第2話―退屈な日常と落ちてきた機体―
「はぁ……退屈だなぁ。どっかに面白いことないかなぁ……」
彼女、
空に映るのはコロニーの天井の投影機が映し出した人工の青空だ。
そう、ここは日本が打ち上げたヒューマン用宇宙コロニー、ランダルの中なのだ。
コロニー内には人工の空気が満ち、人工の風が吹き、人工太陽が街を照らす。重力さえも人工。まさに人が作り出した地球と言ってもいい。
「この空の上では今も誰かが戦ってるんだろうなぁ……ま、私には関係ないけどね」
今や戦争の舞台は地上ではなく、宇宙だ。宇宙に適応した兵器が宙を駆け、戦っている。
今まさに故郷である地球と、侵略しようとするイーマンとの戦いが起こっているかもしれない、というが靂にとってそれは遠い出来事のように感じる。
中立コロニーであるランダル内、そしてその近辺での戦いは禁じられているからだ。
だが彼女の退屈は、戦場を身近に感じられないからではない。
「はぁ……恋、してみたいなぁ……」
そう、靂は恋に飢えていたのだ。もう彼女は17歳だ。恋の一つだってしてみたい。
そんな彼女はぼけぇ、と口を半開きで人工の空を眺めるのみだ。
「どうしましたの、そんな呆けた顔で? まるで痴呆みたいな顔ですわよ」
そう言って彼女の元へやってきたのはリン・
おとなしそうににっこりと笑んだリン。長い黒髪からふんわりといい匂いが漂ってきた。
同じシャンプーを使っているのに自分はそんな匂いしないな、なんて靂はふと思う。
「あら? 聞こえていないのかしら? 本当に痴呆になってしまったの? では介護士を雇わないと」
「あんた、ニコニコしながらさらっと毒吐くわよね」
「毒ですの? さぁ? 何のことやら?」
「はぁ……まったく」
ニコニコした顔を崩さずに首をかしげるリンに、靂は呆れて息を吐く。
「溜め息を吐くと幸せが逃げますわよ? そんな阿呆みたいな顔をしているとなおさらですわね。どうですの? 悩みがあるなら聞きますわ」
「誰が阿呆みたいな顔だっての……てかこの悩みもあんたが発端なんだけど?」
「あら? わたくしが? 思い当たりませんわね……あぁ、わかりましたわ! わたくしがあまりにも完璧ですから、ルームメイトとして劣等感を抱いている、と」
「違うよ。あと自分で完璧とか言わないの。あんたに恋人ができたからよ! 毎日毎日楽しそうにデートの話してさ! 私だって恋人欲しい!」
「なら作ればよろしくてよ? 靂さん、顔は可愛いのですから、その気になれば顔で釣れますわよ?」
「ちょっと意味ありげな言い方だけどあえて突っ込まないわ。突っ込むのはそこじゃないもの。私はね、あんたと違って男の子と恋愛したいの! 女の子同士なんてもってのほか!」
そう言い放つ靂だが、リンはわけがわからないという風に目元をわずかに下げてみせた。
糸目で常にニコニコしている風に見えるリンの感情は読みづらい。ルームメイトとして靂は1年以上かけて彼女の表情の微細な変化を読み取ることができるようになったのだ。
「男の人は野蛮人ですわよ? 臭くてケダモノですわ。動物園の猿と同じ。あなた、猿とお付き合いしたいんですの?」
「猿みたいな人はごめんだけど……でもいい人はいるはずよ! てかあんたの恋人だって生きた化石って呼ばれてるじゃん! 変な人じゃん!」
「らむねお姉さまは古風なだけですわ。それと自分を貫いている芯がある人と思いますわよ」
「確かに古風だけど、あんたと真逆のベクトルじゃない」
「まぁそうひがまずに、せいぜい頑張ってくださいませ。あ、そうそう、恋人と言えばわたくし、靂さんに話しておかなければならないことが」
リンは改まって口を開く。
「靂さん、今夜は別の部屋で眠ってくださいませ」
「……え? 何唐突に? それに恋人関係なくない?」
と靂が尋ねると、リンは微かに頬を紅潮させ、恥ずかしそうに身をくねらせる。
「それを全部言わせる気なんですの? 靂さんってば顔に似合わず鬼畜なんですのね」
その反応が靂の頭の中で全てを繋げた。リンは今夜、恋人と幸せな夜を過ごすのだ、と。
「イヤ! 絶対私は部屋から出ない! 自分のベッドで寝るの!」
「まぁそれでもいいですけれど……わたくしたちはあなたを無視して始めちゃいますわよ」
「それはそれで辛い……何が楽しくて友達がしてるとこ見ないといけないのよ……地獄?」
「なら別の部屋へ行くのがおすすめですわね」
「わかったわよ……で、誰と一緒なの? その、らむねって人の部屋だと上級生と同じよね?」
「いえ、お姉さまの同居人も別の方を誘われるようで、あなたはそちらの方のルームメイトと同じ部屋ですわよ。お名前は確か……そうそう、ナクア・カザバミという方です」
「え、えぇ……?」
ナクア・カザバミ、彼女からはあまりいい噂を聞かない。
瞳まで隠れる長い前髪で、誰とも目を合わせようとしないし会話もしない。
放課後、一人で図書室で本を読んだり、技術室で何やら奇妙なものを作ってはにやにやしている、という話がある。
「はぁ……まさか、そんな子と一緒だなんてなぁ……」
夜、靂はナクアの部屋の前へ訪れていた。
だが、ドアノブを回す覚悟ができておらず、こうして5分はずっと扉の前でうろうろとしていた。
挙動不審の変な子だ、なんて通りかかった生徒に言われても彼女はまだ部屋に入る決心がつかない。
「うぅむ……どうする私? ただ眠るだけなら何も話さなくてもいいよね? でもあの子、変なもの作ってるって噂があるし、寝てる間に人体改造されたら? 私の部屋に戻るべき? でもなぁ、リンが先輩とイチャイチャしてる横で眠るとかありえないし」
いくら迷ったところで答えなんて出ない。
彼女は部屋の前で呻いていると、唐突に扉が開いた。
「え……?」
「うるさい……人の部屋の前で、騒がないで」
扉からひょっこりと顔を覗かせたのは、ナクア・カザバミその人だ。
彼女は噂通りの長い髪の隙間から、靂を見ている。いや、本当は視線が合っていないのかもしれないが、靂には、見られている、と感じた。
「あなたがボクの部屋に来るって言ってた人?」
ナクアに尋ねられ、靂はなぜかビシッと居直って答える。
「あ、はい! 戸崎靂です!」
「んっ……じゃあ、入ってよ」
ナクアが扉を完全に開き、靂を招き入れる。靂は少しためらったが、部屋へと入ることに。
靂が部屋へ入ったことを確認したナクアは、とたんに彼女から興味を失ったみたいに机へと向かい、何やらガチャガチャといじっている。
靂は靂で、何をするわけでもないのでとりあえずベッドに腰かけた。
「それ、ボクのベッドだから。戸崎さんはそっちを使って」
ナクアが靂のほうを見もしないで言う。
靂は小さく、はい、と言いもう一方のベッドに腰かける。
ベッドに座り、そわそわと辺りを見る靂。借りてきた猫みたいに落ち着かない。
ちらりとナクアが何を作っているか見ようとするが、彼女の背から覗くことはできない。
「ね、ねぇ。何を作ってるの?」
「あなたには関係ありませんよね?」
靂の問いにナクアは言葉だけで返した。
そう言われると何も返す言葉もなく、靂は黙るしかない。
(いったい何を作ってるんだろう? とても真剣な顔……モノ作りが好きなんだろうなぁ。でも限度ってものもあるよね? 普通お客さんが来たらなんだかんだ愛想よく話すべきだよ!)
と、靂は思うがもちろん言葉にしない。
だが無音の空気は辛い。彼女はわざとらしく口を開いてみせた。
「な、なんか喉乾いたなぁ……ナクアさん、飲み物もらってもいいかな?」
「……冷蔵庫から、好きにどうぞ」
「あ~……あったかいコーヒーが飲みたいかもぉ……」
「……」
「コーヒーがいいなぁ……」
「はぁ……わかりました。淹れてきますよ」
ナクアはこれまた特大な溜め息とともに立ち上がり、お湯を沸かしに行く。
しめた、と靂は彼女の机に駆け寄った。
(さてさて……何を作ってたか見させてもらうからね。会話の糸口を見つけないと……ん? これって)
ナクアが作っていたものは手のひらサイズのフィギュアだった。それも鉄でできており、内側には爪よりも小さな歯車がびっしりと詰まっている。
「勝手にボクの作品見ないで!」
「ナクアさん! これって、ガンダムでしょ!? 塗装されてないけど……この造形はゼータ……ううん、ダブルゼータだ! それにこっちに飾ってあるのはユニコーンでしょ? へぇ、ダンバインもあるんだ、ガンダムだけじゃないんだね」
「あなた……詳しいの?」
ナクアの髪の隙間から鋭い瞳で見つめられ、靂はハッと我に返る。
「き、気持ち悪いよね……ごめん……」
「ボクはただ、詳しいのか聞いているんです」
ずいっと靂に迫るナクア。ナクアの表情は髪に隠れわかりづらいが、どこか興奮しているようにナクアには見えた。
「え、えっと……まぁ、たぶん他の人よりは詳しいと思う」
じゃあ、とナクアは机の引き出しを開けた。そこには数多くの鉄製のロボットフィギュアが収められていた。
「これ、わかる?」
靂はざっとそれを流し見て、こくり、頷いた。
ナクアは勢いよく引き出しを閉め、どかりと机に座った。
「見て」
彼女は作りかけのダブルゼータを手に取り、もう一度机の上に置いてみせた。すると鉄のフィギュアがぎゅいぎゅいと歯車を鳴らしながら歩き始めたではないか。
靂はそれを見て、子供のように目を輝かせた。
「何これ! 動くの!?」
「うん。まだ作りかけだから歩くことしかできない。だけど、完成したら腕も首も動かせる。自由にポーズを作れるよ。次はこれ」
「ユニコーン? すごい! 変形した! そこまで再現できるんだ」
「作るのに苦労したけどね……何回も失敗して……でもこれがボクの最高傑作!」
ナクアは興奮した様子で靂の方を向いた。その勢いで髪がかき上がり、彼女たちの視線が交わった。
(瑠璃色の宝石みたいな目……キレイ……吸い込まれそうなくらい)
「あっ……だ、ダメ……」
ナクアは急いで髪を下ろして靂から視線を外す。
靂の瞳には先ほどのナクアの美しい瞳が焼き付いて離れない。
「ねぇ? なんで目を隠してるの? そんなにキレイなのに」
「あなたもわかってるでしょう? みんながバカにするから、視線が怖いんだよ……女の子がロボットを好きだ、なんてバレたら、なんて言われるか。あなたはそれを知っているから、さっき気持ち悪いかって聞いたんだよね?」
「うっ……ま、まぁ……確かに……」
靂は記憶を手繰る。
きっかけは幼いころ姉に見せられたロボットアニメだ。そこで平和のために戦うロボがかっこよくて、輝いて見えて、将来自分もそんなロボットを操縦できればと思っていた。
けれどそういうロボットに憧れるのは男の子だけ、という認識が古くから広まっている。過去に自分のロボ好きがバレてしまった靂がクラスメイトに何を言われたのかは想像に難くない。
だから今の靂は周りにそれを隠して生きている。
目の前のナクアも自分と同じ体験をしている、それでこうして隠れるようにこっそりと趣味を楽しむしかないのだ、と靂は理解した。
「ナクアさん、好きなものを好きって言えないのって辛いよね。わかるよ。自分の好きなものをバカにされて否定されて、苦しいのもわかるよ。でもね、私には隠さないで。私はナクアさんと同じでロボットが好きだもの。だからさ、私たち、友達になろうよ」
靂はナクアにニコリと笑いかけてやる。
ナクアはうつむきしばし考えた後、顔を上げた。口角がわずかだが上がっている。
「ありがとう、ナクアさん。じゃあその髪も」
靂はナクアの髪に手を伸ばし、上げようとした。だがナクアはそれを拒むように身を引き、おでこに手を置いて髪をしっかりとガードする。
「友達になるのはいいけど、髪はまだだめ……まだ、戸崎さんには見せたくないの」
「わかった。髪は自分のタイミングで上げてくれたらいいわ。でも、これだけは治してもらうから。私のことは戸崎さん、じゃなくて、靂って呼んで。私もナクアって呼ぶから」
「い、いきなり呼び捨てって……難しいですよ……」
「じゃあ髪上げる?」
「わ、わかりました。れ、靂……」
「よろしい!」
ぷしゅぅ、とナクアの頭上から湯気が出ているのがわかる。それくらい彼女にとっては恥ずかしいことだったのだろう。
だが、やはり口角は上がったまま。
ナクアは靂の方を向き、にへら、と恥ずかしさと嬉しさが入り混じった笑みを見せたのだった。
その夜、二人は夜が明けるまでロボットの話で盛り上がった。
「え? 今晩も?」
「お願いしますわ! もうわたくし、お姉さま無しでは生きられない体にされてしまいまして。今晩だけとは言わずこの先もずっと」
「は、はぁ……それはまた大変だね」
翌日、リンはまたも部屋の交換を提案していた。
靂は小さく頬を掻き、頷いた。
「まぁいいよ。リンがそうしたいっていうなら」
「あら? ずいぶんあっさりと引き受けましたわね。昨日とはまるで別人……あなた、クローンかドッペルゲンガーじゃありませんの?」
「何言ってるの。そんなわけないでしょう」
「まぁそうですわよね。けれど昨日あれだけ嫌がっていたというのに……なるほどですわね。カザバミさんと仲良くなられたんですのね」
「い、一応ね」
「あら? 噂をすればカザバミさんですわよ」
リンが廊下を指さすと、ちょうどナクアが通りかかってきたところだった。
しかし靂はナクアに小さく会釈しただけ。ナクアもそれに微かに頷いて返すだけだ。
「はて? 二人は仲良くなったのでは?」
「色々あるのよ。色々ね」
昨夜、二人は決めていた。お互いが話すのはあの部屋で過ごす時か、完全に二人きりの時だけ。
変に仲良くしていると自分たちの関係を探られ、ロボット好きがバレてしまうかもしれない。そうなればまたバカにされてしまったりする。
それだけは避けよう、ということで二人は学校であっても他人のふりだ。
だがその制約があるからこそ、話す時の楽しさが倍増する。
靂もナクアも、授業中は教師の話なんて聞かず、今日は何について話そうかと思考を巡らせる始末だ。
そんなこんなで二人が出会い早10日目の夜のこと。
「靂、明日は学校お休みだし一緒に買い物でも行かない? ボク、欲しいパーツがあるの」
「予定ないし、いいよ。けど、大丈夫? 私たちの関係、バレたりしないかな?」
「大丈夫。このあたりで買い物しようっていうわけじゃないから。ミッドナイトアジアに行くよ」
「ミッドナイトアジア!? 本気?」
ミッドナイトアジア、それは日本と中国が合同で打ち上げた商業コロニーだ。
天井のビジョンが常に夜を映し出す街。アジアの夜がコンセプトということで、色々な屋台や居酒屋が出回っていたりギラギラとした劇場やライブハウスが立ち並んでいたりという観光地だ。
だが風俗店も多く、大人たちの欲望の掃き溜めともなっている。
そんな街に女子高生二人が乗り込むのは、やや常識外れで危険なのである。
「だ、大丈夫なの?」
「ボクは何回も一人で行ってるから問題ないよ。目当てのお店は風俗街からだいぶ離れてるから変なトラブルに絡まれるってことも滅多にないし。どうかな?」
「う~ん……よし、行ってみよう! 実は私もミッドナイトアジアに興味があったんだ。おいしいラーメン屋台がいっぱいあるってテレビでやってたし」
「じゃあ決まりだね。明日の10時にスペースシャトルの駅で待ち合わせね」
「わかった。そうと決まれば今日は早く寝ようか」
「だめよ。今日は一緒にイデオン見るって約束でしょう?」
ナクアはそう言って棚に並んでいるブルーレイディスクを取り出した。
それを旧式の家庭用ゲーム機に挿入し、再生する。
「そういえば前から聞きたかったんだけど、ナクアは何でブルーレイなんて昔の媒体で見てるの? 今じゃダイブデバイスもあるのに」
ダイブデバイス、それは新しい映像体験を味わえるハードだ。
VR機器と同じようにヘッドセットを装着し、見たい作品をダウンロード。そうすれば目の前にド迫力での映像が体験できる。
そして何よりダイブデバイス一番の魅力は、登場人物と同じ感覚を味わえるということだ。
ヘッドセットから脳内に電波を送り込み、登場人物が感じた喜びや悲しみ、痛み、はては食べたものの味まで体感できるようになったのだ。
それにより自分が物語の人物になりきったような体験を得られる、と人気を博した。
従来のディスクは過去の遺物として、一部のマニアにとっては涎ものだ。
「確かにダイブデバイスもあるね。あれはすごい発明だと思うよ、映画やアニメのキャラクターになりきって楽しめるんだもの。でも、それだと自分の感情がなくなっちゃうでしょう?」
「自分の感情?」
「そう。ダイブデバイスが与える感情は、作品にとっての正解なの。この作品を見たらこういう風になってくださいねってこと。例えば、ガンダムが勝てば嬉しいって感情が流れ込んでくるよね? でも負けたジオン兵の感情はないでしょう? ガンダムが勝てばボクも嬉しい、けれどその裏で苦しんでいるジオンの感情もボクは感じたいんだ。だからボクはディスクで見て、正解の裏の感情を想像する。それが好きなんだ」
ナクアは喋りすぎた、とでも言いたげに、ふぅ、と息を吐いた。
靂はナクアの言葉の意味を考え、頷いた。
「確かにそうかも。ダイブデバイスはキャラクターになりきれるけど、味わえる感情は一つなんだ。それに今思えばディスクで見てた方が感情を想像できて楽しいかも。演出とか演技で感情を読むってなんだか新鮮だし」
二人はそのままテレビに目を向ける。
「技術の発展が便利ってわけじゃないんだね」
「うん。でも全部が全部そうじゃないよ。もしこの技術が戦場で応用されて戦争はバカらしいって気持ちがみんなに伝播したら、戦争は無くなるんじゃないかって、ボクは思うんだ」
「どうかなぁ? 誰かの正義は誰かの悪だし、その逆もある。わかりあうのは難しい。って、私はガンダムに習ったけどなぁ」
「それもあるかもしれないね。でも、もしそれが実現したらどうなるだろうかってずっと思うんだ。だからボクは将来技術者になって、戦争を止める技術を開発する」
「じゃあ私はパイロットになって戦争を止める。本当にわかりあうためには、時には戦わなくちゃいけないんだよ。まぁガンダムの受け売りだけど」
「まぁこんなこと、ボクたちが今考えてどうこうできるわけないんだけれどね。あぁ……ボクたちに力があればなぁ……」
ナクアはその後、黙って画面を眺めているだけだった。
靂も何も言えず、ただじっと、画面を見つめるだけだったのだ。
翌日10時、靂は時間ぴったりにスペースシャトルの駅に到着した。
そこには既にナクアも到着していた。彼女はいつも隠している目線を、パーカーのフードでさらに隠している。
「おはよう、靂。それじゃあ行こうか」
「ナクア、その格好で大丈夫なの? なんていうか……すごく怪しい人っぽい」
「こ、こうしないと周りの目が怖いの……」
「う~ん……逆に浮いてるような気もするんだけど。まぁ、ナクアがそれでいいっていうなら行こうか」
二人はシャトルに乗るために駅に入る。駅という名だが、実際は空港に近い見た目をしている。
持ち物検査や審査もあり、そこも空港と同じ。ただ、空港とは違いシャトルは30分に1本は飛んでいる。
手軽にコロニー間を移動できるようになったが、その反面セキュリティも厳しくなった、というところだ。
敵国のコロニーに潜り込み自爆テロ、なんて話もあるくらいなのだから。
二人は手っ取り早くセキュリティチェックを済ませ、シャトルに乗り込む。
「よかったね、空いてるよ。これなら二人分の座席もとれるね」
シャトルの収容人数はだいたい100~150名くらい。シャトル内は電車のような造りだ。
二人はボックス席に向かい合って座る。
「ふぅ。セキュリティチェック案外長かったなぁ。もうお昼だよ? お腹空いちゃった。買ってきたお弁当食べようよ」
靂はぐぅ、となる腹の虫をなだめるようにお腹をさすりながらお弁当を取り出した。
「唐揚げにしようかシュウマイにしようか迷ったけど、唐揚げにしたんだ。がっつり食べたい気分だったし。ナクアは?」
「ボクは、これ」
ナクアは袋に詰めていたお弁当を3つ取り出した。そしてその蓋を一気に外す。
「え? それ、全部食べるの? かなりの量あるよね?」
「もちろん。お腹空いてるから」
「へ、へぇ……」
ナクアは何食わぬ顔でお弁当たちをパクパクと口に運んでいく。
そんな様子を見ているだけで靂のお腹は自然と膨れてしまう。
「よく食べるね?」
「そうかな?」
「ふつうお弁当3つも食べられないって。それなのに太らないって羨ましいなぁ。私、いっぱい食べるとお腹周りが出ちゃうから……」
靂は自分のお腹をさすってみせた。少しぷにっとしていて柔らかな感触が手に返ってくる。
「大丈夫。靂は太ってないよ。気にしすぎなだけ。それに成長するには栄養がいるから食べないと」
靂はチラリとナクアの胸元を見た。彼女の豊満な胸が動くたび、プルン、と揺れる。
まるでプリンみたいに柔らかで、肉まんみたくずっしりしている。
一方の自分の胸はすとん、と平べったい。
成長するには栄養がいる、と言う彼女の言葉は間違っていないな、と靂は思った。
そんな現実から目を背けるように靂は窓の外を見た。
「うわぁ。すごいよ! もう宇宙だ!」
気が付けばシャトルは宇宙空間に出ていた。宇宙と言ってもコロニー間を繋ぐシャトル用の星間トンネルを通っているだけだが。
コロニー間のシャトルはこのようにトンネル内を移動する。ジェットエンジンではなく電気で、だ。
シャトルとは見た目だけ、中身はほとんど電車と変わらない。
もちろんトンネル内にも人工重力は存在する。その証拠に、靂のお弁当の唐揚げは宙を舞っていない。
「やっぱり何回見ても宇宙ってすごいよね。それに地球も。ほんとに真っ青で、キレイ……」
宇宙空間に散りばめられた名も知らぬ無数の星々や真っ青でまん丸い地球、それに円筒状のコロニーの数々を靂は小さな瞳に焼き付ける。
一方のナクアはチラリ、と窓の外を見ただけでまた食事に戻ってしまう。
「ナクアって花より団子の人? こんなすごい景色、見ないと損だよ!」
「靂は最近地球からこっちに来たんだったよね。だったらこの景色は新鮮だと思うよ。でもボクは生まれも育ちも宇宙なんだ。だからこの景色は当たり前に目の前にあった」
「そっか……じゃあ私がただの田舎者だってことなんだね……」
「違うよ。ボクは靂が羨ましい。多分あなたにとってのこの景色はとても美しいものに見えているはず。ボクもこの宇宙が美しいと思うけれど、あなたほどそれを感じているわけじゃない。この景色を見て、子供みたいに目を輝かせられるあなたの感覚が羨ましい、ってボクはときどき思うんだ」
「そっか……あれ? それって褒めてるんだよね?」
靂はそう尋ねるとナクアはにっこりと口元に優しい笑みを浮かべた。
地球と宇宙、生まれが違うだけで感性も違う。二人はただの人間だというのに、だ。
もしイーマンならどう感じるだろうか、靂はふとそんなことを思う。
そんな時だ。シャトルが急に停止した。
「あ、あぁ……!」
勢いよく止まったせいでナクアの膝に乗っていたお弁当が一つ、地面にひっくり返ってしまう。
泣きそうな目で地面に転がったお弁当を眺める彼女。
「えっと……唐揚げ、一つあげよっか?」
そんなナクアが可愛そうで、靂は唐揚げを一つ掴み彼女へ。彼女は雛鳥みたく大きく口を開けて、パクリ、と一口で頬張ってしまう。
「どう? おいしい?」
「うん……もう一個」
「仕方ないなぁ」
言ってもう一つ唐揚げを掴み上げる。だが、それはころり、と地面へ転げ落ちてしまう。
シャトル内に響く機械的なアナウンスの衝撃的な内容を聞いてしまったからだ。
「乗車中のお客様へ申し上げます。コロニー近辺での戦闘を確認したため、当シャトルは一時運転見合わせとさせていただきます。現在、戦闘の規模を調査中です。運転再開、もしくは引き返しの目途が立ち次第連絡させていただきます。それまでは座席の方で今しばらくお待ちください」
そのアナウンスで乗客はざわめきだし、一同が窓の外を見た。
靂もナクアも例に洩れず、窓の外を見る。
「本当だ……戦争だ!」
星々に混ざり、レーザー銃の赤い光が宇宙のカンバスを切り裂くように飛び交っている。
それはだんだんとこちらに近づいてくる。
「ねぇ、ナクア! あのアサルト・ギア、どこのだろう? 一機はたぶん日本のサムライ・ブルーだよね? 青いボディだし刀持ってる。他のは……」
「アメリカのデストロイ・ボディだよ。遠くで分かりづらいけれど、右腕が異常に大きい。あの腕で敵の機体を壊すんだよ」
アサルト・ギア、それは人類の新たな兵器、戦闘用ロボットだ。
全長20~40メートル、人が乗りこみ操縦する。もともとは陸専用だったものが、宇宙戦用に改造されたのだ。
噂によれば設計者は日本のロボットアニメを参考にしたとか。
「イーマン側のは……クロスライトかな。どっちの軍も5対5、戦力差はほぼないね」
靂たちは初めて間近で行われる戦闘に目を見開いた。その目は、キラキラと輝いている。
それは戦場に焦がれていた、とかそういう理由ではない。
自分たちの好きなロボットが目の前で戦っている、その興奮が戦闘の恐怖に勝ったのだ。
それに中立コロニー付近での戦闘は禁止されている。破れば自営用アサルト・ギアが出撃し、両軍に制裁を加える。
そのため靂たちはどこか安心していたのだ、自分たちは守られている、と。
「ねぇ、ナクア。どうして現実じゃ専用機はいないのかな? ガンダムだとさ、主人公が乗ってる機体だったり、シャアザクだったり、そのパイロットに合わせた機体が出てくるでしょ? でも現実だとあんな量産機ばっかり。つまんない。専用機のほうが強いんじゃないの?」
「確かに専用機は強いと思うよ、パイロットに合わせた作りになっているからね。それに専用機が出るだけで仲間の士気も上がると思う。けれど、同時にそれが倒された時の仲間の士気の低下の振れ幅は大きい。それを狙って専用機を狙い撃ちにされる可能性もある」
「なるほどなぁ。確かに私もザクに乗っててガンダムとジムに出会ったらガンダム狙うかな。倒したら味方が俄然有利になるし、それに勲章もらえるかも!」
「それに専用機は量産用じゃないからパーツの互換性が悪いらしいよ。壊れた時の修理コストを考えると、使い捨ての量産型のほうが安い、って聞いたよ」
「なるほどなぁ……」
うんうんと頷く靂。
その時またもアナウンスが響いた。
「乗車中のお客様へご案内申し上げます。当機は危険と判断し、引き返しが決定しました。お客様にはご迷惑おかけしますが……」
アナウンスが終わる前にシャトルは逆噴射、どんどんと高度を落としていく。
それと同時に戦場も彼女らの目から消えていく。
「あ~あ、残念。せっかくミッドナイトアジアに行けると思ったのに」
「でもアサルト・ギアの戦いは見られた。間近で見たのは初めて……忘れないうちにフィギュア造らないと。あの質感……思い出しただけでゾクゾクする」
降下する窓の外を名残惜しそうに靂は眺める。どんどんと宇宙が離れていき、真下にコロニーの無機質な壁が見えてきた時だ。
「な、ナクア! あ、あれ見て! あれ!」
靂は思い切り窓に額をくっつけて、それを見た。
何事かとナクアもそれに倣う。
彼女たちが見たのは、シャトルのトンネルぎりぎりに落下してくる一機のアサルト・ギア。
エンジン部から黒煙を吐き出し、どんどんと落下する真っ赤な機体。
「やられちゃったのかな? でもあんな機体、見たことない……ナクアは知ってる?」
「いいえ、知らない……どこかの専用機? あぁ! 追い抜かれた!」
落下する機体はシャトルより前にコロニーへ。壁をぶち破り、地面へ落ちていく。
それと少し遅れ、シャトルもコロニー内へ。
「壁が修復してる?」
靂が見上げると、機体が開けた穴がみるみると塞がっているではないか。よく見ると小さな蜘蛛のような機体がいくつも集まり、それが結合して壁の穴を塞いでいた。
「リペア・スパイダーだよ。見たことない? コロニーの壁が傷付いた時に現れて粘性の膜を吐きつけたり、その体を繋ぎ合わせて傷を塞ぐんだよ。そのままにしてたら空気と一緒にコロニー内の人や施設が飛ばされてしまうからね」
「そっか……って違う違う! 穴じゃなくて、あの機体だよ! どこに落下したの!?」
靂は目下を探す。と、真っ赤な機体が目に留まった。シャトルの整備基地の上に落下したのだ。
シャトルが到着するなり靂とナクアは飛び出して、その機体めがけて走り出した。
立ち入り禁止の整備区域、入り口に立つ警備員を振り抜き、二人は駆ける。
「はぁはぁ……! なんで私たち走ってるんだろ!?」
「わからない! けど、あの機体が呼んでる気がする!」
「あはは! 私もそう思ってた! ガンダム見すぎたかな?」
「そうかもね! でもなんだか、本当に呼んでる気がするんだ! ボクの勘違いじゃない! 核心だ!」
二人の額に汗が滲む。だがその汗も全力疾走のせいでぽたぽたと後方へと流れ落ちていく。
そして10分ほど走った頃だろうか、二人は機体の元へ辿り着いた。
「はぁはぁ……これが、アサルト・ギア……実際に間近で見ると、おっきいね」
「えぇ、確かに……資料用の写真を撮りたいところだけれど、そうしてる暇はないよね」
落下の騒ぎで混乱していた警察や消防隊が次第に機体に近付いている。
もし彼らがここに辿り着けば、靂たちは機体から引きはがされ二度とお目にかかれなくなってしまうかもしれない。
それだけは避けなければならない、彼女らの本能がそう叫んでいた。
「コックピット、だよね……」
靂は胸元のコックピットに近付き、ロック制御盤に触れた。制御盤は人間の体表に流れる微弱な電気を感知してコックピットを開く仕組みだ。機体が自分から開けられなくなった際に用いられる。
ロック制御盤に触れると、びゅいーん、とコックピットが自動扉のように開いた。
「う、嘘……」
その中にいた人物を見て、靂は目を見開いた。
「どうしたの、靂? もしかして、パイロット、死んじゃってる……?」
「お姉ちゃん」
「え?」
「どうしてお姉ちゃんが乗ってるの!?」
そこにいたのは靂の姉、
「お姉ちゃん、どうして!? ううん、それよりも、お姉ちゃんケガしてるよ! 大丈夫!?」
靂は思わずコックピット内へ潜り込んだ。ナクアもそれに続きコックピットへ。
「本当にこれがコックピット? 全然運転席みたいに見えない……Gガンダムみたいだ」
ナクアは辺りを見渡して呟く。確かにこの機体のコックピットは、他の機体と違っていた。
まるで小さな部屋だ。何もない小さな部屋、そこにただぽつりと霹が倒れている。
操縦席や各種計器などもここには存在していない。
「お姉ちゃん!」
靂は霹を抱えた。霹の頭からは血がだらだらと零れ落ち、抱える靂の手を赤に染める。
霹は段々と白くなっていく顔をぐったりと傾け、苦しそう。
「ナクア、どうしよう!? このままじゃお姉ちゃんが!」
ナクアは霹に駆け寄り、彼女の身体をざっと眺めた。
「顔色がよくない。このままじゃ失血死するかも。他には目立った外傷はない。とにかく頭の傷を止血しないと。傷を押さえるものと、それを縛るもの、何かない?」
「えっと……ハンカチは持ってるよ! あと縛るもの……ニーソ?」
「もうそれでいいよ。今は応急処置が先決だから」
靂はニーソを脱ぎ、ハンカチとともにナクアに手渡した。
ナクアは霹の傷口にハンカチをあて、ニーソを頭にぐるりと巻き付ける。
青いハンカチがみるみる間に真っ赤に染まっていく。だが、霹は苦しげな表情を少し和らげたような気がした。
「お姉ちゃん……なんで……? なんでアサルト・ギアに乗ってるの? お姉ちゃん、軍人だったの?」
霹が身に纏っているのはモスグリーンの軍服。妹である靂が家で見たこともない服。
「知らなかったの?」
「お姉ちゃん、商業コロニーで働いててそこで稼いだお金で私たち家族を平和な中立コロニーにあげてくれて……軍人なんて一言も言ってなかったよ?」
「家族に秘密にしておきたかったんだと思うよ。命を賭けて戦ってるって知ったら心配させてしまうから」
「そんな……」
「れ、靂……ちゃん……?」
ふと、霹が苦しげにだが声を発した。ゆっくりと瞳を開けて、必死に目の前の妹に向かい手を伸ばしている。
靂はその手をぎゅっと掴み、驚いた。冷たい。いつもの姉の暖かな手とは違う、氷のような冷たさだ、と。
驚き離してしまいそうになった手を、もう一方の手で強く握りしめる。
「あぁ……良かった……靂ちゃんのとこに……来られた……」
霹が優しげに笑いかける。だが、ごほり、と咳とともに口から血が零れ落ちた。
「お姉ちゃん!? だ、ダメ! 話さないで!」
「ううん……靂ちゃんには……話さなくちゃ……これはね……お姉ちゃんから……靂ちゃんへの……プレゼント……もっと後に、ちゃんと渡したかったけど……げほげほっ! はぁはぁ……靂ちゃんなら……きっとできるよ……戦争を……止められる……この機体を持って……コロニーの裏側へ……」
それだけ言うと霹は激しく吐血し、ぐったりとしてしまう。
その顔はどこか満足気だ。言いたいことを言い終えたみたいに。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「大丈夫、気絶してるだけ……それより、この機体を靂へって言ってたけれど……それにコロニーの裏側って……何があるのかな?」
と、その時だった。突如、天がばぎばぎっ、と嫌な音を立てる。それと同時に地面にも衝撃が走り、コックピットの扉は閉じられた。
閉まった扉がモニターになっていたようで、外の景色がぽぅ、と映し出される。
「見て……コロニーの天井が崩れてる……リペア・スパイダーは何をしてる? いや、違う……何かが、攻撃してきてる!」
ナクアがそう叫ぶと同時に崩れた天井から一機のアサルト・ギアが侵入してきた。
イーマン側の機体、クロスライトだ。
クロスライトの十字型の瞳が靂たちの乗る機体を睨みつけ、降下してくる。
その手にはレーザーブレード。対アサルト・ギア用の兵器で超高温のレーザーで機体を焼き切るほどの性能がある。
「靂! 敵が攻撃してくる! 逃げなくちゃ!」
靂は姉をそっと地面に横たわらせて、すっくと立ちあがった。モニター越しにクロスライトを睨み返す。
その瞳には復讐の炎がめらめらと燃えていた。
「あんたたちがお姉ちゃんをこんな目に遭わせたんだ……こんな戦争が、お姉ちゃんを傷付けた! 私はあんたたちを、戦争を許さない!」
靂がそう叫んだと同時、彼女の前に突如ホログラムのコンソールパネルと操縦桿が現れた。
「ホログラムコンソール!? 本当に完成してたんだ……まだ開発中だって話だったけれど……もしかするとこの機体は最新型?」
「そんなことどうでもいいよ。今はお姉ちゃんを連れて生き抜くことが大事なの!」
靂は慣れた手つきでホログラムのパネルをいじっていく。その手捌きはまさに神速、初めてホログラムコンソールを触るものとは思えない動きだ。
もちろん靂はホログラムコンソールを触ったことも、ましてや普通のコックピットにすら乗ったことがない。けれど彼女にはなぜかコンソールが触れたのだ。
モニターに次々と機体状況が現れては消えていく。
やがてモニターにはでかでかと文字が浮かび上がった。
【ARK SERVANT Standby OK】
「アーク・サーヴァント……この機体の名前ね。アーク・サーヴァント! いや、ちょっと長いや。よし、アーサー! 出撃するよ!」
靂はその画面を手のひらで思い切りタッチした。するとぐぉん! という排気音とともに機体がぐぐぐッ、と自動的に起き上がったのだ。
彼女はそのままホログラムの操縦桿を握り、それをグイっと前へ倒した。
すると機体の背に備えられたジェットパックが火を噴き、機体が浮き上がる。そしてそのままクロスライトへ向けて突進。
「ま、待って、靂! ベルトも無しで空を飛ぶなんて! あれ? ちゃんと座れている? 靂もちゃんと立っている……そうか! コックピット内に疑似重力が働いているんだ! それで身体が動かないようになっているのか!」
ナクアの言葉も靂の耳には届いていなかった。彼女にとってコックピットがどういう仕組みで動いているとかそういうことは興味がなかった。
ただこのアーサーには目の前のクロスライトを倒せる力があるか、それだけが気になっていた。
「何か武器は……いや、まずはあいつを外に出さないと。こんなところで戦ったら町の人に被害が出る! 行くよ、アーサー! ジェット全開!」
靂が操縦桿を強く握ると、アーサーのジェットはさらに出力を上げ、機体の上昇速度は上がる。
そのままクロスライトへとぶつかり、あっという間に宇宙空間へと押し出した。
だが敵もやられっぱなしではない。クロスライトは足で思い切りアーサーを蹴飛ばして、距離を取る。
蹴られた衝撃でアーサーのコックピット内が揺れ、彼女たちの身体は一瞬ふわり、と浮き上がる。だが、すぐさま疑似重力に引かれ、元の位置へ。
「衝撃を受けると疑似重力を解いてパイロットへのダメージを軽減する、それでまた疑似重力でパイロットの身体を固定するんだ。なるほど……」
「ナクア、感心してないで! どう戦ったらいいか教えてよ! あいつの弱点知らない?」
「あ、あぁ……クロスライトはイーマン、地球両軍ともに最も量産されてる機体だね。特徴はあの十字の目、通常よりも縦横の視界が開けているから正面の死角がない。だからと言って背後を狙うのはダメ、ちゃんと弱点対策として甲羅のような硬い装甲があるからね」
「それ褒めてるだけじゃん! 弱点ないの!?」
「クロスライトの弱点は最も優れた量産機だということだよ。クロスライトは走・攻・守三拍子揃ったいい機体だ、クセも少なく誰にでも扱いやすい。けれどそんな量産機故に機体の火力や速度は凡庸だ。だからそれを上回る火力や速度が出せればあっという間に倒せるよ。ジェット機能は見たところこっちの方が上だから、あとは火力だね」
「高火力の武器!? アーサー! 何かないの!?」
靂が尋ねるとホログラムの画面に新たなポップアップが現れる。
「光波ブレード……これが武器なんだね!」
靂はポップアップをタッチする。するとアーサーは腰に収められていた柄を握り振り抜いた。
その瞬間、ぎゅいん、とまばゆい光を放つ刀身が現れた。
それはまさに聖剣のごとき輝きだ。
「アーサーの聖剣か……エクスカリバーだね。これであいつを、ぶった切るよ!」
靂は最大出力でクロスライトへと攻撃を放つ。
ジェットを駆使し敵の動きをかく乱し、動きが鈍ったところでエクスカリバーを薙いだ。
胴体への強烈な一撃。機体が豆腐でも切るかのようにするりと裂ける。
やがて、少し遅れて爆破した。
「すごい……これが、アサルト・ギアなんだ……この力があれば、戦争を止められる! 私が戦争を止められるんだよ、ナクア!」
喜ぶ靂に、ナクアは微笑んで見せた。
だが、ナクアは素直に喜べてはいない。
(アサルト・ギアを一瞬で両断してしまったエクスカリバー、その火力は計り知れない。それにこのコックピット、本当に地球の技術なのだろうか? もしこんな機体が量産されているなら……ますます戦争が激化するかもしれない)
「あ、あれ……? 一息ついたからかな、力が抜ける……それに頭も痛い……何かが、頭の中から溢れてくる……」
靂はふらふらと足をもつれさせ、床にへたりと座り込んでしまった。
「大丈夫?」
ナクアが靂に近付いたその時だ。
機体のスピーカーから警告音とともに男の声が響き渡った。
『お前は何者だ! 戸崎少佐はどうした! 武器を捨て、大人しく投降するんだ!』
「な、何……?」
靂たちはモニターから外の様子を眺める。そこには10機のアサルト・ギアがアーサーを取り囲んでいるところだった。
『繰り返す! おとなしく投降するんだ!』
「こんなとこで捕まるなんて……戦わなくちゃ……」
「待って、靂。あいつら、戸崎少佐って。それってお姉さんのことでしょう? お姉さんの仲間かもしれない。それにあなたのお姉さんがどうしてこの機体を持ってきたのか知れるかもしれない」
靂は頷き、アーサーの武装を解除した。
「わかった。武装は解除する。でもあなたたちに投降するわけじゃない。私は戸崎靂、戸崎霹の妹よ。お姉ちゃんがケガしてる。急いで治療してほしい」
それを確認した機体たちはアーサーを取り囲み、どこかへ連れていく。
それはコロニーの裏側に隠れるように停泊していた宇宙空母だった。
空母がアーサーを収容するのと同時にコロニーの底が開き、空母は収容される。
そして何事もなかったかのようにまたコロニーの底は閉じたのだった。
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