第6話―裏切者を討て―

 翌日、江戸城の作戦室に彼女たちは集っていた。

 弥栄、十兵衛、修理してもらった輝に、政美だ。

「皆さん、昨日はご迷惑おかけしました……ですがこの通り! ボクはもう大丈夫です!」

「機械ってすごいんだね……」

 自分の手足を自在に動かして見せる輝に、弥栄は感心する。

「ま、ボクのことはいいです。それよりも太宰さんのことです」

「太宰か……」

 彼の名が出ると皆、顔をしかめ俯いてしまう。

「太宰さんはボクたちの、いえ、江戸軍や友軍の情報も持っています。ですから防御の手薄な場所なんてのももう相手に筒抜けなわけです」

「それが知られれば、相手は本気を出して攻めてくるってわけだな?」

「ま、そりゃそうだろうな。あたいだって弱点がわかればすぐに攻めるね。時間をかければその弱さを克服するかもしれないんだしさ」

「えぇ、その通りです……ですが裏を返せば相手はこちらの弱い部分を突いてくるということ。そこに兵を集中させれば勝ち目はあるかもしれません」

「なるほどな」

「で、あなたたちにはそこへ向かってほしいんです。江戸を守るための防衛ライン……長篠へ」

 そうして長篠へ向かった彼女たちだが、すでに戦いは始まっていた。

 上杉・武田軍が信長軍の猛攻を何とか抑え込んでいる。しかし敵には超能力兵士がいる、彼らに太刀打ちすることができず、徐々に戦況はこちらが不利になってきていた。

「あたいは部下を連れて源内の手下どもを討つ。あたいの部隊は機動性抜群だからね、超能力者どもをかく乱してやるよ。その隙に弥栄と十兵衛は源内を討ってくれ。あたいの分までぶちかましてやってよね」

「わかった、政美殿……僕たちに任せて。必ず源内を倒してくるから」

 弥栄たちは政美と別れ、源内を探す。

 途中邪魔な兵は切り捨てながら敵陣へ切り込んでいく。

「源内! どこにいる! 僕たちが相手だ!」

 敵陣深く突き進んだ頃だった、突如弥栄の身体が金縛りを受けたかのように固まった。

「こ、この感覚……源内!」

「弥栄!」

 弥栄を助けに向かう十兵衛の身体も固まってしまう。

 そんな彼女たちの前に瞬間移動で源内が姿を現した。源内と共に太宰も姿を現す。

「わしを探していたのはお主たちか? うるさくてたまらんのじゃ」

「源内……! 今度こそおまえを倒す!」

「あぁ、そうだな。今度は私もいる。必ずお前を屠ってみせる! それに太宰! お前もだ!」

「くふっ。わしに捕まれて動けなくなってるザコが粋がっておるのじゃ。どうじゃ、太宰よ。おもしろいじゃろう?」

「そうっすね、源内ちゃん。でも、あいつらにもチャンスを与えてほしいっす」

 そう言って太宰は一歩前に踏み出した。そして優しそうな声色で言う。

「十兵衛ちゃん、弥栄ちゃん、俺っちはあんたたちが嫌いじゃなかったっす。一生懸命前向きに戦う姿がかっこいいって思ったっす。だからあんたたちはここで死んでほしくはないんすよ。俺っちと一緒にこっち側に来ないっすか?」

 太宰が彼女たちに手を差し伸べる。その瞳はまっすぐに彼女たちを見据える、信じているように。

 しかし彼女たちの答えはもう決まっていた。

「僕は信長の下になんてつかない……信長が天下を取れば、間違った世界が来る……僕はそんな世界を作りたくない!」

「あぁ、私もだ! 私は愛する人が生きる江戸の町を守りたい! 江戸を蹂躙しようとするお前の戦隊になど下るか!」

「はぁ……わかったっす。源内ちゃん、もういいっすよ。あいつらは俺っちたちの幸せを脅かす、だから殺しちゃってほしいっす」

「あぁ、いいとも! わしが全て殺してみせるのじゃ!」

 源内が叫ぶと弥栄たちの身体に負荷がかかる。超能力が彼女たちの身体を押し潰そうとしているのだ。

「ぐっ……こんなもの……!」

 彼女たちの背のジェットが火を噴いた。その瞬間、超能力の拘束から免れる。

「輝の言っていた通り! 超能力もただの力、力比べで勝てば逃げられるって!」

 そう、源内の超能力よりもジェットのパワーが勝ったのだ。

 そのおかげで弥栄たちは空に逃げることができた。

「くそっ! ちょこまかとしおって!」

 源内は宙の弥栄たちに超能力の弾丸を撃ち出すが、ジグザグと軌道を変える弥栄たちには当たらない。

 しかしこれで弥栄たちが有利になったわけではない。今は宙に浮き距離を取っているからこそ避けることができている。

 しかし近付けばそれだけ的が大きくなるわけで、撃ち落されるリスクは高まるだけ。

「十兵衛殿、この後は……?」

「わからん……やるだけやってみるしかない」

 弥栄たちに策はない。ならば彼女たちにできることは一つ。

 一か八か、源内へ突撃することだ。

 二人は刃を構えて源内へ向かい急降下する。

「甘いのじゃ! ざぁこ!」

 しかし源内はそれを待ち構えていたかのようににやり、笑う。

 その瞬間、弥栄たちの身体は地面に叩きつけられてしまった。

「お、重い……! 体が……重いよ……!」

「何をした……源内!」

「くふふっ、おぬしたちの頭上の空気を超能力で圧縮したまでよ。どうじゃ? 普段は何も感じない空気が、おぬしらを殺す感覚は!」

 弥栄たちの身体にかかる空気の圧。それは立ち上がることすら困難な重さだ。

 かろうじて手足は動くが、動かすたびに痛みが走る。

 このまま空気に押し潰されてしまうのも時間の問題だ。

「じゅ、十兵衛殿……」

 しかし弥栄は諦めていなかった。

 痛む体に鞭打って十兵衛のもとまで這っていく。

「はぁはぁ……十兵衛殿……僕の血を……僕の血を吸って……源内を倒してください……」

 そう言って弥栄は十兵衛に自分の腕を差し出した。

 弥栄は自分よりも強い十兵衛に全てを託すことに決めたのだ。

 もし十兵衛が源内を素早く倒せなければ、自分はぺしゃんこになり死んでしまう。

 だからこそ彼女は十兵衛に賭けた。自分の命を賭けることができるのは、信頼し、憧れ、そして好きになった十兵衛だけなのだから。

「早く……僕が潰れる前に……源内を!」

 弥栄の覚悟は十兵衛に伝わっていた。十兵衛は頷き、弥栄の腕に噛み付いた。

 まだ人間の味が残る血が、十兵衛の身体に染み渡っていく。

「十兵衛……どの……」

 十兵衛の瞳が赤く染まるのを見届けると、弥栄はがくり、と気を失ってしまう。

「弥栄。お前の覚悟、受け取ったぞ……必ず、お前が死ぬ前に源内を倒してやるからな」

 十兵衛は自分の腕にぐっと力を込める。地面が割れるのではないかというくらい力を込めて、雄叫びを上げ、空気圧をはねのけて立ち上がったのだ。

「なにっ!? わしの空気圧から逃れおったじゃと!?」

「源内! 覚悟せよ! これが人を愛する強さだ!」

 今、十兵衛の中には弥栄が宿っている。弥栄の血が身体を巡るたびに彼女の身体はぽかぽかと温かくなり、力が沸き上がってきた。

 それこそが愛だ。人を愛し、愛される強さだ。

「愛じゃと!? そんなものが強さに変わるわけないのじゃ!」

 源内は十兵衛に向けて超能力の弾丸をぶつける。

 十兵衛はそれを真正面で受け止める。が、そんなもので十兵衛が止まるわけがなかった。

「こんなに弱い力で私に勝とうとするなんてな……愛が無い証拠だ!」

 十兵衛は一気に源内との距離を詰め、刃を振りかざした。

「これが愛するってことだ」

 十兵衛の赤い瞳が怪しく光り、刃が振り下ろされた。源内は避けようと動くが、もう遅い。

「ぎゃぁ! わしの! わしの腕がぁ!」

 源内の腕が宙に舞い、切断面から鮮血のシャワーが溢れ出した。漏れ出る血を必死で押さえる源内。しかし手で押さえられるほどの量ではなく、指の隙間からぷしゃぷしゃと血が噴き出していく。

「お前の負けだ、源内! 今、楽にしてやる」

 十兵衛がもう一度刃を振り上げた瞬間だった。二人の間に太宰が割って入ってくる。

「もう終わりっす! これ以上はもう望まないっす!」

 源内を庇うように抱きしめる太宰。そんな彼に十兵衛の太刀筋が揺らぐ。

「何をしておるのじゃ、太宰! やめるのじゃ! わしはまだ負けてないのじゃ!」

「もう俺っちたちの負けっすよ。こんなに血が出てたら、もう戦えないっす。それに助かるかどうか……」

 源内から噴き出す血の量はとても多い。それに今の源内は幼い身体だ。もともとの血の蓄積量が少ないのに、これだけ出てしまえばもう助からないだろう。

 その証拠に源内の顔色は青白く染まり、唇も震え出していた。

 源内の瞳は恐怖の色に染められ、縋るように太宰を見る。

「太宰……わしはもう、死ぬのか……? 嫌じゃ……死ぬのは……怖いのじゃ……」

「大丈夫っす……源内ちゃんを一人にはさせないっすよ。俺っちも一緒に、死ぬっす」

 そう言うと太宰は懐から時限爆弾を取り出した。

「太宰! やめろ! 早まるな! お前まで死ぬことはない!」

「十兵衛ちゃん、俺っちを思うなら死なせてほしいっす。それにもしここで生きて帰っても、俺っちは裏切り者っす。何をされるかわからないっすから……」

 太宰は悲しそうにそう言い、時限爆弾の針を30秒にセットした。

 十兵衛は太宰を止められないことを悟り、距離を取る。

「太宰……いやじゃ……いやじゃ……! 死にたくないのじゃぁ……」

「俺っちも一緒だから大丈夫っす」

「違うのじゃ……死ねば太宰ともう何もできないのじゃ……それが、嫌なのじゃ……たった1日だったけれど……わしも太宰のことが、好きになっていたのじゃ……! お主の痛みを分け合い、癒してやろうと思っていたのじゃ……」

「源内ちゃん……」

 その時源内は初めて愛を理解した。300年以上生きていた源内にとって初めての感情だ。

 心がドキドキとし、無意識に太宰を求めてしまう。太宰のことが愛おしくてたまらない。

「太宰……愛しておるのじゃ……」

「源内ちゃん、俺っちも、愛してるっす」

 二人は抱きしめあった。彼らの人生のラストへのカウントダウンが終わるその時まで。

「太宰……源内……」

 時限爆弾のカウントが0になり、爆発が起こった。燃え上がる炎の中に消えていく二人。

 爆炎が消えた時、太宰たちの身体も消えてなくなっていた。

「お前たちの愛、しかと受け止めた……私はそれを継いでいくからな」

 散りゆく二人の愛を知るのは十兵衛のみ。彼女がそれを覚えている限り、二人の愛は死なない。


「大丈夫か、弥栄?」

「う、うん……体が……まだ痛いけど……」

 弥栄が目を覚ましたのは太宰たちが死に、1時間ほど後のことだった。

 起き上がるときに感じる身体の痛み、それにより弥栄は痛いほど生を実感する。

「僕、生きてるんだね……じゃあ、源内は……」

「あぁ、死んだよ……愛を知ってな」

「愛?」

 十兵衛の遠い瞳に、弥栄はそれ以上尋ねることができなかった。

「あれ? なんだか辺りが騒がしい……?」

 だんだんと覚醒していく意識は周りの騒音を徐々に受け取っていく。

 騒がしいのは戦場だからか、いや、この騒がしさは戦いの声ではない。

 皆一様に喜びの声を上げているように聞こえる。

「十兵衛殿? 僕が眠っている間に、何が?」

 十兵衛は空を指さした。その先には飛空艇が浮かんでいる。

 そしてそこから康衛門の声が響き渡っていた。

『貴様ら! 信長の居城、安土城は落ちた! 我々の勝利だ! 繰り返す! 我々の勝利だ!』

「僕たちの、勝ち?」

「あぁ、そうだ」

「でもどうして……? 信長はこちらを攻めるために相当の兵を送っていたはず……」

「だからだよ」

 言われても弥栄はぴんと来ず、頭に疑問符を浮かべる。それを見て十兵衛は笑った。

「あはは! はじめから私たちは騙されていたんだよ、康衛門にね!」

「康衛門殿に?」

「あぁ。あいつは江戸の味方は上杉・武田しかいないと思わせていたんだ。けれど裏では神在ノ国、切支丹王国もこちら側と繋がっていた味方だったんだよ」

「神在ノ国と切支丹王国……あれ? でもそれって戦いあってはず……」

 弥栄は思い出す。いつか輝に教えられたことを。

 神在ノ国と切支丹王国、それぞれ異教を信じるもの同士で敵対していた。神在ノ国もそのため信長と停戦していたはずだ。

「だからその戦いが全部嘘だったんだよ! 実際は信長に戦っていると思わせる策だったんだ! 今回みたいに信長が主力を一気に放ち城の守りが手薄になった時、攻め込ませる算段だったんだよ」

「そういうことだったんだ……」

 敵をだますにはまず味方から、というがこれは何とも大掛かりな仕掛けだ。

 康衛門は信長が戦力を一気に投入することを見越してこの作戦を考えたのか。そうならばなかなかの策士である。

『これで我々江戸に対抗するものもいなくなった! これからは泰平の時代が続く! 俺様が約束しよう!』

「本当にこれで終わりなんですね、十兵衛殿」

「あぁ、終わりだ、弥栄」

 終わってみればなんともあっけないことだ。弥栄は体から力が抜け、ペタリと座り込んでしまう。

 そして何も知らず呑気に雲が流れる青空を仰ぎ見て、小さく笑った。

「これで、終わり……ふふっ、なんだか信じられませんね」

「戦いというのはそういうものだ。いつの間にか始まり、いつの間にか終わっている。劇的な終わりなんて、書の中にしかないんだよ」

 十兵衛も地面に座り、空を見る。

 この空を、平和になった空を、蝶華は見ているだろうか、なんて思いながら。

『戦いは終わった! ……ン? 何? 安土城に信長がいない!? 逃げた痕跡もない!? えぇい! 探せ! しらみ潰しに探すんだ!』

 焦る康衛門の声に、戦場の喜びも掻き消える。

 それは弥栄たちも同じで、嫌な胸騒ぎが抑えられずにいた。

「十兵衛殿……これって……」

「あぁ、まだ、戦いは終わっていないようだな……」

 そんな彼女たちの胸の内を代弁するかのように空は曇り始め、雨が降り始めた。

 戦場に降り注いだ雨は、誰かの血を洗い流していく。流れた血は大地に染みこみ、そして草花の養分に変わるのだろう。

 しかし草花が平和に咲き誇る世界になるには、まだ障害が残ったままだった。


 雨は三日三晩続き、地上をおおいに濡らした。

 その間、信長の捜索が全力で行われた。

 捜索の他にも信長の兵を捕らえ、尋問もした。だが、信長を捕らえることができなかった。

 しかし尋問して一つ、重大な事実が浮かび上がる。

 兵は誰一人として、信長の姿を見ていない、と。

 信長は常に声だけの通信で指示を出していた、だからその姿を公の下に晒していなかったのだ。

 そんなことがあらわになり、江戸の兵たちも思うのだ。自分たちも信長の姿を見たことがない、と。

 そもそも本当に信長は存在していたのだろうか。自分たちは信長と名乗る何者かに踊らされていたのではないか。

 そんな噂が広がり、皆の間に不安が走る。

 信長の真相を知っているかもしれないものはただ2人だけ。

 眠り続ける、太宰と源内だ。

「太宰殿も源内殿も、まだ起きないみたい……」

「輝は傷のほうは大丈夫と言っていたから、あとは気力だけだな」

 弥栄と十兵衛は眠る二人を見守る。早く目を覚ませ、と願いながら。

 そもそも太宰たちは爆死したはずだ、弥栄たちもそう思っていた。

 しかし爆発する直前、源内が超能力で身を守ったようだ。そのため身体が遠くへ吹き飛ばされただけで済み、近くにいた救護兵により一命を取り留めた、というわけだ。

「十兵衛殿は信長が本当にいると思いますか?」

「いてもらわなければ困る。でないと私たちは何のために戦いあっていたのかわからなくなるからな。弥栄はどうだ?」

「僕は……よくわかりません……いてもいなくても、どちらでも納得できる気がします」

「いてもいなくても、か?」

「えぇ。もし信長がいなくても、誰かがこういう状況にしていたと思います。戦いを起こしたのが、今はたまたま信長だっただけ。たぶん誰にでもこういうことはあり得たんだと思います」

「なるほどな、そういう考え方もあるかもしれん」

 誰が起こしたかは関係ない。戦争とはそういうものだ。争いは時代が作る。

 弥栄は薄々そう感じていた。自分たちが元々いた世界もそう、誰が戦い始めたかは問題ではない。

 戦いを受け入れてしまった世界に問題があるのだ。

「んっ……ここは……どこっすか?」

 そうこう言い合っていると、太宰がようやく目を覚ました。体を起こそうとしたが、痛みに顔をしかめそのままベッドで横になる。

 瞳だけを動かして弥栄と十兵衛を交互に見て、涙を流した。

「あぁ……また、死ねなかったんすね……俺っちだけが生き残ってしまった……」

 源内を思って太宰は泣いた。また愛を失ってしまった、悲哀に満ちた涙だ。

 しかしそんな太宰に十兵衛は優しく言う。

「大丈夫だ、太宰。源内は、生きている」

「源内ちゃんが?」

「あぁ。お前と違って傷が深く、回復まで時間がかかり目を覚ましていないが……ちゃんと生きている」

「そう……なんすね……源内ちゃんが……」

 それを聞いても太宰の涙は止まらない。しかし涙の種類は変わっていた。

 今の太宰の頬に浮かぶ涙は、喜びの暖かな涙だった。

 弥栄たちは太宰が落ち着くのを待ち、質問する。

「太宰殿は信長の正体を知っていますか?」

「安土城が陥落したが信長はそこにはいなかったようだ。敵の話によれば信長の一番の側近が源内だったらしい。源内から何か聞いていないか?」

 太宰は考えるように黙り、そして言う。

「もし俺っちが話せば源内ちゃんを許してあげてほしいっす。俺っちはどうなってもいいっすから、源内ちゃんを処刑するのはやめてほしいんすよ……それが約束できるなら、俺っちは話すっすから」

「あぁ、安心しろ。そもそもお前たちを処刑するようなことはしない。康衛門もそう言っていた。源内の技術力は幕府にとって喉から手が出るほど欲しい存在らしいからな。お前も源内を従えるための人質ってわけだ」

「ちょっと十兵衛殿! 言い方ってものがあるでしょう!?」

「しかし隠していてもこいつは賢しいからすぐにわかるぞ。なぁ?」

「ははっ、俺っちをそんな風に評価してもらって嬉しいっす」

 太宰はいつもの飄々とした顔を取り戻した。源内も助かる、そう知った瞬間彼の中での不安が晴れたからだ。

 そうして彼は語り始める、信長の正体を。

「信長は存在しているけれど、存在していないんすよ」

 それを聞いて弥栄も十兵衛も首をかしげる。

「まぁそれだけ聞いてもわかんないっすよね。俺っちも源内ちゃんからそう聞いた時はわけわかんなかったっす。でもここからが肝心なんすよ。信長は存在しているけれど存在していない、それがどういうことか……」

 太宰は一拍溜めて言い放った。

「信長はAIでネットワークの中に潜んでいたんす。だから存在はしているけれど、現実には存在していないんすよ」

 しかしそれを聞いても弥栄たちは理解できない。

「え、えーあい?」

「ねっとわーく?」

「あ、そもそも言葉がわかんなかったんっすね……えっと、AIって言うのは人工知能ってことで……簡単に言えば作られた脳みそみたいなものっす。で、ネットワークって言うのは電脳世界ってことで……あぁもうだめっす! 俺っちには説明できないっす! 輝ちゃん呼んできてほしいっす!」

 そうして輝が呼ばれ、太宰は信長の正体について話した。

「というわけで、信長は源内ちゃんが作ったAIが暴走して生まれたってわけっす!」

「なるほど……そういえば源内は言ってました、完全な人間を作りたいって。ボクも源内に作られたけれど、ボクは脳だけが人間のモノ、源内の理想とは違っていたんです。だから源内はさらに高度なAIを作ろうと信長を……」

「それで、信長って倒せるの?」

 深刻そうに唸る輝を差し置いて、弥栄がそう尋ねた。

 弥栄にとってはAIとかネットワークとかそういうものは関係ない、ただ信長を倒せるかどうか、それだけが気になっていた。

「信長を倒すのか? ならばパノラマ島に向かうのじゃ。信長のサーバーはそこにあるのじゃ」

 弥栄の質問に答えたのは、源内だった。

 目を覚ました源内はよろめきながらも立ち上がる。

「源内ちゃん!」

 太宰は痛む体を無視して源内を支える。

 源内は太宰の助けを借りて、ふらふらと輝の前に立った。

「信長を倒せるのはお前だけじゃ……輝!」

「ぼ、ボクが……信長を……?」

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