第8話―エピローグ 愛のあふれる世界―

「ふぅ、今日も暑いですね、十兵衛」

「そうだな、蝶華よ。それに蝉も騒がしい。こうも五月蠅いと頭が痛くなる」

「でもこれも夏の風物詩というもの。古い言い方をすれば暑さも蝉も風流ですよ」

「風流と言えばそうめんもだろう。こんな暑い日はそうめんがうまい」

「十兵衛ってばやっぱり食いしん坊なんだから。今日のお昼はそうめんにしますね」

 弥栄たちが去ってからもうすぐ一年がたとうとしていた。

 季節は夏、じりじりと肌を刺すような熱気だ。

 十兵衛と蝶華は江戸を離れ、穏やかな農村で二人暮らしていた。

 ここは江戸とは違いまだ開発が行き届いていない。電波も届かず、電気代も高い。

 最低限の家電しか家に置けない暮らし。

江戸と比べると不便だが、彼女たちにはそれでよかった。

 二人で穏やかに、ゆっくりとした時間を過ごせるならば多少不便でも幸せなのだから。

 十兵衛は手近にあった新聞を取り、流し読みする。

「新しい政治も大変だな」

「それもそうですよ。お侍様が中心だった政治が急に貴族様中心の政治に変わったんですから。まだ各地でいざこざが起こってるみたい」

「だが康衛門が活躍しているらしいな」

 政治は貴族中心に変わった。武士は特権を剥奪され、普通の人に戻った。

 それが平和な世界への第一歩だ、康衛門はそう言っていた。

 しかしそれに納得のいかない武士もいる。各地で反乱が起こっているが、康衛門率いる部隊が収めている。彼の部隊には輝の姿もあった。

 いまだ戦いが起こり、それを鎮めるために戦わなければならないが、それももう終わりが近いだろう。

 何せ反乱の数も規模も次第に減っていっているし、敗北した武士たちも康衛門がしっかりと説得し、納得してもらっている。

 平和な世界まであと一歩というところだ。

「むっ……また太宰が新刊を出すらしいな」

 広告欄に太宰の新刊の告知がでかでかと描かれていた。

「太宰様は今度は男同士の恋愛を描かれるみたいですよ? えっと……やおい、って言ってましたっけ」

「本を読んでいると眠くなってくる」

「また内容を教えてあげますからね」

 太宰はこちらの世界で小説を書きながら源内と一緒に幸せに過ごしている。

 彼もまたこちらの世界で愛を見つけた一人なのだ。

「あ、そうだ! 十兵衛、今日は流しそうめんにしましょう! 久しぶりに皆さまも呼んで、楽しくお話ししながらお昼にしましょうよ!」

「なるほど……それはいいかもしれん。よし、さっそく連絡してみよう。では行ってくるよ」

 十兵衛は近くの電話ボックスへ向かうために立ち上がる。

「あ、待って、十兵衛」

 蝶華は彼女を呼び止め、優しく口づけした。

「行ってきますのチュー、ですよ。外国では普通みたいです」

「そ、そうか……」

「あ、そうそう、それと……」

 蝶華は十兵衛の耳元でこっそりと囁く。

「せっかくですのでウナギも用意しておきますから、今夜、楽しみにしてますね」

 十兵衛は恥ずかしそうに頷くと家を出る。

 かつての仲間たちを呼び、ともに楽しく昼を囲み、夜は蝶華と愛し合う。

 何とも幸せな生活だ。

 だが幸せを感じた時、彼女の脳裏にふと弥栄のことがよぎる。

 彼女は幸せになっているだろうか、と。

 それを知る術は十兵衛には無い。だが彼女ならばきっと幸せになっているだろう、十兵衛はそう思い続けるのだった。


「政美殿?」

「なんだい、弥栄」

「この戦い、相手は信長、もし僕たちが勝ったら僕たちの天下だよ」

「あぁ、そうだね。あたいたちが最強って示せる。それであたいたちが世界を変えるんだよ」

 時は戦国。戦場に弥栄と政美の姿があった。

 元の時代に戻った弥栄は政美と共に各地に散った鬼を束ね、軍を作った。

 十兵衛の名を取った、鬼神軍だ。

 彼女たちは次々と強国を討ち倒してきた。しかし無益な殺生も略奪もしない、その時代の人々にとっては考えられないほど優しい軍隊だ。

 そのおかげでいつの間にか弥栄の元には人が集まり、一国の城主となり、そして信長とぶつかることに。

「政美殿、今まで僕についてきてくれてありがとう。僕だけじゃ途中で諦めてたかもしれない」

「あんたはあたいの女だよ? なによわっちいこと言ってんのさ。あんたはそこにどっかりと座って言えばいいんだよ、信長を倒して来いってな。そしたらあんたの刃のあたいが首獲って帰ってきてやんよ」

「刃なんて……僕は政美殿のことそう思ってません」

「いいんだよ、あんたがどう思ってようとあたいは刃さ。だからね、ちゃんと首獲って帰ってきたときには、めいっぱい愛してくれよ」

「わかったよ、政美殿……敵は信長! その首を今すぐ獲って来い! そして、世界を変えるんだ!」

 弥栄の二度目の世界を救う戦いが始まる。

 十兵衛が願う弥栄の幸せ、それを手にするまであと一歩だ。

 それを手にするまで、弥栄は戦い続けるのだった。

 世界は平和になることを望んでいる。

 その意思を代行するかのように。


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サイバー江戸合戦記 木根間鉄男 @light4365

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