第11話  集え!鶴川女子野球部ナイン!

第十一章  集え!鶴川女子野球部ナイン!






新しい一週間が始まる。


月曜日の昼休み。新たに女子野球部に加わった梓と穂澄の歓迎会も兼ねて、奈月達は学校の食堂に集まり昼食を取っていた。


「しかしまさか中学の全国大会でレギュラー張ってた奴が二人もいるとはなぁ。しかも一人は準優勝校のエース様ときたもんだ。残りの面子次第じゃマジでいいところまでいけるんじゃねぇか?」

「そんなに甘い世界ではないでしょうに。まぁ、大好きな先輩に早くお会いしたいお気持ちは分かりますが」

「なっ、なに言ってやがんだてめぇ!?ぶっとばすぞ⁉」


バン!と長テーブルを叩いて立ち上がる梓に、雅は全く意に介した様子もなく、傍で給仕する千代が淹れた紅茶で食後のティータイムを優雅に楽しむ。


「まぁまぁ喧嘩しないの。これから同じチームでやっていくんだから仲良くしましょうよ」


喜美が仲裁に入ると、梓は「フン!」と不機嫌そうに腰を下ろした。


「けど、とりあえずこれで創部届は出せるのよね?」

「はい!五人以上いれば部として認めてくれるって深見先生が言ってました!」

「なら奈月は練習に行くまでに、部長として必要な書類を書いて提出しておきなさいよ」

「ふみ?部長は喜美ちゃんじゃないんですか?」

「言い出しっぺはあんたでしょうが。だったらあんたが部長をやるのが筋でしょ」


他のメンバーもそれには異議はないようで、同意を示すように頷いてみせた。


「わ、私に部長なんて務まるでしょうか……?」

「難しく考える必要はないわ。奈月は今まで通り、その行動力で私達を引っ張っていってくれればいいのよ。面倒な事は全部、喜美に押し付ければいいんだから」

「ちょっと陽菜?今さらりと人に貧乏くじ担当をやれって言わなかった?」

「あなたには誰かの世話を焼くのがとても似合ってるわよ」

「良い笑顔で言い方を変えてもあたしは誤魔化されないからね⁉」


ずれた眼鏡の位置を直しながら、陽菜を指さす喜美に奈月が苦笑していると、


「それより、残りの部員に当てはあるのか?」


穂澄の問いに、全員が沈黙する。


「とりあえず私と奈月で作った部員募集のポスターはそこそこ認知度があるみたいだから、向こうから来るのを信じて待つしかないかもねぇ」

「けど、運動が出来そうな子は、大体他の部にもう入ってしまってるでしょうね」

「お得意の風見の力とやらでどうにかならねぇのかよ、お嬢様」

「数を集めるだけで宜しいのならどうにでもなりますけど、それでは皆さんは納得しないでしょう?」

「そうね。奈月が目指す楽しい野球……。そのためには、出来れば野球が好きな子。もしくは好きになってくれそうな子がいいわよね」

「わ、私はそういう野球がしたいだけであって、別に絶対そうじゃなくちゃいけないという訳では……」

「そこは妥協しちゃダメよ、奈月。全国制覇を目指すのなら、そういうモチベーションが有ると無いとでは雲泥の差になるんだから」

「うむ。好きこそ物の上手なれと申すしな」

「中学で全国大会を経験した二人が言うと説得力あるわねぇ……」


食後で少し眠くなってきた喜美が、テーブルの上で腕を枕代わりにして顎を乗せる。


「野球が好きかどうかはともかく、あのハーフの子は運動神経が凄かったわよねぇ。ああいう子が入ってくれないかしら」

「ん?誰の話だそりゃ?」

「あっ、千葉さんのお家に行く途中で凄い人がいたんです。街路樹の枝に引っかかっていたバスケットボールを、樹の根本からダダッッと駆け上がって、ピョンとジャンプしてバッとボールを取ってシュタッと着地したんです」


相変わらず擬音だらけで分かりづらい奈月の説明であったが、とりあえずなんか凄かったというのは未見の者達にも伝わったようだ。


「それに、とても綺麗な金色の髪の人でした」

「そうそう。ちょうどあんな感じの……」


鼻歌交じりに今日のお勧めランチが載ったトレイを両手で持ち、向かいに座る梓達の背後を通り過ぎようとした金髪の少女がふと視界に入り――


「いたああああああぁぁぁっっ⁉」


喜美はガバァッ!と勢いよく体を起こすと、眠気が完全に吹き飛んだ顔でその少女を指さした。


「ホワット?」


金髪の少女も喜美の大声に足を止めると、くるりと踊るように一回転して自分を指さす彼女と向き合う。


「オウ!一昨日きやがれぶりデース!お元気にしてましたカー?」


すると彼女も喜美を憶えていたようで、トレイを片手で持ち直すと空いた手の親指を立てて「ウィーッス!」と元気よく挨拶してきた。


「なんだ。服部殿ではないか」

「千葉さんのお知り合いですの?」


いつの間にか椅子ごと少女へと振り向いていた雅の言葉に、穂澄は頷いてみせる。


「服部ビビアーノ、デース。ビビと呼んでくだサーイ。ホズーミとは同じクラスで、セカンダリースクールも一緒だったネー」

「せ、せかんだりーすくーる……?」

「要するに中学校って意味よ」


陽菜が説明してくれると、奈月はなるほどと手を打って納得した。


「こちらはホズーミのフレンズですカー?」

「うむ。女子野球部の友人達だ」

「オウ!ベースボール!ワターシも小さい頃にマミーから教えてもらった事がありマース。ヘタッピだったのですぐ辞めちゃいましたけどネー」

「なん……だと……⁉」


必殺技を放った相手がほぼ無傷だったかのような驚き方を喜美がすると、


「服部さん!野球やった事あるの⁉」

「マミーとキャッチボールしてルールを教えてもらったくらいデース。チームで試合をした事はないネー」

「き、喜美ちゃん!」

「分かってるわ、奈月!」


喜美の眼鏡がキラーン!と輝く。


「服部さん、もう部活には入ってる?」

「まだヨー。このスクールは面白そうなクラブが多くて迷ってるネー」

「なら女子野球部とかどうかしら⁉」

「ベースボールですカー……。でも、さっきも言いましたがワターシ、ヘタッピですヨー?」

「いいんじゃねぇか。ルールも知らなかったド素人よりかはマシだろ」

「あら、それは私への当てつけですの?」


不敵な笑みを浮かべて火花を散らし合う梓と雅。


自分を挟んでいがみ合う二人に穂澄は全く意に介した様子もなく、お茶が入った紙コップを両手で持ちながら口に運ぶと、


「何事も最初から上手く出来る者などおらぬ。大事なのは服部殿が女子野球をやってみたいかどうかであろう」

「わ、私はビビさんと一緒に野球をやってみたいです!あんなに運動神経がいいんですから、きっとすぐ上手くなりますよ!」

「奈月が賛成なら当然、私も賛成よ」

「……とまぁ、あたし達はとりあえず全員歓迎ムードなんだけど……どうかな?」


喜美の言葉にビビは眉間にしわを寄せて両目を閉じ、「む~ん……」と悩むと、やがて指をパチンと鳴らし、


「分かりましター。ここで会ったのも何かの百年目ネー。ワターシでよければよろしくお願いしマース」


どこか間違った日本語で言うと、ぺこりとお辞儀をしてみせた。


「はい!こちらこそよろしくお願いします!ビビさん!」

「さんはいらないデース。ええーと」

「南奈月です!ビビちゃん!」

「オウ!ナツーキ!ナツーキ!」

「えへへ♪ビビちゃん!ビビちゃん!」

「…………」


何か波長が合ったのか、妙なテンションで手を繋ぎ合う二人を見て、陽菜がゆっくりと立ち上がる。


そして女性とは思えない握力で無理やりその手を引きはがし、今度は自分がビビと手を繋ぐ。


「私は秋月陽菜。よろしくね、ビビ?」

「イ……イエス……ヒーナ……?」


笑顔の奥から確かに感じる、得も言われぬ威圧感に思わずたじろぐビビ。


「それと初めに言っておくけど、奈月は私の物だから」

「いや違うからね⁉ってかあんた、だんだん本性を隠し切れなくなってきてるからね⁉」


喜美がツッコミを入れると、その横でよく意味が分かっていない奈月は頭上に『?』を浮かべていた。






鶴川女子野球部が七人目の仲間を加え、ビビが自己紹介を始めているテーブルから少し離れた席で――


「き、聞いたでありますか、ののあちゃん。あの人達が女子野球部みたいであります」

「女子野球部?ああ、みほりんがポスターを凝視してたあれニャ?」

「ぎょ、凝視はしていないであります!ちょっと長めに見てただけであります!」


ののあと呼ばれた猫耳のような形をした髪型の少女と、みほりんと呼ばれたアホ毛が目立つ二つおさげの少女が、奈月達の方を気づかれないように覗き見していた。


「そんなに興味があるなら話しかけてくればいいニャ」

「む、無理であります!自分、野球はパパとキャッチボールくらいしかした事がないでありますし……きっと経験者からしたら迷惑であります……」

「はぁ……。みほりんのパパさんは軍人さんなのに、なんで娘はこんな内気に育ったニャ……」

「軍人じゃなくて自衛隊員であります……」


しょぼくれながらも一応は訂正を入れてくる中学時代からの親友に、ののあは「それは悪かったニャ」と謝りつつもため息をついてみせた。


「でも、みほりんは野球が好きだニャ?」

「それは……好きでありますが……」


特に女子野球選手に憧れを抱くみほりん――本名『東郷 海帆』は、シーズン中に何度も女子プロ野球の試合を観に行くほどのファンである。


それに付き合っているうちに、『猫又 ののあ』も野球のルールを覚え、少しだけだが興味を持つようになっていた。


「だったら女子野球部の練習をこっそり見にいくニャ。今聞き耳を立ててたら、どうやら放課後に河川敷で練習してるみたいだニャ。それで経験者ばかりのガチ勢じゃなさそうなら混ぜてもらえばいいニャ」

「の、ののあちゃんも一緒に来てくれるでありますか……?」

「もちろんニャ。ののあはいつでもみほりんと一緒ニャ」


親友の言葉に海帆はパァーと顔を輝かせ、


「あ、ありがとうであります!ののあちゃん!」


勢いよく頭を下げすぎ、思いっきり顔面をテーブルにぶつけてしまう。


「ぉぉぉ……痛いでありますぅ……」

「まったく……。みほりんは相変わらずドジだニャ。やっぱりののあが付いてないとダメだニャ」


呆れてため息をつくののあに、しかし海帆は痛みに涙を浮かべながらも嬉しそうに笑った。






そして放課後。


海帆とののあは計画通り河川敷に訪れ、天端で匍匐の姿勢を取りながら女子野球部の練習を伺っていた。


てっきり女子野球部だけと思っていたが、何やら小学生らしき子供達と一緒に練習をしている。今は人数が少ない女子野球部が小学生チームから助っ人を借りて、試合形式で練習……というか、遊んでいるようにも二人には見えた。


「どうやらガチ勢ではなかったようだニャ。これならみほりんでも一緒にやれるんじゃないニャ?」

「で、でもあのサードの人とライトの人は凄く上手いであります……。それに……」


穂澄と梓を指さした後、海帆は別の場所で投球練習をしている陽菜へと顔を向け、


「あ、あの人もさっきから凄く速いボールを投げまくってるであります……」

「確かにあいつだけ別格な感じがするニャ。あれがチームのボスかニャ?」


と、そこで陽菜のボールを受けていた奈月が突然振り返ってこちらを見てきたので、二人は慌てて頭を低くした。


「どうかしたの、奈月?」

「あ、いえ……気のせいだったみたいです」


奈月は首を傾げると、陽菜との投球練習に戻る。


「ふぅ……危なかったであります……」

「というか、いつまで隠れてるつもりニャ?確かに経験者っぽいのもいるけど、半分は素人っぽいニャ。なら気後れする必要はないし、さっさと混ぜてと言いに行くニャ」

「で、でもやっぱり自分なんかが一緒にやらせてもらえるとは思えないであります……」

「はぁ……。いい加減にするニャ、みほりん」


いつまでも煮え切らない親友に、ののあが痺れを切らしかけた――その瞬間だった。


「ふむふむ。何やら熱い視線を感じると思ってたら、やっぱり入部希望者だったのね」

「フニャッ⁉」

「で、あります⁉」


突然、背後から聞こえた声に、二人は髪を逆立てて驚く。


慌てて振り返ると、そこには腰に手を当て、こちらを見下ろしている大人の女性が一人。沙希だ。


「な、何者ニャこの人……全く気配がしなかったニャ……」

「自分がこうも簡単に背後を取られるとは……迂闊でありました……」


顔を青ざめさせながら、尚も驚き続ける二人に沙希は、


「私?私は女子野球部の顧問になる予定の立花沙希。で、あなた達は入部希望者なのよね?」

「あ、あの……自分達は……その……」

「そうだニャ。だからみほりんを女子野球部に入れてほしいニャ」

「の、ののあちゃん⁉」

「オーキードーキー。じゃあ入部希望者を二人ゲットだぜっと」

「ニャ?入部を希望してるのはみほりんだけで、ののあは……」


ののあが説明を終えるよりも早く、体が宙に浮いて「ふにゃあ⁉」とまた驚く。


実際には沙希がののあと海帆を左右それぞれの腕の中で抱きかかえたのだが、小柄とはいえ高校一年生の女子二人を同時になんなく持ち上げ、さらには普通に歩き出した沙希に驚くなというほうが無理であろう。


「放せ!放すニャ!」


飼い主の手の中で暴れる猫のようにののあが手足をバタバタ動かすが、鼻歌を口ずさむ沙希の腕にがっちり固定され逃げ出す事が出来ない。


そうこうしているうちに河川敷まで下りると、「女子野球部はちょっと集まって~」と集合をかけた。


そして奈月達が沙希の前で横一列に整列すると、そこでやっと二人は解放された。


「え~、今そこで入部希望者を二人ほど攫っ……見つけてきたから。はい、じゃあ二人とも自己紹介して」

「は、はい!じ、自分は一年A組の東郷海帆であります!」


言われるまま海帆は自己紹介をすると、ビシッ!と背筋を伸ばして敬礼してみせた。それに対し「おお~」という声が聞こえてきたかと思うと、続けて暖かい拍手が送られてきた。


「じゃあ次」


沙希に促され、これはもう逃げるのは不可能だと悟ったののあは諦めのため息をつくと、


「同じく一年A組の猫又ののあだニャ……。みほりんとは中学からの付き合いだニャ……」


こちらも「本物の猫さんみたいです!可愛いです!」という声と「奈月のほうが可愛いわよ」という声が聞こえた後、暖かい拍手で迎えられた。


「さて、それじゃ早速だけど一緒に練習しましょうか。ちなみに二人とも家は遠いの?」

「あっ、自分はここから自転車で十五分くらいであります!」

「ののあはもう少し遠いけど、まぁ似たようなもんだニャ」


それを聞いた沙希は頷くと、続けてさも当然のように、


「なら一度帰って体操着に着替えてきてね、ダッシュで。あ、もちろん戻って来る時もダッシュでね」

「い、今から……でありますか?」

「別に明日からでもいいニャ。戻って来るのめんどくさいニャ」

「時間は無限じゃないんだからさっさと行く!一時間以内に戻って来なかったらランニング五周追加だからね!」

「りょ、了解であります!」

「ふ、ふにゃ⁉」


有無を言わさない沙希の強引さに、海帆とののあは天端に停めてある自分達の自転車目がけて走り出した。

その様子を見て沙希はよしよしと満足そうに頷き、再び練習再開の指示を出した。






――そしてぴったり一時間後。



「ぜぇ……ぜぇ……。と、東郷海帆……ただいま帰還したであります……」

「の、ののあも戻ったニャ……」


今にも倒れそうなほど息を荒くした体操着姿の二人が戻ってきた。


それを見て「あ、ホントに一時間で戻ってきた」と沙希が軽く驚くと、女子野球部に再度集合をかける。


沙希の前に先程と同じように横一列で並ぶ奈月達。海帆とののあもまだ整わない息を肩でしながら、その列の一番端に加わった。


「これでついに九人揃ったわね。私の時より一週間早いじゃない。上出来、上出来」


一人一人の顔を確かめるように見ていき、沙希は当時の自分とを重ねると、感慨深けに何度も頷いてみせる。


「せっかくだし改めて自己紹介していきましょうか。あ、もし希望するポジションがあれば言ってね。考慮はするから。じゃあ奈月から」

「は、はい!」


沙希に指名された奈月が、緊張したぎこちない足取りで前へ出る。


そして大きく息を吸い込み深呼吸をすると、元気一杯に、


「南奈月です!一年C組です!皆で野球が出来るようになって、とっても嬉しいです!あと、希望するポジションはまだありま」

「キャッチャー」


自分の言葉を遮った声が聞こえた方を見ると、陽菜がこちらを見て笑顔を浮かべていた。


だが奈月は気のせいだろうと思い、正面を向き直り、もう一度同じ事を言おうとする。


「希望するポジションは」

「キャッチャー」


気のせいじゃなかった。


しかも遮ってくるタイミングが早く、絶妙になってきた。


陽菜は相変わらず笑顔であったが、どこからどう見ても先程よりも強力な圧をかけてきていた。


「き、希望するポジションは……キャッチャー……ですぅ……」


そして屈した奈月の言葉に、陽菜は満足気に頷きながら拍手をしてみせた。


その光景に全員が、(なんて亭主関白なバッテリーなんだ……)と心の中で奈月に同情していた。


とぼとぼと元の位置に戻る奈月に代わって、今度は陽菜が前に出る。


「一年B組、秋月陽菜。希望ポジションはピッチャー。目標は奈月が目指す、皆で楽しむ野球をした上での全国制覇」


要点だけを簡潔に述べ、戻っていく陽菜を見ながら海帆は、全国制覇という言葉の重みにごくりと唾を飲み込んだ。


そして自己紹介は次々と続く。


「さ、笹川喜美です!クラスは奈月と同じC組で、小学生の頃からの友達です!あとは……あっ、希望するポジションは特にありません!」

「一年D組の風見雅ですわ。私の優雅さを存分に披露できるポジションを希望致します。よしなに」

「一年F組、千葉穂澄です。中学時代はサードを守っていたので、出来れば同じポジションを希望します」

「服部ビビアーノデース。クラスはホズーミと同じF組ネー。ミーホとノノーアもビビって呼んでくだサーイ」

「松本梓。E組。中一までは野球をやってて、そん時のポジションはライト。あとは一応ファーストも守った事があるんで、そっちでもいいぜ」


新しく加わった二人以外の自己紹介が終わり、再び沙希が全員の前に立つ。


「で、後は東郷美穂と猫又ののあだったわね。二人はさっき言い忘れた事ある?」

「じ、自分は特には……」

「あっ、じゃあ一つだけいいかニャ」


一番左端にいたののあが挙手すると、沙希はどうぞと発言を許可する。


「ののあは皆にあだ名をつけて呼ぶニャ。それが嫌だったら他のを考えるから言ってほしいニャ」


そういうと端から端へ。奈月の前まで歩いていき、


「なっつん」


指をさして言うと、次は陽菜にその人差し指を向け、


「ピヨっち」

「……ピヨっち?」


予想外な命名に陽菜は不思議そうな顔をしてみせた。すると隣の奈月がポンと手を叩き、


「陽菜ちゃんの『ひな』が雛鳥のひなという意味でピヨなんじゃないでしょうか」

「正解ニャ。なっつんは賢いニャ」

「えへへ……褒められてしまいました」


正直そのあだ名はどうかと陽菜は思ったが、なんだか奈月は気に入ってそうなのでまぁいいかと黙認する事にした。


ののあは続けて、自己紹介と同じく並んでる順に次々とあだ名をつけていく。


「きみきみ。みやびん。ほずみん。ビビっち」


そして梓の前まで来るとそこでだけ立ち止まり、考え込む仕草をして少し悩むと、やがてポクポクポク……チーン♪という音がどこからか聞こえ、


「……姉御?」

「ちょっと待て。なんでアタシだけ名前と関係ないあだ名なんだよ?ってか疑問形の時点でおかしいだろ⁉」

「でも、それしか思い浮かばなかったニャ」

「もっと他の奴らみたく名前に絡めればいいだろ!例えばその、なんだ……あずにゃん……とかよ」

「あらあら~」


そこで雅の天使のような悪魔の面白がる声が聞こえ、梓は自分の失言に気づいたがもう遅い。


「粗暴な言動な割には随分とお可愛い呼び名がご希望ですのね?あ・ず・にゃ・ん」

「う、うるせぇ!例えばだよ!例えば!あと仮にそうなってもお前は絶対にそう呼ぶな!」

「そうよ、雅。あまりからかっては梓が可哀想だわ」


と、そこで助け舟を出してきたのは意外にも陽菜だった。


「私はいいと思うわよ、姉……ぶふっ!」


訂正。雅と一緒にからかいに来た陽菜は、最後まで言えず途中でプルプル震えて吹き出した。


「ちょ、ちょっと陽菜……。そんなに笑ったら姉……姉御がキレ…プッ……キレる……わよ…プッ…ププ……!」

「よし。お前らまとめて後でツラ貸せ」


さらに悪ノリを始めた喜美を含めて梓は青筋を浮かべた顔で言うと、指をポキポキ鳴らす。


「まぁ、姉御のあだ名は後でまた考えるとして、時間もないし今日はこれから色々テストするわよ」


最後に沙希まで乗っかると、しかしそこからは真面目な指導者としての顔で言葉を続ける。


「とりあえず現状であなた達がどのくらい出来るのか。何が得意で何が苦手なのか見るからね。当然、今後のポジションや打順の参考にもしていくからちゃんとやるように」

『はい!』


締めるところは締める沙希の匙加減に、奈月達も気を引き締め直して返事をする。


そして結局、梓のあだ名はあずやんで決着した。



【続く】

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