まれも育ちも全く逆さまな二人は、運命か宿命か、その道を交える事となる……」


 ゴードンは既に物語に引き込まれていた。舞台の中にいるような錯覚を覚えた。時に瞳を閉じると、目の前には物語の登場人物が動き回っている。すっかりニールの話術の虜となっていた。


 始めはゴードン一人がその物語を深く頷きながら聞き入っていたが、いつの間にやら聴衆は十人を超えていた。


「青年の存在に気づいた父は怒り狂った。白百合の父は青年に向かい剣を振りかざす! 青年は覚悟を決めた。この場で自分が切り捨てられ、白百合が赤く染まろうとも悔いはないと。貫いたものは自分の信じたものなのだからと」


 迫真の演技だった。額にはじんわりと汗が浮き、前髪が張り付く。しかしニールの口は止まることを知らない。聴衆の心を鷲掴みにするまでは。


「狂気にまみれた屋敷を抜け出した青年と白百合は手を取り口付けを交わす。貴方を生涯守り抜くと。そして約束の地へ必ず導くと。二人は蕀の道を選び、突き進む」


 物語終盤。二人が約束の場所に行くシーンに差し掛かる頃には門兵の全員がニールを取り囲んでいた。中には咽び泣く者や、感極まり暗闇の空を見上げる者もいた。


 そんななかでも一際目立ったのが団長であるゴードンだった。


 彼の瞼は赤く腫れ上がり、涙が枯れてしまったのか、掠れた声でハンカチを部下に交換させる始末だった。


 ニールはニヤリと口元を上げ、仕上げに取り掛かることにした。


「……青年と娘は馬にまたがり街を駆け抜けた! 速く、辻風よりも速く! 追っ手の網を掻い潜り、門をひたすらに目指す。しかし二人の行く手を阻む最大の難所が突如として目の前に現れたのだ! 若い二人にはそれは神々の審判の扉にも見えただろう、固く閉じた重厚な鉄の扉の前に二人の恋路は終わりを迎えるのだろうかっ!?」


 一段と声を張り上げ、両手を広げ、若干オーバーにも見える仕草とその巧みなまでの話術で聴衆の心を掴んで離さないニールは、いよいよというところでピタリと話すのを止めた。


 静まり返る門兵達をよそにニールは素知らぬ顔で口をつぐんだまま一向に話し出す気配を見せなかった。


 それに痺れを切らしたゴードンが威勢良く立ち上がった瞬間、ニールはそれを待っていましたと言わんばかりにゴードンの目を真剣な眼差しで見据え呟いた。


「実話なんだ。戯れ言なんかじゃない、この話はこのリングランドで実際に、この場でおこってんだ」


 目が点になるとはこの事だった。ゴードンの野獣のような目は、意表を突かれ、まさに点になった。


 ニールはすかさず指笛を強く吹く。


 すると五番通りの奥に松明の明かりが灯った。


 そこにはメルとソールに連れ添われたニコとアンドレアの姿があった。


 全ての兵士達は一斉に振り返り、近づいてくるニコ達をまるで観劇の俳優を見るかの如く迎えた。


 事の詳細を全く把握していなかったニコは、兵士達の自分を見る眼差しの異様さに戸惑った。同時に、どうやってニールがこんな展開まで持ち込んだのか気になった。


 ニールに促されニコ達が下馬すると、兵士を強引に掻き分けてゴードンがニコの前にやってきた。


「おおご令嬢、並びに青年よ、ここまでの道のりさぞかし険しいものだったろう。心中を察すると我が身が裂かれる想いである。だが安心しなされい。この先の苦難の道程、我等リングランド王国第三門兵団精鋭が護衛させて貰いましょうぞ」


 つい先程までは追われる側だった自分達を護衛してくれるなど、一体何がどうなったのか上手く飲み込めずにいたニコの肩に手を置きニールが耳打ちをする。


「 いいかニコ、人の心を掴むってのはこういうこった。誰もが物語の一員になりたいんだよ。俺はさ、口先三寸で世の中を渡ってきたんだ、相手が同業者でなけりゃ朝飯前だな。例えそれがどんなに屈強な兵団でもな 」


 あっけに取られ全てを飲み込むに至らないニコとアンドレアの周りには何人もの兵が声を掛けにきた。


「青年よ、君の思いが叶うといいな、応援しているよ」

「お嬢さん、きっと棘道を抜ければ素晴らしき大地にたどり着きましょうぞ」

「願わくば二人の行く手に祝福を」



 そんな暖かな雰囲気に包まれた人だかりの外れで、その様子を静かに伺っていたソールは驚きを隠すことなく声を漏らした。


「ほー。ニールの大将、本当に兵隊を言いくるめちまったぜ。おまけに頼みもしてない護衛付きとは参ったなこりゃ。あえて警備の多いアヴェリノア門を選んだ理由はこれだったのか」


 ソールの横に静かに並んだニールは、兵士らに囲まれたニコとアンドレアを見ながら言った。


「ありきたりな物に価値なんてないんだ。いかにしてそれが魅力の有るものに見せられるか。そうさ、付加価値をつけてやりゃいいのさ。ただの恋の話しより、悲恋のほうが食い付くだろ?」


 言葉の真意を上手く汲み取れなかったソールは首を傾げ呟く。


「はあ? 悲恋? なんの話だよおい」


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