ふるすいんぐ! -鶴川女子野球部のキセキ-

玄月三日

第1話  南 奈月

※この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称等は実在のものとは関係ありません。

また、胸の大きさから生じる運動能力への障害といったリアリティとは特に関係ありません。






第一章  南 奈月


「ふぅぅぅぅ…………みいぃぃぃぃぃッッ‼」


桜の花弁が舞う坂道を、気合に満ち溢れた謎の言葉を発しながら一つの影が駆け上がっていく。

下ろし立ての学生服に身を包んだ少女。その若さを象徴する健康的で引き締まった両足が地面を蹴る度、頭の右側で束ねた髪が揺れる。ついでに小柄な体格とは反比例した豊満な胸も揺れる。


少女は尚も坂道など一切苦にした様子もなく――むしろ楽し気に満面の笑顔を浮かべ、アスファルト舗装の道路なのに何故か土煙を巻き上げ続けながら爆走し続けていた。


「ちょ、ちょっと奈月ぃ~……待ってってばぁ~……」


そんな元気の塊のような彼女とは対照的な、今にも死にそうな声が少し離れた背後から聞こえてきたので、奈月と呼ばれた少女はその場でブレーキをかけ、しかし足踏みだけは止めぬまま今来た道を振り返った。


するとしばらくして、「ぜぇ……ぜぇ……」という荒い息遣いと一緒に、自転車を立ち漕ぎしながら坂道を登ってくる幼馴染の姿が見えてくる。


「もぉ~。喜美ちゃん、早く早く~!」

「な……なんであんたはこの坂道を全力疾走しておいて、息の一つも乱れてないのよ……」


奈月と同じ高校の学生服を着た、眼鏡をかけた喜美と呼ばれた少女がショートボブの髪型を乱しながらやっとの思いで追いつくと、自転車から降りて必死に乱れた息を整える。


そんな幼馴染の様子を奈月はきょとんとした顔で下から覗き込みむと、


「喜美ちゃん、中学を卒業してからちょっと運動不足なんじゃないですか?」

「あんたが体力お化けすぎるのよ!」


小学生の頃から体育の成績だけはぶっちぎりでトップだった奈月と一緒にするなとばかりに叫ぶと、それでまた酸素を消費したのか、「ハァー……ハァー……」と大きな呼吸を繰り返し始める。


「とにかく……入学式まではまだ時間があるんだし、そんなに急がなくてもいいでしょうが」

「でもでも!早く学校に行きたいじゃないですか!」

「焦んなくても学校は逃げやしないわよ」


そういえば中学の入学式の時もこんなやりとりをしたなと思い出し、喜美は深いため息をついた。


(ううん、奈月のはしゃぎ様はその時より明らかに上だわ)


そして、その理由を喜美はよく知っている。


「あっ!喜美ちゃん!校門が見えてきましたよ!」


言われて視線の先を隣の奈月から前方へと移すと、桜の樹が立ち並ぶ坂道の先に校舎と思われる建物が見えてきた。


神奈川県立 鶴川高等学校。通称『鶴川』。これから自分達が三年間通う事になる学び舎だ。


「ふみぃ~!テンション上がってきました~!」

「あっ!ちょっと奈月!だからなんで走るのよ~!」


再び駆け出した幼馴染を追って、喜美は仕方なく自転車を押しながら自身も走り始めた。





「わぁ~……!わぁ~~~‼」


遅咲きの桜がここでも舞い散る中で。

これから自分の母校となる場所をきょろきょろ見回しながら、奈月は子供のように目を輝かせていた。


「じゃあ私は自転車を置いてくるから。勝手に動き回って迷子にならないでよ」

「むぅ~!私はそんなに子供じゃありません!」


頬を膨らませる奈月に対し喜美は、「はいはい」と慣れた様子で軽く手を振っていなすと、自転車置き場へと向かう。


一人になった奈月はその場で喜美が戻って来るのを待とうとするが、十秒も持たずに体がうずうずとしてきてしまい、ふらふらと歩きだした。


今、自分達が通ってきた校門からは次々と生徒達が登校してきていた。その中には当然、自分と同じく今日からこの学校に通う者もいるのだ。


あの人は新入生かな?あの人は先輩かな?と道行く生徒を観察しながら歩いていると、不意に目の前に軽い衝撃が走って奈月はよろめいた。


「きゃっ!」


誰かに正面からぶつかってしまった。そう気づいた時には奈月は尻もちをついていた。


「ふみぃ……あいたたた……」


「……ごめんなさい。大丈夫だったかしら?」


まだチカチカする視線の先に手を差し伸べられて、奈月はその主を見上げる。


白色のカチューシャで整えた、長く、綺麗な黒髪がさらさらと風に揺れていた。

女性にしては身長が高く、体つきもスラッとしていてまるでモデルみたいだと奈月は思った。


(綺麗な人……先輩でしょうか……?)


「……もしかしてどこか怪我でもした?」


心配そうにつり目の少女が顔を覗き込んできて、そこで奈月は我に返った。


「ち、違います!平気です!ご心配をおかけして申し訳ありませんでした!」


そして無傷なのをアピールするため勢いよく飛び起きると、通学バッグと一緒に背負っていた細長い布袋を手に持ち、その場で野球の打者がする素振りをしてみせる。


その瞬間――目の前の彼女が表情を一瞬曇らせたことに、奈月は気づかなかった。


「……そう。ならいいわ」


髪の長い少女は奈月から視線を逸らしながら言って、その場を立ち去ろうとする。


「あ、あの!こちらこそ余所見をしてぶつかってしまい、本当に申し訳ありませんでした!」

「いいのよ。私も少し考え事をしていたからお互い様だしね」


少女は特に微笑むでもなく、挨拶程度に軽く会釈するとそのまま校舎へ向かって歩き出してしまう。

その後ろ姿を、奈月は自分でも理由は分からないが、何故かずっと追い続けてしまっていた。


「まったくあんたは……目を離した途端にこれなんだから」

「ふみぃ⁉」


突然背後から聞こえてきたため息混じりの声に、奈月はビクン!と身を震わせて固めた。


「き、喜美ちゃん……もしかして今の見てました……?」

「あんたが尻もちついてる辺りからね。どうせ余所見しながら歩いててぶつかっちゃったんでしょ」


流石は幼馴染。よく分かってらっしゃる。

えへへ……と照れ隠しの笑みを浮かべていると、喜美にポカンと頭を叩かれて、奈月は「ふみぃ……」と謎の泣き声を発した。


「でも大人びた綺麗な子だったわね。同じ一年とは思えないわ」

「えっ⁉あの人、私達と同じ新入生だったんですか⁉」

「襟についてる校章が私達と同じ一年生のだったから間違いないでしょ。ってかあの子……どこかで見た気がするんだけど……」


喜美は首を捻るが、結局それがどこの誰だったかまでは思い出せなかった。


「まぁいいわ。それよりクラス表を見に行きましょ」

「はい!また一緒のクラスだといいですね、喜美ちゃん!」


そうねと相槌を打った喜美に奈月が寄り添うと、二人は同時に歩き始めた。







そして無事、入学式を済ませた後――



「ふみぃ~……そんなぁ~……」


それまでの元気はどこへ行ったのか。そのまま机と同化してしまいそうなほど、奈月は力なく崩れ落ちていた。


「だから入学する前から言ってたでしょ。この学校に今、女子野球部はないって」

「で、でもでも!私が子供の頃はあったんですよ⁉」

「もう十年前の話でしょ、それ。確かに鶴川はその年に女子野球部を設立して全国大会まで行ったけど、それから色々あって今は廃部になってるって何度も説明したじゃない」

「ふみぃ~……私が入学するまでに復活してると思ってました……」

「なんであんたはそう無駄にポジティブな思考をしてるのよ……」


ため息をつきながらも、それでも喜美は優しく奈月の頭を撫でる。傍から見ると面倒見のいい姉と妹のようであった。


「で、どうするの?」

「もちろん無いならまた創ればいいんです!」


喜美の問いかけに、奈月は両手の拳を握りしめながら勢いよく立ち上がった。

本当にポジティブな子だと喜美は苦笑しながらも、その自分にはない前向きさが好きであった。


「なになに?女子野球部を創るの?」


と、そこで。今まで隣の席で聞き耳を立てていたらしいツインテールの女の子が奈月達に話しかけてきた。


「あっ、私は坂井仁美。よろしくね」

「み、南奈月です!よろしくお願いします!坂井さん!」

「あはは。同級生なんだから仁美でいいよ。あと敬語もいらないから」

「ごめんなさいね。この子、誰にでも敬語なのよ」


笹川喜美よ、と右手を差し出して握手を求める。仁美も「よろしくね」とそれに笑顔で応じた。


「それで?本当に女子野球部を創るの?」

「え、えっと……何か問題でもあるのでしょうか……?」

「ううん。ただ、この学校って確か昔は強い女子野球部があったって聞いたことあるなぁと思って」

「そ、そうなんですよ!全国大会にも行ったんです!」

「でも、そんな強かった女子野球部がなんで今はないの?」

「どうしてなんですか、喜美ちゃん?」

「人をなんでも答えてくれる検索エンジンみたく使わないの……」


喜美はため息をつきつつも、右手の人差し指で眼鏡の位置を直すと律儀に説明を始める。


「十年前、立花沙希っていうエースで四番の凄い人が女子野球部を創って、創部一年目で全国大会出場を果たしたのは奈月も知ってるわよね?」

「もちろんです!その時の神奈川県大会の決勝戦の試合をおじいさんに連れて行ってもらって、私はこの学校で女子野球をやるって決めたんです!」

「私もそれ知ってる。鶴川の奇跡って呼ばれてるやつだよね」


喜美は二人に対して頷くと話を続ける。


「で、全国大会でも準決勝まで勝ち進んだのだけど、その試合中に立花さんが肩を怪我をしちゃってね……隠しながら最後まで投げ抜いたんだけど、結果として二度とマウンドに立てなくなっちゃったの」

「それも……知ってます……」


項垂れる奈月の頭を、喜美は優しく撫でる。


「元々、立花さんの呼びかけで集まった部員で、彼女を一つにまとまってた野球部だったそうだからね。その中心人物が野球を出来なくなって自然に解散…ってなったらしいわ」

「ふ~ん……その立花さんって凄い人だったのねぇ」

「そうなんです!お姉ちゃんは凄い人なのです!」

「ひあっ⁉」


テンションのギアを最底から最高へと一瞬で切り替えて身を乗り出してきた奈月に驚き、仁美は椅子から転げ落ちそうになるがなんとか堪える。

それを窘めるように喜美が奈月の頭をこつんと叩くと、その口からは「ふみぃ……」という謎の鳴き声がまた漏れた。


「え、えっと……奈月ちゃんはその立花さんと知り合いなの?」

「知り合いという程でもないんですが、その……色々とありまして……」


言って、自分の机の横に立てかけてある、縦長の布袋に視線を落とす。それで何かを察したのか、

仁美は「ふ~ん……」とだけ相槌を打つと、それ以上を追及してくることはなかった。


「そ、それより仁美ちゃんは女子野球に興味があるんですか?だったら一緒に……」

「あっ、ごめんね~。私、ブラスバンド部に入るつもりなの。それに運動は苦手だからさ」

「ふみぃ……そうですか……」

「でも奈月ちゃんの創った女子野球部が全国大会へ行けるくらい強くなったら、ブラスバンド部も試合の応援に行くかもね」


それを聞いた奈月の顔が、パァーと輝く。

すぐ落ち込んだり元気になったり本当に面白い子だと、仁美はなんとなく奈月の事が分かってきた気がした。


「はい!その時はよろしくお願いします!」

「うん、よろしくお願いされたよ」

どうやら高校生活初日から良い友達に巡り合えたようだ。そう思いながら、喜美は保護者のように温かい眼差しで二人のやり取りを見守っていた。






さらに時間は進み――



「じゃあ今日はこれでお終いよ。とりあえず一年間、担任の私に迷惑をかけない範囲で高校生活を満喫してね」


自己紹介や校内の案内など初日のオリエンテーションが終了し、クラス担任である深見薫(三十一歳・独身)がやる気の有るんだか無いんだか判断しづらい締めの言葉を述べる。

同時に教室内に張り詰めていた緊張が緩み、ある者は同じ中学出身の友達の元へ。またある者は帰り支度をしながら新しい友人を作るため誰かに声をかけるべきか迷っていたりと様々であったが、そんな中で奈月は学生バッグと縦長の布袋を素早く背負い、


「あ、あの!深見先生!」


教室から出て行こうとしていた担任を一目散に追いかけた。


「あら、貴方は確か……南さんだったわよね」

「はい!南奈月です!」


改めて元気一杯に挨拶すると、奈月は本題を切り出す。


「あの……実は私、女子野球部を創りたいんですけど……」

「そういえば自己紹介の時にもそんな事を言ってたわよね。うんうん、高校生活初日から活動的で大変よろしい」


慌てて奈月を追いかけ隣に並んだ喜美とを交互に見比べながら何度も頷くと、薫は言葉を続ける。


「とりあえずここじゃなんだから職員室にいらっしゃい。必要な書類とか資料もそこにあるしね」

「は、はい!」


まずはぞんざいな対応をされなくて、ホッと胸を撫でおろす奈月。

それは喜美も同じだったようで、良かったねと目で言葉を交わすと二人は薫の後をついて行くことにした。




「ちょっと待っててね。えっと……部活関係の書類はっと……」


職員室に着くなり綺麗に整理された机の引き出しを開け、あれこれとファイルを卓上に放り投げる薫。

あっという間にその場所はごちゃごちゃになるが、当人は特に気にした様子もなくお目当ての物を見つけ出すと、中から文字が印刷された数枚の紙を取り出した。


「あったあった。はい、これが新しい部活を創るのに必要な書類と入部届ね。創部に必要な部員は五人が最低条件。でも同好会なら人数に関係なくすぐに設立を認めてもらえるから、まずはそっちを創っておくと部に昇格させる時にスムーズかもね」


受け取った書類に目を通しながら奈月と喜美は、『なるほど……』と同時に呟く。そして思っていたよりも創部へのハードルは低そうだと分かり、これまた同時に安堵の息をつく。


「あとは……ああ、大事な事を言い忘れてたわ。同好会でも顧問になってくれる先生が一人は必要なの」

「顧問……」


オウム返しでその言葉を口にし、奈月は椅子に腰をおろした目の前の薫を上目遣いで見つめる。


「私?私はダメよ。めんどくさ……クラス担任として色々と忙しいからね」


今、絶対に面倒くさいって言おうとした。

喉元まで出かかったツッコミを奈月と喜美はなんとか心の声で消化し、二人は困った顔で目を合わす。


「顧問の先生……どうしましょう、喜美ちゃん……」

「私に言われても、初日なんだから深見先生以外の教師なんて知らないわよ」


そこら辺も部員を集めながら探すしかないわねと付け加えられ、しょんぼりとする奈月を見かねたのか、薫が助け舟を出してきた。


「それなら一人、心当たりがあるわ。この学校で女子野球部を創りたいって言うのなら知ってるかもしれないけど、昔あなた達と同じことを言った人がいてね」


その言葉に、奈月はハッと顔をあげた。


「立花……沙希さん……」

「あっ、やっぱり知ってたわね。実はね、その伝説のエースが今この学校で教師をしてるのよ」

「え……?」


ドクン、と奈月の胸が大きく波打つ。


「おっ、噂をすれば……立花せんせーい、ちょっといいですかー?」

「えっ?あ、はい。なんですか?」


ドクン。


背後から聞こえた声に、先程よりも心臓の音が大きくなる。


足音が近づいてくる。

その音がはっきり聞こえてくるようになるのに比例して、奈月の鼓動も速くなっていく。比喩ではなく、本当に今にも心臓が口から飛び出してしまいそうであった。


しかし奈月の異変に気づいていたのは喜美だけで、薫は構わず会話を続けていく。


「実はですね、うちのクラスの南さんが女子野球部を創りたいらしくって」

「えっ……女子野球部……ですか……?」

「ええ。それで顧問を伝説のエースにお願いできないかなって。ね、南さん」

「えっ⁉い、いえ!私はお姉ちゃ……立花先生にそんな厚かましいお願いをなんてとんでもないというか⁉」


急に話を振られテンパる奈月のすぐ横を通り過ぎて、立花と呼ばれていたスーツ姿の女性は薫の隣まで移動する。

結果、奈月の正面に立つことになったが、咄嗟に顔を俯かせたので顔はまだ見えていない。


ドクン!


今日一番の、心臓が跳ねる音が聞こえた。


「でも私……もう野球は……」

「別に全力で投げれなくなっただけでしょ?それに運動が苦手でも運動部の顧問をしてる人だっていますし」

「それはそうですけど……」


ドクンッ‼


すぐに更新された鼓動の大きさに怯えつつも、奈月は恐る恐る顔をあげ、視線をスーツを着ていても分かる豊満な胸よりもさらに上へと移していく。


そして、そこで初めて――


否。十年ぶりに。


南奈月は、立花沙希と顔を合わせた。


「あ……」


その瞬間、あれ程までにうるさかった心臓の音が――それだけでなく、世界から音が全て消失した。


(間違いない……お姉ちゃん……お姉ちゃんだ……っ……)


声にならない声を、奈月は心の中で何度も繰り返した。


幼い頃の記憶にある立花沙希よりも当たり前だが大人になっていたが、あの頃の面影は何一つ変わっていない。

一見すると怖そうだが慈しみを宿したつり目。後ろで一つに束ねた、肩に届かない程度に伸ばした髪。

全てが『あの日』の思い出と重なる。だから一目で理解できた。この人が、本当に『あの時』の立花沙希であると。


言うべき言葉があった。伝えたい気持ちがあった。


だがそれらは全て、溢れ出した感情が邪魔して上手く声にすることが出来ない。

だから……今の奈月に出来た事は、十年前に約束を交わした恩人の前で、ただ涙を流す事だけであった。


「えっ⁉な、なんで突然泣くの⁉」

「う~ん……立花先生って釣り目だし、初めて顔を見る人には怖いのかしらねぇ」

「私⁉私が悪いんですか⁉」


目の前でボケとツッコミに分かれた二人には申し訳ないが空気を読んでほしいと喜美は思いつつ、涙が止まらない奈月に「大丈夫?」と心配そうに問いかける。


「ち、違うんです……私……私……ご、ごめんなさい……!」

「あっ!奈月!」


逃げ出すように職員室から飛び出して行ってしまった奈月を喜美は慌てて追いかけようとするが、その前に大事な事を思い出し、急反転する。


「と、とりあえず創部届と入部届の書類は頂いていきます!ありがとうございました!」


奈月が落としていった書類を拾い上げてから教師二人に深々と一礼して、全力疾走で幼馴染の後を再び追いかける。

一瞬にして台風が目の前を通り過ぎていったかのような状況に、薫と沙希は目をぱちくりとさせるしかなく、そして同時に首を捻ってみせた。





「奈月~!奈月ってば~!」


喜美が廊下に飛び出した時には、すでに奈月の姿は見えなくなっていた。

ただ走り去って行った方向だけは確認できていたので、それを頼りに走り続ける。すると意外にも、探し人はすぐに見つかった。


「奈月……」


幼馴染は階段の踊り場の隅で、隠れるように身体を丸めてまだ泣いていた。

縦長の布袋を大事そうに抱え、それに顔を埋めるようにして未だ止まらない涙を隠している。


「……喜美ちゃん……私……私…………」

「……うん。分かってる。憧れのお姉ちゃんに突然会えてびっくりしちゃったんだよね」


優しい声色の喜美の言葉に、奈月は小さく頷いてみせた。


「私もびっくりしたわ。流石に教員全員は入学パンフレットにも載ってなかったし」


奈月の頭を撫でながら隣に座り、喜美は苦笑する。

同時に、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだと心の中でひとりごちた。


そしてこうも思う。

奈月がこの学校で再び立花沙希と出会った。これはもう運命だったのではないかと。


「十年……十年かぁ……」


それは全ての始まりの日。


いつの日か奈月から聞かされたその思い出を、喜美は今、彼女の隣で一緒に紐解いていった。





十年前 七月――横浜ドームスタジアム。


その日、その場所では、高校女子野球の全国大会の出場校を決めるべく神奈川県予選の決勝戦が行われていた。


決勝の舞台に上がってきたのは、全国大会に幾度も出場している神奈川の名門、氷取沢女子学院。

そしてもう一方のチームは、創部一年目にして、さらに部員全てが一年生ながら破竹の快進撃を続けてきた鶴川高校である。


特に鶴川のエース投手であり打者としてもチームの柱であった立花沙希の活躍は目覚ましく、大会を勝ち進むごとに噂が噂を呼び、この決勝戦では女子高校野球の地方大会では異例ともいえる、満員の観客でスタジアムは埋め尽くされていた。


そして南奈月もまた、祖父に連れられ、ライト側外野席の最前列で試合を観戦していた。


まだ幼い奈月には野球のルールはよく分からなかったが、鳴り物と呼ばれるブラスバンド部が奏でる音楽や応援はお祭りみたいで、それだけでも十分に楽しかった。


けれど、それ以上に奈月の興味を惹いたのはグラウンドの上で戦う両校の選手達であった。

もの凄く速い球を投げるピッチャーという人がいて、そのもの凄く速い球をバットで打ち返すバッターという人がいる。

バッターが打てば、その球を追いかけて守っている人達が一斉に動き出す。たった一つの小さな白球の行方を巡って、時には華麗に。時には泥臭くプレーする選手達の熱気は外野席の奈月にまで伝わって来ていた。


そんな中で誰よりも奈月の心を興奮させたのは、やはり鶴川のエース――立花沙希であった。

沙希は相手チームの投手よりも速い球を投げ、変化球というまるで魔法みたく色々な方向に曲がる球で三振の山を築き上げていく。

打者を三振させるのは投手にとって最も難しいのだと祖父に教えてもらい、奈月はますます沙希の凄さを実感していった。


さらに打席に立てばヒットを打ち、チャンスを演出して観客を沸かせる。

ここまでくれば最早アニメや漫画のヒーローのようなものである。いつしか奈月は祖父の説明などそっちのけで、沙希の一挙手一投足に夢中になっていた。


しかし試合は氷取沢のエース投手の力投もあり、六回の表まで両チーム無得点のままという投手戦の様相を見せていく。


投手戦というのは、野球を知る者なら一点の重みを感じながら手に汗を握る展開ではあるが、そうでない者からすれば試合が一向に動いていないだけの平坦で退屈な展開でしかない。


奈月もまた例外ではなく、初めはあれだけ野球に興味を示していたにもかかわらずすっかり飽き始め、今では席から立ち上がって祖父の目が届く範囲をうろちょろとしていた。


そんな中で――事件は起こった。


六回の裏。ツーアウト・ランナー無し。


この状況で打者としてバッターボックスに向かうのは立花沙希。なんとかこの状況を打破してもらいたいという味方応援団からの必死な声援に奈月も気づき、グラウンドへと再び視線を向ける。


「あっ!凄いお姉ちゃんです!」


そして沙希の登場にも気づき、応援席とグラウンドを隔てる自分の背よりも高いフェンスの境目によじのぼって自らも声援を送る。子供のする事とはいえマナー違反な行為に祖父と球場警備員が同時に窘めようとした――その瞬間だった。


球場が大きく沸いた。


相手バッテリーの配球を読み切った沙希が振り抜いたバットはボールを真芯で捉え、綺麗な放物線を描いて奈月のいるライトスタンドへと飛んでいく。


わああぁぁぁッッ!と今までで一番大きな歓声が上がり、選手、審判、そして観客全員の目がそのボールの行方に釘付けになる。


三メートルの高さがあるライトスタンドのフェンスを越えるか越えないかギリギリのボール。奈月からすれば、まるで自分に向かってくるかのようなそのボールを、フェンス頂上から身を乗り出し両手を伸ばして取りにいってしまった。


野球に使われる硬球を、しかも勢いよく飛んでくる打球をグローブ無しで取ろうとするのがいかに危険か、その時の奈月は理解していなかった。


ただ、注目していた人の打ったボールが自分の目の前に飛んできた。だから欲しかった。その純粋な子供心だけで手を伸ばしていた。


「いたっ!」


結果、当然ながら奈月はボールをキャッチするのに失敗し、手に弾かれて勢いを失ったそのボールは真下のプレーゾーンに落ちていった。

それを氷取沢のライトが慌てて拾い上げ、内野へ送球する。沙希はすでに二塁へと滑り込んでおり、結果としてはツーベースヒットとなったが……


ざわ……ざわざわ……


「おい……今のって……」


「あの子が触らなきゃ入ってたよな?」


「いや、ぎりぎり入ってなかっただろ」


いや入ってた。入っていない。そんな会話が球場のあちこちから聞こえてくる。

それまでのお祭りムードから急変したスタジアムの空気に奈月が戸惑っていると、『係員』という読めない漢字が書かれた腕章を巻いた知らない大人の人に祖父が怒られ、「すみません、すみません」と頭を下げて謝っていた。


「お、おじいちゃん……」

「大丈夫、奈月は何も悪くないからね。悪いのはちゃんと説明しなかったおじいちゃんだから」


祖父はそう言ってくれたが、あちこちから感じる悪意の混じった視線から、奈月は自分が悪い事をしてしまったのだと子供心でも分かった。


予想外の事態に試合も一時中断し、審判団は球場内に引き上げてビデオ判定を行っていた。そして奈月が針の筵に座らされたままでいると……


『ただ今のプレイをご説明します』


やがてビデオ判定を終えた主審が再び姿を現し、マイクを手に観客へと説明を始める。


『観客の手に当たり落下した打球ですが、映像で確認しましたところ、触れていなくてもスタンドには入っていなかったと判断し、現状の走者二塁のまま試合を再開いたします』


主審の判定に氷取沢の応援者からは安堵のため息が。同時に鶴川の応援者からはブーイングが起こった。


「嘘つけ―!今の絶対入ってただろうがー!」


「うるせーよ!審判が入ってないって言ってるんだから入ってねーんだよ!」


一塁側と三塁側。互いの観客席から怒号まで飛び交い、さらに球場の空気は混迷を極めていく。

そしてその空気が悪くなればなるほど、原因を作った奈月へとヘイトは集められていく。


これはマズイと思ったのだろう。祖父は奈月を守るように背後から覆いかぶさるようにして抱きしめると、「今日はもう帰ろう」と言い出した。


奈月は今にも泣き出しそうだった。


さっきまであれだけ楽しかったのに。皆もあんなに楽しんでいたのに。


それを自分が台無しにしてしまった。罪悪感に押し潰されたその心の痛みは、到底子供に耐えられるものではない。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさいぃぃ……」


謝っても許されないのは分かっている。

それでも奈月には泣く事しか出来なくて……泣いて許しを請う事しか出来なくて……


けれど。


そんな時だった。


球場内で唯一、奈月に救いの手を差し伸べてくれる人が――一人だけいた。


『あんた達ぃぃッッ!いい加減にしなさあぁぁいぃぃぃッッッッ!!』


球場にいた全ての者を黙らせるほどの大声を張り上げた者がいた。


立花沙希だ。


二塁にいたはずの彼女はいつの間にか先程まで主審が説明を行っていた場所へと移動していると、これまたいつの間にかマイクを片手に持ち言葉を続ける。


『いい大人がそんな小さい子供相手に寄ってたかって泣かせて恥ずかしくないの⁉』


ビシィッ!とライトスタンドを指さしながら、尚も沙希は止まらない。


『ホームランにならなかったのは私のバッティングがヘボかったから!その子のせいじゃないでしょうが‼

今の結果に納得がいかないってんなら、納得してる当事者の私がいくらでも聞いてあげるわ!さぁ!遠慮せずに言ってごらんなさいよ‼』


三万を越える観客相手にたった一人で啖呵を切ってみせる沙希。その迫力に押されたのか、球場内はしーん……と静まり返る。


なにより、誰よりも悔しいはずの彼女が審判の判定に文句はないと言っているのだ。反論の余地など有ろうはずがない。


『どうやら納得してくれたみたいね』


観客の反応から答えを得た沙希は満足したように頷くと、自分自身も落ち着かせるようにふぅ~……と一つ深呼吸をしてみせた。


そして、再びライトスタンドへと顔を向け、


『お嬢ちゃん。これでもうお嬢ちゃんを悪く言う人はいなくなったからね。だから最後まで試合を観ていって。大丈夫!まだ打席は回ってくるし、次は完璧なホームランを打って勝ってみせるから!』


そういうと沙希はニカッと笑って、奈月に向けて左手でVサインを作って見せた。

だが次の瞬間には審判にマイクを没収され、注意されたのでへこへこと頭を下げる。

見事なオチがついた沙希の行動に観客からはドッと笑いが起こり、あれだけ険悪だった球場の空気はいつの間にか元通りになっていた。


「……おじいちゃん……私……最後まで試合を観たいです……」

「……うん。それじゃ、おじいちゃんと一緒にここで観ようか」


そう言うと祖父は、外野席の出入り口であるゲートの下で奈月を肩車してくれた。

奈月は服の袖で両目の涙をゴシゴシと拭うと、二塁に戻った彼女に届くように大声で叫んだ。


「お姉ちゃーーん!頑張ってーーーー‼」




そして試合は沙希の宣言通り、彼女のホームランで幕を閉じる。


サヨナラホームランをバックスクリーンに叩き込み――


その瞬間、沙希は奈月にとってヒーローのようなものではなく、本物のヒーローとなった。






「あの日……お姉ちゃんがいなかったら……きっと私は野球を嫌いになっていました……」

「いやぁ、何度聞いてもイケメンすぎるでしょ、立花先生。私も動画で見たけどあんな事されたら惚れるわ。ってか誰でも惚れるわ」


思い出を語り合っているうちに、奈月も落ち着いてきた事に気づいた喜美はわざと茶化すようにして言う。


「で、試合の後、おじいさんと一緒に立花先生に謝りに行った時にそのバットを貰ったんだよね」

「はい……」


奈月は頷き、両手で抱えている縦長の布袋の中身――一振りの金属バットに力を込める。


「私がお姉ちゃんみたいな野球選手になりたいって言ったら……これをあげるから頑張って練習しなさいって言ってくれたんです……そして、いつか一緒に野球をしましょうって……」


それは大事な思い出のバット。


あの日からの思い出が全て詰まった、大切なバット。


「なら、まずは頑張って女子野球部を創らないとね」

「……はい」


小さい声ながらも返事をした奈月の目には、いつもの光が戻っていた。それを見て、喜美はもう大丈夫だと安堵する。


「あの……喜美ちゃん……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」

「違うでしょ。親友にはこういう時なんて言うんだっけ?」

「はい……ありがとうございます、喜美ちゃん」

「それで良し!先生達にはまぁ明日謝るとして、とりあえず今日はもう帰りましょ」

「はい!」

差し伸べられた喜美の手を取って奈月は立ち上がると、出来る限り元気一杯に返事をしてみせた。





――その日の夜。



鶴川高校からは少し離れた、商店街に店を構えるスポーツ用品店。『本郷スポーツ』と書かれた看板を掲げるその店に、立花沙希は一人で訪れていた。


「いらっしゃー…ってなんだ、あんたか」


店内に入るなり、接客を放棄した女性の声が出迎えてきた。

私服の上にエプロン姿の眼鏡をかけたその声の主は、高校以来の友人である沙希の姿を確認すると、中断していた商品の在庫数の確認作業に戻る。


「お客さんに対してなんだはないんじゃないの?」

「どうせ買い物なんてしないんでしょ。で、今日はどうしたの?」

「うん……ちょっと久美に聞いてほしい話があってさ。仕事が終わったら飲みに行かない?」


ピタッと久美と呼ばれた女性の動きが止まる。


「割り勘?奢り?」

「話を聞いてもらうんだし、今日は私の奢りでいいわよ」

「お父さーん!私ちょっと出かけてくるから店番よろしくねー!」


言うが早いか、久美はエプロンを外すとレジカウンター内に放り投げ、「さぁ行きましょうか」と羽が生えたかのような軽い足取りで店の入口へと歩いていく。


「ちょ、ちょっと。お店はいいの?」

「いいのいいの。どうせこんな時間に客なんて来ないし、鶴川の中学と高校の制服取り扱い店として美味い汁を吸って生き残ってるだけの店なんだから」

「それはそれでどうなのよ……」


沙希は呆れたため息をつくと、意気揚々と先を行く親友の後を追いかけた。




「それでは沙希の奢りに感謝して……かんぱーい♪」


ビールが注がれたグラスを打ち合わすと、久美は一気にそれを飲み干していく。


「くぅぅぅ~!やっぱ人様のお金で飲むお酒は最高ね!」

「あんたねぇ……」

「あっ、ビールのお代わりお願いしまーす♪」


ジト目で睨まれながらも、微塵も気にした様子を見せない久美に対してため息をつく沙希。

とりあえず自分も一口だけ飲むと、この酒好きが酔っぱらう前に本題を切り出すことにした。


「それで……聞いてほしいって言ってた話なんだけど……」

「なに?男でも出来た?」

「違うわよ。実はね……うちの学校の新入生で女子野球部を創りたいって言ってる子がいるのよ」

「……ほう?」


かつては沙希と同じく女子野球部の一員だった久美の興味を惹くには十分だったらしく、少し真面目な声色になると眼鏡の位置を直してみせた。


沙希は職員室での出来事をそのまま久美に伝える。


女子野球部の顧問をやらないかと言われた事。そして、自分を見た新入生の子がいきなり泣き出してしまった事。


「そりゃ見慣れてないとあんたは目つき悪くて顔怖いもんね」

「やっぱりそこ⁉やっぱり私の顔のせいなの⁉」

「とまぁ冗談は半分にしておいて」


半分は本気なのか。自覚は少しあったが、改めてショックを受けた沙希はヤケクソ気味にビールをあおる。


「あんたは有名人だからねぇ。その子も鶴川で女子野球部を創るって言うからにはあんたの事も知ってたんだろうし、会えて嬉しかったんじゃないの?」

「そういう感じじゃなかった気がするけど……。それに有名人って……あれはもう十年も昔の話じゃない」

「でも動画サイトには私達のやった試合の映像とか残ってるでしょ。特にあんたが県大会の決勝でやったアレ。鶴川女子野球部関連の中でもぶっちぎりで再生数トップよ」

「うっ……やめて思い出させないで……若気の至りとはいえ、ほんと思い出すだけで恥ずかしくて死にそうになるから……」


頭を抱えて悶える沙希の姿を酒のつまみにして、久美は運ばれてきたビールのお代わりを即一気飲みすると、グラスを店員に返しながらまたお代わりを注文する。


そして、かつてバッテリーを組んだ相棒が黒歴史を再封印するまで待つと、今度は自分から切り出す。


「いいじゃない。やってあげなよ、顧問」

「でも私は……」

「野球から逃げた過去が後ろめたい?」

「…………」


久美の問いに沙希は口をつぐんだ。だが、それは肯定しているのと同じでもあった。


「私は……」


ポツリ……と沙希が顔をうつむかせながら言葉を発していく。


「自分で女子野球部を創ったのにさ……それを自分の都合で放り出した卑怯者だよ……そんな私がまた野球に関わるなんて許されるはずないじゃない……」

「あれは二度と肩が元通りにはならないと言われたんだから仕方ないでしょ」

「でも、また投げられるようにはなった。けど私は前みたく投げられない事に勝手に絶望して……逃げ出したんだ……」

「そうね。だから部に残った私はあんたがいつ戻ってきてもいいように女子野球部を残そうとした。けど結局は守りきれなかった。それは本当に悪かったと思ってるわ」

「違うわ!久美がその事で負い目を感じる必要なんてない!」

「何が違うの?あんたは野球から逃げて、私はあんたのいなくなった野球部を守れなかった。それが今もお互いに消えない傷となって残ってるのは紛れもない事実でしょ」

「…………」


けどさ、と久美は言葉を続ける。


「もう十分なんじゃない?過去の自分から逃げ続けるのはさ。また女子野球部を創りたいって言う子があんたの前に現れて、その事をあんたが私に相談したって事はきっと神様が言ってるのよ。

チャンスをやるから、ちゃんと野球と向き合って過去を清算しろってね」

「そんな都合のいい解釈……」

「しちゃえばいいのよ。神様ってのは、人間が自分にとって都合のいい解釈を作りだす為にいるんだから」

「なによそれ……」


思わずプッと吹き出してしまう沙希。

そして、彼女の言葉を反芻する。


「神様がくれたチャンス……か……」

「安心しなさい。あんたがまた野球に関わる事を許さないなんて言う奴がいたら、例え大統領だろうと私がブン殴ってやるから。なんたって私は元キャッチャー。けど、今でもピッチャーだったあんたの相棒のままなんだからね」

「あはは……。なら久美に殴られないように、まず私が私にまた野球に関わるのを許してあげなきゃいけないわね」

「そういう事。ところで沙希、私からも一つ話というか提案があるんだけど」

「な、なに?」


記憶にある彼女の中でもこれほど真面目な顔になった事はなかった久美に、思わず沙希はゴクリと唾を飲み込む。


「あの立花沙希が指導者としてグラウンドに戻ってきたとなれば、少なからず話題になると思うのよね。そこで立花沙希フィーバーが再び起こった際には、本郷スポーツにグッズ展開の独占契約を結ぶ許可を頂きたく!なにとぞ!なにとぞ本郷スポーツとズブズブで蜜月な関係を~‼」

「あ、あんたねぇ……今の話を真面目な顔でしながらそんな事まで考えてたの?」


十年前から何も変わらない相棒の抜け目のなさに脱力しながら、沙希はグラスに残っていたビールを一気に飲み干す。


「久美」

「なによ」

「やっぱあんたは私の最高の相棒だわ」

「今さら気づいたの?じゃあ結婚する?健やかな時も病める時も私の酒代の面倒一生みる?」

「それはお断りするわ」

「そこはうんって言うところでしょうが!」

久美のツッコミが綺麗に入ると、二人は同時に笑い合う。

そして声を合わせ、ビールのお代わりを注文するのだった。



【続く】

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