第13話 アヴェリノア門のゴードン

 細く入り組んだ街並みを縫うように進むと、ようやく大聖堂のみどりに装飾された玉ねぎ屋根が建物の間から見えてきた。


 暗い路地の角から頭だけひょっこりと出して辺りを確認した後、少し開けた広場の脇を辻風のように駆け抜けたとき、後方の路地から複数の馬が飛び出しニコを目掛け追ってきた。


「おいおい! ニコ! 遅ぇーよ、トラブルでもあったかと思ってやきもきしたぞ」


 ニコのすぐ右後ろまで迫ってきた男がそう言った。


 頭からローブを羽織っていた男はそれを剥ぐと、濃い栗色の髪を掻きあげ、頭を横に振り髪を風であんだ。


 ニコは何も言わず手綱を持った右手を離す。そして、拳を握りしめ男の方へ差し出した。男はニコと並走し、差し出された拳に自分の左の拳をコツンと当てた。


「ごめん、少し遅れた。ニールの助言がとっても役にたったよ」


「そうか。じゃ、うまくかわせたんだな。で、後ろのが例のお嬢様ね。よっ!お嬢様、よろしく!」


 ニールはいつもの軽めの調子でアンドレアに挨拶した。


 アンドレアは警戒を解くことなく軽く会釈するに留まった。


 ギュッと強く握られたニコの服にアンドレアの警戒感と緊張感が伝わったニコは、彼女の不安を拭うように優しく言葉をかけた。


「大丈夫、彼の名はニール。僕の親友さ。とても頼りになる心強い仲間だよ」


 間を挟んでニールは皆に号令をかける。


「よし、ここからは俺が指揮をとるぞ。このまま通りを南下して一気に外城門を目指す、警戒を忘れんなよ!」


 ニールは騎馬隊の隊長よろしく勇ましい声をあげ、ニコに続く二人の仲間にも号令を掛けたつもりだった。が、空しいかなその声は馬の走る音にかき消されうまくは伝わってはいなかった。


 一同の目には、ただただ興奮してはしゃぐニールの姿しか映ってはいなかった。




 五番通り外城門 『アヴェリノア』



 円形のリングランドを南北縦に貫く中央通り、中央広場から下は五番通りが南のワルツランド公国まで続いている。


 リングランドの周囲は、数百年前に建造されたとされる屈強な石の城壁で囲われており、各通りの終わりには大きな門が構えている。


 五番通りの門には豊穣の女神アヴェリノアにちなんだ麦と葡萄酒の装飾が施されていた。

 豊かさは暖かな南からやって来る。この地方の昔からの教えは、アヴェリノアになぞらえたものだった。


 街の中心部を外れた頃には警備の手も薄くなり、思いのほか時間を掛けずに先へ進むことが出来るようになっていた。とは言っても、夜警団にニールが袖の下を掴ませただけのことだったのだが。


 通りの町並みがアヴェリノアにちなむ看板や鉄の細工のベンチで目立つようになると、いよいよ目前に大門がその姿を現した。


 門の両脇には門兵の詰所がありその手前には検問所もあった。


 この検問所は近隣諸国との交易で入国する人や物からの税の接収と、不審者や賊などからの防衛を目的とされており、リングランドの四方に設営されている。


 そのことから、北南西東の四方の門は他の小門よりも屈強な造りとなっており、伴って警備も他の倍以上になっていた。


 ニコは疑問を抱いていた。それは、ニールがなぜこの厳重な警備体制にあるこの大門を選んだのかということ。小門ならば、手を焼くこともなく、すんなり通れたはずなのに。


 先頭を走るニールが馬の速度を徐々に落とし一旦立ち止まった。


 そして腕を水平にし、後列に止まれと指示を送る。


 横一列の形になった四頭の真ん中に位置するニールが小声で皆に言った。


「ちょっと様子見てくるわ、おまえら待機な。なにかあったら予定通り動いてくれ。んじゃ合図まで待ってて」


 ニールの連れて来た二人は頷いて返事をした。


 ニコは話の前後から状況を察し、おとなしく事の成り行きを見守ることとし、言われた通りこの場で待機することにした。


「久しぶりねニコ。少しは背が伸びたかしら」


 ニールの連れてきた二人の内の一人がニコに声を掛けた。傭兵を生業なりわいとしている女性、メルだ。


 オリーブ色の瞳を持ち、長い金髪を後ろで一つに束ね結っている。血の気の多さ、勇敢さは折り紙つきで、ニールですら手を焼く程だ。


 また、その腕は随分と立つようで、要人の護衛であったり、隣国との小規模ないざこざに兵として出兵することもある。ニール曰く、黙っていれば振り返らない男は居ないらしいが、この年まで一人でいるのはやはり性格がたたっているのだろうとの事だった。


 ニコは苦笑いしながら皮肉を返す。


「うん、久しぶりだね。メルも年取ったんじゃない?」


「なに言ってんのよ、三十手前なだけで、私はまだまだ若いよ。それより今夜は一段と暗いわね。こんな最低な夜にデートなんてあなた中々やるじゃない、後ろの彼女可愛い子ね」


「か、彼女だなんて、違うよ! それにデートとかそんなものじゃなっいてば」


 あわてて返すニコが余程面白かったのか、下馬して壁にもたれ掛かっていた、もう一人の仲間の男がケラケラと笑いだした。


 ソール。いつの頃からかニールと行動を共にしていた男。体裁はニールに雇われているようだが詳しくは全て伏せられている。少し鼻にかかる高い声はいつもと変わることはなく、道化にも見える奇抜な服装は、ひょうきん者を地でいっている具合だ。


 北国出身者の特徴、鷲口の様な鼻から奏でられる鼻歌は、常に明るい雰囲気で、彼の性格の軽さを回りに知らせている。


「おお、その慌てぶりを見ると図星みたいなもんだな、お前分かりやすすぎるわ」


「本当ね、昔から変わらないわ」


「二人ともからかうのやめてよ、そんなんじゃないってば。ね、アンドレアも黙ってないで二人に何か言ってやってよ」


 ニコは照れ臭そうに振り返り、アンドレアの様子を伺う。


 するとそこにはローブに頭を隠しながら顔を紅らめ、もじもじとするアンドレアの満更でもない姿があった。


 それを見てニコもまた、考えを巡らす間もなく赤面し、無言でメルとソールを交互に見た。



「フフ、若いっていいわね」


「へっ俺達こんなもの見に来たわけじゃねーっての、仕事じゃなきゃやってらんないね」


「ソール、そんなぼやかないで。あなたにもあったでしょ? あんな時期が」


「ん? あ、ああまあな。ん、あれ? あったっけかな俺?」


 メルとソールは束の間の休息をそんな冗談めいた会話で潰した。




 一方のニールは、堂々と検問所の門兵の前を通過するとその足を詰所に向かわせた。


「おーい、ゴードン隊長! いるかーい」


 なんとも馴れ馴れしい態度でニールはアヴェリノア門の門兵長ゴードンを呼び出した。


 一声かけてから暫く待っていると詰所の小さな窓からこちらを伺うギョロリとした目が確認できた。


 間もなく木戸がゆっくりと開き、中から大柄の男が姿を現した。


「ようスネイプル。こんな夜に何の用だ? まあ用がなけりゃ来ないだろうがな。それともあれか、ついに事業に失敗でもして死にたくなったか。今夜なら城外を出歩けばすぐにでも楽になれるな、ガハハ。さて、用件だけは聞こう用件だけはな」


 のったりとした口調で男はニールに用件を聞こうとしたがニールはそれには答えようとしなかった。


「俺は例え失敗したって死なねえよ、それより、なあ隊長、時間あんだろ? 退屈な警護に一ついい話を持ってきたんだぜ。な、聞きたいだろ?」


 話好きの人情家で知られたゴードンはニールの提案に直ぐ様乗った。胸の前で組んでいた腕を下ろすと、片足で横にあった木箱を器用に手繰り寄せ、ドカッと腰を下ろした。


 胸の前で組まれた腕は拒否を表す。それを解除したということは、ニールを受け入れた証拠。そう踏んだニールは、しめたと言わんばかりに舌で唇を湿らした。


 そして、即席で作り上げた貴族の娘と下町の画材職人の悲恋の物語を吟遊詩人よろしく語り始めた。


 勿論の事、それは紛れもなくニコとアンドレアの事を指していたのだが、敢えて名は伏せ舞台は架空にし、実際にあった出来事のように巧くニールが脚色していた。


 新月の晩、この場に観客僅か一名の即席アヴェリノア小劇場が開幕したのであった。

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