第13話  磨けば光るかもしれないダイヤっぽい原石 後編

第十三章  磨けば光るかもしれないダイヤっぽい原石 後編







・内野守備テスト


沙希がワンバウンドノックをして各々が捌く。その中で抜群の動きを見せたのは、やはり穂澄であった。


打撃同様、無駄な力以外は込めないリラックスした姿勢から、バットにボールが当たる瞬間に軽くジャンプしてから打球に向けて一歩目を切る。


そのまま無駄のない動きで向かってくる打球に対して正面に体を入れると、しっかり腰を下ろしてグローブで優しく包み込むように捕球する。


そして最後にステップを踏み、ノーバンウンドで三塁から一塁の梓に送球。その一連の動作は華麗の一言であった。


「うん、教科書に載せたいレベルのお手本通りの動きね。他の皆も今のをしっかり目に焼きつけて真似するように」


穂澄が改めて今の動きについて、どうしてそうするのかという意味も含めて一つ一つ細かく全員に説明すると、奈月や喜美、それに陽菜とののあも無難にノックをこなしていく。


梓もファーストとして内野手の経験が有ると言っていただけあり、動きは穂澄に続いて良い。そんな中、特に才能の片鱗を見せたのは雅であった。


テニスでの経験が生きているらしく、とにかく打球への反応とその一歩目の動き出しが抜群に速い。


小学生との試合形式でショートの守備を経験させていたが、それを差し引いても内野手としてのセンスが有ると沙希は感じていた。


そして問題のビビと海帆の未経験者コンビの番。


ビビはボールの正面には素早く入れるものの、打球をグローブで上手く捕球できず足の間で通過させてしまう、いわゆるトンネルを連発してしまう。


「う~ん……どうも上手くいかないネー……」


沙希から腰をしっかり落とすように、最後までボールから目を離さないようにとアドバイスを受けるが、それでも上手くいかずビビは首を捻る。


「ちょっとやり方を変えてもいいデスカー?」

「いいわよ。まずは自分が一番やりやすい方法を見つけなさい」


許しを得て、今度は体を正面にではなく、半身にしながらグローブでボールをすくい上げるように捕球しにいく。


すると今度は上手くボールを捕まる事に成功し、ビビは「イエス!やったネー!」と送球も忘れ、その場で嬉しそうにジャンプしてみせた。


「なんで普通に捕れないのに、それだと捕れるのよ……」


相変わらず常識が通じないビビの野球センスに沙希は半ば呆れつつも、今の動きに一つの可能性を見い出していた。


ビビが今してみせたのは、外野手が内野を抜けてきたゴロを処理しながらキャッチャーへバックホーム返球する時の動きに近い。


前進しながら半身で捕球する事で、送球までに必要な動作を省略する動きである。無論、正面でしっかり構えて捕球するより難易度が高いのは言うまでもない。


(これでフライが捕れるようならビビは外野で決まりかしらね)


雅とビビ、それぞれのポジションがある程度の固まりを見せ始める中、最後は海帆の番となる。


「よ、よろしくお願いしますであります!」


これまた相変わらずガチガチに緊張した海帆を考慮して、沙希は今までより特に緩いノックをする。


手加減されたゆっくりなボールは一度バウンドし、しかし二度目のバウンドでイレギュラーな跳ね方をして海帆の顔の高さまで届いてしまった。


「ひっ⁉」


それを海帆は慌てて顔の前で両腕をクロスさせながら、身をしゃがませて避けてしまう。


「ほらほら、ビビッてたらボールは捕れないわよ」


とはいえ、今のはしょうがないと思いつつ、沙希はもう一度緩いノックをする。


今度は普通に海帆の足元へと転がったが、一球目の軌道がすっかり脳裏に焼きついてしまったのか、完全に腰が引けてしまっている海帆は捕球に失敗してしまった。


「大丈夫よ、海帆。これくらいのスピードなら体に当たってもたいして痛くないから」


そう言われても弱気で臆病な性分が前面に出てしまい、ボールから逃げるように腰を引いて捕球しようとするので一向に上手くいかない。


これは相当時間がかかるなと沙希が思い始めた、その時だった。


ノックをしくじってしまい、海帆が立っている位置からはかなり離れた場所へとボールが転がってしまった。


「あ、ごめーん。ミスったわ」


沙希が謝り、新しいボールを拾おうとしたその瞬間――海帆が動いた。


サイドステップから素早くダッシュへ移行すると、厳しいどころではないそのコースのボールへと飛びつき、なんと見事にキャッチしてみせたのだ。


「……へ?」


流石に沙希も何が起こったのか一瞬分からなかった。


何より一番驚いていたのは海帆自身で、グローブに収まっているボールを、「と、捕れているであります⁉」と何度も見返していた。


「今のよく捕れたわね。ってかダイビングキャッチとか怖くなかったの?」

「じ、自分にボールが向かってこなかったから全然……気づいてたら体が動いていたであります……」

「ふ~ん……」


試しにもう一度、正面にノックしてみる。


「ひんッ!」


やはりビビッて後逸。次に正面ではなく横へちょっときつめのコースにノック。



ズザザザザァッッ!



見事なダイビングキャッチ。


「なんでよ⁉」

「な、なんででありましょうか……?」


本人も分からない謎の才能に、沙希も頭を抱えざるを得なかった。


「まぁ正面がちゃんと捕れるようになれば、その守備範囲の広さは武器になるわね……」


とりあえずそう納得して、内野守備テストは終了した。






・外野守備テスト


「いいか。外野の守備に何より必要なのは飛んでくるボールとの距離感だ。最初からダイレクトでキャッチ出来るほど勘がいい奴なんてほとんどいねぇ。

だからまず予測したボールの落下地点より少し後ろまで下がって軌道をよく見てから、ワンバンさせてキャッチするくらいの気持ちでやってみな」


外野フライを捕るコツを説明してから、梓がまず手本を見せる。


沙希が打ち上げたフライを正面ではなく体ごと顔を横にしてボールとの距離感を計ると、落下地点を予測してその少し後ろまで回り込む。


そして落ちてきたボールに合わせて前へステップしながら捕球すると、その動きを利用してそのまま沙希のいるホームへ返球した。


「体を横にするのには何か意味があるんデース?」

「まず正面から見るより横の方が落下地点が予測しやすいってのと、あとはその方が前後に動きやすいだろ」

「オー、アイシー。確かに正面を向きながら後ろに走るのは大変ネー」

「まっ、結局のところ外野の守備は数をこなしてナンボだけどな。最初のうちは距離感なんて全然分からねぇから……」


両手を挙げてバンザイの姿勢をするそのさらに上でボールを後逸させる奈月を指さし、


「大体ああなる」


と慌ててボールを追いかける彼女を笑ってみせた。


その後も穂澄と陽菜の経験者以外は慣れないフライの捕球に悪戦苦闘するが、そんな中で最初にコツを掴んだのは意外にもビビであった。


「ん~……、この当たりは多分この辺デース!」


梓に教えられた通りに体を横にして落下地点を予想すると、素早くそこへ移動する。すると少しの誤差はあったものの、数歩ずれただけで捕球に成功した。


「イエス!バッチグーネ!」

「おー、やるじゃねぇか」


他のプレイとは違って呑み込みが早いビビの外野手としてのセンスを、梓も素直に褒める。


それに対抗心を燃やしたのはののあだった。


「なかなかやるニャ、ビビっち。これはののあも本気を見せる時が来たようだニャ」


ののあは自分の番になると外野の一番深いところまで退がる。そうして視界を広くし、打球が落ちてくるまでの軌道をしっかり見極めると、


「にゃにゃにゃニャ~!」


落下地点に向けて、猛スピードで走り出した。


普通なら到底間に合わないタイミングであったが、加速したののあはあっという間に落下地点に入ると、余裕すらもってそれを捕球してみせた。


「オーブラボー!今のが噂に聞く猫まっしぐらネー!」

「ふふ~ん。ののあはやっぱりやれば出来る子ニャ」


自慢げに腰に手を当てて、ののあが胸を張る。そして近寄ってきたビビとハイタッチを交わして互いの健闘を称えた。


「うむ。猫又殿のあの足の速さは実にセンター向きだな」

「そういえばセンターって足が速い人が多い気がします」

「広い外野を三人で守るには、それに見合った守備範囲が求められるでありますからね。特にライトとレフトの両方をカバーする必要があるセンターは、足が速ければそれだけカバーできる範囲も広くなるであります」

「なるほど……流石は海帆ちゃん!とっても分かりやすくて勉強になりました!」

「て、照れるであります……」


顔を赤くして恥ずかしがる海帆。


「次はみほりんの番だニャ」

「あっ、はいであります!」


そして飛んできたフライを奈月と同じようにバンザイして後ろへ逸らし、海帆の顔はまた真っ赤に染まった。






・遠投テスト


「ふぅぅぅ……みぃッ!」


独自の気合一閃。外野の一番深いところから投じられた奈月のボールは、マウンド上とはうって変わって、ホームベース上に立っている沙希までノーバンのストライク返球を見せた。


「おお~!まさにレーザービームであります!奈月ちゃん、かっこいいであります!」

「なかなかやるじゃねぇか。けど本職として、アタシも負ける訳にはいかねぇな」


そう言うと梓は大きなステップで軸足に体重を載せると、奈月と同じくノーバン送球で対抗してみせた。


「お見事。これだけの強肩が後ろを守ってくれていれば秋月殿も心強かろう」

「そうね。犠牲フライを狙われてる時は梓のところに打たせるようにするわ」

「おう、いいぜ。この末森中のライフルアームに任せときな!」

「一体いくつの異名がありますの、あなたは。というか遠投なのに、なんでバックホーム大会になってますのよ」

「でも山なりで送球する事って試合じゃほとんどないし、こっちの記録のほうが実戦的かもね」


喜美の言葉に梓が「そうそう。普通の遠投でどれだけいい記録を出そうが、あんなのただの飾りさ」と頷く。


「でも、ののあじゃ山なりでもあそこまで投げるのは無理ニャ。なっつんやあずやんみたく投げたら、セカンドまで届くかも怪しいニャ」

「心配なさるな、猫又殿。そのために中継という内野手との連携プレーがあるのだ」

「確かにほずみんも肩が強いニャ。なら、もしもののあの守備が外野になったら、ほずみんを頼るニャ」

「私も肩はストロングじゃないのでよろしくお願いシマース」

「なんだか、すでに外野手に決まったみたいな言い方ですわね」

「まぁさっきの外野守備を見てたら、あたし以外はこの二人でほぼ決まりじゃねぇかな。少なくても最後までバンザイしてたあの二人はないだろ」

「ふみぃ……外野手はとっても難しいのです……」

「で、あります……」


へこむ奈月と海帆の頭をよしよしと喜美が慰めながら撫でていると、


「いいのよ、奈月。あなたにはキャッチャーというポジションがあるんだから。これはもう野球の神様が私達にバッテリーを組みなさいと言ってるのよ。

きっとそうよ。そうに決まっているわ。違うなんて言ったらちょっと野球の神様に全力投球でボールをぶつけてくるから安心して」


陽菜が奈月の手を取り、一気に捲したてた。


「……ピヨっちって、なっつんの事になると性格が変わる上に早口にならないかニャ?」

「気づかないふりをしておあげなさいな……」


そんな陽菜の姿を半目で眺めて呟いたののあに対し、雅も深いため息をついて答えていた。






・走力テスト


そして、いよいよ最後の能力測定。


まずはホームから順に各塁を回って一周するベースランのタイムを計り終え、続けて直線の五十メートル走へと移る。


こぞって高校一年生の女子としては平均以上なタイムを出す中、やや遅めの平凡なタイムで走り終えた奈月がしょんぼりしながら、すでに計り終えて休憩していた仲間達の輪に加わってきた。


「ふみぃ……今のところ私が最下位でした……」

「あんたは両方の胸に大きい重りを抱えてるからねぇ。まっ、残念でもなく当然の結果じゃないの」


先程の打撃テストでの事を根に持っているのか、喜美がわざと意地悪く言ってみせる。


「けど、その理論だと陽菜が一番速くなくちゃいけねぇよな?」

「梓。今なにか言ったかしら?」

「い、いや……な、何も?……あはは……」


あの梓すら怯えさせるほどの殺気を放つ陽菜。そして、「私だって好きでこの大きさな訳じゃないわよ…」とポツリと呟いた。


「でもビビも奈月ほどじゃないけど、けっこう大きそうなのに足は速いわよね」


喜美の言葉に、一同の視線がビビの胸に集まる。そこにはジャージの上からでもはっきりと形の分かる膨らみが二つあった。


しかしビビは特に恥ずかしがる様子もなく、


「鍛えてますからネー」


あっけらかんと笑って見せる。


「わ、私も鍛えたらビビちゃんみたく速く走れるでしょうか⁉」

「モチのロンネー。けどワターシの修業はちょうとばかりきついヨー。ついてこれるかネー?」

「はい!お師匠様!」

「ではまず両足を開いて空気椅子の姿勢から、頭と肩と太ももに水の入った紙コップを載せるネー!」

「なんでカンフー映画の修業みたいなノリになってるのよ……」


酔拳でも習得するつもりかと喜美がため息をついていると、いつの間にか走り終わった海帆がぜぇぜぇと息を乱しながらこちらに歩いてきていた。


「お疲れ様ですわ。結果はどうでしたの?」

「な、なんとかギリギリで最下位は免れたであります……」

「って事は奈月が最下位か。よし、後で皆にジュース奢りな」

「ふみぃ⁉そんなの聞いてないですよ⁉」

「でも、まだノノーアが残ってますヨー?」

「いやいやいや、流石にののあが奈月以下ってのはないでしょ」


全員が喜美の言葉に頷くと、ちょうどののあが爆走しているところだった。

自慢の脚力を惜しげもなく全力開放すると、風と一体になってゴールを駆け抜けていく。


「ん……?」


そしてストップウォッチのタイムを確認した沙希が眉をひそめた。


「ごめん、ののあ。ちょっと計り損ねたみたいだからもう一回いい?」

「走るのは好きだから構わないニャ」


流しながらオーバーランから戻ってきたののあは、そのままスタート地点まで走って戻ると、再びクラウチングスタートの姿勢に入る。


今度はちゃんとストップウォッチの動作を確認した沙希の、「よーいドン!」に合わせて抜群のスタートを切ると、トップスピードまで一気に加速していく。


そのまま最後までスピードを落とさないままゴールすると沙希はタイムを確認して、


「んん~……?」


先程よりも深く眉をひそめた。


「どうかしたんですか、先生?」


気になった奈月が声をかけると、沙希は未だに信じられないといった声で、


「ののあのタイム……高校生の女子日本記録とほぼ同タイムなのよね……」


もちろんタイムウォッチによる手動なので正確なものではない。それでも二本ともほぼ同じタイムであったし、多少の誤差があったとしてもそのタイムで間違いないのだろうが……


「あっ、ののあちゃんは中学の頃からそのくらいのタイムであったでありますよ」

「マジで⁉」


海帆の裏付け証言に、沙希は思わず声を大にした。


「確かに中学の陸上部で計った時もそんなもんだったニャ」

「ほう。猫又殿は陸上部であったか」

「スカウトされて入ったけど、サボッてると顧問の先生がすぐ怒るから速攻で辞めてやったけどニャ」

(サンキュー!顔も知らない中学の陸上部顧問!)


もしかするとののあが陸上部を続け、この場にはいなかったかもしれない可能性を潰してくれた影の功労者に感謝しながら、ののあの取り扱いには十分注意しようと誓う沙希であった。



【続く】

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