第14話  始動 前編

第十四章  始動 前編







実技テストが全て終わり、再び奈月達は沙希の前に横一列で整列していた。


「じゃあ暫定だけどポジションを発表するわね」


テストの結果とその傾向と対策などをメモした手帳を一度見直すと、沙希は守備番号順にポジションと名前を言っていく。


「まずピッチャーは陽菜と喜美。お互いにどちらかがピッチャーをやってる時は陽菜はライト、喜美にはファーストを守ってもらうわ」

「はい」

「は、はい!」


「次にキャッチャーは奈月」

「はいッ!」


「内野手のファーストは今言ったから省略して、セカンドに海帆。サードに穂澄。ショートは雅ね」

「は、はいであります!」

「はい!」

「承りましたわ」


「で、最後に外野手。レフトはビビ。センターにののあ。ライトが梓。梓には陽菜がライトに入る時にファーストも任せるわ」

「オーケーネー!」

「了解だニャ」

「うっす」


一通りのポジション発表を終えると、沙希は各自に不満がないのを確認して話を進める。


「打順はこれからの様子を見て決めるからまだ保留ね。それとついでだしゲームキャプテンも決めちゃいましょう。奈月、あなたに任せようと思うんだけど異議の有る人はいるかしら?」


沙希の提案に否定の声をあげる者はいなかった。すでに部長を任せているのだし、当然といえば当然である。


「で、でも部長はともかく、キャプテンは試合でも重要な役割ですし、私よりも経験者の陽菜ちゃんとかのほうがいいんじゃ……」

「キャプテンは経験や能力よりも、試合中に皆の士気を高められる、まとめ役としての役割が必要よ。そういう意味でも、私は奈月が適任だと思うわ。それに部長と一緒で面倒な事は喜美に全部任せればいいんだから」

「はいはい……。奈月が苦手な頭を使う部分はあたしがフォローすればいいんでしょ」


すっかり貧乏くじ役を受け入れた喜美が、諦めのため息をついてみせる。


「もちろん奈月一人でチームの全部を背負えとは言ってないわ。だから内野と外野にそれぞれ一人ずつ副キャプテンも設けるわよ。穂澄、梓。喜美と一緒に奈月のフォローをお願い出来る?」

「承知しました」

「まぁ他にやれる奴もいねぇしな」


頷く二人に、奈月は「ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」とぺこぺこ頭を下げた。


「それじゃチーム内の人事はこの辺にして、次は今後のスケージュルを立てましょう」


沙希はパン!と手を叩き、話を切り替える。


「まず最初の目標となる夏の県大会予選までは二ヶ月半。鍛えなくちゃいけない部分は山ほど有るけど、あなた達に足りないのはとにかく経験よ。

特に試合経験が足りないから、これからの週末はガンガン練習試合を組むからね。でもまぁ最低限の形にはしとかないと相手にも失礼だから、そうねぇ……」


人差し指で前髪を巻きながら、再び手帳でスケジュールを確認すると、沙希はその指をパチンと鳴らし、


「今年のゴールデンウイークは日曜から四連休になるから、そこで学校に泊まり込みの合宿をしましょう。で、最終日に練習試合を組んで初陣にするわよ」

「ゴールデンウィークだと今から約二週間しか時間がないであります……」

「そうね。だから、これからは陽が沈むギリギリまで練習するわよ。朝練もやるつもりだけど、そっちはちょっと私で確認しなくちゃいけない事があるから二、三日待ってね」

「ののあは早く起きるの苦手だから朝練はなくてもいいニャ……」

「ちなみにののあが朝練をサボったら、この中の誰かがののあの分まで練習する事になるからね」

「ふにゃ⁉そういうのは卑怯だニャ!」

「卑怯じゃないわよ。野球はチームスポーツだもの。もし試合でののあがサボッたら皆に負担がいくわよね?」

「そ、それはそうかもしれないけどニャ……」

「ただでさえ今のあなた達は弱小もいいところなんだから、チーム一丸にならないと一勝すら遠いわよ。他の皆もそれを忘れず、これからの練習に取り組むように!」


渋々なののあ以外は『はい!』と元気よく返事をし、沙希も自分もその一員なのだと改めて気を引き締めながら頷く。


「大丈夫であります!朝練が始まったら、自分がののあちゃんを毎朝起こしに行くであります!」

「ふにゃ……。ののあがサボらないと信じて疑わない、親友の信頼が眩しいニャ……」

「じゃあ今日はちょっと早いけどここまでにしましょう」

「えっ?でも合宿まで時間がないから、ギリギリまで練習するんじゃ……」


奈月が矛盾に不思議がると、沙希は何かを企んでいる笑みを浮かべる。


「これから皆で一緒に行きたいところがあるからね。だから今日の練習はこれでお終い」

「ふみぃ……?一体どこに行くんでしょうか……?」

「分かったネー!どこかのお店で親睦会デース!」

「ふふん♪どうかしらねぇ~。まっ、それは着いてからのお楽しみよ。それじゃすぐに移動するから荷物をまとめなさい」


沙希がパン!と手を叩くと、奈月達は言われるままに自分の荷物を取りに慌ただしく動き出した。






そして沙希に連れられるまま奈月達がやってきたのは、駅から少し離れた商店街にあるスポーツ用品店。


まるで我が家に帰ってきたかのような、気軽な足取りで本郷スポーツの看板をくぐる沙希に、奈月達もとりあえず続いていく。


「こんちわー。久美、いるー?」

「そんな大声出さなくてもここにいるわよ……って、なにその子達⁉」


聞きなれた親友の声に、レジ内で椅子に腰かけながら返事をすると、直後に彼女の後ろにぞろぞろと付き従うジャージ姿の軍団に気づき驚く久美。


「も、もしかしてあんたの子供?」

「違うわ。まだ結婚すらしてないわ」


ボケる久美にチョップでツッコミを入れると、沙希はコホンと一つ咳ばらいをする。


「前にも話したと思うけど、この子達が新生・鶴川女子野球部よ」

「ほぉ~、この子達が。って、もう九人揃ってるのね」

「今日一気に三人加わったからね。ああ、皆。こっちのお姉さんは本郷久美。十年前に私とバッテリーを組んでた、あなた達の先輩ね」


沙希に紹介されると、久美は「よろしくね~」と手をひらひらと振ってみせた。


「で、その子達を連れてきて今日はなんの用なのよ?」

「女子野球部ってさ、一度廃部になったじゃない?で、今もう一度創部届を出してるんだけど、当然部費が貰えるのは大分先なのよね」

「まぁ他の部との割り当てを再考したりで、生徒会の承認が降りるまで色々あるからねぇ。私達の時もそうだったし」

「うん、だからね」


そこで沙希は久美にウインクをすると、


「この子達が当面使う野球道具……奢ってほしいなぁって」

「はぁ⁉なに言ってんのあんた⁉九人分もタダで商品あげれる訳ないでしょうが!」

「いいじゃな~い。私と久美の仲でしょ~?」

「猫なで声で可愛く言ってもダメなもんはダメだからね。私がお父さんに怒られるっての」


しっしっと手で帰れと伝えると、沙希は「チッ、仕方ないわね……」とおねだりモードを止めて奥の手を使う事にした。


「そういえば私、最近面白いブログを見つけたのよねぇ」

「な、なによ……急に」

「鶴川の卒業生が作ってるらしいブログなんだけどさ、どこで聞いたのか女子野球部の復活を知ってて応援してくれてるのよ。しかも私達が河川敷で練習してる写真を、こっそり隠し撮りまでしてアップしてる熱の入れっぷりなのよねぇ」

「ふ、ふ~ん……そうなんだぁ……」


久美の額を一筋の汗が流れる。


「で、色々とあの子達の情報も書いてあるんだけどさぁ……、それがちょっと変なのよねぇ」

「な、なにが変なのよ……?」

「どう考えても当事者しか知り得ない情報まで載ってるのよねぇ。それこそ酒の席で私があんたにしか話した事がないような裏話まで、ね」


久美の額を滝のよう汗が流れる。


「あとはそうねぇ。女子野球部の応援と称して、私を隠し撮りした写真にそっくり真似たサインまで入れたブロマイドを売ってたっけ。

売上金は女子野球部に全額寄付しますって書いてあったけど、私のとこにはそんな話なんて一切きてないのよねぇ」


そこまで言うと、沙希はレジカウンターの上に右腕をドン!と置いて身を乗り出す。


「この件について何か弁明はあるかしら?」

「……ワタシ、ナンノコトカ、ワカラナイ、アルヨ……」

「出るとこ出てもいいのよ?」

「すいません許して下さいほんの出来心だったんですブロマイドの売上金はちゃんと全額渡すし店の商品も好きなだけ持って行っていいから訴訟だけは勘弁してつかぁさいお代官様なんでもしますからぁ!」


椅子の上で正座に座り直し、土下座する久美。それを沙希は満足げな表情で「よろしい」と見届けると、くるりと背後に振り返り、


「という訳で、バットにグローブにスパイクにその他もろもろ、遠慮せずに好きな物を選んでいいからね。ただし初心者組は経験者か私に相談して、自分に合ってるかちゃんと確認する事」

「えっ⁉本当にどれでもいいでありますか⁉」

「おかわりもいいわよ!」


沙希が親指を立ててビシッ!と突き出すと、海帆は「ヤッター!であります!」とののあの手を取っていの一番に野球コーナーへと向かった。


最初から他の子を下の名前で呼んだりと、意外と芯は図太いのかもしれない。


「ああ、奈月はちょっとこっちに来て」


喜美と陽菜の二人と移動しようとしていた彼女を呼び止めると、沙希は手招きする。


「あなたはまずバットを新調しないとね。ちょっとそれ貸してくれる」

「えっ……。で、でも私は別にこのバットでも……」

「ダメよ。へこんでる箇所もあるし、どう見ても寿命を超えてるでしょ。そのまま使い続けてたら最悪、怪我をする原因にだってなるわ」

「で、でも……」


なおも食い下がる奈月に沙希はやれやれと、しかし優しい眼差しでその頭に手をポンと置く。


「あなたがそのバットを大切に思ってくれるのは凄く嬉しい。でも私とあなたをこうしてまた出会わせてくれた時点で、その子はもう役目を終えたのよ。

だからそろそろ休ませてあげましょう?」

「…………」


奈月はうつむき、黙ってしまう。しかし暫くすると、


「分かりました……」


担いでいた、愛用のバットが入った布袋を沙希に差し出した。


「ありがとう」


それを受け取った沙希は、レジカウンターの中で「私の酒代が……かゆ……うま……」と真っ白に燃え尽きている久美にチョップを入れ、正気に戻す。


「はっ⁉な、なによ!これ以上、私を強請ったって冷蔵庫に隠してあるケーキくらいしか出ないんだからね⁉」

「違うわよ。このバットなんだけどさ、同じやつってまだ売ってるの?」

「ん?バット?どれどれ……」


沙希から布袋ごと手渡され、その中身を確認するとすぐさま久美の表情が驚きへと変わった。


「ちょ、ちょっと沙希!このバットって……」

「そっ。私が使ってたバットよ」

「あんたまだこれ持ってたんだ……。物持ちがいいわねぇ」

「私じゃないわよ。それを今まで大事に持っていてくれてたのはこの子」


そう言われ、そこでやっと久美は沙希の後ろにいる奈月に気づいた。


「それさ、県大会の決勝が終わった後、私が女の子にあげたの覚えてる?」

「ああ、そんな事あったわね。確か幼稚園児くらいの小さい子……って、まさか……」

「そのまさかよ。あの時の女の子がこの奈月だったの」

「ほえ~……。そんな事があるものなのねぇ」


久美は眼鏡の位置を直しながら、改めて照れている奈月の顔を見直す。


「ってかさ。十年前にバットをあげた子が成長して鶴川に入学してきて、また女子野球部を創って、バットをあげたあんたは教師として鶴川にいて、さらには顧問になった……と。

なに?あんた達、青春映画でも作るつもりなの?」

「まぁ、そこは確かに出来すぎな気が私もするわ」


沙希は苦笑すると、つられて奈月も苦笑する。


「なら私の事も覚えてた?さっきも紹介されたけど、一応は初代・鶴川女子野球部の一員だったんだけど」

「えっ?」

「えっ?」


問われた奈月は、先程の久美のようにダラダラと滝のような汗をかき始めると、


「も、もちろん覚えて……ます……?」


「オーケー。疑問形な時点で皆まで言わなくても分かったわ」

「あんた、あの試合はノーヒットで全く目立ってなかったものねぇ」


ゲラゲラと笑う沙希に、「私は打撃より守備で貢献するタイプだったのよ」と口を尖らせそっぽを向いた。


「で、どうなの?そのバットはまだ売ってるの?」

「ちょい待って。今調べてみるから」


そう言うと久美は店のパソコンからネットに繋ぎ、専用のサイトで検索をかける。


「あ~……、残念だけど四年前に生産終了してるわ。一応、後継モデルは出てるけど百パーセント同じバットとは言えないかもねぇ」

「ふみぃ……そうですか……」


悲しげに顔をうつむかせる奈月を見て、久美は眉間を人差し指でポリポリかいた。

あのバットを今日まで大事に使っていたのだ。その想い入れがどれほどのものかなど容易に想像がつく。


「でもまぁ、どこかの店に売れ残ったまま置いてある可能性はゼロじゃないかもね。ちょっと時間はかかるけど、うちと繋がりのある店とか当たってみるわ」

「ほ、本当ですか!?」

「あくまで可能性がゼロじゃないかもって話だからね。やっぱり見つかりませんでしたーってなっても怒らないでよ?」

「はい!宜しくお願いします!」


嬉しそうに頭を下げる奈月に久美はひらひらと手を振ってみせると、さっそく情報収集用のメールの作成に移った。


「お願いついでにさ、私からももう一つ久美に頼みたい事があるんだけどいい?」

「どうせ嫌だって言っても聞きやしないんでしょ」

「よく分かってるじゃない。で、そのお願いってのはバッテリーコーチをやってほしいのよ。陽菜は経験豊富だからまだいいんだけど、この奈月はついこないだからキャッチャーを始めたばかりでさ、捕球の技術とか配球の組み立て方とか色々と教えてあげてほしいのよ。

ほら、あんた相手バッターの癖を見抜くのとか、嫌がる配球とか考えるの大好きだったじゃない?」

「人を性格の悪い捻くれ者みたく言わないでよ……。でも、それはマジでちょっと無理ね。私にだってここの仕事があるもの。この店がお盆と正月以外は休みがないってのはあんただって知ってるでしょ」

「河川敷まで隠し撮りに来る暇は有るくせに?」

「あ、あれは配達のついでだったから!」

「そっかぁ……、やっぱ無理かぁ~。久美なら奈月を県大会までに一人前のキャッチャーに育てられると思ったのになぁ~」

(……あれ?なんか簡単に引き下がったわね……)


意外に思いながら、キーボードを打ち続けながら横目でチラリと沙希を見る。


すると彼女は頭の後ろで腕を組み、気づいた久美の視線に目を合わせてくると、


「コーチをやってくれたら、一回につきビールの六缶パックを買ってあげようと思ってたのになぁ~。残念だなぁ~」


ピクッ、と久美が反応し、キーボードを打つ手が止まる。


「……発泡酒じゃなくてビール?」

「五百のロング缶でもいいわよ」

「毎日行くわ!よろしくね監督!それと奈月ちゃんも!」


熱く掌を返した手で握手を交わす汚い大人達の取引に、奈月は苦笑を浮かべるしかなかった。


「ってかさ、私にバッテリーコーチを頼むなら、『あの子』にも打撃コーチを頼んだほうがいいんじゃないの。むしろ『あそこ』を使わせてもらわないと今の練習だけじゃ厳しいでしょ」

「あ~……やっぱそうよねぇ……。うん、分かってるんだけど……ねぇ……」


急に歯切れが悪くなった理由をよく知る久美は、先程のお返しとばかりに意地の悪い笑みを浮かべて言ってくる。


「なんなら私から連絡しとこうか?あの子の店はうちの取引相手だから電話番号なら知ってるし」

「いや、あんたがあの子と話しても喧嘩になるだけでしょ……。それに携帯の番号なら私も知ってるから……というか高校を卒業してからも、ほぼ毎日のように電話がかかってきてるから……」

「それはそれは相変わらずお熱いこって」

「あんたねぇ……他人事だと思って……」

「他人事だもーん」

「……コーチの報酬、一缶に減らすわよ」

「すみませんでしたぁ調子に乗ってましたぁ許してつかぁさい監督様ぁ!」


再び椅子の上で土下座する久美に、沙希は深いため息をつく。


「でもまぁ、そこは可愛い教え子のために体を張ってあげなさいよ。立花せ・ん・せ・い」

「比喩じゃなくて本気で身の危険があるから悩んでるんだっての……」


沙希はもう一度ため息をつくと、「しゃーない……後で電話かけてみるか……」と右手で顔を覆った。


それを久美はニヤニヤと眺める。そして指の間から沙希に睨まれると、「さっ、奈月ちゃんのバットを探さないとっ」と口笛で誤魔化しながらパソコンに向き直った。


奈月には最後の方の会話の意味はよく分からなかったが、十年来の息の合った二人のやり取りを羨ましく思い、、自分もチームの皆とはいつまでもこういう風に仲良しのままでいたいと強く願うのであった。






翌日。学校での休憩時間。


奈月が喜美と仁美のいつもの面々と他愛もないお喋りをしていると、不意に名前を呼ばれた気がして教室の入口を見た。

するとそこでは沙希がこちらを手招きをしていた。


「た、立花先生⁉」


慌てて椅子から立ち上がり、沙希のもとへと向かう奈月。


一年生とは関係性の薄い教師の訪問に、クラス中の興味の視線が一斉に向けられる。それに対し沙希は全く気にした様子もなく、駆けつけた奈月にある物を見せてきた。


「おめでと、女子野球部の創部が正式に認められたわ。で、これが部室の鍵ね」

「ほ、本当ですか⁉」


野球ボールのキーホルダーが付いた鍵を手渡されると、奈月はそれを嬉しそうに眺める。


「運動部の部室棟は分かるわね?そこで昔、女子野球部が使ってたのと同じ部屋よ。さっき見てきたけど看板はついたままだったから行けば分かると思うわ」

「先生達が使っていた部室と同じなんですか⁉」

「まぁ、中も十年間使われてなかったから掃除が必要だったけどね。放課後の練習時間は削れないから、昼休みにでも皆でこつこつ掃除して使えるようにしときなさい」

「はい!分かりました!」

「じゃ、鍵は失くすんじゃないわよ」


用件だけ伝え、手をひらひらと振って去っていく沙希を奈月は一度頭を下げて見送ると、頬をだらしなく緩ませながら自分の席に戻る。


「先生、なんだって?」

「女子野球部が正式に部として認められたそうです!それと部室も使っていいと言われました!」


貰った鍵を喜美と仁美に見せると、「おお~!」とリアクションが返ってきた。


「昔、女子野球部が使っていたのと同じ部室だそうです。でもずっと使っていなかったから、掃除が必要だとも言われました」

「オッケー。じゃあ昼休みに掃除しようって皆に連絡回しておくわね」


言うが早いか、喜美はスマホを取り出し女子野球部全員に連絡を入れ始める。


「やったじゃん。おめでと、奈月」

「えへへ……ありがとうございます、仁美ちゃん♪」

「それにしても伝説の女子野球部の部室かぁ……。ねぇ、私も掃除手伝うから一緒に見に行ってもいい?」

「はい!もちろんです!」

「やったぁ!楽しみ~♪」

「私もどんなところなのか今から凄く楽しみです!」


今度は二人で頬を緩ませ合うと、連絡を終えた喜美も「あたしも混ぜなさいよ~」と嬉しそうに二人の肩を抱き寄せた。






そして昼休み。


昼食をいつもよりも手早く終えた奈月達は、教室から持ってきた掃除道具を手に、ドアが開かれた部室の前で呆然と立ち尽くしていた。


「これは……中々酷いわね……」


呟いた陽菜の言葉に、その場にいた全員が同時に頷く。


部室はオーソドックスな間取りで、部屋の奥に窓が一つ。両側にはそれぞれロッカーが一面設置されている。


あとは壁にパイプ椅子がいくつか立てかけてあったが、どこもかしこも埃をかぶりまくっており、天井には蜘蛛の巣が張ってるも確認できた。


「流石に十年も放置されてただけはあるわね……」


特に他と何が違う訳でもなかった部室に、仁美ががっかり肩を落としながら言う。


「ってか、今そこでなんか動いたわよ⁉」

「ふみぃ⁉」


その手の生き物がダメなタイプの奈月は思わず横にいた陽菜に抱きつく。


「あ、ご、ごめんなさい陽菜ちゃん!私つい……」

「いいのよ奈月。むしろもっとくっついてもいいのよ」

「……とりあえず陽菜ちゃんは鼻血をどうにかしたほうがいいであります……」


「それにしても本当にどうすんだこりゃ。昼休みだけで終わる気がしねぇぞ」

「毎日、地道に掃除を進めていくしかあるまい。ここでこうして立っていても何も進展せぬであろう」

「ふにゃ……。昼休みは寝てたいのに面倒くさいニャ……」

「はぁ……仕方ありませんわね」


話がまとまりかけると雅は指をパチンと鳴らす。すると音もなく彼女の背後に千代が姿を現した。


「ニャッ⁉」

「で、あります⁉」


まだ千代の存在を知らなかったののあと海帆が驚くが、同じく知らなかったはずのビビだけは「オウ!ニンジャ!」と目を輝かせていた。


とりあえずそんな三人は無視して、雅は千代に命令を下す。


「ここの掃除を頼みますわ。放課後までに終わりますかしら?」

「ご命令とあらば」

「なら頼みまし……」

「あ、あの!待って下さい!」


雅の言葉を遮ったのは奈月だった。彼女は一歩前に出ると皆を振り返り、


「私達が使う部室ですから、私は自分で掃除がしたいです……。でも見ての通り大変そうですから、私一人でやりますから……だから……」


我儘を言って、きっと皆には呆れられると思っていた奈月だったが……そうではなかった。


「そうね。あたしは奈月の言う通り、女子野球部員の手で掃除するべきだと思うわ」

「喜美ちゃん……」


まず幼馴染の喜美が賛同してくれた。


「野球道具と同じで、自分が使う物は自分で手入れする。当たり前の事よね」

「陽菜ちゃん……」


続いて陽菜が。


「はぁ……。しゃーねーな。そうと決まったらさっさと掃除しちまおうぜ」

「うむ。皆が本気で取り組めば、それだけ早く終わろう」

「松本さん……千葉さん……」


「変な虫が出そうなところは私に任せるネー」

「自分も虫は大丈夫だから任せてほしいであります!」

「やるからには今日中に終わらせるニャ。明日からの昼休みはまたお昼寝タイムにしたいニャ」

「私は女子野球部員じゃないけど乗りかかった船だしね。もちろん最後まで付き合うわよ」

「ビビちゃん……海帆ちゃん……ののあちゃん……仁美ちゃん……」


そして全員の視線が、まだ何も言わずにいた雅に集まると彼女はやれやれとため息をつき、


「流石にこの状況で私一人だけ反対するほど空気を読めなくはありませんわ」

「風見さん……!」

「ですが人手は多いに越した事はないでしょう。望月、掃除はいいですから代わりに必要そうな道具の用意とバケツの水汲みをお願い」

「畏まりました。お嬢様」


スッ……と背後から千代の気配が消えたのを確認すると、雅は奈月に向かって、


「さぁ、キャプテン。後の指示はお願い致しますわ」

「は、はい!それでは皆で部室の掃除を頑張りましょう!」


奈月の言葉に全員が『おーっ!』と元気よく返事をする。


そして部室の中に入っていく部員達を建物の死角から様子見していた沙希は、また一つ強まったチームの結束力に心を躍らせると、自身も掃除に加わるべく姿を現し、誇らしい教え子達に声をかけた。



【続く】

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