第2話  沈んだ太陽

第二章 沈んだ太陽






――夢。


夢を見ている。


あの日からずっと同じ夢を、毎日……毎日……


もう見たくないのに……

忘れてしまいたいのに……


そのために……野球を辞めたのに……


しかし悪夢はそんな秋月陽菜を嘲笑うかのように。


今日もまた、その記憶を蘇らせてきた。




中学女子野球 全国大会。


その決勝戦のマウンドに自分は立っている。


九回裏、ツーアウト。ランナーは二塁。

点差は僅か一点。長打が出れば同点。万が一ホームランを打たれようものならサヨナラの可能性もある場面だ。


しかし陽菜は落ち着いていた。


ランナーを無視してバッターに集中というベンチからの指示は頭に入っていたし、背中を守ってくれている味方野手からの激励の声も一つ一つよく聞こえている。


そして味方ベンチと観客席で応援してくれている人達からは、『あと一つ』の大合唱。


どれもこれもはっきり分かるほど、今の陽菜には余裕があった。


ストライクが二つ先行してから、一球様子見のボール。


キャッチャーからの返球を右手につけたグローブで受け取り、陽菜はサンバイザー型の帽子を脱いで、額の汗をユニフォームの袖で拭うと大きく深呼吸をした。


大丈夫。こんな状況はピンチでもなんでもない。


今までだって何度も切り抜けてきた。だから大丈夫。


自分に強く言い聞かせ、グローブの中でボールを握る。


キャッチャーのサインは陽菜のウイニングショットである縦スライダー。次で決めるという意思を交わし合い、陽菜は頷くとクイックモーションで構え、右足を力強く踏み込む。


そして振り抜いた左腕の勢いをそのままボールに伝え――後はバッターのバットが空を切る。


……はずだった。


投げた瞬間、はっきりとした違和感があった。


今まで何百回と投げてきた球だ。指先にボールがかかっていないことにすぐ気づいた。


そしてその結果どうなるかも、陽菜はよく知っていた。


バッターの手前で沈むように変化するはずのボールは軌道を変えず、ただ真っすぐに飛んでいく。


ストレートほど速くもないただの『棒球』はコースすらも甘く、ストライクゾーンのほぼど真ん中へと向かい――


カキーン!


金属バットが奏でた快音を残し……打ち返された球は一直線にレフトスタンドへと消えていった。


敵も全国大会の決勝まで勝ち進んできた実力者だ。追い込まれていたとはいえ、失投を見逃してくれるほど甘くなかった。


味方ベンチからの声援は静まり返り、代わりに相手チームのベンチから歓喜の声が湧き上がる。


だが、その声は陽菜には聞こえていなかった。


それだけではない。世界から全ての音が消失していた。


サヨナラホームランを打たれたのは理解していた。しかしそれを認めたくない自分が、現実を拒んでいた。


頭の中が真っ白だった。何も考えられないし、何も聞こえない。


いつまでも打球が吸い込まれていったレフトスタンドを見つめ続けている陽菜のもとに、味方の野手達が次々と集まってくる。


彼女達は口々に、自分へと何かを言っていた。


しかし何も聞こえない。その顔はどれものっぺらぼうに見えて、怒っているのか、悲しんでいるのか、それすらも分からない。


ただ覚えているのは、肩に誰かの手がそっと置かれた事。


そして――


「……整列しよう……」


それも誰の物かも分からない、震えた声。


ただ、それだけであった。




そして夢はいつもそこで終わり――目が覚める。






「――――ッ!」


首を真綿で締めつけられるような強烈な苦しみに眠りを妨げられ、陽菜は目を見開く。


初めてこの夢を見た時は飛び起き、息が苦しくなるほどの呼吸の荒さと、こみ上げた吐き気を堪えきれずにトイレへ駆け込んだほどであったが今はそうでもない。


繰り返し何度も見るうちに慣れてきたのか、今はゆっくりと上半身を起こして細く深呼吸を繰り返すと、動悸と共に吐き気も徐々に治まっていく。


後に残るのは重苦しい倦怠感。体だけでなく心も億劫になり、陽菜は深いため息をついた。


「またこんなに汗が……シャワー浴びなくちゃ……」


まるで真夏に冷房をつけず寝たかのように、肌着だけではなく、パジャマまで寝汗でびしょびしょに濡れていた。


陽菜は気だるそうに湿った長い黒髪をかきあげると静かにベッドから降り、着替えを手に浴室へと向かった。






――中学最後となったあの試合の日の後、陽菜は自分がどうやって学生寮の自室まで帰ったか憶えていない。


チームの誰かに送ってもらった気もするし、一人でそこまで辿り着いた気もする。


とにかくその日の自分は心も体も疲れきっていて、ベッドの上に倒れ込むと、食事も着替えすらもせず……ただ、泥のように眠った。






翌日。


まだ日の出前の暗い自室の中で目を覚ました陽菜は、汚れたユニフォームを着たまま眠っていた自分の姿を見て、それが夢でなかったと自覚した。


そしてそこでやっと……泣く事が出来た。






体中の水分を全て出し切るほどに泣き明かした頃には、カーテンの隙間から朝陽が射し込んでいた。


そこでドアをノックする音に気づき、陽菜は力の入らない体でなんとか立ち上がり、ふらふらした足取りで向かう。


ドアを開けるとチームの中でも特に仲の良い二人――早坂千紗と牧杏子が心配そうな表情で立っていた。

朝食の時間になっても食堂に来ない陽菜を気遣い、様子を見に来てくれたのだ。


二人は両目を腫れあがらせた陽菜に気づいたのか、こちらが申し訳なるほど心の底から心配してくれた。


本当に大丈夫か? 食欲はあるか? 部屋から出たくないなら食事を持ってこようか?

まくしたてるように次々と質問された事に対し、陽菜はただ「大丈夫」を繰り返す。しかしそれでは二人の心配は治まらないようなので、食欲はなかったが一緒に食堂まで行く事にした。


部屋から出ると、女子野球部のチームメイトだけでなく他の寮生も陽菜に慰めの言葉をかけてくれた。


だけど皆、どこかよそよそしい。


理由は分かっている。戦犯である自分に気を遣ってくれているからだ。


誰よりも責任感の強い陽菜が、自分の失投のせいでチームを負かせてしまったと思わないようにしてくれているのだ。


その心遣いは確かにありがたかったし、嬉しかった。


けれど、同時に寂しくもあった。


いっその事、はっきりとお前のせいで負けたのだと言ってほしかった。


我儘なのは分かっている。それでも共に戦ってきた仲間だからこそ、変な気など遣わずにいてほしかった。


そのせいか、昨日まではあれだけ近くに感じられたチームメイトですら、今では遠くに感じてしまう。


それが陽菜の首を真綿で締めつけるように、徐々に彼女を追い詰めていっていた。






ほとんど喉が通らなかった朝食を終えた陽菜は一度部屋に戻ると、練習用のユニフォームに着替え、部活へと向かう。


中学最後の試合は終わったが、まだ引退式が残っている。それに中高一貫校である為、高校でも野球を続ける者は引退式の後も練習に参加するのが、この学校では普通であった。


部屋から出ると、またも千紗と杏子が待ってくれていた。

そのまま三人で一緒に行くことになったが、その道中で会話は一切なかった。


女子野球部専用のグラウンドの横を過ぎ、相変わらず無言のまま部室へと歩いていく。


その途中で。


陽菜が横目で見ていたグラウンドの中にあるピッチャーマウンドが視界に入ると、不意に足を止めた。


「陽菜?」


一緒に歩いていた背の高い連れ――杏子がそれに気づき、同じく足を止めて振り返りながら声をかけてきた。


けれど陽菜は返事をする事はなく、ただマウンドを見つめていた。


そして、そこに昨日の自分の姿を重ねる。


大事な、決してミスが許されない大事な場面で失投した自分。レフトスタンドへ消えていく白球を呆然と見送るしかない自分。


チームを優勝させられなかった……情けない自分。


その全てを思い出した、次の瞬間――


「うっ……!」


陽菜は口元を手で抑えると、突然その場から走り出した。


「陽菜⁉」


慌ててそれを背の小さい方の連れ――千紗が追う。同時に杏子も駆け出していた。


陽菜は人目のつかない場所まで走り、そして二人が追いついた時には……激しく咳込みながら、何度も嘔吐を繰り返していた。


「陽菜……!」


千紗が慌てて駆け寄り、苦し気に折り曲がった背中をさする。


杏子は先生を呼んでくると言って保健室へ向かおうとしたが、それを陽菜は制した。


「大丈夫……ちょっと気分が悪くなっただけだから……」


そう言うが、顔は真っ青で嘔吐もまだ止まっていない。


「陽菜……あんた……」


急にどうしてそうなってしまったのか、親友である二人にはすぐ分かった。


「試合に負けたのは陽菜のせいじゃない!陽菜がそんなになるまで責任を感じるなんておかしいよ!」


「……ああ、そうさね。試合に負けたのは私達全員の力が足りなかったからだ。断じて陽菜だけのせいじゃない」




(違う……そうじゃない……)




どんなに言い繕っても、チームを負けさせてしまった直接の原因を作ったのは自分なのだ。


苦しい練習に耐えてきた皆の努力を、無駄にさせてしまったのは自分なのだ。


(皆だって本心ではそう思ってるはずなのに……どうして……どうして私に優しくするの……!私にはそんな資格なんてないのに……!)


陽菜は背中をさすり続けてくれていた千沙の手を力なく振り払い、ふらふらしながら振り向くと、不安そうに自分を見つめている二人に言った。


「……気分が悪いから今日は部活を休むわ……監督にもそう言っておいて……」


「あ、ああ……分かった。じゃあ寮まで送るよ」


「……大丈夫……一人で帰れるわ……」


むしろ今は独りになりたかった。


心配してくれる二人に陽菜は背を向けると、力無い足取りのまま独りで寮へ向かって歩き始める。


そして、その日を境に――


陽菜が女子野球部に顔を出す事は、二度と無かった。






中学を卒業した陽菜はエスカレーター式に高等部へは進学せず、実家の有る鶴川に戻ると最寄りの鶴川高校を受験し、晴れて合格した。


正直にいえば高校はどこでもよかったが、女子野球部がないという点が鶴川を受験する決め手になった。


とにかく今は野球から離れたかった。


だから野球道具も全てあの二人にあげてしまったし、当然その事を後悔もしていない。


自分はもう野球とは関係のない人生を歩むのだ。


高校では心機一転、今までとは違う道を征くと決めた。


はずなのに……


「喜美ちゃん。ポスターはこれでいいと思いますか?」


「う~ん……。もう少し目立つ位置に貼らないと目に留まらないかなぁ……。この真ん中のこっそり右に動かしちゃおうか」


独りになりたくてまだ自分以外の生徒はほとんど見当たらない時間に登校したというのに、それよりも早く登校していた二人組がいた。


そしてその片割れに、陽菜は見覚えがあった。


「あっ……」


その子と目が合い、彼女も昨日の事を覚えていたのかこちらに歩み寄ってくる。


「あ、あの……昨日は本当に申し訳ありませんでした……」


そう。入学式の前に校舎の入口の前でぶつかった少女だ。


身長は小さく、もしかすると百五十センチもないのではないだろうか。そのくせ胸は立派に育っており、小学校の頃から平たいままの陽菜にとっては羨ましい限りであった。


「その話はお相子って事で済んだでしょ」


「ふみぃ……すみません……」


抑揚のない声で陽菜に言われるとそれを怒っていると思ったのか、謝罪の言葉を重ね、しゅん……と身を縮こまらせる奈月。

それを見かねたもう一人の眼鏡の少女――喜美が間に入ってくる。


「まぁまぁ。この子って空気を読むのは苦手だけど悪かったと思ってるのは本当だから。あっ、あたしは笹川喜美。あなたも私達と同じ一年生よね?」


「ええ、そうよ。私は秋月陽菜。B組よ」


「私と喜美ちゃんはC組です。お隣さんですね」


あっ、私は南奈月と申しますとサイドポニーの少女が丁寧に自己紹介にお辞儀を加えてみせる。


「秋月陽菜……?秋月……陽菜……やっぱりどこかで見た記憶が……」


喜美が考え込む仕草をするのを見て、陽菜はドキッとした。


中学の女子野球部時代には雑誌やテレビの取材を受けた事があるので、見ず知らずの他人が自分の事を知っている可能性はあった。


そしてそれは当然、女子野球をやっていた秋月陽菜である。


野球とはもう関わりたくないからこの学校を選んだ。当然、それを知る人とも関わりたくはなかった。


「そ、それよりなんのポスターを貼っていたの?」


出来るだけ自然に話題を変え、喜美の気を逸らそうとする。


すると奈月は陽菜が驚くほど身を乗り出し、目を輝かせながらその話題に喰いついてきた。


「それはですね!女子野球部の部員募集のポスターです!」


「――⁉」


女子野球という単語に、陽菜の目が大きく見開かれる。


(どうして……ここならもう二度と野球とは関係ない生活が出来ると思っていたのに……)


貧血を起こした時の様に目の前が暗くなり、呼吸が速くなる。なんとか倒れるのだけは免れたが、気分は最悪だった。


「あ、あの……大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いみたいですけど……」


その様子に気づいた奈月が、心配そうに下から顔を覗き込んでくる。


けれど陽菜はそれ以上、奈月の顔が自分に近づいてこないように右手で制すと、


「……大丈夫。なんでもないわ。それより部員が集まるといいわね」


微塵も心にもない社交辞令を残し、じゃあ……とその場を去ろうとした。


だが、その瞬間。


「思い出した!秋月陽菜!浦和学園中等部のエースで、去年の中学女子野球の全国大会で準優勝したチームの投手よね‼」


背中越しに聞こえた喜美の言葉に、陽菜はビクンと身を震わせた。


だが出来るだけ平静を装い、


「……人違いよ。私は女子野球なんてやった事……」


「秋月さんってそんなに凄い人だったんですか⁉」


陽菜の嘘を遮るように、今度は奈月がぐるりと回りこんで再び陽菜の正面に立つと、そのまま両手を握ってきた。


奈月本人にはそんなつもりは無かったが、結果としてそれが陽菜の退路を断つ形となって、彼女は心の中で天を仰いだ。


けれどこのまま諦める訳にはいかない。


野球とは無縁の平和な高校生活のためにも、陽菜はもう一度嘘をつく。


「……とにかく私はその秋月陽菜とは無関係よ。同姓同名でも別に不思議じゃないよくある名前でしょ」


「いやいやいや。流石にそれはないでしょ。前に雑誌の記事で貴方の写真を見た覚えがあるし、それに全国大会の記事だってまだどこかのニュースサイトに残って……」


言いながら、取り出したスマホで検索を始める喜美。それを陽菜が見た瞬間、


「いい加減にしてッ‼」


自分でも信じられないほど大きな声で叫んでいた。


びっくりした奈月は反射的に握っていた陽菜の手を放し、何故かホールドアップの姿勢で固まってしまう。


「ええそうよ!確かに私は浦和学園で野球をやってた!でももう野球は辞めたのッ!だから二度と私と関わらないでッ‼」


捲し立てるように一気に言葉と感情を吐き出すと、喜美も驚きの余りにスマホを操作する手を止めざるを得なかった。


はぁ……はぁ……と荒くなった息を整えると、陽菜は二人を交互に睨みつけ、


「私は野球なんて大嫌い……大嫌いなんだから……!」


最後に震える声でそう言い残すと、足早にその場を後にした。


残された奈月と喜美はどうしていいか分からず、ただ遠ざかって行く陽菜の背中を見つめるしかない。


「喜美ちゃん……秋月さん、泣いていました……」


「……どうやら何か訳有りみたいね。そしてあたしは見事に地雷を踏んでしまった、と」


「わ、私!謝ってきます!」


「よしなさい。どうも野球そのものが地雷原になってるみたいだし、今あんたが行っても逆効果よ」


「で、でも……」


喜美は奈月の頭にポンと手を乗せると、そのまま優しく撫でる。


「謝りに行くならあたしも一緒。けど、それはどうしてあの子があんなにも怒ったのかを理解してから。いいわね?」


「……はい……」


とりあえずポスターを貼ってしまいましょ、と喜美が切り替えるが、奈月の心はそこにはあらず、陽菜が立ち去った後の無人の廊下を、ポスターを貼りながら何度も見返していた。






「ふみぃ……」


高校生活二日目の休憩時間。今日もオリエンテーションが続く中、奈月は元気なく机に突っ伏していた。


「どしたの?なんか元気ないじゃん?」


隣の席の仁美が指先で奈月をつんつんと突くと、「ふみ、ふみ」と謎の鳴き声が返ってきた。


「実は色々と問題がありまして……でもどうやって解決したらいいかも分からず……困りました……」


「ふ~ん……もしかしてそれって女子野球部絡み?」


「はい……」


「なら私じゃどうしようもないかもねぇ。まぁ愚痴くらいなら聞くわよ?」


「ありがとうございます。うぅ……仁美ちゃんはとても良い人です……」


新しく出来た友人の心配りに感激していると、仁美は「大げさねぇ」と笑って見せた。


「奈月。秋月さんの事、ちょっと分かってきたわよ」


「ほ、本当ですか喜美ちゃん⁉」


それまで自分の席でスマホを弄っていた喜美が近づいてくると、奈月はガバッと身を起こした。


「とりあえずこの記事を読んでみなさい」


そう言われ、差し出されたスマホを受け取り、仁美と一緒に画面を覗き込む。


そこにはニュースサイトが表示されており、まず見出しとして大きな文字で、『中学No1投手 秋月陽 一球に泣く』と書かれていた。


「誰これ?知り合い?」


「はい。B組の秋月さんです」


画面を見つめたまま仁美の質問に答えると、奈月は記事の本文へと目を通していく。


そこには陽菜が全国大会の決勝でサヨナラホームランを打たれた事。試合後のインタビューにも応じられないほど大きなショックを受けていた事などが書かれていた。


「どうもそれが原因みたいね。彼女が野球を辞めたっていう理由」


「試合に負けてしまったから……ですか?」


「それよりもサヨナラホームランを打たれたって事かしらね。全国大会の決勝なんて大事な舞台でそんな負け方したら……しかもその時にマウンドに立っていた投手だったのなら、トラウマになるほどショックを受けていても不思議じゃないわ」


「うわぁ……確かに私なら、そんなの耐えられなくて野球辞めるわ……」


何気ない仁美の意見に、奈月はハッと喜美の顔を見上げた。


「それじゃ……秋月さんもそうなのでしょうか……?」


「あくまで仮説だけどね。けど……ちょっとまだ引っかかるのよね……」


彼女は野球が大嫌いだと言っていた。確かにこの件が原因で野球が嫌いになったとも考えられるが、何かもっと大きな根本的な原因がある気が喜美にはしていた。


「ってかさ、この子がうちの学校にいるの?」


「はい」


「うっそ⁉それって凄くない⁉中学の全国大会で投げてたピッチャーでしょ?即戦力じゃん!」


「まぁ入部してくれれば、なんだけどねぇ……」


「ふみぃ……」


同時に顔を曇らせる二人を見て、仁美は先程、奈月が言っていた悩みがこれなのだと気づいた。


「と、とにかくまずは女子野球部を創るのが先でもいいんじゃない?ちゃんと下地が整えばその秋月さんも考え直してくれるかもよ?」


「そういえばそっちの問題もあったわね……」


「ふみぃ……問題が山積みです……」


フォローしたつもりがさらに二人の顔を曇らせてしまい、仁美は重くなる一方の空気に耐えられず、乾いた笑い声を残しながらお手洗いへと逃げ出すしかなかった。




【続く】

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