第9話 賭けと弁当
「あーあ、つまんねーのー!」
財布から10円玉をつまみ取りながら叫ぶ三木の口はへの字に曲がっている。
「別にいいよ、喉乾いてないし」
という僕の声は届いてないようだ。
「なんでそんなこと賭けてたの?笑」
と横で笑うのは今回の戦犯(?)、レンだ。
お分かりの通り、結果から言うと松井さんとレンは付き合っていなかった。
「…え?いや、付き合ってないけど」
というレンの言葉で三木の推測はあっさり否定された。
「じゃあなんで一緒に帰ってたんだよー!しかもわざわざ松井さんが呼びにきてたじゃねえか!」
なぜかキレ気味の三木に対しても、冷静且つ過不足のない返答。
「あー…、昨日は元担任の結婚祝いにみんなで中学校に集合する予定があったんだよね」
隠蔽している可能性を感じた、というより自分の説が間違っていたことを信じたくなかったのか、三木が松井さんにも確認したところ
「…え!?いやいや、付き合ってるわけないよー!レンは付き合ってる子がいるもん!」
というなかなかな衝撃発言をいただいた。
もちろん三木が急いでレンに確認する。
「うん、オレ彼女いる」
これほど羨ましいセリフはないな、とさすがの僕も妬んでしまうほどのあっさりした肯定。
どうやら昨日言おうとしたのはこれだったらしい。
「小学校から一緒だったんだけど、中学卒業した後から付き合い始めた」
というレンの説明は、こそこそ財布の確認に勤しんでいる三木の耳には入っていないようだ。
というわけで、レンと松井さんはただの友達でレンには彼女がいることが判明した。
とともに、勝ちを確信していた三木にとっては悲報であった。
僕は金欠の友達からジュースをたかるほど性格の悪い奴ではないが、三木は自分から賭けを持ち込んだ手前引けなくなったのか自販機で1番安いジュースを買ってくれた。
「おーい、ゴサツ!一緒に昼食べようぜー!」
4時間目の数学が終わった途端、三木が隣の席の僕に言っているとは思えない声量で声をかけてきた。
「あ!コウも一緒に食べるか?」
僕の前の席の萩野コウ(久々の登場だがガタイのいい水泳部の奴)にも呼びかける。
これまで午前授業だったので今日で高校初めての昼休みをむかえることになる。
手を洗いにトイレに向かうと、
「なあ、屋上行かへん?オレ今まで学校の屋上行ったことないねんけど、上がっていいらしいで!」
「おー、いいじゃん!行こう!」
と元から友達なのか仲良くなったのか、佐藤とレンが話す声が聞こえた。もちろんそこにすかさず
「ちょっと待て!屋上行ってもいいのか?すっげえいいじゃん!オレらも行こう!」
と三木が食いつき、5人で屋上に行くことになった。
「…うわ、そういう感じね」
「人多いなー、ほとんど年上か」
漫画みたいに屋上で穏やかに昼休みを過ごす、ということは不可能なようだった。
春という過ごしやすい季節も相まってか日当たりのいい場所は先輩が占領していた。
しかし引き返すのも面倒なので日陰にはなるがテキトーに場所を見つけてそこに座った。
「え、弁当でかすぎるだろ!」
萩野が弁当を取り出した瞬間三木が叫ぶ。
「うわでか、というか多っ!」
「ほんまや!何段あんねんそれ!」
萩野の手には弁当屋で売られているサイズの平たい弁当箱が4つ重なっている。これを見ると萩野のそのガタイにも納得がいく。
「…こんくらい余裕」
萩野は卵焼きを2つ一気に口に入れる。しかもその卵焼き自体もでかい。
「…え、飲み込むの早くない?」
口を3回しか動かさずに飲み込むのを見て思わず声が出る。よく見るともうすぐ1段目完食だ。
「太らないのがすごいね、あ、水泳してるのか」
「うん」
レンは納得しているようだが、水泳しててもこの量はおかしいだろと1人でつっこんでしまう。
「萩野すごいなー、見とるだけで楽しいわ。また焼肉食べ放題でも一緒に行こうや!」
と言う佐藤に萩野が初めて少し笑顔になったように感じた。…というより若干口角が上がったというべきか。
「え!ゴサツの弁当おいしそーすぎるだろ!」
「…そう?美味しいけど、みんなとそんな変わらないと思うよ」
「レンのも男飯って感じでうまそうだな!」
「あー、うちは父さんが作ってるからかな」
「佐藤のそれ、何が入ってんの?!」
「…これ?フルーツ。多分いちごやと思うけど」
三木は人の弁当観察が趣味なのだろうか、と思っていると三木の手元にはどでかいおにぎり2つしかないことに気がついた。
気がついた僕に三木が気がつく。
「オレ朝出るの早くて時間ないからいつもおにぎりの中におかず詰めこんでくるんだよねー!個人的には唐揚げが1番うまいよ!」
ときんぴらごぼう入りおにぎりを頬張る三木を見ていると本当にうまそうに見える。
いや、きんぴらごぼうと白米はどう考えてもうまいやつだろ。
日陰だったのがだんだん日向の部分が増えて体がじんわりと温かくなってきたところで予鈴が鳴った。
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