完全な同意も拒絶もできない、揺さぶってくる一冊。福森伸『ありのままがあるところ』
知的障がい・精神障がいの人々が暮らす鹿児島県の福祉施設・しょうぶ学園。その施設長が45年間を振り返りつつ「ありのまま」を認める価値を記した本書は、学校教育にもその見直しを穏やかに迫ってくる。今日はこの本についてメモしたい。
「ありのまま」を尊重する施設
本書で描かれるのは、しょうぶ学園の施設利用者の日常だ。利用者は、木工、陶芸、絵画、服や刺繍といった様々なアート活動に取り組む。しかし、それは作品化、まして商品化を目指したものではない。ただ作る、縫う、時には木屑になるまで木を掘り続けるプロセス自体を一つの表現として扱い、技術の向上を目指さない。できないことはしなくていい。好きなことをやればいい。徹底して「ありのまま」を尊重し、そこから生まれるものを面白がろうというスタンスだ。
「ありのまま」を認めない「教育の論理」
「ありのままで良いなら、教育はいらないのでは?」。読みながらこんな疑問も抱く。そう、「ありのまま」で良いのであれば、教育は、少なくとも公教育はいらない。公教育は、社会の維持・発展という外的な目的のために、子供達を、能力を伴う「社会の構成員」に育てる役割を担っている。これは主義主張の話ではなく、端的な事実なのだ(だからどの国も公金を投入して教育をしている)。
繰り返すと、教育は「ありのまま」であることを原理的に許さない。その社会が望ましいと思う方向へ「もっとできるようになりなさい」と、教員は常に語りかける役割を担う。学ぶことは変わること。こんな教育の論理で言えば、「ありのまま」とは結局ただの放任であり、次世代の形成にも繋がらないし、その生徒個人にとっても、学校にいる間は良くても、いざ社会に出た時に必要な能力がなければ、困るのはその子自身ではないかということになる。
インクルーシヴな環境を目指す福祉の論理
ところが興味深いことに、この本の筆者も20代の頃、僕と同じく施設利用者の能力や技術の向上に熱心だったという。「健常者と障がい者は対等であるべき」という考えに根付いた当時のあり方を、「向いていないことを強いていた」とふり返る今の筆者は、「能力の発達を促すことが、かえってその人を自立から遠ざける」と考える。そして、利用者がありのままでいられる環境づくりに軸足を置く。ありのままを認めるからこそ、その人の良さが引き出され、それぞれの強みを生かしてマッチングする場ができる。個人の社会化から、障がい者も健常者も含めた全ての人が自分らしく生きられる社会の構築へ。筆者の視線の先にあるのは、本当の意味でインクルーシブな、「全ての人間を肯定的に捉え、その人の内面の価値を理解しようとする過程のある環境」を作り出すことにある。
この視線は、明らかに「教育の論理」とは異なる「福祉の論理」である。そして、本書からはその論理の限界も見て取れる。というのも、ここで描かれるしょうぶ園の利用者は、結局はしょうぶ園という、インクルーシヴだが、社会からは閉ざされた場で老いていくからである。実際のところ社会運動でも起こして社会全体を変革しない限り、この「福祉の論理」がしょうぶ園の外で通用することは少ないのだ。
「ありのまま」と「もっとできるように」をつなぐ
それでも、この筆者の姿は、能力の開発と、既存社会への適応(社会性の獲得)に重点を置く学校教育に、教育の目的を改めて問いかける。学校が公費を投じられた社会化の装置である以上、社会に適応した能力の育成から逃れることはできない。しかし、筆者の言うインクルーシブな場を肯定するのであれば、学校もまた、そうしたコミュニティを実践する場の一つになりうるはずだ。「もっとできるようになりなさい」と「ありのままでいい」の両立。学校をそのような場にすることは可能なのだろうか。
そのヒントになりそうなのは、障害者である施設利用者と、健常者である支援者の「マッチング」について書かれた章だ(p131-)。ここでは、施設利用者が無作為に表現したアートに対して、支援者が工夫しながら意図的に手を加えて商品化する様子が描かれている。利用者の表現は「ありのまま」なのだが、それを、支援者が意図と技術を用いて事後的に商品へとデザインする。ここには、利用者の「ありのまま」の自己表現を、社会性をともなうアウトプットへと変革するための、支援者の意図的な関わりがある。ここに、「ありのまま」と「社会」を結ぶ鍵があるのだろうか。まだ、わからないけれど。
上質のエッセイの味わいがあるのに、さらりと読める本ではない。僕は各所に付箋を貼り、時に「でも…」と反論し、時に他の人に考えを聞きながら読み進めた。完全な賛成も拒絶もできないが、良い本であることには違いない。ぜひ手にとってみてほしい。
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