第127話 協定

私は懐から一枚の紙袋を取り出した。

あらかじめ、この事を予想して用意していた物だ。

焚火に近づくと、炎の上で袋を下に向け温まった空気を袋に集める。

当然、袋は上昇していく。

「殿下、何故紙袋が空を飛んだかお分かりになりますか?」

「?。そうすれば飛んで行くのは当たり前じゃないですか。」

「当たり前は当たり前です。では、何故当たり前なのか。殿下はお考えになった事はありますか?」

「いや、当たり前だから当たり前だとしか。」

「そこで終わったら全てが終わるんです。正解は温められた空気は冷たい空気より軽い。軽いから空を飛ぶです。空気って重さがあるの?とお考えでしょう。あるんです。人間には測れない微妙な重さが。

「温かい空気は冷たい空気より軽い。それが分かっていれば、温かい空気を利用して空を飛ぼうと思い付く訳です。」

ちょうど落ちてきた紙袋を掴むと、

「この紙袋の様に。これを大きくすれば人は空を飛ぶ事が出来ます。大きな風船に温かい空気をどんどん補充していく乗り物を作れば良い。勿論簡単な事では有りません。軽さと強さを両立させる材質を作り、安定した熱気を送る装置を作る。その研究の中でさまざまな副産物も生まれます。

「今回、王国に寄附した物の中にはその一部もある訳です。何故?何故?何故を追求する頭脳、それが自分に無いのなら有る人間を援助する。そうやって私の国では、この飛行船ミク・フォーリナー号の様な巨大な乗り物を作った訳です。因みにこの巨大な風船の中に入っているのは空気では有りません。空気より軽い空気、ヘリウムという空気を詰めて有ります。だからわざわざ温める必要も有りません。空気より軽い風船だから山をも軽々と越えて来れるんです。」

「うん。私には理屈は分からないが、私がしなくてはならない事は分かった。頭の良い学者を育てると言う事なのだな。」

「ほえー。旦那様、何か凄い事は分かりましたけど、何が何だか分かりませんわ。」

うん、それが無邪気な我が家の姫さんだから。

というより理由理屈を追求する概念がこの世界にはなかったみたいですし。

「この飛行船ミク・フォーリナー号と秘密の街道によって、もはや両国を裂いている山は障害にはなりません。実は東部方面軍は嫌がらせにより食べ物の補給に困っています。が、食べ物以外はこのミク・フォーリナー号の様に新技術を利用した様々な物を私達は持っています。

恐らく、鬼と大地震により崩壊状態の王都に対してもお力添えできる、と思います。」

ぶっちゃけ今直ぐここで王都再建も出来ちゃうんだけど。食べ物もどうとでもなるし、

「今後とも、我らとお付き合い出来る事を切望いたします。」

「何をおっしゃいます。我が国は王都こそ壊滅していますが、その他の街は平和です。水や薬など私達が一番欲しい物をいち早く支援して下さったのはミク殿下の思し召しです。私はただの子供で外交権など有りませんが、幾つかの書状は既に王家に届いております。そして、その中身が本物だと思い知りました。早急に父上と相談し、より良い協定を結びたくここにお誓いします。」


さて、背中が痒くなる綺麗事はやめて、実はカレーをまだ残してありました。

うちの兵達もまだ残っていますし、必殺技その1をお見舞いしましょう。

ひのふのみい、残りは20人位ですね。

では、我が家特製ビーフカレーを食いやがれ。あゝこら、馬鹿三姉妹は駄目ですよ。

足りなくなっちゃう。

「酷いわ酷いわ。」

「旦那様殺生ですう。」

「(お腹減った)」

君達の分は帰りの空で新メニューをご馳走するから。今はゲストの皆さんに給仕をして下さい。あゝこら。ツリーさんは迂闊に姿を見せないの。話がややこしくなる。

「こ、こここここ。」

鶏が鳴き出した。いや、ただのキクスイ王家第一王子が壊れちゃっただけですけど。

「これ何ですかこれ、初めて食べるけど美味しい美味しいです。」

「うふふ、それこそ旦那様特製カレーライスですわ。溜まりませんわ。涎が止まりませんわ。」

ほら、姫さんはちゃんとお茶を差し上げなさい。野っ原でカレーを立ち食いさせてますが、キクスイ王家第一王子と帝国第四皇女の国際会談なんです。これ。


ミカエル殿下は

「またカレーが食べたいでえす!」

と絶叫しながら共の者と王都へ帰り、帝国側の兵も私達に敬礼すると改めて各地に散って行きました。

さて、私達も帰ろうか。

「旦那様、馬さんで帰らないのですか?」

馬くんで帰っても良いけど、馭者をしないといけないからお昼抜きですよ。

「残念ですわ。今度馬車でお料理が出来る様にして下さいまし。」

要は馬くんとの再会よりお昼ご飯を優先ですか。可哀想な馬くん。


また呼んで下せえ、奥方のお昼は邪魔できやせん


ハイハイ。では帰りましょう。私達の森に。

音もなく浮き上がるミク号はオートパイロット(万能さん)にして、お昼ご飯にしましょう。

色々考えましたが、これまた面倒なので家から厨房部分だけコクピットに積み込みました。いや、どうとでも出来るけど、火を使いたいのと空の旅を楽しみたいので。

では。取り出したるは、鶏肉、玉葱、人参、マッシュルーム、ブロッコリー。

湯掻いたこの材料を小麦粉でバターと共にじっくりと炒めます。

火が通った所に牛乳とコンソメを加えて、塩胡椒で味を整えたら出来上がり。

些か手抜きですがホワイトシチューです。

付け合わせはどうしよう。牛・鶏と来たから肉は豚かな。豚肉だとキムチと炒めるか、それとも、うーん?あっそうだ。ソテーにしよう。それも娘達何大好きな味噌で。豚肉の味噌漬けソテーを一口大に切り分けてフォークで食べられる様に。シチューとソテーをバターロールで頂きましょう。

窓際にテーブルを並べて空で旅を楽しみながらのお昼ご飯。新幹線で駅弁を食べている雰囲気ですが、山越えは地形に変化が多くて楽しめます。ほら、あの稜線に猪の親子がいる。

初めて食べる料理ですが、娘達は勿論警戒もせずにスプーンを突っ込みます。

一口食べたら運の尽き。

「旦那様おかわり!おかわりですの。白いスープも茶色いお肉も可愛いし、猪の子供も美味しいです。」

…豚肉だから大雑把に言えば間違え無いですけどね。この姫さん、あの瓜坊を美味しく料理しちゃったらどんな反応をするだろう。

「ねぇねぇトールさん。ご飯にシチューって美味しいの?」

私の国では邪道扱いする人も居ましたけどね、私は美味しく食べられるなら人前でなければどんな食べ方もアリ派なので。

「なら、今度はご飯で食べたいなぁ。」

ご飯のお供なら赤ワインとデミグラスソースで作るビーフシチューの方が合いますよ。

「今晩はそれね。」

「決まりですわね。」

「(お野菜たっぷりだと嬉しい)」

ハイハイ。

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