第3話―よろしく、相棒―
空母に辿り着くなり霹は救護兵に連れられ医務室へ。
一方の靂たちは兵士たちに銃口を突きつけられながら無機質な廊下を歩かされている。
「ねぇ、ナクア……? ここってどこなんだろう? 地球軍? なんか怪しくない? 中立コロニーなのに軍がいるっておかしくない?」
「もしかするとこいつら、裏の軍隊かもしれない」
裏の軍隊、それは各国が秘密裏に持つ軍隊のことだ。
イーマンと戦うために地球各国は同盟を結び、地球連合として立ち上がった。各国の技術者や軍人は国家の垣根を超えて協力しイーマンと戦う、それが表向き。
しかし裏ではイーマン討伐後の宇宙の利権を少しでも多く握ろうと、各国独自の軍隊を動かしている、という噂がある。戦争を終結させたのは実は自分たちの部隊だ、なんて言えればその国家の手には多くの利権が渡ることだろう。
だがあくまでも噂は噂。実際にあるかどうかは定かではないが、あってもおかしくはない。火の無いところに煙は立たないのだ。
「正規兵じゃないってこと? じゃあ投降したのはまずかったってことかな?」
「それはまだわからない……少なくとも情報は持ってるはず。それにお姉さんのことも知っていたし、治療もしてくれている。良いか悪いか判断するのはこれからだよ」
「うるさいぞ、小娘たち。黙って歩け!」
彼女らの前を歩いていた軍人の男が振り返ってそう声を荒げた。
靂たちに投降を促した男の声だ。
彼は齢30くらい、高身長で筋肉質な体つき。残念ながら表情は視覚強化ゴーグルを付けているためわからない。
「あなたたちが勝手に拘束したのに酷い言い草だよ。それに私言ったよね? あなたたちに投降するわけじゃないって。なのに何なの、この扱い」
「黙ってろ、艦長命令だ!」
男がさらに声を荒げて言う。
だが、靂はそれを聞かずニマニマと彼の言葉をバカにした。
「艦長ぅ? ほんとに? じゃあさっきは艦長直々に出撃してたってこと? おかしくない? 実はお飾りの艦長だったりして」
「ちょ、ちょっと靂……やめなよ」
「貴様ぁ……!」
男が拳を握り締め、一歩靂へと近付いた。その時だ、男の背後から声が聞こえた。
鈴の鳴るような、とても耳あたりのいい美しい声音だ。
「羽場ルーサ艦長、暴力はいけませんよ。彼女たちを無理やり連れてきたのはこちらですのでそれなりの対応はあるでしょう? ですが戸崎靂さん、あなたもです。彼は立派な軍人です。この船を任されるほどのね。あまりそういうことを言ってはいけませんよ」
「私の名前を知ってるの……? 誰……?」
キュルキュル、と何かが軋むような音を立てながら女は靂たちの前に現れた。
彼女は長くてさらりとした金髪に青白い瞳、それに透き通るような美しい肌のまさしく絵に描いたような美人だった。
その後ろにはすらりと高身長の銀髪の女がいた。彼女は金髪の女の乗った車いすを後ろから押している。
先ほどの軋む音は車いすが動いた音だったのだ。
その女にナクアは見覚えがあった。
「あなたは……生徒会長?」
「あら、覚えていてくれて光栄です、ナクア・カザバミさん。えぇ、わたくしはあなた方の通う学園の生徒会長を務めさせていただいています、ササメ・ロージャーと申します。こちらは従者のユーリカ・エリュトーチカ。お見知りおきを」
ササメは車いすに座ったまま丁寧にお辞儀をし、ニコリと靂たちに微笑んで見せた。
しかし靂たちは驚きと困惑の色が隠せずにいる。
「えっと……その、生徒会長さんが何でここに?」
「そうでしたわね。わたくしはピース・ルーラーという部隊の隊長を務めさせていただいています。そう、地球軍ともイーマン軍とも違う、彼らの戦いを止めるために結成された第三勢力とでもいうべきですわね」
「だ、第三勢力……?」
「えぇ。両者の行き過ぎた戦いを止めるのがわたくしたちの役目です。あなたのお姉さん、霹さんもわたくしたちの部隊の一員。その中でもエースパイロットなんですわ。その活躍は素晴らしいという言葉では表せられないくらい良いものでしたよ」
「お姉ちゃんがエースパイロット?」
「ですがイーマンのコロニーに潜入し開発途中の機体を奪取してくるという先の任務……そこでケガを負ってしまい、本当に申し訳ないことをさせてしまったと思っていますわ」
ササメは深々と頭を下げる。だが靂にはそれが見えていない。
彼女は姉が第三勢力のエースパイロットだと知り、頭がこんがらがっていた。故に目の前の景色がぼんやりとしか認識できなくなっている。
そんな彼女の代わりにナクアが声を上げた。
「あの……じゃあアーサー、いえ、アーク・サーヴァントはもともとイーマンが作っていたもの、ということでいいんですね?」
「えぇ。あの機体が量産されるようなことがあれば地球軍との均衡は崩れてしまう。だから開発途中に奪ったのです」
「そうなんですか……」
ナクアは言って、すぐに首をかしげた。
「いえ、待ってください……どうしてあなたはボクたちにそんな大事なことを? こういうことは基本的に軍事機密とかそういう部類ですよね?」
その問いに答えたのはササメの背後で無言を貫いていたユーリカだった。
「戸崎靂、ナクア・カザバミ両名はお嬢様の命により、この時を持ってピース・ルーラーの一員として、ここ、宇宙空母コスモスに配属とする!」
「は、はぁ!?」
思わずナクアが素っ頓狂な声を上げる。靂はまだ姉の衝撃が抜けきっていないのか呆けているまま。
「ははは! ちょうどこの艦には清掃員が足りていなかったからな! お前たちみたいなガキには艦内の隅々までキレイにしてもらおうか! いや、艦内の清掃だけじゃなく洗濯も任せてやろう!」
と、羽場は彼女たちを指さして笑いながら高々に言う。
「い、いや、ちょっと待ってください! ボクたちまだ何も!」
ナクアの言葉は途中で遮られてしまう。彼女の背後に立っていた兵士たちに組み伏されて、だ。
「勝手にボクたちを乗組員にして清掃員だって!? そんなふざけたこと言うな! 靂も嫌だろう!?」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
「あぁ、くそ! おい! ササメ! 何とかしろ! おい!」
声を荒げるナクア。しかし彼女の首元に注射が打ち込まれた瞬間、すっと眠るように意識を失ってしまう。
靂も同じように注射を打たれ、意識を失ってしまった。
彼女たちの意識が失われる直前見えたのは、ササメが穏やかに笑う顔だった。
次に靂が目を覚ましたのはその翌日、ベッドの上だった。彼女はぼんやりとする意識で目をぱちくりさせ、辺りを見渡す。
病院みたいに辺り一面真っ白だ。そして自分の隣で眠るナクアを見て、思わず飛び起きた。
「ナクア! 大丈夫!?」
「うふふ。眠っているだけですわ。無理に起こしてしまってもかわいそうでしょう? 眠らせておきましょう」
その声はササメのものだ。彼女はベッド脇で靂たちを見守っていたのだ。
ササメは優し気に微笑み、靂に飲み物を手渡す。
「あ、ありがとうございます……えっと……ササメ、会長でしたっけ? すいません、ちょっとショックが大きくて記憶がごちゃごちゃしてて」
「いえ、間違えていませんわ。改めて自己紹介しますわね。わたくしはササメ・ロージャー。カナメ・ロージャーはご存じかしら? 宇宙開発の第一人者の。わたくしはその孫にあたる人物です」
「そ、そうだったんですか……すいません、私、学校でも会長のこと、あまり知らなくて……」
「えぇ、そうですわよね。わたくしは学業よりもピース・ルーラーの活動に力を入れていましたから。学園ではあまり表に立てずじまい……」
靂はササメから受け取った飲み物を口にし、顔をしかめた。とても苦かったせいだ。
「苦い……」
恨めしそうにササメを見ると、彼女はいたずらが成功した、とでも言いたげな子供じみた笑みを浮かべていた。
落ち着いた大人びた印象とは違う、とても幼さの残る笑み。
だが靂はそれに違和感を覚えた。何かがおかしい、彼女は観察して、それに気が付く。
「えっと……こういうこと、聞いていいかわかりませんけど……ササメ会長は、目が見えないんですか? さっきから私の方を向いてるのに、目がどこか遠くを見つめているみたいで……あ! いや、私の勘違いかもしれません! ごめんなさい!」
「何を謝るのです? そう、わたくしはあなたの言う通り目が見えませんわ。けれどあなたのことは見えていますわよ」
不思議そうな顔を浮かべる靂に、ササメはゆっくりと手を伸ばす。そして靂の顔をまるで玉石を撫でるみたいに優しく愛おしそうに撫ぜた。
「あなたの声音や呼吸、身体の動きやにおいで全てがわかります」
「に、においも!?」
靂は驚き、自分の身体のにおいを嗅ぐ。
(く、臭くないよね!? あぁ、でもにおいって自分じゃあんまりわかんないかも……もしかして私ってホントは臭いの!? 臭いのにナクアに近づいちゃったりしてた!?)
「ふふ、大丈夫ですわよ。あなたは臭くなんてありませんわ。そうですわね……陽だまりのような温かいにおい、それに清流のような澄んだにおいがしますわね」
「は、はぁ……それってどんなにおいです? あんまりピンときませんが」
「うぅん……わたくしもどう言えばいいか。その人の性格がにおいとしてわたくしにはわかるんです。あなたのお姉さんも同じような匂いがしましたわ。姉妹揃って似ていますのね」
ササメはそう言い、コロコロと笑う。おとなしくも、子供のように純粋な笑顔だ。
「なんだろう……ササメ会長は、とても純粋な人だなって思います。その笑い方、子供みたいに可愛らしいです。それにその声、鈴の音みたいに凛と胸の中に響いてくるみたいで……芯の強い人なんだなって感じます」
靂の言葉にササメはぽかん、と口を開ける。靂は慌ててフォローした。
「あ、あの! ササメ会長が私のことにおいでそう感じたって言ったから、その真似事というかなんというか……ちょっとかっこいいなぁって思ったりして……真似したくなって」
そう言って彼女は頬を染め、小さく俯く。自分は何を言ってしまったんだ、と羞恥が全身をぐるぐると回り、頬だけじゃなくて体までかぁっと熱くなってくる。
だが、そんな靂をササメは笑い飛ばした。口の前に手を添え、お上品にだが。
「うふふ! 面白いのね、靂さんは。わたくしにそう言ってくれた人は初めてです。そうですか……これはわたくしの特技だと思っていたのですが、他の方もできたのですね」
「い、いや、その、私のは見様見真似というかなんというか……ササメ会長のは本物というか……あぁもう何言いたいかわかんなくなっちゃった!」
靂は思わず自棄になり、ベッドにゴロン、と寝転んだ。
そんな自分をササメが覗き込み、目が合った、ような気がした。その瞬間二人して笑う。
「靂。その人にほだされないで。その人はボクたちを睡眠薬で無理やり眠らせたんだよ。それに勝手に自分の軍隊に入れるとまで言ってるんだよ?」
いつの間に目覚めたのか、ナクアが冷たい目でササメを睨みつけていた。
「あら、ナクアさん。目が覚めたのですね。お茶をどうぞ。苦いですけれど、身体にはいいですよ」
ササメが差し出したお茶をナクアは思い切り叩き落とした。地面に零れたお茶の雫が茶色の池を作っていく。
「ちょっと、ナクア。今のはないんじゃない? 酷すぎるよ」
いさめる靂をササメはすっと手で遮る。
「いいえ、わたくしが悪いのです。すべて説明しなければなりませんね」
ナクアが髪の隙間から怒りにも似た瞳でササメを睨みつけるが、彼女はひどく穏やかな声で話し始めた。
「あなた方を睡眠薬で眠らせたことは謝ります。あの場はああすることが最善だと判断したからです。あのままお互い話しても議論は平行線、ならばいったん落ち着いてこうして話をする場を設けたかったのです。それにあなた方の身体検査もしたかったのです。あなた方は少しの間ですが、イーマンの試作アサルト・ギアに乗った。もしかすれば体に悪影響が出ているかもしれない、そう判断したからです」
「まぁ結果は残念なことに問題なしだ。二人ともぴんぴんしてる」
そう言って病床の二人のもとに女医がやってきた。ぼさぼさの黒い髪に、やる気の感じられない猫背、くすんだ瞳。
医者と呼ぶにはあまりにも不健康そうな女だ。
そしてその額には、イーマン特有の角が生えていた。
「冗談のつもりですか? それにあなた、イーマンですよね? ボクたちの身体に何かしたんじゃないですか?」
ナクアが女医を睨みつけるが、彼女はそんなこと意にも介さないとでもいう風に無視を決め込み、靂の方を向いた。
「そっちのお嬢ちゃんも健康には全く問題ない。ただ、あの機体にはパイロットアシストシステムが積んであった。素人パイロットでも波のパイロット程度には操縦できるようにする電波が出るって奴さ。その影響でちょっと脳がオーバーヒートしていたな、知恵熱とでも考えておいてくれ。まぁいったん眠ったおかげで収まっているだろうが、変に頭痛が続くようならあたしのところまで。あぁ、あたしはヨルハ・キミシマ。ここに来るか、誰かにキミシマ先生に会わせてくれと言えば連れてきてもらえるだろう」
キミシマは靂のベッドに薬を放り投げると、彼女たちに背を向けてすたすたとどこかへ行ってしまった。
「何なのあの人……」
「キミシマ先生です。優秀なお医者様なんですよ。さっきのお茶もあの人が作ったのです」
「でもイーマンですよね?」
「我々は両者の争いを止めるために動いています。イーマンの中にも平和を願う者がいるのですよ」
「ふぅん……」
「それはそうと話の続きですね。あなた方を軍に誘ったのは、あなた方の身の安全のためです。あなた方が乗ったアーク・サーヴァント、あれは地球軍が持ってはいけない力です。そしてこれを」
ササメは懐から携帯端末、ホログラムフォンを取り出してそれに向かい話しかける。
「昨日のトップニュースを」
そう言うと端末はホログラム映像を靂たちの目の前に映し出した。そこにはニュースが流れている。コロニー内に未登録のアサルト・ギアが落下してきたニュースだ。
「このニュースが何……? え? これって、ボクたち?」
ニュースには靂とナクアの姿が捉えられ、彼女たちが何らかの情報を持っているとして捜索されている、と報道されていた。
「えぇ。あなた方は未知のアサルト・ギアを奪った犯人として地球軍に捕まってしまうでしょうね。そうなればあなた方の身の安全がどうなるかわかりません。拷問してでも機体の居場所を吐かせるかもしれません。ですからあなた方の身の安全を守るため、匿うのです。もとはと言えばわたくしたちの不手際なのですけれど……」
ナクアは溜め息を吐き、立ち上がる。
靂はそんな彼女を心配そうに見つめるだけだ。
「出ていかれるのであれば止めはしません。しばらくの間護衛の兵も付けます」
「誰がそんなことしてほしいって頼んだの? それに、ボクは出ていくなんて言っていない」
「え……?」
ササメが焦点の定まらない目でナクアを見た。
ナクアはにやり笑っていた。
「ボクたちがここにいるのはあなたたちのミスだ。なのにあなたたちはボクたちに無理やり清掃要因になれと言っている。それはおかしいんじゃないかな? そうだろう、靂?」
言われ靂はハッとした顔で立ち上がる。
「ボクはメカニックをやらせてもらう。靂はパイロットだ。この条件が飲めないなら、ボクはこの場所にアーク・サーヴァントがあると地球軍に知らせる。今までの会話はこっそり録音させてもらったからね。あとは送信するだけ。もし銃なんて構えようとしたら、指が滑っちゃうかも」
「わたくしを脅迫ですか……ふふ……うふふ! どこまでも面白い方々ですわね! いいですわよ! その条件、飲みますわ。ですけれど、自らその仕事に立候補するということは、しっかりと働いてくださる、ということですわよね?」
「えぇ、いいですよ。メカニックとパイロット、ボクたちの夢でしたから。全力を出しますよ。ね、靂?」
靂はそれに強く頷いた。
こうしてこの瞬間、二人の少女の夢が叶い、物語は大きく動き始めることとなる。
「では、靂さん。パイロットは思ったよりも簡単ではありませんよ。まずあなたには訓練を積んでいただからなければ。それにナクアさんも、メカニックも楽な仕事じゃありませんよ」
「そんなことは、わかってます……で、あの、お腹空いたんでご飯にしませんか?」
だがその先にどんな苦しさが待ち受けているのか、今の彼女たちにはまだ知る由もない。
場所は変わり、宇宙。数多く漂うコロニーのなかで一際巨大な存在があった。
それがイーマンの国家、エボリューション・ガイダンス。もともとはファーストコロニーと呼ばれていた場所だ。
その側に鎮座する宇宙戦艦、それがイーマン側の最大戦力である戦艦ガブリエルだ。
漆黒のその巨体には数多のアサルト・ギアとそれを駆る精鋭パイロットやメカニックが在中している。
「くそっ! どうしてあたしはこうもついてないんだよ。最悪」
ガブリエル内の廊下を悪態を吐きながら歩く少女が一人。ジュラ・イザナミだ。
腰まであろうかと思うほどの長い銀色の髪に、炎が宿っているのかと思うほどの真っ赤な瞳が特徴的だ。
彼女のおでこには親指ほどのサイズの角が一つ。彼女がイーマンであることを示す進化の角だ。
彼女は他の軍人とは違う赤い軍服を身に纏っている。
「おい、見ろよ、あいつ。新しくワイルド・オブ・ゼロに配属された女だぜ」
「それってあれか? 敵のスパイに機体を奪われたっていうマヌケ」
「そうそう」
廊下でジュラを見付けた軍人がこそこそとそう喋っている。
ジュラはキッと横目で軍人たちを睨みつけたが、彼らはにやにやと下卑た笑みを浮かべるだけだ。
癪に障る、ジュラは彼らへ向けて腰に下げていたハンドガンを突きつける。
「あたしをバカにするのは許さないわよ。それがたとえ同胞だとしても、あたしは容赦なく引き金を引ける」
「おぉ、怖い怖い。だが、その銃口は俺たちじゃなくてスパイに向けるんだな。あんたの機体を奪う手引きをした奴にな」
ジュラの銃にも怯えずにいまだ軽口をたたく彼ら。ジュラの真っ赤な瞳がさらに赤く燃え上がる。
彼女は引き金に強く指をかけた。もし次に何か言えばこの男の頭を吹き飛ばす、そういう気概でいた。
「おい、お前たち。面白いことしてるじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ」
だが、そんな彼女たちの間にひょうきんな声を上げて割って入ってくる男が。
真っ黒な肌にアフロヘア、おまけにサングラスという声だけでなく見た目もひょうきんそのものな男はジュラと軍人たちの間に立ち塞がった。
190センチはあろうかという巨体が軍人たちを見下ろす。
「お前たち男だろう? ならねちねち言葉で攻撃するんじゃなくて拳を使え、拳を。ファイトだよ。わかるか?」
その巨体に怖気づいた色を見せる軍人たち。と、彼は今度ジュラのほうを向き、その巨大な手で銃口を優しく包み込んだ。
「ジュラ、お前は女の子だ。こんなもん使う必要はない。男にバカにされて悔しい気持ちはわかるが、こいつを使えば負けだ。どうしても我慢できないなら、タマでも蹴っ飛ばしてやれ」
「オッケー、レッドハート隊長!」
ジュラはにやりと笑い、黒人男の脇をすり抜け軍人たちの元へ。そして思い切りタマを蹴飛ばしてやった。
急所に大ダメージを受けた軍人たちは悶え転げ、這うように逃げていく。
一連の流れを見て、彼、ミカエル・レッドフィールドは肩をすくめ苦笑いを浮かべた。
「おいおい、実際にタマ蹴ってやるなよ。あれ、相当痛いんだぜ?」
「さぁ? あたし、女の子だからわかんないなぁ。男に生まれたあいつらが悪いのよ。ま、ねちねちとあたしの悪口言うしかない連中を男なんて認めないけど」
ジュラはべっと舌を出して逃げ去る軍人の背をあざ笑った。
「はぁ……ったく、ここの連中は小さい奴ばっかりだな。ジュラは才能があるからワイルド・オブ・ゼロに選ばれたっていうのに。それを僻んで陰口しか叩けないとはな」
そう言うミカエルもワイルド・オブ・ゼロの証、真っ赤な軍服を纏っている。
ワイルド・オブ・ゼロ、それはイーマン総帥、ガルシア・アンダームーン直属の部隊だ。簡単に言えばイーマン最強のメンバーで構成された部隊と言える。
だが、ミカエル・レッドフィールドには進化の角はない。
「そうだね。ただの人間の隊長にも敵わないんだもん。あいつら本当にイーマンなの?」
「あはは! 俺は特別製なんだよ。人間の中でも最強になるように産まれてきた。いや、改造してきたって言ったほうがいいか」
彼のようにイーマン側に付く人間もある程度いる。その理由のほとんどはイーマンに負けそうだから、と勝てる側に付いているだけ。
だがミカエルは力を欲していた。
ミカエルがワイルド・オブ・ゼロの、しかも隊長として活躍しているのは力を欲し、イーマンの高い技術力で身体を飛躍的に進化させたからである。
人体改造に高い適性を持っていたミカエルはそれを駆使し、今やイーマンにも引けを取らない身体能力を持っているのだ。
「まぁ、なんだ……俺は最強だからさ、何か嫌なことがあったら俺を頼ってくれよ。こそこそと陰口言う奴も、お前の機体を奪ったって地球の奴も、何もかも倒してやるから」
「レッドフィールド隊長……いや、あたしは自分の敵は自分で倒すって決めてるんで! それで、絶対にあたしの機体を取り戻してみせます! アーク・サーヴァントを!」
「そ、そうか……じゃあ頑張れよ」
ミカエルは少し肩を落としながらも、ジュラに向けて励ましの言葉をかけた。
「っと、悪い。俺はガルシアに呼ばれていたんだ。急がないと」
「あっ! それ、あたしも! 急いでいきましょう、隊長!」
こうして二人は歩を速め、ガルシアの待つ指令室へと向かった。
「すみません、遅れました! ミカエル・レッドフィールド、ジュラ・イザナミ、ただいま参上しました!」
指令室は操縦ブリッジのちょうど真下にある。ブリッジと指令室をガルシアが移動しやすいようにだ。
指令室の扉を開けて二人は敬礼する。
そこには彼らを待つように、一人の少年が待っていた。茶髪の少年はジュラ達の方を向くと、キツネのような鋭い糸目をさらに細め、くししと笑う。
「お、お、遅いぞ……ち、ちち遅刻は、し、し、し死刑! 死刑死刑! くしし!」
彼はどもりながらも二人をあざ笑うようにそう言った。彼の額から伸びる歪に曲がった進化の角がジュラのほうを向いていた。
「えっと……こいつは?」
ジュラは顎で少年を指し、ミカエルに尋ねた。
「お前たち、初対面か? こいつはアドルフ・フェドロ。俺たちと同じ部隊のパイロットだ」
「お、お、おまえが、じゅじゅ、ジュラ・イザナミ……く、くひひ! は、配属そうそう、し、死刑!」
「はぁ? 何言ってるの、このガキは?」
「こいつは戦場で頭をケガしてな。一命は取り留めたが、今ではこんな風だ。言葉もどもるし、死に対して強い憧れみたいなのを抱いてる」
「き、きひひ……し、死刑……う、うら、うらやましい! お、俺、俺も、ち、ちち遅刻する!」
「やめとけ、アドルフ。お前はそんなつまらないことで死ぬような奴じゃないだろう?」
「そ、そそそうだ……お、俺は……は、はは派手に、しし、し死ぬ!」
「だそうだから、あいつが死ぬとか言い出したら今の言葉を言ってやるんだ」
「は、はぁ……善処はしますけど……別にあたし、あいつが死んでもどうでもいいかも。むしろすっきりする。あんなキモイのと一緒の部隊ってだけで最悪」
ジュラはわざとらしく大げさにえづく振りをしてみせた。しかしアドルフはただニタニタと笑うだけ。
そんなくだらない反応に、ジュラは肩をすくめる。
「自分の部隊員にそう酷いことをいうものではないよ、ジュラ・イザナミ。ましてや彼はこの私の直属の部下ということになる。キミと同じで、その実力を認められた者なのだよ。だから仲良くしてくれたまえ、戦場だけでもな」
と、声が聞こえた瞬間ミカエルはばっと佇まいを整え、敬礼する。
アドルフもだるそうにだが敬礼していた。ジュラも二人に倣い敬礼をする。
「さて、私が一番遅かったな。キミたちを呼びつけておいてすまないと思っているよ」
その言葉とともに、指令室の奥の扉が開いた。
そこから現れたのはイーマンを統べる者、ガルシア・アンダームーン。金色の髪と青い瞳が美しい。
「なっ……!?」
そんなガルシアの姿を見て、思わずジュラは声を失った。
すらりとした高身長に装甲のように纏われている引き締まった筋肉が露見しているからだ。そう、彼は一糸纏わぬ姿でジュラ達の前に現れたのだ。
よくよく観察すると彼の身体や髪の毛に水滴が付いている。それに肌からはうっすらと湯気が漂っており、シャワーを浴びていたのだとわかる。
「なっ……! なんで裸なんですか!?」
「すまない。シャワーを浴びていたのだが、着替えを忘れてしまってな。だがキミたちとの約束もあったため、出ないわけにはいかなかったのだよ。国のトップが約束を守らないとあっては威厳に関わるからね」
「全裸で出てくることは威厳に関わらないんですか!?」
「私は私の身体に誇りを持っているからね。どうだろう、ミカエル。私の身体は男として誇れぬか?」
「いえ! 男の私でも惚れ惚れする肉体です!」
「だそうだよ」
そう言ってガルシアはジュラに近付いていく。ジュラは手のひらで瞳を覆うが、こっそりと指の隙間から彼の裸体を見ていた。
「ほら、キミも私の裸を見ているではないか。大丈夫。恥ずかしがらなくてもよい」
「だ、誰が……誰があんたの裸なんて見たいものかぁ!」
ジュラはもう限界だった。年頃の女の子としての好奇心と、嫌悪感が自分の中で膨れ上がり、やがて嫌悪感が勝ったのだ。
気が付けばジュラは、ガルシアの股間を思いきり蹴り飛ばしていた。
ガルシアは一糸纏わぬ姿、つまり股間を守る布すらない。その状態で男の急所を蹴り上げられたのだから、たまったものではない。
「うわぁぁん! やっぱりこんな部隊嫌だぁ!」
「は、はは……ナイスキックだ……さすが、私が選んだだけ、ある……かはっ!」
ガルシアは地面に倒れ、気絶してしまい、30分は起き上がってこられなかった。
「さて、キミたちを呼んだのは他でもない。我々イーマンはついに地球へと本格的な進攻をかける。今までみたいにちまちまと地球軍の宇宙船を襲う地味なやり方はやめだ。まずそのために地球人共が打ち上げた宇宙コロニーをすべて我々の手中に収めたい。奴らに我々の宇宙を穢されるわけにはいかないからな」
ようやく意識を取り戻したガルシアは服を着てジュラ達の前に立っていた。
だが、ジュラはガルシアのほうをまともに向けない。向いてしまえば先ほどの裸と、国のトップの股間を蹴り飛ばしてしまったことが蘇ってしまうからだ。
ジュラはこそこそと目線を下げ、ガルシアの足元だけを見ている。
「そこでミカエル、アドルフ両名にはコロニー制圧の口火を切ってもらいたい。ワイルド・オブ・ゼロの中でもキミ達二人は抜きん出た戦績だ。そんなキミたちが前線で戦えば士気も上がるだろう」
「はっ! 任せてください、ガルシア!」
「くひひっ! み、み、皆殺し! 皆殺しぃ!」
「そして、ジュラ」
「は、はいぃ!?」
突如名前を呼ばれ、ジュラは驚いてガルシアのほうを向いてしまう。
ガルシアとは目が合わなかったが、彼の存在感のある立派な一角を見上げてしまい、思わず頬を染めて目を伏せてしまう。
「ジュラ、キミは奪われたアサルト・ギア、アーク・サーヴァントの奪還を任せたい。あの機体は我々イーマンの技術の粋を集めた傑作だ。キミにはあの機体を奪還し、ぜひ我々を導いてほしい」
「あの、お言葉ですが機体を奪われたのであれば新しく作ればよろしいのでは?」
恐る恐る目線を上げたジュラ。しかしガルシアの冷酷な瞳に見下げられ、彼女はまた目線を下げてしまう。
「あれはもう作れない。開発に携わった技術者は皆、スパイとそれを手引きした裏切り者に殺されてしまった。設計図も奪われてしまった……この屈辱……必ず晴らせ」
「で、ですがあの機体はどこにあるのか」
「それは問題ない。これを見てくれ」
ガルシアが指を鳴らすと壁のモニターにニュースが映された。アーク・サーヴァントを靂たちが奪ったニュースだ。
「ここは……ランダル、でしょうか?」
「あぁ。部下の通信が途絶えたのもランダルだ。盲点だったよ、まさか中立コロニーに部隊が隠されていたとはね。それにこの小娘二人……絶対に見つけ出してもらおう」
「はい、わかりました。あの、ガルシア様……もう一つ……そのスパイたちは、どうなったんでしょうか?」
「や、やめておけ、ジュラ」
ジュラの隣でミカエルが焦り顔で静止させた。だが、ガルシアはふっと笑い、彼女たちに背を向けてコツコツと歩き出す。
いったいどこに向かうのだろうか。ジュラの疑問はすぐに解決した。彼は先ほど出てきた浴室へと向かったのだ。
「そうだった。キミはいい質問をした。私は忘れてしまっていたよ、急いでいてね。この服の処理を」
浴室から出てきたガルシアが持っていたのは、真っ赤な服。
ジュラは目を凝らし、それをよく観察した。ところどころ赤が滲み、変に染みになってしまっている。
そう、例えるなら藍染めみたいにムラがあるのだ。
先ほどのガルシアの言葉と、真っ赤な服。ジュラの中である想像が膨れ上がる。
「ガルシア様……それは……スパイの、血……?」
ガルシアはそれに答えず、小さく、ふっと笑った。
それですべてわかった、ガルシアは捕らえたスパイたちを殺しにしたのだ、それも凄惨な方法で。
「ガルシア様……」
彼女はそれを理解し、地面に膝を付けた。だがそれは彼を恐れたからではない。
「す、素晴らしいです、ガルシア様! 地球の連中に肩入れするものを皆殺しにするなんて!」
彼を崇めて、膝を付いたのだ。
「わかりました、ガルシア様! あたしが、最高の機体を奪った地球の連中を皆殺しにしてみせますから!」
「で、ジュラ。おまえはどうするんだ? 機体を奪い返すと言っても、お前はどの機体で出撃するんだ?」
指令室から出たジュラとミカエルの二人は整備室にやって来ていた。
機械のガチャガチャと騒がしい音が響き、オイルの臭いが充満する整備室。しかし二人にはそれがまるで実家にいるみたく落ち着く環境なのだ。
ジュラはある機体を見上げる。桜色に輝く比較的小柄な機体。
「あ、あんなチビで出撃するのか?」
「チビって何よ。あれはあたしの相棒よ。カリギュラⅣ。小さいからってバカにしないでよね」
彼女は自分の愛機に触り、ニコリとほほ笑んだ。
「この子とはずっと戦場を共にしてきた。あたしが使いやすいように改良してもらってる。あたし、なんて言われてるか知ってる?」
「桜色の竜巻……そうか、ずっと何のことだかわからなかったが、ようやく合点がいったぞ。このチビ、相当素早いんだろう? 竜巻みたいにな。よく見ると無駄を排除したスマートな設計をしてやがる。不必要なものを削ぎ落として加速に重点を置いたんだな」
「そういうこと。あたしのスピードについてきた奴なんて今まで一人もいないの」
なるほど、とミカエルは大きく頷いた。
「あたし、隊長の機体見たことないな。隊長は何に乗ってるの?」
「ん? 俺か? 俺は……こいつだ」
ミカエルは整備中の自分の機体を見上げた。
それはジュラのカリギュラとは真逆、巨大でごつごつとした身体付きだ。両腕がハンマーになっている。
そしてなんと、足がブレードになっているのだ。
「これが俺の機体、クラッシュ&スラッシュだ」
「うわぁ……」
ジュラはその機体を見上げ、頭を抱えた。それはなんとも頭の悪そうな、いや、脳筋の考えそうなバカみたいな機体を見せられたからではない。
彼女の記憶が、フラッシュバックしたからだ。思い出したくもない、最悪な過去を。
「どうだ? こいつはコックピットが回転するんだ。あのセンターラインに沿ってな。それで腕をブレードに、足をハンマーに変えられるんだぜ。臨機応変に戦えるんだ」
「知ってます……そのせいで……おぇっ!」
彼女は思わず嗚咽を漏らしてしまう。もうこの機体は見たくない、そう思っていたのに。
「ど、どうした? 気分悪いのか?」
「い、いえ、その……訓練時代を思い出してしまって……」
場所は戻り宇宙空母コスモス内、パイロット用の訓練ルームにて疑似コックピットに乗せられていた靂は息も絶え絶えにそこから這い出した。
「お、おえぇぇえっぇぇぇぇ!!!」
そして思い切り吐瀉。昼間に食べたラーメンが全て口と鼻から噴き出してしまう。
「艦を汚すな、バカ者が」
吐瀉物が治まらない靂を冷たく見下ろすのは、ササメの従者、ユーリカだ。彼女の冷徹な瞳が、生温かな吐瀉物を睨む。
「そうは言っても……これは……うげぇ……」
靂は胃の中の物すべて残らず吐き出して、涙が滲む瞳を拭った。
「掃除しておけよ、戸崎妹」
「うぅ……なんなの、この訓練……死にたいよぉ……」
靂がなぜこうも吐瀉物をまき散らしたのか、それは疑似コックピットで行われた訓練が原因だ。
イーマンが開発したバカみたいな機体、クラッシュ&スラッシュの操縦訓練だ。
「この訓練を受けなければ実際に宇宙に出て死ぬ。死ぬほどの訓練を受けるか、訓練なしで実戦で死ぬか、どちらがいい?」
「どっちもやだぁ……てかなんでこんなの受けないといけないの? 受けなきゃ死ぬってどうしてよ」
「地球は重力に支配されている。だから地面を起点とした戦闘となる。我々が戦うときは常に地面に足を置いているのだ。それはわかるな?」
「は、はい……」
「だが宇宙には重力がない。地面も壁も、何もないのだ。四方八方を動き回れるが、その分パイロットにかかる負荷が大きい。新米パイロットの死因の8割がこの負荷に狂わされた、つまり平衡感覚の欠如によるものだ」
「と言うと……ほとんどのパイロットは目を回して死んじゃったってこと?」
ユーリカは、そうだ、と頷く。
「クラッシュ&スラッシュ、コックピットを入れ替えながら戦うそれは平衡感覚を養うにはちょうどいい機体なのだ。この訓練を取り入れてからはパイロットの死亡率がぐんと下がった」
「じゃ、じゃあユーリカさんもこの訓練を受けて……私みたいにゲロ吐いたことあるの?」
ユーリカは少し考える素振りを見せ、答えた。
「いや、無い。私は特別な才能があったからな。そもそも訓練など必要ない」
「ずるい!」
「つべこべ言うな。お前はあの霹の妹なのだろう? ならばこんなところで終わるような奴ではない。訓練を続けるぞ」
こうして靂の訓練は続き、彼女は胃の中の物が無くなっても吐き続けることになった。
「うぅ……吐きすぎてお腹空いたけど……胃が食べたくないって言ってる……キミシマ先生のところに行こう……」
靂は青白い顔でよたよたと歩きながら医務室へと向かう。が、その途中整備室を通り、そこにいるナクアを尋ねようとした。
だがそんな靂を出迎えたのは、ナクアの怒号だった。
「ありえない! アーサーは靂が任された機体だよ! それをメンテナンスする権利はボクにはある! それに乗るのだって靂だ!」
「な、ナクア……?」
見るとアーサーの前でナクアが羽場と言い争いをしている。靂はナクアのもとに駆け寄った。
「ど、どうしたの? 落ち着いてよ、ナクア」
「落ち着いてられないよ! こいつ、アーサーをボクたちから取り上げる気なんだよ!」
「これは優秀な機体だ。お前たちみたいな素人に任せられるはずがない。この機体は新たなエースに任せることにする」
「新たなエースって誰よ!」
ナクアがさらに声を荒げると、羽場はニタニタと笑い、指を鳴らし叫んだ。
「我が部隊の新たなエースは、桐生らむねだ! ……桐生? 桐生!?」
「あ~、はいはい、そんな大声上げなくても聞こえてるしぃ」
気だるげにそう言いながら現れたのは靂たちと同じ学園に通う一つ年上の先輩、桐生らむねだった。
彼女は髪を金色に染め、盛り盛りのパーマをかけている。それに顔には化粧、思い切り短いスカートにルーズソックス。
まさにその姿は、半世紀以上も前に生息していたギャルだ。そう、彼女はその見た目から生きた化石と呼ばれているのだ。
「おっ、あんたもしかしてレッキーっすかぁ?」
「れ、レッキー……?」
「ヘッキー姉さんにそっくりじゃんよぉ。よく姉さんが話してくれたんっすよねぇ、戸崎さんちの霹靂姉妹! ってね~。悪ガキを二人で懲らしめてたんっすよねぇ、すごいじゃぁん。あとリンちゃんもよく話してたから知ってるっすよ。あ、あーしは桐生らむねっすよ、よろしくじゃぁん」
「は、はぁ……」
「そっちはナクちゃんっすねぇ。よろっす~」
「え、えぇ……」
らむねのふわふわとした喋り方のせいで、ナクアの怒りは包み込まれ、なりを潜めてしまう。
「で、かんちょ~? あーしを呼んでどうしたんっすかぁ? つまんないことだったらあーし帰るしぃ」
「あぁ、いや。お前にこの新型機を任せたいと思ってな」
羽場はアーサーを指さし、らむねはそれ見上げる。彼女はう~ん、と唸り、そして首を横に振った。
「あーし、こんなオタクみたいなの乗れないっすよぉ。もっと可愛いのがいいしぃ。あーしのテスラ・ステラちゃんみたいな」
そう言ってらむねは自分の機体、テスラ・ステラを指さした。
青白いボディに電を思わせる黄色いラインがペイントされている。流線型の丸みを帯びたボディにライトが当たり、ぎらぎらと輝いていた。
だが一番目を引くのは機体の胸にでかでかと描かれた「雷」と「星」の文字。しかもご丁寧に筆で描いたような達筆だ。
「えっと……あれ、可愛いかな?」
靂はナクアに尋ねたが、彼女も困惑顔で首をかしげた。
「可愛いっすよぉ! 流線型のつるっとしたボディ、つやつやでめちゃかわじゃん! それに雷のペイントも可愛いしぃ。でも何といっても一番の可愛いポイントは胸の文字じゃんよぉ! わざわざ書道家のところに頼んで書いてもらったんっすよぉ。ま、それをスキャンしてペイントしただけなんっすけどねぇ」
「は、はぁ……そ、そうなんですね……」
「こいつのかわいいの基準は俺にもわからなくてな……ってそういうことじゃない! らむね! お前はこれに乗るんだ! 艦長命令だ!」
「断るしぃ。あーしはテスラ・ステラちゃん一筋っすから、浮気なんてしないしぃ。それに聞いたっすよ、この機体、ヘッキー姉さんがレッキーに託したんっすよね? じゃあレッキーに乗る権利はあるじゃんよぉ」
「らむねさん……」
だが羽場はまだ認めないようで、またも声を荒げた。
「いいや! こいつは最高の機体なんだ! おもちゃなんかじゃない! お前たちみたいなガキが遊び半分で乗っていい機体じゃない!」
「ふ~ん……じゃあ遊び半分じゃなかったら、乗ってもいいんっすかぁ?」
「は……?」
らむねはグイっと靂の手を引き、言った。
「あーしがレッキーの面倒見るっすよぉ。一人前のパイロットにするんすよぉ。だったら文句ないじゃんね?」
「そういうことじゃない! 戦場を知らないガキがこんな危険な兵器に乗っていいはずがないんだ!」
「かんちょ~、レッキーたちを心配してるんならちゃんとそう言わないと伝わんないっすよぉ」
「し、心配……? ボクたちを?」
ナクアは目を大きく見開いて羽場を見た。羽場はというと、ゴーグルで表情はわからなかったが気恥ずかしそうに頬を掻いていた。
何ともわかりやすい反応だ、ナクアも靂も小さく吹き出してしまう。
「な、何がおかしい!」
「いえ。艦長はただ私たちのことバカにしてたんじゃないんだなぁって。艦長って、素直になれないだけだったんですね!」
「なっ!」
「まぁまぁレッキー、からかうのはそこまでだしぃ。今から訓練始めるっすからねぇ。それにナクちゃんも。ちゃんとレッキーの機体の面倒、見てあげるんっすよ」
「ま、また訓練なのぉ……」
「靂。アーサーはボクに任せてよ。ちゃんとメンテナンスしておくから、靂はアーサーを乗りこなせるようにしててよね」
ナクアはそう言って拳を突き出した。靂は不思議そうにそれを眺めたが、彼女が何をしたかったのか理解し、自分も拳を突き出す。
二人は拳を、こんっ、と軽くぶつけ合わせ、笑う。
「アーサーの整備、任せたからね、相棒!」
「任されたよ、ボクの相棒!」
その夜、靂は医務室で眠る姉のもとにやって来ていた。
「命に別状はないよ。ただ、応急処置が少しでも遅かったら危なかったかもしれないけれどね。今はまだ意識が戻っていないが、いずれ戻るだろうさ。ずっとこのままなんてことはない。あとは本人の体力次第だね」
キミシマは霹を診察してそう言っていた。
「お姉ちゃん……私ね、ついにパイロットになったよ。昔から憧れてたパイロットに、ようやくなれたんだ。でもまだまだだよ……疑似コックピットじゃいっぱい吐いちゃったし、らむねさんにもこってり絞られた……でね、みんな言うんだよ。あの霹の妹なんだからもっとできるはずだって。お姉ちゃんって、そんなにすごいパイロットだったの?」
靂は穏やかな顔で眠る姉の手をぎゅっと握った。少し冷たい手のひら、それが今にも霹が消えてしまうのではないかと思えて少し不安になる。
「私、お姉ちゃんみたいなすごいパイロットになれるのかな……? なんだか、初日から心が折れちゃいそう……」
靂の弱々しい言葉に霹は何も答えない。普段であれば霹は彼女の相談に乗り、ともに悩み、答えを導き出してくれる。
けれど霹は今は眠っている。靂はもう、姉には甘えられないのだ。
「ごめんね、お姉ちゃん。弱音なんて吐いて……そうだよね……頑張らないとね。お姉ちゃんも頑張ってるんだもんね」
靂は霹の手をもう一度握りしめて立ち上がった。
ばいばい、と小さく手を振り医務室を後にして艦内を歩く。
今は夜だ、艦内は節電のため薄暗く、ほとんどのクルーは自室で過ごしている。働いているのは操縦室で監視している数名のクルーのみ。
誰ともすれ違わない廊下。無機質な作りがさらに彼女の孤独に拍車をかけた。
それを紛らわせるために彼女は昨日今日の出来事を思い返す。
(まさかお姉ちゃんがパイロットだったなんて驚きだったなぁ。それに中立コロニーにまさか軍があるなんて……ササメ会長ってホント何者なんだろう? 私はここで念願のパイロットになれたけど、まだまだみたい。ユーリカさんもらむねさんも私を強くしようとしてくれてる……頑張らなくちゃ。でも私、一機撃破したんだよ、あの時、ナクアと一緒に……)
彼女はそこで、ふと立ち止まった。
「私が、一機撃破した……? そう、イーマンの機体を、爆発させて……」
それを思い出して彼女の顔から血の気が引いた。手が無意識に震え出す。ギュッと片腕で押さえようとするが、それでも止まらない。
「私が、殺した……」
ぽつり、呟いた。その実感が彼女の中から溢れ出して、押し潰されてしまいそうになる。
今までは色々なことが起こりすぎていたから気付かなかったのだ。自分が人を殺してしまっていたことに。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
彼女は走った。彼女自身どこに向かっていたかはわからない。ただ、無意識に足は動いていた。
そうして辿り着いたのは、ナクアにあてがわれた部屋だった。
「ナクア!」
彼女は扉が開いたと同時、部屋の中に転がり込む。
「れ、靂……!?」
もう眠ろうとしていたのだろう、ベッドで寝転んでいたナクアは驚き飛び起きた。靂はそんなナクアの身体に飛びつき、思い切り泣き崩れた。
「ナクア、どうしよう……! 私、人を殺しちゃった……! 私、どうしたら……」
「靂、落ち着いて……」
「落ち着いてらんないよ!」
「大丈夫だから、落ち着いて……」
ナクアは靂をぎゅっと抱きしめ、母親のように靂の頭をよしよしと撫でてやる。
その温かな手のひらのおかげで、靂は少し落ち着くことができた。だが内心はいまだにぐちゃぐちゃ、顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「靂、どうしたの? ボクにもわかるように、初めから全部話してみて」
「わ、私……昨日アーサーで戦って……敵を殺しちゃった……それがすごく怖くて……」
「でももしかしたら殺されてたのはボクたちのほうかもしれない。違うかな?」
「違わないけど」
「それに靂は前からパイロットになりたかったんだろう? 大事な人を守りたいって。それは裏を返せば、敵を殺すことだよ」
ナクアは正しいことを言っている。だがその正しさが今の靂の心には深く深く、ナイフのように突き刺さった。
「それは、わかってた……アニメでも見てたからわかってたし、覚悟もしてた。でも本当に人を殺したら、その覚悟が揺らぐくらい重いの! 私は大変なことをしてしまったって!」
「そうだね、人の生き死には重いものだ。でもそれがわかってるなら、靂はいいパイロットになれるよ、優しいパイロットだ。死んだ人の思いまで持っていかなくちゃいけない、平和な世界に。それがパイロットの使命なんだよ。それができないなら、パイロットなんてやめちゃいなよ」
「な、なんでそんなこと言うの!? ずるいよ……ナクアは何も背負うものがないじゃん! メカニックなんて誰も殺さない! だって戦ってるのはパイロットだもん!」
靂は声を荒げて言った。だがそれに、ナクアは寂しそうに答えた。
「メカニックだって人を殺すよ……仲間をね」
いつの間にかナクアの頬にも涙が伝っている。きらり輝くそれが、ポタリ、シーツを濡らす。
「ボクたちの整備が完璧じゃなかったら、パイロットは死んでしまう。ボクたちが強い武器を作らなければ、パイロットは死んでしまう。ボクたちメカニックはパイロットの命を背負ってるんだよ……あんまりこういうことは言いたくないけれど、敵の命よりも仲間の命のほうが重いんだよ……」
「ナクア……ごめん……私、全然考えずに怒鳴っちゃって……」
靂はペタン、とベッドに座り込み、うつむいてしまう。そんな彼女をナクアはまたも優しく包み込んだ。
「いいんだよ、靂……ボクはキミの相棒だ。キミが困っていたら相談に乗るし、キミが苦しんでいたらそれを分かち合う。それに、キミが背負う命の重さの半分をボクが背負ってあげるから」
「ナクア……」
「ボクはね、嬉しかったんだ。キミが相棒だと言ってくれて。まだ出会って間もないけれど、ボクはキミのことが好きなんだ。だからそんなキミがボクを相棒にしてくれて、嬉しかった。あの時からボクはキミのために何かしたいと考えてたんだ……だから、相棒のボクにキミの苦しみを背負わせてほしい。いいよね?」
ナクアの胸の中、靂は小さく頷いた。
「よし、これで本当にボクとキミは相棒だ」
「うん、うん……ありがとう、ナクア……」
靂は声に出さず泣いた。ナクアの胸がとても温かで心地よかったから。
何もかも受け止めようとしてくれているナクアの優しさに埋もれ、彼女はいつの間にか眠ってしまった。
「あはは、眠っちゃったか……お休み、靂……ボクの相棒……ううん、ボクの、好きな人」
ナクアは靂のおでこに軽く口づけをし、眠った。
もちろん靂は、ナクアがそんなことをしたことすら知らない。
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