第128話 王都の今

僕、いや私はキクスイ王家第一王子のミカエル。父上の命令で帝国との取引に立ち会うことになった。

我が王都は先日、大地震と鬼の襲来と言う二大災厄に見舞われた。

何故か鬼は僕、いや私達の目の前で、左足首を斬られて死んだ。それも出現した鬼の全部がだ。

未だに意味と理由はわからない。何故鬼が沢山集まって沢山殺されたのか。

誰が殺したのか。

大臣には何かの疑問、というか考えがあるみたいだけれど、それよりも王都の復興の方が大切だ。

鬼の姿を見た母上は失禁したまま気を失い、今も意識は回復していない。

6つも歳の離れた弟はまだ甘えたい盛りなのだが、涙を必死に堪えて毎日母に付き添っている。

父上に、「王家の人間は民の後、最後に笑い最後に泣け」と教えを受けているからだ。

幼い弟と言えど王家の人間なのだ。

一番母上の側に居たい筈の父上は、朝から晩まで大臣と共に街に出て、瓦礫を片付けて負傷者の治療を手伝っている。

しかし、私には手伝える事がない。まだ成長していない体躯では瓦礫を運ぶ事が出来ず、負傷者を助ける知識が全く足りない。

あの時、母上が倒れ父上が母上を抱き上げて寝室に運んで行った時。

私は王宮のバルコニーに、普段父上が寝る時以外は絶対に離さない王剣が無造作に投げ捨てられて居るのを見つけた。

恐らく、母上を運ぶのに邪魔になるから腰から外したのだろう。

私にはその力なく横たわる王剣がまるでキクスイ王国そのものに見えて、居た堪れずに取り上げた。本来、王たる人間以外は触る事もを許されない国宝なのだけど、私はとにかく持ち上げた。重かった。私の貧弱な体躯では持ち上げるどころか、王剣を杖の様に体重を掛けながら寄りかかって立たせる事しか出来なかった。

しばらくしてバルコニーに戻って来た父上は、私の無様で自分勝手な姿を怒りもしないで、優しく私から王剣を取り上げると頭をクシャクシャと撫でてくれた。

大臣は、ここに王剣と共に王子が立ち続けてくれた事が大切だったと後で教えてくれた。

次の日から、バルコニーで王剣と共に街を見守る事が私の仕事になった。

何故かは分からないけど、それも王家の仕事と父上に言われてただひたすら立ち続けた。


やがて、街の瓦礫が少しずつ片付けられて、元の道に馬車が通れる様になった頃一台の馬車が王宮に着いた。

至急の面会を求められて、私は父上と大臣を急遽呼び戻した。

バルコニーから炊いた赤い煙の狼煙。それが一番早い連絡手段。

父上と大臣は王家の馬車を飛ばして帰ってきた。

聞くところによると、帝国の使者らしい。

いくつかの救援物資と帝国からの書状を渡し、口頭での返事を確認すると使者は直ぐに王都を離れて行った。

救援物資は、まずは水。一口飲ませてもらったが生まれてこの方飲んだ事のないくらい美味しい水だった。

そして沢山の布。ただの布では無い。キラキラと輝きキメの細かい美しい布や動物の毛の様にふわふわモコモコした暖かい布。

いずれも初めて見る物ばかり。

やがて何台かの使者が王都を訪れ、救援物資を届けると書状を交換して使者は帰っていく。父上と大臣は毎晩届けられた書状を検討し、返事をまとめていたので、私はただ使者殿が荷物を下ろす場所に立会い、前夜父上が書いた書状を渡す役目を仰せ使っていた。


そうこうするうちに、父上がなんとも不安そうな顔を私に見せ始めた。

地震の怪我人達の間でおかしな症状が現れたのだと言う。

曰く、顔が引き攣ったまま動かなくなってしまい、その内に死んでしまうそうだ。

何をどうしたら良いのか。折角帝国からの救援物資が被害者達に行き渡り始めて、少しずつ少しずつ新たな生活が始まったと言うのに。

悩んだ父上は翌日姿を見せた使者殿に相談してみた。

姫さまの旦那様なら、なんとかなるかもしれません。

それだけ言うと使者殿は父上からの書状を引ったくり大急ぎで帝国に帰って行った。

その日の夜、使者殿は戻って来た。

「薬ならある。引き渡したいから至急段取りをつけてくれ。」 

深夜にも関わらず、気分を損ねることなく使者と面談した父上は狂喜したという。私はとっくに寝ていたのだけど。

深夜ながらも、第一騎馬隊に動員をかけると協議の場所へ馬車隊を派遣した。翌朝、私も父上の名代として向かう事になるのだけど。


帝国との邂逅地点は王都から半日有れば往復可能な、水が出ない為農耕に向かないと放置されている平原だった。

そこでは焚火が焚かれていた。

帝国は空を飛んでくるという。

意味が分からないけれど、帝国には空を飛べる乗り物があるそうだ。

人が空を飛ぶ?そんな馬鹿な!と言いたいが、荷役として帝国からやって来た兵達は、

ミク姫殿下の旦那様ならやりかねない

と納得していた。薬を用意してくれたりと、一体何者だその人?


陽が高くなる頃、山の向こうから白い大きな物が飛んで来た。

すると、帝国から来た人達が一斉に敬礼を始めた。

隣にいた騎馬隊長に小声で尋ねると、あの飛んで来た物体の脇に描かれている紋章。あれは山向こうにある帝国基地の司令官を務める帝国皇女ミク殿下の紋章だそうだ。

本人の姿も無いのに、部下が一糸の乱れもない敬礼を見せている。

さぞかし敬愛される人なのだろう。


乗り物から出てきた女性は胸に同じ紋章を付けた軽鎧を来て私の前に立った。

長い黒髪の綺麗な人だった。

同じく乗り物から出てきた男性が、沢山ある救援物資を兵と共に馬車に移し替えながら、騎馬隊長と何やら話をしていた。

規定通りの挨拶をミク殿下と交わした後、一緒に同行していた、こちらも一緒に乗り物から出てきた綺麗な女の子に促されて「旦那様」が私の前に来た。

彼は、私がかつて会った事のある人の中で最も理知的で肝の据わった人だった。

どうやら、キクスイでも帝国でもない、他所の国、それも教育水準が我が国とは比べ物にならないくらい高い国の人らしい。

目の前の乗り物は飛行船という、理屈の研究を重ねた末に完成した、彼の国では当たり前の乗り物だそうだ。私の国では作れないのは、理屈の研究が足りない、為政者の役割は研究者を育成する事が肝要。

私は王家の人間として頭を殴られた様な衝撃を受けた。


別れ際、彼らが腹の足しにとご馳走してくれた食べ物は、何というか。

辛くて複雑で美味しい、カレーと呼ぶ食べ物だった。美味しい、堪らない。もっと、また食べたい。

ミク殿下らも食べたがっていたが、その場にいた全員に行き渡らせる為、家族には我慢をさせていた。ミク殿下は旦那様には頭が上がらない様だ。

彼は、帝国内の内紛で食糧に困って居る。食糧以外なら、この様なこの国に無い新しい文化・物品をいくらでも流せる、と内情を語り、引き続き王国との取引を深化を進めたい。そう言った。

確かに王都は復興の為に足りない物は沢山あるが、王都以外は平和な国だ。

私には外交権などないが、国民の為に彼との縁は絶やしてはならない。

子供の浅はかな考えでも、それだけははっきりと分かった。何よりも彼とミク殿下は我が王都の救世主だ。私は父上を絶対に説得する。そう決意して王宮に戻った。


その後の彼と我が国とのやりとりは知らない。私はまたバルコニーで王剣を杖に立ち続ける役目に戻ったからだ。

やがて母上も回復し、弟は好きなだけ母上に甘える事が出来、父上も王宮から出て行く事が無くなった。

私は王剣を父上に返し、元の生活に戻った。

その内、周辺各国からの支援も届き始め、王都に復興の槌音が響く様になる頃、私は父上に呼び出された。

帝国東部方面軍親善大使として、しばらく駐留するように。

それが父上の命令だった。

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